セいしゅんらぶこメさぷりめント   作:負け狐

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冒頭、クリスマスだからやりたかった。

今は反省している。


その4

『メぇぇぇ~~リぃぃぃぃクリっスマぁぁぁ――――スぅ!! ひゃ――――はっはっはっはっはぁ――――っ』

「みんなが壊れた!?」

 

 ついていけない結衣が叫ぶ。その横では背景になろうとして失敗した八幡がクリスマスに捕まり連行されていた。死んだ目でどこか遠くを見るその姿は、彼女でなくとも気の毒に思うほどで。

 一応念の為に言っておくが、クリスマスとは悪魔達である。二人だったはずなのだが、いつのまにやらかおりが加わりトリオになった。ドン引きしている副会長に比べ、いろはは割と楽しげなのが混沌ぶりに拍車を掛けている。こういう時は騒いだもの勝ちだ、とは見守るとは聞こえがいいがその実投げっぱなしの平塚静教諭の弁だ。

 ともあれ、準備もほぼ終わり後は本番を待つばかりとなった当日の午前中。準備でドタバタしていた緊張感が一気に抜け落ちたのか、皆一様に騒がしい。特に雪ノ下姉妹はそれが顕著で、陽乃の影に隠れているが雪乃の姿は普段の学生生活を見ているものからすれば似ている別人を疑うほどだ。かおりはいつも通りである。

 

「まあそういうわけだから、お姉さんプレゼントを用意したわ」

「どういうわけですか」

「こらこら、そういう質問は野暮だぞ☆」

「ウゼェ……」

 

 クリスマスイベントの総武側中核とも言える音楽指揮者である陽乃の格好もそれに合わせたクリスマスカラーだ。三角帽子を被っていることもあり、その姿はサンタクロースを連想させた。

 勿論八幡にとっての彼女はサンタクロースの黒い方である。油断するとモツをぶちまけられかねない。

 

「それで、プレゼントって何なんですか?」

「お、一色ちゃん、いいこと聞くね。じゃあ早速、雪乃ちゃん」

「ええ。準備は万全よ姉さん」

 

 そう言って何やら台車に積まれた巨大な袋を雪乃が運んでくる。流石に重いのかかおりが手伝いに回り、そのままゆっくりとそれが皆の中心へと運ばれてきた。

 もうその時点で嫌な予感がこれ以上ないほどしていた。そう判断したが、逃げることは出来ない。死なばもろとも、と優美子が彼の肩を掴んでいるからだ。

 

「こういう時吹っ切れないと大変だよねぇ」

「あーしはそうなったら終わりだと思う」

「えー。それじゃあまるで私とユイが終わってるみたいじゃん」

「あたしも!?」

「じゃあ聞くけどユイ、あの中身何だと思う?」

「え? ……あの二人が用意して、でもってヒッキーが逃げようとしてるから…………人、かな?」

「あ、ホントだ。ユイ終わってたわ」

「でしょー」

「酷くない!?」

 

 いや酷くねぇよ、と八幡は心の中で盛大にツッコミを入れた。何だよ人って、と追加で脳内シャウトをする。するのだが、その言葉を聞いて何故か妙に納得してしまった自分がいたことで、ああこれはもうダメかもしれないと天を仰いだ。

 そこで気付く。あの二人が用意した、人。ということはあれは。

 

「まさか――」

「はいでは開封。雪乃ちゃんゴー!」

「了解」

 

 袋の口が開く。はらりと紐が落ち、そしてゆっくりと中身が顕になった。

 どこかで見たような顔であった。目が死んでいることと体をラッピングされていることを除けば、八幡ですら見覚えのある人物であった。というより、あの二人が、特に陽乃が完全におもちゃにする人間など彼自身を除けば一人しかいない。

 

「隼人……」

「まさかの自分プレゼント!? こ、これは……副会長が受け取るってのも、割とアリ!?」

「ねーよ。じゃなくて、隼人? 生きてる?」

「いっそ死んでいたかった……」

 

 八幡以上に死んだ目で隼人がどこかを見る。完全に焦点が合っていない。猿ぐつわもされておらず、ラッピングも拘束というほどのものではないことから、彼は自ら抵抗を諦めたのだろう。それを察した八幡はそっと彼から視線を逸らした。目が合ったらきっと自分も巻き込まれる。そう結論付けたのだ。外道とも言う。

 

「さあ、受け取るがいい」

「わぁ! 本当にもらっていいんですか!?」

「いいわけねーだろ! 一色、ふざけんじゃねぇし!」

「え? だって三浦先輩はいらないんですよね?」

「はっ? え? いや、あーしは……ほ、欲しい、けど」

「何純情ぶってるんですか気持ち悪い」

「ぶっ殺すぞてめぇ」

 

