だから誰得だよ。
所変わって別チーム。姫菜と優美子である。いろははアイデア出し係ということでかおりに拉致られたのでここにはいない。そんなわけでルールを踏まえながら何か品物を、と見て回っていたのだが。
「この予算が絶妙だね」
むむむと姫菜が唸る。自分の普段の買い物のつもりで選ぶと足が出る。なので考えなしに選ぶのではなく、値段と品質のバランスを丁度いい場所に持っていく必要があるわけで。とはいえ、それが出来ないかといえば当然答えは否。むしろ企画としては丁度いいとばかりに複数の候補をピックアップしているほどだ。
つまるところ、恐らくこの値段設定はこういう勝負で一番センスのない人物――早い話が八幡が一番悶えるように仕向けられたものなのだろう。あるいは、そうすることで自然とチームを組めるように誘導させられたか。
「雪ノ下さんのアイデアなのかな」
「んー。いや、ちげーっしょ」
企画説明の際、普段は一緒になって騒ぐはずの雪乃が壁にもたれかかって遠い目をしていたことを思い出す。何じゃそら、と言わんばかりの立ち方であったことから、あの瞬間まで伏せられていたのだろう。サプライズパーティーにしては趣味がアレだが、普段の彼女の行動や言動を考慮するとこれくらいの方がらしいのかもしれない。
「流石は姉、ってとこか」
「雪ノ下さん以上にアレじゃん」
「そうだねぇ」
そう言って二人で笑った後、ここにいない一人の少年を思い浮かべた。何かを考えていたのか、はたまた立ったまま死んでいただけなのか。どちらなのかは定かではないが、とにかくスタート地点から動く気配のなかった葉山隼人を。
「隼人もよくあんなんと幼馴染やれたもんだ」
「だからこそってこともあるけどね」
「意味分かんねーし」
「そうだなぁ……あの二人がいたから、優美子の好きな隼人くんが出来たってことで」
どうかな、と姫菜は笑う。それを聞いてうげ、と嫌そうな顔をした優美子は、言っている意味は理解したが認めんとばかりに鼻を鳴らした。とりあえずだからといって感謝は決してしないと拳を握った。
「そもそも、あーしはあのお姉さんを超える必要があんだし」
「まあ、ね。フラれたっていっても、吹っ切ったっていっても。……やっぱり、心のどっかではつい思い浮かべちゃったりするだろうし」
強敵だよなぁ、と一人呟く。そんな親友の言葉を聞いても、優美子は笑った。不敵に、強気に、自信満々に笑みを浮かべた。
「嘗めんなっつの。あーしはあの人にも、勿論一色にも負けねーし。隼人は、あーしがもらう!」
「おう、その意気だ優美子ー」
「……ってわけで」
「ん?」
ちょいちょい、と姫菜を手招きする。せっかくだしこの勝負でも少しはかましておきたい。そんなことを言いながら、こういう作戦はどうだろうかと彼女に耳打ちした。ふむふむ、とそれを聞いた姫菜は思わず吹き出し、成程言われてみればと口角を上げる。
「雪ノ下さんの影響受けてない?」
「んなわけねーっつの。大体このくらいなら雪ノ下さんだったら即やるやつだし」
「あー。確かに説明聞いた時点でネタとして盛り込んでそう」
予算を超えなければいい。つまり複数で徒党を組んで一品を選べば予算はオーバーしていない。という屁理屈である。雪乃も陽乃も当たり前のように想定しているようなアイデアではあるだろう。が、それを説明時に述べていないということは。
「むしろ使えってこと」
「だねぇ」
やっぱり影響受けてるじゃん。そんなことを思いながら、姫菜は倍増した予算でグレードアップしたプレゼントを選択し始める親友を横目にキシシと笑った。
死んだ目をしたイケメンが商業施設を闊歩している。しかも新年に。どこの怪談だといいたくなるようなその光景を作っている張本人は、しかしある程度の時間を掛けて段々と普段の爽やかイケメン(他称)へと戻りつつあった。
「いや、分かっていたさ。分かっていたけれど」
はぁ、と溜息を吐く。蘇りかけているそのイケメン、葉山隼人はそこで一旦思考をリセットさせると辺りを見渡した。それぞれバラバラに行動しているであろう面々の姿は見えない。敢えて被らないようにしているのか、無意識に皆を避けているのか。恐らくは後者であろうと結論付け、次いで新年早々何やっているんだかと自嘲した。
「あー……こんなことなら俺も他の誰かと行動すればよかった」
彼らしくない弱音が出る。葉山隼人という人間は、他人が――別段カテゴリ化されていない人間が見る限りそれを平気だと思うタイプだ。彼へ回りの人間が集まってくるのであったり、彼が回りを円滑に平和にするために向かうのであったり。どちらにせよそれは決してマイナスな理由ではない。そう信じていた。
