セいしゅんらぶこメさぷりめント   作:負け狐

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この流れでそれやるの感。


その3

「葉山くん」

 

 そう言って呼び止められた隼人は、一緒に歩いていたサッカー部の部員に先に行っていてくれと述べる。うぇーい、と軽い調子で返事をした翔に苦笑しつつ、彼は自身を呼び止めた相手を見た。

 見覚えはある。が、その程度の関係な女子生徒だ。名前を言ってみろと言われると少し考えねばならない。あるいはごめんと謝らなくてはならない。そんなレベルだ。

 

「……」

 

 それで、どうしたのか。そう尋ねると、彼女は暫し何かを言い出しかけ、そして口を閉じ、を繰り返した。やがて覚悟を決めたのか、ゆっくりと言葉を紡ぐ。友達から聞いたんだけど、と前置きをする。

 

「今、付き合っている人がいるってのは、本当?」

「いや。……いないよ」

 

 ほんの少しだけ間があったが、彼ははっきりと否定する。それを聞いて僅かに希望を持ったのか、女子生徒はそのまま、勢いをつけたまま気合を入れた。

 拳を握り、息を吸い、そして。

 

「だったら、私と」

「ごめん」

 

 その言葉を言い切る前に、彼に切って捨てられた。え、と目を見開く彼女に向かい、隼人は真剣な表情のまま、もう一度だけごめんと述べる。被せるように言ってしまって申し訳ないが、その告白を受けるわけにはいけない。そこまで言い切りはしなかったが、凡そそんなような言葉を紡いだ。

 

「俺は」

 

 それで終わり。じゃあ練習に戻るから。そう言って踵を返しても良かったが、彼は何故かそこで言葉を続けていた。大分あの空気に当てられているな。そう思いつつも、隼人はそのまま女生徒に告げる。

 何故告白を断ったのかを、告げる。

 

「……俺は、好きな人がいるから」

「――え?」

 

 先程とは違う意味で目を見開いた。あの葉山隼人が、何と言ったのか。好きな人がいると、みんなの葉山隼人であるはずの彼が、一人の人間を。

 そこまで考えると、次に浮かんでくるのは誰だということだ。そしてあの噂が再び浮上してくる。つまりは。

 

「ゆ、きのしたさんを?」

「いやそれは違う。絶対に違う」

「えぇ……」

 

 突然食い気味に否定された。重苦しい雰囲気が吹き飛んだようなその口調は、振られたことで零れ落ちそうであった涙が引っ込んでしまうほどで。

 ともあれ、噂については彼も理解していて、そしてそれ自体については煩わしく思っているのは確実。それでいて、自分にはチャンスがない。

 

「でも、そっか……好きな人、か」

 

 口にしてしまうと、引っ込んでいた涙が再度溢れてくる。これは何の涙なのか、それを彼女自身も説明出来ない。思い続けていたには違いないが、ダメ元であったことも確か。こうなることも想定済み。少しでも印象に残ってくれればチャンスが巡ってくるかも程度の淡い希望だ。

 ああ、そうか、と彼女は自覚する。その希望が打ち砕かれたからだ。自分にはそれが巡ってこないと突き付けられたからだ。

 

「うまくいくと、いいね」

「……ありがとう」

 

 そう言って笑みを浮かべた隼人は、それじゃあ俺は行くよと踵を返す。その背中を見詰めながら、彼女はポロポロと涙を流した。隠れて見守っていた友人が駆け寄ってくるのを滲んだ視界で見ながら、女生徒はじっとその場で立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

「モテモテね」

「うるさいよ」

 

 そうして告白を断った隼人の背中に声が掛かる。嫌そうな顔をしながら振り向いた彼は、美しい黒髪の少女が口元に笑みを浮かべながら立っているのを見てその表情をさらに歪めた。

 

「このタイミングで接触とか、何を考えているんだ、()()()()()

「あら、このタイミングだからこそじゃないかしら、()()()()

 