 ぎゃーぎゃーと騒ぎ始めた二人を眺めながら、ラッピングされた隼人は静かに佇む。台車から降りることもせず、ただただそこに、袋の中に残っていた。

 

「ふふっ。モテモテね、隼人くん」

「この状況でそういう普通のセリフいらないから」

 

 

 

 

 

 

 そうして午後からはイベントの幕開けである。海浜、総武共に準備期間をフルに使ったその出し物は好評で、参加者は皆笑顔で楽しんでいるようであった。裏方なので会場を覗き見する程度でしか確認は出来ないが、まあ大丈夫そうならそれでいいだろうと八幡は息を吐く。責任者は自分ではない。こういう時に一喜一憂する役目は自分ではないのだ。

 

「あ、先輩、結衣先輩が呼んでましたよ」

「ああ、分かった」

 

 返事をしてそこから離れる。後は生徒会の仕事だろう。ほんの少しだけ口角を上げながら、八幡はいろはに言われたように結衣のもとへと歩みを進める。目的地に着くと、彼女は向こうで雪乃と一緒にこの後ホールで行うお茶会のケーキを用意しているようであった。

 

「は!? おいガハマ、お前がケーキなんか作ったら」

「大丈夫よ比企谷くん。由比ヶ浜さんは調理にまったくもって微塵も欠片も関わっていないわ」

「そうか、よかった」

「酷くない!?」

 

 事実彼女は材料を運んだり出来上がったケーキやジンジャークッキーを運んだりという仕事しか任せられていない。本人もそれは重々承知であるが、しかしそれと心情は別である。不満げに二人を見ると、しかしまあいいやと彼へと歩み寄った。

 

「そっちはどう?」

「あの人が指揮やってんだからどうとでもなるだろ」

 

 溜息と共にそう返したのを聞いた雪乃が彼を見やる。彼を見て薄く笑うと、しかし何も言わずに作業を再開した。

 勿論そんなことをされたら八幡は落ち着かない。何だ今の意味深な笑みはと思わず詰め寄ろうとして、ここで騒ぐとお菓子が台無しになるかもしれないと踏み止まった。口は出す。

 

「大したことじゃないわ。姉さんを信頼しているのね、と思っただけ」

「え? いやそういうの本気で止めて欲しいんだが」

「マジ顔だし……」

 

 そりゃそうだ、と八幡は向き直る。何をどうなったとしても、あの雪ノ下陽乃を信頼することはありえない。彼は思い切りそう言い切った。

 

「そうね、正しい判断だわ」

「えー……」

「一応言っておくが、俺はお前も信頼してないぞ」

「前も聞いたから、知っているわ」

「えー……」

 

 そう言って笑うと、雪乃はそのまま作業の続きを始めた。後はもう運ぶだけということで、それらを手早く済ませた彼女は二人へと向き直る。こちらの出番は終わったことだし、後はイベントを楽しめばいい。そんなことを言いながらエプロンを外した。

 

「ん? なあガハマ、俺を呼んだ理由は何だったんだ?」

「へ? あたし別にヒッキー呼んでないよ? ヒッキーこそ、あたしに用事があるんじゃ?」

「いや、俺は一色に言われたからここに」

「あれ? あたしもいろはちゃんにそう言われて」

 

 二人の脳裏にテヘペロしているいろはの顔が浮かぶ。つまりはそういうことらしい。

 

「何がしたいんだあいつは……」

「あはは。多分、後は自分でやるから大丈夫ってことじゃない?」

「だったら素直に言えっつの。何か誰かさんに似てきたぞ」

 

 まあいい、と八幡はそれについて考えるのをやめる。重要なのはもう既に仕事をしなくていいという一点だけだ。働かなくともいい、というのは何を差し置いても重要案件なのだ。

 じゃあ会場に混ざりに行くか。そう結衣に述べ、二人揃って歩き出す。が、その途中で結衣が立ち止まり振り向いた。今いるのは、隣に八幡。以上である。

 

「あれ? ゆきのん?」

「こういう時に邪魔するほど野暮ではないわ」

「いや、別にそういうんじゃないだろ。余計な気を回すな」

「回すわよ。だってほら、折本さんですら今日はあなたをからかいに来ていないのだもの」

「……言われてみれば」

 

 雪乃の言葉に八幡は視線を巡らせた。イベント開始の直前までサバトに混ざっていたので総武だの海浜だのを気にするような性格ではないのは周知の事実。にも拘らず、このタイミングでここにいないというのは。