それを隼人自身も意識して行動していたし、出来るだけそう見られるように立ち振舞は気を付けていた。それもこれも、全て自分を覆い隠すためだ。年上の幼馴染に惚れて、しかし相手は弟分にしか見られておらず振られ、それでも変わらぬ彼女を見て。初恋を引きずりながら。もう恋なんてしないなんて格好をつけて。
「無駄な努力だったなぁ……」
はぁ、と再度溜息を吐く。結局それで何か変わったのかと言えば。
「あら、随分と辛気臭い顔をしているわね」
は、と振り向く。そこにはいたのは一人の少女。美しい黒髪を靡かせながら、先程の彼と負けず劣らず、今口にした表現がまさに自分自身に当てはまっているだろうと言い返せてしまうような。
雪ノ下雪乃が、立っていた。
「人のこと言えないだろう……」
「何故急に生気を取り戻しているのかしら?」
それを見た隼人の顔が綻ぶ。逆に怪訝な顔へ変わっていった雪乃を見ながら、彼はごめんごめんと苦笑した。
しかしそれはしょうがないだろう。何せ、普段から自分をからかって楽しんでいる相手がげんなりしているのだ。体育祭の勝負以降で取れなかったマウントが取れる。そう思わず内心でガッツポーズをしても許されるはずだ。
「まあ、いいわ。どうせ姉さんに潰されるでしょうし」
「生憎と、今日は君も潰される側だろ、雪乃ちゃん」
ぐ、と雪乃の表情が歪む。それを見て楽しそうな笑みを浮かべた隼人は、ところでどうしたのだと彼女に尋ねた。今回の彼女は首謀者ではなく被害者枠だ。審査員扱いのはずなので、参加者に接触するのはあまりよろしくないはず。
そんな彼の疑問に答えるように、雪乃は鼻を鳴らすと指を突き付けた。わざわざ無駄に時間を潰すと思うのか、と睨み付けた。
「それで俺かい?」
「ええ。悪い?」
「悪くはないが……別に他の面々でも」
「あなた以外だと勝負の公平さが欠けるじゃない」
そんな雪乃の言葉に目を瞬かせた隼人は、次の瞬間爆笑した。そうしながら、何だ案外乗り気じゃないかとほんの僅かにガッカリする。そしてそれ以上に、そうでなくてはと気持ちを上げた。
「成程。俺ならば今更一緒に行動したところでそう大してアドバンテージにならない、と」
「ええ、そうよ。ところでどうして笑ったのか説明を求めてもいいかしら」
「嫌だ」
ち、と舌打ちする雪乃を見やる。何だか久しぶりだ、と隼人は思った。最近は――彼女が可愛いから美しいに変わったあたりから――何をするにしても最終的に自身がボコされるのがほとんどだったので、それが嬉しかった。随分と歪んでるな、と彼の思考の片隅で目の腐った少年が鼻で笑っているのが見えて、お前も同類だろ比企谷とそれを打ち消した。
「まあいいわ。……理由は後もう一つあるけれど」
「別に恥ずかしがらなくても」
ギロリ、と視線だけで人が殺せそうな睨みを隼人に向けた。何理解した気になっているのだ貴様は、と言わんばかりの視線を受けた彼は、だったら言うなよと肩を竦める。言わなくても分かることを敢えて言うのは、それが必要だからだ。今回は不必要、だから雪乃が口にしなければ隼人もそれを言うことはなかった。陽乃は言う。
「……ああ、成程ね」
「何?」
「いや、何も?」
「ムカつく」
雪乃らしからぬ物言い。それが昔を思い起こさせて、隼人は思わず笑ってしまった。そうだ、彼女はこういう人だった。そんなことを思いながら笑った。
彼女の姉に追い付こうと、追い抜こうと。陽乃と同じように悪巧みをし、腹黒さや強かさを身に付け。それでも決定的に違う、後付のそれではカバーしきれない差異を持ち。
だからこそ、自分は彼女に惹かれなかったのだと思い返して。ああ楽しいと彼は笑った。やっぱりそうだと笑みを浮かべた。
「雪乃ちゃんは変わらないな」
「どういう意味かしら?」
「ははは。別に体型の話じゃないさ」
ぱぁん、とやけに小気味いい音が商業施設の通路に響いた。
「流石にこれは酷くないか?」
「うるさい。きびきび歩く」
頬に紅葉を付けたイケメンは、黒髪の美少女につれられてウィンドウショッピングに勤しんでいた。何だ何だと騒ぎになる前にその場から離れ、喧騒に紛れるために再度商業施設を闊歩し始めた隼人と雪乃であったのだが。
「というか、そもそも別行動を取れば……駄目だな、変な誤解を生む」
「そうよ。とりあえずその跡が消えるまでは」
「誰のせいだよ……」
「あなたに決まっているじゃない」
ジロリと睨まれる。確かにそうなので隼人は押し黙った。普段の彼ならば、『葉山隼人』ならば絶対にやらないミスであった。が、新年という時期、学校や家の仕事に関係しない場所、そして二人だけという状況。それが重なり合って緩んでしまった。つい、昔の昔のように、まだ恋を知らない時期の時のように振る舞ってしまった。