 舌打ちする隼人と、笑う雪乃。念の為周囲を確認したが、今この場にはどうやら聞き耳をそばだてている輩はいないようであった。

 はぁ、と溜息を吐く。そうしながら、それで一体何の用だと問い掛けた。

 

「一昨日聞いた例の件だけど、本当にいいのね」

「……一応、今回はそっち寄りというだけだ。陽乃さんの思惑には乗りたくない」

「そう。理由を聞いても?」

「無理矢理どちらかに押し込められるのは御免こうむる」

「ぷふっ」

「おい今何で笑った」

「ごめんなさい。彼女達と同じ理由だったから、つい」

 

 彼女達が誰を指しているかなど聞くまでもない。それは確かに笑っても仕方ないな、と苦笑した隼人は、それで何でここにともう一度尋ねた。それだけならば、こうして直接会う必要がない。そもそもスマホ越しで作戦に参加したのだから、その後の打ち合わせもそれでいいだろうからだ。

 

「文章を入力するのが面倒になったのよ」

「言い訳するならもう少し説得力のあるのにしてくれないか?」

「いいのよ。別に理由なんてどうでも」

「はいはい。……で、俺は何をすればいい?」

 

 隼人の言葉に、雪乃は少しだけ考え込む仕草を取る。今回の噂を払拭するのに一番手っ取り早い方法は別の誰かと付き合うこと。現状その相手は三浦優美子か一色いろはのどちらかで間違いなく、そしてそれは同時に陽乃のお膳立て通りである。

 つまりそれは問答無用で却下というわけだ。だから別の方法で、なおかつ陽乃の顔が少しでも曇れば万々歳。そうする方法を雪乃が編み出し、隼人が実行すれば。

 

「出来るだけ姉さんが呆れるのがいいのよね」

「言い方。まあ、確かに陽乃さんの想定外を抜くのは難しいだろうからなぁ……」

「後反撃だけど。どうやら今回詰めが甘かったみたいで、母さんを通さなかったらしいの」

「陽乃さんらしからぬミスだな」

「……罠だと思う?」

 

 どうだろうか、と彼は考える。ちょっとしたからかいのつもりでやらかしただけならば、その可能性は十分ある。しかしそうなるとからかいに全力で反撃している図になるわけで。

 まあいいや陽乃さんだし。瞬時にそう結論付けた隼人は、とりあえず向こうに話を上げてみてからだろうと述べた。

 

「罠だった場合その時点で私は死ぬわよ」

「それが?」

「この野郎……」

 

 ジト目になった雪乃を見て楽しそうに笑った隼人は、その代わりと言ってはなんだがと言葉を続けた。不満げな表情の彼女へと、彼は告げた。

 

「多少の無茶振りなら、喜んでやってやるさ」

「交渉成立ね。派手に死んでもらうわよ」

「……だと思ったよ」

 

 やっぱり演技かこいつ。分かっていたがはっきりと突き付けられて、隼人はやれやれと溜息を吐いた。そうしつつも、どこか浮ついている自分もいるわけで。

 ああやはり、自分は当てられている。女生徒に告白された時にも思ったそれを、彼はもう一度自覚した。『葉山隼人』でなくともいい心地よい空気を、目一杯吸い込んだ。

 

「ああ、一応言っておくけれど」

「ん?」

「噂のようにあなたと付き合うとか、私はとてもじゃないけれど考えられないわ」

「同感だ。俺も君みたいな策謀系絶壁は選択肢にも――」

 

 顎ズレたんじゃないかと思うくらいのアッパーを食らい、彼の今日のサッカー部の練習はお預けとなった。

 

 

 

 

 

 

 というわけで。そんな前置きと共に雪乃はどこからか用意したホワイトボードをコツコツと叩いた。席に着いている面々は、そこに書いてある文字を眺めながら思い思いの表情で眺めている。

 

「えっと、雪ノ下先輩?」

「何?」

「……正気、ですよね?」

「狂気である、と判断するのかしら?」

「いやどう考えてもそのタイトルはとち狂ってんじゃん」

 

