セいしゅんらぶこメさぷりめント   作:負け狐

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アンソロ読んだら案外葉山ぶっ飛んでたんで、ひょっとしてこの葉山でも大丈夫なんじゃないかと錯覚し始めた。


その2

 奉仕部へと向かう廊下でも、八幡の隣の結衣は難しい顔をしたままであった。そんな彼女を見て、八幡はやれやれと溜息を吐く。

 

「お前が悩んだってしょうがないだろう」

「かもしんないけど。うー」

 

 むむむ、と腕組みをしながら首を捻る結衣に軽くチョップを叩き込むと、彼はもう一度溜息を吐く。お前は俺の言ったことを分かっていない、そう言って肩を竦めた。

 

「へ?」

「お前が悩んだところで碌なアイデアは出ないだろう? だから無駄だ」

「酷くない!?」

「今の今まで何も思い付いていないのがその証拠だろ」

 

 うぐぅと唸る。恨みがましげな視線を向けながら、だったらそっちは何かアイデアがあるのかと問い掛けた。そう言いつつも、どこか期待と確信を持って彼に尋ねた。

 が、それに対し八幡は苦い顔を浮かべるのみ。視線を逸らすと、どこか歯切れの悪い返事をしながら頭を掻く。

 

「……絶対にお前は文句を言うぞ」

「……そりゃ、言うかもしんないけど」

 

 その言葉で何となく察した。確かに考えてみれば、この状況で八幡が出す答えとしては予想して然るべきものだ。そして同時に、悩んでいた結衣にとっては確かに文句の一つでも言いたくなる。

 とはいえ、何も考えていなかったというわけではないということが分かっただけでも御の字である。それがたとえ、この状況を続けるとか当事者に任せるとかそういうものだとしても、だ。

 

「まあ確かに、ゆきのんが何も考えてないはずないか」

「ある意味犯人で被害者だからな。噛んでいれば犯人オンリーだが」

「どうだろ。案外陽乃さんだけの悪巧みだったりして」

「悪巧みって言っちゃうのか」

「そりゃ言うし。優美子、結構悩んでたもん」

 

 その悩みがどの方向に向かっているのかは本人の口から語られていない。だから結衣としても予想するしかなく、これが正しいと明言は出来ない。だが、それがどんなものであろうとも助けようという思いだけは共通していた。そしてそれが間違っていたら、はっきりと言おうとも思っていた。

 

「流石に三浦は間違えねぇだろ。海老名さんも一緒だからな。それに」

「それに?」

 

 何でもないと八幡はそっぽを向いた。途中で言葉を止められたのが気になり、結衣はこんにゃろと彼の脇腹を突く。やめんかと反撃のチョップを叩き込みながら、八幡はいいから部室へ行くぞと足を早めた。

 その途中で他の生徒達とすれ違う。周りを気にすることない声量での会話は、当然のように八幡達の耳にも届いた。どうやら何か噂について話をしているらしい。

 勿論、その噂とは隼人と雪乃の恋愛についてだ。どうやら噂は本当らしいだの、親にも挨拶しているだの、お互いの家族で会食していただの。もはや婚約者か何かのように語られているそれは、流石に嘘くさい。どこか現実離れしているような規模のそれは、広がり方に反比例して噂の信憑性を下げているようにも思えた。

 

「……根付かせないようにしてるのか?」

「ん?」

「ああ、いや。こっちの話だ」

「さっきの人たちが話してたやつ? 確かに何かもうマンガとかドラマみたいな感じになってたね」

「問題はある意味マジだってことか……」

「幼馴染で親が仲良いならそんなもんじゃないかな、多分」

 

 どちらにせよ、あれはぶっちゃけ面白がっているだけだろう。そんなことを言いながら結衣は隣の八幡を見る。そうだな、と彼女のその言葉に頷いた彼は、だからこそ対処をしろと言わんばかりのこれが気に入らなかった。

 

「ガハマ」

「何?」

「これはあくまで俺の予想だが」

 

 雪ノ下は被害者側だ。そう言って八幡は口角を上げた。だからきっと、部室に行けば話は自動的に進んでいく。そう続け、心配すんなと結衣の頭に手をぽんと置く。

 

「今回の俺達は傍観者だろ。適当に遠巻きに見てればいいんだよ」

「……無理だと思うなぁ」

 

 

 

 

 

 

 無理でした。

 奉仕部部室に辿り着いた八幡は、罠に掛かったヒキガエルのごとく、蛇の群れへと強制的に連行された。ほらやっぱり、と苦笑しながら結衣も所定の位置につく。

 部室には既に雪乃と二人より先に向かった優美子と姫菜がスタンバイしており、八幡達がやってきてすぐにいろはもそこに合流した。尚、いろはは憤懣やるかたない表情を浮かべ物凄い勢いで扉を開いて侵入してきたので、思わず皆がそこに注目したほどである。

 

「そんで、一色は何キレてんの?」

「はぁ!? そんなの決まってるじゃないですか! あの噂ですよ、うわさ!」

「やっぱりかぁ」

 