 

「って、向こうの仕事してるだけだろ」

「何か準備の時点でやることないとか言ってなかったっけ?」

「言ってたな……」

 

 ということは本気で気を回しているのか。そんなことを考え、まさかあいつに限ってそんなことがと驚愕する。それがどういう驚愕だったのかは敢えて言うまい。大体想像の通りだ。

 ともあれ、そういうわけだからと見送りにかかっていた雪乃であったが、八幡がそんな彼女を見て溜息を吐いた。何言ってんだお前、と目を細めた。

 

「こんな場所で気を回したところで何の意味もないだろ。むしろそういう気遣いが不気味で警戒するまである」

「心外だわ」

「お前今までの行動振り返ってもう一度言ってみろ」

「心外だわ」

 

 迷いなく言い切った。そうだよなそういうやつだよな、と溜息を吐いた八幡は、いいから行くぞと彼女を手招きする。その姿を見ていた雪乃は、視線をその横へと向けた。

 

「いいのかしら?」

「うん。あたしもゆきのんと一緒がいいし」

「そう。……じゃあ、二人きりを邪魔させてもらおうかしら」

 

 そう言って雪乃は楽しそうに笑った。小走りで二人に追い付き、結衣の隣へと並ぶ。笑顔のままで、満足そうに。

 

 

 

 

 

 

 おつかれさま、と皆が皆に言葉をかける。クリスマスイベントは無事成功し、パーティーも兼ねたお茶会もそろそろお開きだ。招待客も帰り支度を始め、総武海浜両生徒会と手伝い共は会場の後片付けをし始める。

 流石にこれはこちらの仕事だ、ということで。総武側はミュージカル的な演目を行ってくれた皆にお礼を述べ後はこちらに任せるようにも伝えた。音楽組は陽乃を見たが、まあいいかと挨拶をし解散していく。小学生も同様で、ありがとうございましたと頭を下げた後それぞれ会場を後に。

 

「ねえ、ピエロさん」

「誰だよ。俺は――」

「八幡」

「……で、何の用だ」

 

 片付けをしている八幡の横で、皿を持ちながら留美はそんなことを彼に述べていた。横では三編みの少女と八幡が泣かせた女の子も手伝いの手伝いをしている。

 

「別にそこまで用事は無かったんだけど」

「ああそうかい。だったらそれ運んだら帰れ」

「……冷たくない?」

「気のせいだ。したくもない仕事を押し付けられて余裕がないからかもしれんが」

「ふうん。分かった、じゃあこれだけ。――ありがとう」

 

 余計なお世話だったけど、案外楽しくなったから。そう言って留美は微笑むと、運び終わったから帰ると彼に述べた。それに返事をした友人と共に、そのまま会場を後にする。三編みの少女にも盛大にお礼を言われ、八幡はほんの少しだけこそばゆい気持ちになった。

 

「あ、ヒッキーもお礼言われたの?」

「まあな」

 

 そのやり取りを見ていたらしい結衣がてててと寄ってくる。彼がどこか恥ずかしそうにそっぽを向いているのを見た彼女は、くすりと笑うと横にあった椅子を持ち上げた。みんなでやれば案外すぐ終わるね。こちらを見ない八幡にそう続けると、向こう側へそれを運んでいく。

 

「あの時と比べると、素直になったわね、彼女」

「……かもな」

 

 今度は雪乃。器用に皿を積み上げた状態のまま、彼に向かってそんなことを述べた。当然というかなんというか、変わらず八幡は彼女の方を見ない。

 

「それに比べて、あなたは変わらず素直じゃないのね」

「ほっとけ」

「そうしたいのは山々なのだけれど。ほら、私は余計なお世話をする人間だから」

 

 恐らく先程の八幡とのやり取りと似たようなことを留美とやったのだろう。そう言ってクスクスと笑った雪乃は、もうすぐ片付けも終わって解散だからと続ける。それがどうしたと返した彼に、分かっているだろうとカウンターを放った。

 

「さっきも言ったでしょう? こういう時に邪魔をするほど野暮ではないわ」

 

 ひょいひょいと落とすことなく積み上げた皿を運んでいく彼女の背中を見て、八幡は再度溜息を吐く。そんな事は分かっていると一人呟く。

 だが、分かっているというのは本当かと聞かれれば。そうだと胸を張って答えられない。実際、彼は出来ていない。今日この日で、この時間になるまで。わざわざ少し前の雪乃の提案を蹴ってまで、やらなかった。

 

「それで運ぶのは終わりかな? 食器洗いは機械でやっちゃうからいいらしいよ」

「そうか」

「……どったの?」

 