 いろはの質問に答えた雪乃へ、優美子が援護射撃。あらそう、と視線を再度ホワイトボードに向けると、そんなにおかしいかしらと首を傾げた。

 姫菜と結衣はノーコメントを貫いている。そして奉仕部名誉部外者はというと。

 

「『葉山隼人を盛大に爆死させる作戦会議』……か」

「素敵でしょう?」

「そうだな、そこは同意せざるを得ない」

「ヒッキー……」

 

 ギロリと八幡を睨んだいろはと優美子を見ないようにしながら、彼はとりあえず諌めるような結衣の視線にのみどうどうと宥めるポーズを取った。そうしながら、まあ考えてもみろと彼女に、一応名目上は結衣だけに伝えるかのごとく言葉を紡ぐ。

 

「今回の噂は、結局の所葉山が良い奴のイメージを作って行動してきたことで問題がでかくなっている」

「あー、うん。そうだね。みんなの隼人くんのイメージがあるから、ゆきのんとの噂がばばーって広がっちゃったんだろうし」

「そうだ。だから、そのイメージを崩してしまえば、噂は大した問題じゃなくなる」

「あー……ん? んん?」

 

 成程、と納得しかけた結衣は、八幡の言いたいことを察して首を傾げた。いやそれってつまりそういうことじゃんと眉を顰めた。

 

「イメージダウンさせるってこと?」

「それが一番手っ取り早いだろう」

「そうね。確かに比企谷くんの言う通りよ」

 

 えー、と結衣は視線を雪乃に向ける。が、そこで彼女が浮かべている笑みを見たことで、あ、これ違うやつだと判断し口を噤んだ。恐らく八幡が出したアイデアも策の一つであるのだろう。だが、それは決定した案とは違うものだ。表情を見る限り、そんな簡単な解決をするわけないだろうと告げていた。

 

「それで、どういう風に隼人くんをいじる方向なのかな?」

 

 同じような結論に達したらしい姫菜も、八幡のそれを踏まえつつ雪乃の会話の続きを促す。この野郎と唸っていたいろはと優美子も、凡その流れを読み取ったのか一旦席に戻って聞き役にジョブチェンジを果たしていた。

 

「そうね……実は隼人くんは女たらしで」

「それはただの事実だろ」

「ヒッキーちょっと黙って」

「いいのよ由比ヶ浜さん。比企谷くんが事実だと認めてくれたのはむしろ重畳。だって私はこう続けるつもりだったもの」

 

 今度も比企谷八幡と共に他校の女子とダブルデートを楽しむ算段なのだ。は、と発言した本人以外が呆気に取られるそれを言い切ると、雪乃は笑顔で八幡に向き直った。笑顔だけで何も言葉を発していない。が、それだけで彼には十分であった。

 事実って言ったよな?

 

「記憶にございま――」

『それはただの事実だろ』

「……」

「最近のスマホって便利よね。こうしてすぐに録音が出来るもの」

 

 す、と取り出した彼女のスマホには間違いなく八幡が件の発言を認める発言が録音されていた。勿論そんな一言だけでどうにかなるのかと彼は鼻で笑ったが、勿論そうだと雪乃は笑みを崩さない。

 

「最近のスマホって便利よね。簡単に編集も出来るもの」

「証拠捏造してんじゃねぇよ!」

「してはいないわ。これからするの」

「同じだ!」

「いいえ。後出しなんて卑怯なことはしないという私の意思表示よ」

「証拠捏造の時点で卑怯千万だろ……」

 

 がくりと力尽きた八幡は、伸ばしていた手をだらりと下ろした。そのまま机に突っ伏し、もう知らんとばかりに動かなくなる。よしよしとそんな八幡の頭を撫でながら、結衣は雪乃へと視線を送った。たはは、と苦笑しつつ、ほんの少しだけ唇を尖らせた。

 

「ゆきのん。あんまりあたしの彼氏いじめないで欲しいなぁ」

「ごめんなさい、善処するわ」

「それでも善処なんだ……」

 