 優美子の問い掛けにそう叫んだいろはを見て、姫菜は笑う。説明不要のようで何よりだ、と彼女は紅茶を淹れている雪乃を見た。表情こそ平静を保っているが、その実オーラが不穏極まりない。つまり今回、彼女は反撃をする側だということだ。

 

「さて」

 

 紅茶を人数分振る舞いながら、雪乃がぐるりと皆を見渡す。とりあえず不満を全力で表現しているいろはに向かい、ごめんなさいと彼女は謝罪をした。いきなりのそれに、流石にいろはも困惑する。怒りは引っ込んだ。

 

「バカ姉が迷惑を掛けたわ。まあ、私も一応は考えてはいた案の一つだったけれど……まさかこのスピードでやらかすとは」

「いや、まあそれはいいんですけど。……え? 今考えてたって言いました?」

「ええ。このままあの馬鹿が煮えきらないようなら、多少強引に道を塞ごうかとは思っていたもの」

 

 幸いにして自分は噂が立ってもダメージが少ない。何だかんだで幼い頃からの腐れ縁だ、それによってお互いの関係がギクシャクすることもあるまい。そんな予想を立ててはいたものの、個人的感情であれとイチャイチャするのはコレジャナイ感が満載なので保留していたのだ。

 だが姉は躊躇いなくやった。大丈夫でしょ、と語尾に音符マークでも付けていそうなノリで笑う陽乃を想像し、雪乃は脳内で張り倒した。

 

「……まあ、そういうことだから、これに関しては気にすることはないわ。私は隼人くんとそういう関係になる気はこれっぽっちもないのだもの」

「雪ノ下先輩がよくても、こっちはあんまり良くないんですよ~」

 

 ぶうぶう、といろはが頬を膨らませながら抗議を続ける。何かあったのだろうか、と視線を優美子へと向けたが、それについてはさっぱりらしく彼女はさあと首を傾げていた。

 

「ほら、例の噂をみんなが話してるじゃないですか。で、わたしがそれを聞く。そうすると、どうなると思います?」

「……え? 一色お前まさか」

 

 八幡がマジかよ、という目でいろはを見る。優美子達も同じシチュエーションになっていたので、その時のことを振り返った。

 そして気付く。ああ、成程、と。

 

「もう爆笑しちゃって。――そんなことあるわけないってみんなに笑いながら言ってたら、失恋で頭おかしくなったとか、何か気を使われちゃったんですよ! うんうん分かった分かったとか慰められて……ありえなくないですか!?」

「思った以上に酷い……」

 

 結衣が呟く。うわぁと姫菜も思わず目を逸らした。優美子はツボに入ったのか机に突っ伏して震えている。雪乃はノーリアクションを貫いた。

 

「これ噂が払拭されない限りわたし振られガールのままなんですけど! 絶対に許せません!」

「いいんじゃね? そのまま振られとけば」

「三浦先輩シャラップ!」

 

 がぁ、と優美子に食って掛かったいろはは、そのまま勢いよく捲し立てた。もしそうなったら、お前もその一員だからな、と。

 は、と優美子の表情が強張る。その顔を見て少し溜飲が下がったのか、いろはがふふんとどこか勝ち誇った表情で胸を張った。雪乃よりはあるが、目の前の優美子には及ばない。勿論結衣とは勝負にならない。

 

「だって噂じゃ葉山先輩が付き合っているのは雪ノ下先輩なんですから。否定されない限り、当然三浦先輩も振られガールってわけです」

「言われてみれば、そうか」

 

 あの場で隼人が否定したので自分の周りでは終わったと思っていたが、学校内で広がっているのならば当人が否定したという部分は意図的にオミットされている可能性すらある。面白い方に流れるのは当然の理で、となるといろはの言う通りこのままでは隼人にアタック中である優美子も当然失恋少女に早変わりだ。

 

「ま、最初っからそのつもりだったし」

「あれ? 三浦先輩もそうだったんですか?」

 

 やれやれ、とそう述べる優美子を見ていろはが不思議そうな顔を見せる。そりゃそうだと返した彼女は、そういうわけなのでアイデアを募集中だと言わんばかりに雪乃を見た。

 

「こちらも元々そのつもりだったから、それは問題ないわ。ただ」

 

 二人を見やる。先程の口ぶりからすると、彼女達が求めているのはあくまで噂を払拭することの一点のみだ。そこに付随する追加効果はあえてスルーしているようにも見えて。

 一つだけ言いたいのだけれど。そう言って、雪乃は優美子といろはを見た。

 

「この噂を消すのに一番手っ取り早いのは、隼人くんが本当に誰かと付き合うことよ。そうすれば、あれは噂だったという言葉に信憑性が高まる」

「場合によっては雪ノ下先輩と別れてその人とくっついたってことになりかねませんけど」

「噂から生まれた噂なんて所詮薄っぺらいものよ。希釈していけばそのうち消える。何せ本物の彼女がいるのだもの」

「それはいいけど。その場合隼人の相手ってのは」

「勿論、三浦さんか一色さんのどちらか」

 