「随分と浮かれていたのね」
「……そうだな、否定はしない」
「別に私と違って、あなたは友人が沢山いるでしょう?」
「ああ。『葉山隼人』の友人はね。でも、俺の友人は」
そこまで言って、あ、そういやあいつ今日逃げやがったと思い出した。マジサーセン、とサムズアップしている男の顔を思い浮かべ、新学期になったら一発殴ろうかなと目の光を消す。
それはともかく。
「俺の友人は、つい最近出来たばかりだから」
「奇遇ね。私も友人が増えたのは最近よ」
そう言って雪乃が笑う。知ってるさ、と隼人も笑い、その共通の友人達を思い浮かべた。皆がてんでバラバラで、何の共通点も持っていないような顔ぶれで。しかし間違いなく重なり合う部分があって。
「しかしまさか、雪乃ちゃんの正体を知っても友人を続ける連中があんなにいるとは」
「その言葉、そっくりそのまま返してあげるわ。あなたの中身を知って幻滅しない人があんなにいるなんてね」
ぷ、とお互いに顔を見合わせ吹き出す。そうしてひとしきり笑いあった後、さてではどうしようかと隼人は視線を巡らせた。
ショーウィンドウに映る顔には紅葉が無い。そろそろ赤みも引いたみたいだな、と彼は自身の頬を撫でた。
「俺はこれから雪乃ちゃんのプレゼントを選ぶけれど」
「あら、それは私に直接駄目出しして欲しいということかしら」
「ははは。どっか行けって言ってるんだよ」
笑みを消さずに隼人は述べる。それを聞いて口角を上げた雪乃は、見られて恥ずかしいものを買う気なのかと挑発した。どちらの反応をしても、彼女は織り込み済みだ。
それが分かっているから、隼人も敢えて両方の答えを口にした。何だ面白くない、と雪乃は白けた顔を見せる。が、勿論それも織り込み済みだろうと隼人に指摘される。
「まあいい。どうせなら比企谷の方にでも行ったらどうだ? あいつもからかい甲斐が――」
そこまで言って隼人は怪訝な表情を浮かべた。雪乃があからさまにいやそれはちょっとという顔をしたからだ。嫌悪というわけではない、いうなれば、とても気まずいと称するような。
「……結衣と行動しているんだったか」
「間違いなくそうでしょうね」
「……あの時の電話、やけに焦ってたな、雪乃ちゃん」
「誤解だったのよ。それは間違いないわ」
夜中に二人でいたことは誤解でなかったけれど。風に掻き消されるような声量で呟いたそれは、しかし事情を察していた隼人にはしっかりと耳に届いてしまった。物凄く複雑な表情を浮かべ、いやまあ比企谷だしと思い直す。彼女も言ったではないか、誤解だと。一体何が誤解なのか、あの時も今も尋ねる勇気はなかったが。
「それに、まあ……よくよく考えれば隼人くんもうちにいたし」
「そこは声量落とせよ。あらぬ誤解を生むだろう」
「そうね。あなたの目当ては姉さんだものね」
「誤解に誤解を重ねるな」
雪ノ下家と葉山家の繋がりの関係上であり、仕方がないことだ。そうは言いつつ、それが終わった後くつろいでいたのは本当なわけで。
加えるならばそこで目当てが雪乃か陽乃かと問われれば答えは間違いなく陽乃なわけで。
「はぁ……吹っ切ったのではなかったの?」
「吹っ切った。それは間違いない」
「口はそうでも、体は正直ね」
「言い方ぁ! ……まあ、反論できない自分もいるが」
「ヘタレ」
「ああ、そうさ。結局、未だに決められない」
自嘲気味にそう述べる隼人を見て、雪乃はふんと鼻を鳴らす。ゆっくりと腕を振り上げると、そのまま彼の後頭部へとチョップを叩き込んだ。身長差がそこそこあるため、指先から肘辺りまでが纏めて叩き込まれる。ごす、と案外鈍い音がした。
「決めるの?」
「……どうだろうな」
地味に痛いが、今はそんな空気ではない。そう思って必死で耐えながら隼人は答える。尚雪乃はそれを察して即座に吹いた。俺のシリアス返せよと当然のように彼は抗議した。
「まあ、時間はまだあるでしょうし。もう少し悩むのもいいんじゃないかしらね」
そんな空気などなんのその。笑いながら雪乃はそう口にして、さてでは行くかと踵を返す。呆気に取られた隼人の尻目に、彼女はその場から去っていく。
「え、ちょ、雪乃ちゃん!?」
「何? まさか本当に私といたいの?」
「いやそれはない」
即答。じゃあいいじゃない、と顔だけ振り返った雪乃は、そのまま人混みへと消えていく。それを目で追っていた隼人は、何だそれと一人肩を落とした。
ああ、結局。
「今年も振り回されるのか……」
そう言いつつも、彼の口元はどこか緩んでいた。
ラブコメの、しかも原作メインヒロインのはずなのに何か全くそういうイベントが立たないゆきのんってどうなのこれ。