 うわぁ、といういろはの感想は流しつつ、結衣はじゃあそれでと話を終える。そうしてから、先程の話の続きを促した。一体全体どういう方向でダブルデートとかいう状況になったのか、と。

 

「そうね。とりあえず隼人くんの『相手』を絞らせるわけにはいかない、というのがまず一つ」

「隼人があーしや一色と、ってなったら結局向こうの思う壺ってことか」

「ええ。だから出来るだけ噂の相手は散らすべきよ。だからこその他校の女子生徒」

「それはいいんですけど……どこから調達する気ですか? その他校の女子生徒とかいうの」

「海浜には要請済みよ」

「クソ野郎経由かよ……」

 

 突っ伏したまま八幡がぼやく。毎度おなじみ、とサムズアップしている折本かおりのイメージにチョップをかましつつ、相変わらず拙速を尊び過ぎだろうと溜息を吐いた。多少の不備は動きながら修正するから余計にたちが悪い。

 

「同じ総武だと噂よりも相手探しに重き置かれちゃうからってことだろうけど。それは他校でも結局同じじゃない?」

 

 と、そこで聞き役に徹していた姫菜が述べる。『相手』を散らすにしても、その程度では劇的な効果は得られないだろう。そう判断したわけだが、この程度のことを向こうが失念しているわけもないということも同時に考えていた。だから、彼女としては雪乃の次を促す合いの手程度の意味合いでしかない。

 

「ええ、そうね。……必要なのは、強烈な印象よ」

「へ?」

 

 唐突なそれに、思わず姫菜も目を瞬かせる。それに口角を上げることで返答とした雪乃は、視線をそこでもう一つの主役へと向けた。隼人が生贄という名の主役であれば、こちらはそれを触媒にして効果を発揮させる悪魔という名の主役。

 

「三浦さん、一色さん。手伝いをお願いしてもいいかしら?」

「嫌だっつっても結果は一緒だし。いいよ、やる」

「ま、乗りかかった船ですし」

 

 言葉は渋々のようであるが、別段乗り気でないようには見えない。隼人ではないが、彼女達もこの空気にすっかり染まっているのだ。結衣は勿論そうだし、姫菜ですらそれを自覚して溜息を吐いている節もある。

 名誉部外者のみ、頑なに認めようとはしない。

 

「ありがとう。じゃあ、比企谷くん、都合の悪い日はあるかしら。ああ、ごめんなさい。あなたにそんなもの存在しなかったわね」

「自分で言って自分で結論出すのやめてくれませんかね。そもそも俺はスケジュール過密だ」

「由比ヶ浜さん。彼の予定は?」

「へ? 多分土曜空いてるよ。出たがらないだけで」

「何よりそれが重要だろうが」

 

 はいはいと雪乃は流した。視線をいろはに向けると、サッカー部の予定ならどうとでもなるだろうという返事が来る。これはあくまで彼女の予定であり、隼人の予定ではないところがミソだ。

 

「じゃあ、そういうことにしましょうか」

「どういうことにするんだよ」

「言ったでしょう? 出来るだけ『相手』を散らせると」

 

 見せつけてやるのだ。そう言って彼女は笑った。普通の相手ならば近寄りがたくなるような、そんなものを。口にはしないが、まるでそう言っているかのような錯覚すら感じた。

 

「由比ヶ浜さん。そういうわけだから少しだけあなたの彼氏を借りるわ」

「了解。ちゃんと返してね」

「おい」

「一応彼の相手は折本さんだから、そこは安心していいと思うわ」

「あ、じゃあ大丈夫そうだね」

「大丈夫じゃねぇよ。安心という字を学び直せ」

「……なびいちゃうの?」

「そういう意味じゃねぇよ。何でお前いるのに折本になびかなきゃ――」

 

 そこで盛大に咳き込むと、八幡は発言をなかったことにした。勿論皆の記憶にはしっかり刻まれたのは言うまでもない。

 




次回、ダブルデート?
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