 この状況を作った理由はそこなのだから、行き着く先も当然そこだ。このままでいれば噂は広がり、そしてそれに付随して色々と環境も変わっていく。失恋して尚陽乃を引きずっていた彼は、女子人気はあるもののそれまで浮ついた話が出てこなかった。それをひっくり返すようなこの噂は、隼人の隣に立てるのではないかという蜘蛛の糸のような存在で。

 

「それを引き千切って有象無象の女子を地獄に叩き落す役を担うのが三浦と一色ってわけか」

「ヒッキー、言い方」

「まあ、恋愛ってそういうところあるし、そこはまあしょうがないんじゃない」

 

 もう、と咎める結衣と笑う姫菜。そして大体そんなところねと雪乃が同意し、そういうわけだからと二人を見た。

 が、優美子もいろはも、その言葉には揃って首を横に振る。この状況で、今回の噂を使って、その関係になることに否と答える。

 

「……一応、理由を聞いても?」

 

 言葉とは裏腹に、雪乃はまるでそうだろうなと言わんばかりの表情だ。だからこそこの方法を使うことをしなかったのだから。そんなことを思っているようでもあった。

 

「今回の噂って、葉山先輩を追い立てるためじゃないですか。わたしと、三浦先輩。二人の道のどっちを選ぶかを迷ってて、でも後ろの雪ノ下先輩のお姉さんが何だかんだで忘れられなくて。だから立ち止まってたけれど、そうはいかなくなって」

「後ろから壁が来るから、潰されないようにどっちかの道を行く。それってさ、逃げじゃん。好きだから選ぶんじゃなくて、しょうがないからそっちに逃げ込む。そんなの、あーしは望んでない」

「ここまで来て消去法で選ばれたらたまったもんじゃないですよ」

「選ばれるのなら、一番だからって思われなきゃダメだし」

 

 ふふん、と二人は不敵に笑う。だから今回の噂は使わない。そう言い切って、雪乃へと目を向けた。そんなこと分かっているだろうとばかりに、視線を向けた。

 

「そうね。それでこそ、よ」

 

 雪乃も笑みを浮かべる。そうして三人で笑い合うと、観客となっていた残り三人へと目を向けた。うんうんと頷いている結衣と姫菜と、それでも尚傍観者を貫こうとしている八幡を見た。

 

「比企谷くん」

「だから俺を巻き込むな。悪いが俺は葉山が困っているのを見て笑いたいんでな、協力なんぞ」

「別にいいわよ。今回は見ていてくれれば」

「……は?」

 

 思わず雪乃を見る。が、笑みを浮かべたままの彼女はこくりと頷き視線を外した。では、と噂をどういう風に消し去るかの作戦会議を始めた。毎度おなじみ奉仕部ノートを取り出すと、現在蔓延している噂の書き出しから始めていく。

 八幡は放置だ。

 

「……いいのか?」

「ええ」

「俺は、本当に今回は見ているだけで大丈夫なのか?」

「そんなに心配しなくても、大丈夫よ。そもそも、あなたは被害に遭っていないでしょう?」

「いや、そうなんだが……どうにも、不安で」

「……先輩、何かDV夫に依存する奥さんみたいになってますね」

「あはは……否定できない」

「いや否定しろし。奥さんはユイ、あんただろーが」

「奥さん部分を否定してないわけじゃないと思うよ」

 

 ともあれ、関わらないとそれはそれで不安になるらしい八幡も、蚊帳の外に置かれない程度には話し合いに参加することになったのであった。雪乃の作戦通りであったかどうかは語らない。ただ、流石にそんな彼には若干引いていたことは記載しておく。

 

 

 

 

 

 

「……寒気がする」

「ん? 隼人くん、どうかしたん?」

「いや、何だか急に寒気がな」

 

 キョロキョロと辺りを見渡すが、別段怪しいものは見当たらない。そもそもここはサッカー部の部室である。怪しい奴がいたら大問題だ。ならば部活後で体を冷やしたかとも思ったが、その辺りのケアはきちんとしているのでこれも問題ない。

 ということはつまり、これは虫の知らせというやつに相違あるまい。そう判断した隼人は、その理由に思い至って溜息を吐いた。

 

「いやホント隼人くんどうした? 顔めっちゃ暗いんだけど」

 

 心配そうにそう声を掛ける翔に大丈夫だと返すと、ロッカーに置いてあったカバンから自身のスマホを取り出す。メッセージアプリが通知を出しており、新規メッセージが届いていた。時間的に、どうやら部活中に送られたらしい。その両方ともに、差出人の名字は同じ。

 片方は、そろそろ決めないといけないお姉さんからのアドバイス、という絶対に言葉通りではない犯行声明。そしてもう片方は。

 

「……そういうことなら、今回は乗ってやるか」

「お、隼人くん調子取り戻した?」

「だから最初から言っているだろう戸部。俺は大丈夫さ」

 

 そう言いながら、もう片方のメッセージに、雪ノ下雪乃からのそれに肯定を示すスタンプを送った。

 たまには姉さんの鼻を明かすわよ。そんな悪魔からの誘いに、是と答えた。

 




アンソロは公式設定として扱っちゃダメだよなぁ、多分。
パパのんとかはともかく。

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