 結衣の問いかけに、八幡は答えない。言えばいいのに、言わない。今更、もうとっくに、そんな状態は過ぎているはずなのに。この間だって、あの時だって、別に今と変わってはいないのに。

 

「な、なあ、ガハマ」

「ん?」

「……この後、暇か?」

「え? うん、暇だよ」

「そうか、じゃあ」

 

 ちょっと付き合ってくれ。少しかすれた声で、八幡はそう述べた。自分で思っていた以上に変な声だったのか、結衣が思わず目を瞬かせたが、それでも彼女は首を縦に振る。

 先程言ったように運び終われば後は洗浄機の出番らしく、スタッフ側も生徒会ではない手伝いは解散と相成った。おつかれさまでした、と声を掛け合い、皆それぞれ帰路につく。あるいは、これから自分達のクリスマスを始めるのだ。

 

「良かったのか?」

「何が?」

「三浦とクリスマスやったりとか」

「優美子は多分いろはちゃんの帰りを待ってから隼人くんと三人で何かやるだろうし、姫菜は……とべっちが何かするんじゃないかなぁ……」

「無理だろ」

「かなぁ。ってそうじゃないし。何でそんなこと聞くの? あたしヒッキーの彼女なんだから、クリスマスはヒッキー最優先に決まってるじゃん」

「お、おう。……そうか」

 

 はっきりとそう言われると、八幡としても気の利いたことは何も言えず。入り口で何やってんだろうという海浜の視線を受けるまで、そのまま暫し固まっていた。

 我に返ると、八幡はそのまま結衣と二人で暫し街を歩き。どこか丁度いい場所はないかと視線を巡らせ。外は寒いからと建物をチョイスしながら、とりとめのない話をする。

 肝心な核心に触れないまま、普段の通りに会話を続ける。

 駄目だ、と心中で呟いた。さっきと同じように、このままだと機会を逃してしまう。そう無理矢理、普段の八幡では考えられない決意をすると、彼は真っ直ぐに彼女を見た。

 

「ガハマ」

「どうしたの?」

「あーっと、そのだな。……まあ、気に入らなかったら別にそれでもいいんだが」

「う、うん? 何が?」

 

 頭にハテナマークが浮いている結衣へと、八幡は鞄から取り出した小さめの袋を差し出した。ラッピングされているそれは、余程の鈍感でなければプレゼントだということがすぐに分かる。

 

「……え? クリスマスプレゼント?」

「……世間ではそう言うらしいな」

「開けてもいい?」

「お前のものだからな」

 

 手渡されたそれを、結衣が開く。そこから出てきたのはブレスレット。動きを止め、暫しそれを眺めていた彼女は、そこで耐えきれなくなったのか盛大に笑い出した。

 

「俺にセンスを期待する方が」

「違うし、そうじゃなくて! ふ、あははは! これ!」

 

 笑いながら結衣も鞄からラッピングされた包を取り出す。それを八幡に渡すと、開けろ開けろと手で催促した。

 怪訝な表情を浮かべた八幡であったが、まあいいやとそれを開く。そして出てきたのは。

 

「……同じ、ブレスレット……」

「うん。だから、ちょっと楽しくなっちゃって」

「楽しいか? 何か無駄骨になった感じが」

「何で? あたしは嬉しいかな。だってほら、ヒッキーと同じこと考えてたってことだし」

「お前今すげぇこっ恥ずかしいこと言ったぞ」

 

 笑顔でそんなことを言われてしまえば、彼としても文句は言い辛い。はぁ、と溜息を吐き、結衣からもらった同じブレスレットを手首に付けた。結衣も同じように、先程相手に渡したものと同じ、渡されたブレスレットを手首に付ける。

 

「えへへ。どうかな?」

「まあ、悪くないんじゃねぇか」

「そか。ヒッキーも似合ってるよ」

 

 そう言ってもう一度微笑んだ結衣は、そのまま八幡の手を取る。胸のつかえが取れたような顔をしていた彼を見て、笑みを強くさせた。

 

「よし、ゲーセン行こゲーセン」

「嫌だ。イブのゲーセンとか死ぬほど混んでんじゃねぇか」

「えー。プリクラ撮ろうよ」

「そういうのはカップルが行くとこだろ……」

「いやあたしとヒッキーカップルだし」

 

 いいから行こう、と結衣が引っ張る。嫌そうな顔をした八幡は、しかししょうがないとされるがままに歩みを進めた。そう言う割には、満更でもない顔しているじゃん。もしどこかでかおりが見ていたのならば、そう言うであろう表情で。

 

 




最終巻出ても多分このノリのまま

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