セいしゅんらぶこメさぷりめント   作:負け狐

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ほぼ葉山回。

誰得だよ(二回目)


その4

 二人きりになった。これを活かすには、少なくとも合流する時間を遅らせる必要がある。そんなことを思ってはみたものの、今いる場所を考慮すれば何もせずとも自然と時間がかかると判断しいろはは余計な行動を止めた。とりあえず今は隣の人物との交流を深めるべきだ。

 

「それで、集まる場所は送ったのかい?」

「はい。わたしに全部任せるのはちょっとマイナスですよ先輩」

「ははは。悪いね、いろは。頼り甲斐があるから、つい」

 

 爽やかにそう言われると、いろはといえども言い返せない。惚れた弱みというやつか、はたまた隼人が女性の扱いが上手いのか。両方かもしれない、と彼女は思う。彼はあの雪ノ下姉妹と共にいた。その過程で嫌でもそうなる必要があったのだろう。

 あるいは、彼の好きであった相手のために、磨いたのか。

 そうこうしているうちに、周りに人も増えてきた。パレードを見るには丁度いいのか、カメラを構えている姿もチラホラと見える。

 

「間に合いますかね~」

「どうだろうな。人が多すぎて来れないってパターンもあるし」

 

 ダメそうだったら再度連絡、ということにして、二人はそのままパレードが来るであろうその道へと視線を向ける。話すときはお互いの顔を見ながら、そうでないときはそこを見ながら。

 

「あ、始まった」

「合流は……ちょっと無理かもな」

 

 スマホを確認すると、辿り着けそうにないからまた後で、というメッセージが目に飛び込む。二人共同じ画面のそれを確認すると、仕方ないとばかりに口角を上げた。

 はぐれないように、と隼人がいろはの手を繋ぐ。急なそれに一瞬ビクリとした彼女は、ついでその行動を確認して目を見開く。あの葉山隼人が、自分のためだけに。

 そう思うのは彼を知らない者だ。そして知っている気になっている者は、彼は優しいからそういうことを自然に出来るのだと胸を張る。

 

「葉山先輩、手、いいんですか?」

「……改めて確認されると、恥ずかしいな」

 

 いろはの言葉に、隼人は苦笑する。彼のこの行為は、極々自然に行っているそれとはまた違う。『葉山隼人(ほんもの)』を知っている相手にそれを行うのは、葉山隼人を知っている相手にするのとはわけが違う。

 だから、隼人としても。まるで初心な男子高校生のような反応をしてしまう。

 

「そういういろはは、どうなんだ?」

「どう、とは?」

「俺が手を握っても、いいのか?」

「そうですね。戸部先輩なら振り払ってました」

「酷いな」

 

 ははは、と隼人が笑う。そっちだって笑っているくせに、といろはも笑う。

 そんな笑顔の二人の前を、派手なパレードが横切っていく。ディスティニーランドの人気キャラクター達がこれでもかと総出演し、クリスマスシーズンを彩る衣装で見るものを夢と幻想の世界に案内していく。それは大人でも、子供でも例外なく。

 いろはと隼人も、その姿に思わず目を奪われた。

 

「ん?」

 

 スマホが震える。画面を見ると、どうやらメッセージが届いているようで、アプリを開くと数枚の写真が目に飛び込んできた。別の場所でパレードを見ているのだろう、合流出来なかった面々の姿と位置を知らせる意味を込めた写真を眺め、終わったら来いということなのだろうかとそんなことを思う。

 終わったら。それはつまり、そういうことか。写真の送り主は雪乃。ならばその意味もあって当然。

 

「いろは」

「はい?」

「雪乃ちゃんからLINE来てたぞ。多分終わったらこっち来いってことだろう」

「雪ノ下先輩の方に……?」

「こっちは人が多いからな。向かうならその方が早い」

 

 成程、と頷くいろはであるが、しかしその意味も察したのだろう。スマホを取り出すと、そのメッセージに分かりましたと短く返信を送っていた。

 視線を再度パレードに戻す。どうやらパンダのパンさんもここはクリスマス仕様らしい。今頃写真撮りまくってるんだろうか、と隼人は至極どうでもいいことをふと思った。

 

 

 

 

 

 

 パレードには当然、王子とプリンセスのペアも来る。美男美女、そうであれとされたキャラクターが、華やかな衣装に身を包みパレードを進む。それらを眺めながら、隼人はちらりと隣を見た。

 

「あ」

 

 目が合った。どうやら向こうもこちらを見ようとしていたらしく、お互いに見詰め合う格好になってしまう。気恥ずかしくなって視線を逸らそうとしたが、どういうわけか目を離すことが出来なかった。

 

「葉山先輩」

 

 そう言って目の前の少女は彼の名前を呼ぶ。その瞳は真っ直ぐにこちらを見詰め、その唇から紡がれる言葉が決してふざけたものではないことを予感させた。

 パレードはまだ続いている。音とイルミネーションは周囲を幻想に誘い込み、直ぐ側の相手の声だって聞こえるか怪しい。だというのに、何故か彼女の声はやけにはっきりと耳に届いた。

 

「なんだい? いろは」

「……わたしは」

 

 隼人の返しに、いろはは言葉を続ける。喧騒も、幻想も、彼女の言葉を遮るには至らない。

 

「わたしは――」

 

 パレードは終盤を迎えた。これが終わると、次は花火が上がる。パレードよりも一層大きなその音は、当たり前のように声を掻き消す。だが、それでも彼女を妨げる障害には足り得ない。

 否、むしろそれは、彼女を引き立てる演出へと仕立て上げられているようで。

 

「わたしは。葉山先輩、あなたが」

 

 花火が上がる。頭上に巨大な大輪の花が咲く。明るい光のシャワーが降り注ぐ。彼女のために、世界を彩る。

 

「あなたが、好きです」

 

 しん、と世界が静まり返った気がした。音を全て奪い取ったような気がした。それほどまでに、はっきりと、彼女の、一色いろはの告白は隼人へと響いた。

 恐らく色々と考えていたのだろう。どういう風に告白をするか、どんな言葉を言えばいいか。それらを練っていたのだろう。

 だが、実際はこれだ。勢いで、己の感ずるまま、ただ真っ直ぐに言葉をぶつけた。彼女らしからぬ、何とも不器用な告白を行ったのだ。

 だからこそ、隼人には余計に響いた。奇しくもあの時、着飾らない部屋着のままで、勢いのまま告白した彼女のように。

 

「……最低だな、俺は」

「どうしたんですか?」

 

 はぁ、と溜息を吐き額を押さえる隼人を見て、いろはが心配そうに覗き込む。大丈夫だと手で制した彼は、改めて彼女に向き直った。今考えるのは目の前のいろはだ。決して返事を保留した『彼女』ではない。

 

「いろは」

「……はい」

 

 彼の声が真剣味を帯びていたからだろう、思わずいろはが姿勢を正す。そしてそんな彼女に向かい、隼人はまず笑顔を浮かべた。ありがとう、とお礼を述べた。

 

「それは、どういう意味でですか?」

「そうだな……まずはこんな俺を好きになってくれてありがとう、かな」

 

 顎に手を当て、わざとらしくそんなことを述べる。そうして少しだけ空気を緩めると、隼人は困ったように頭を掻いた。わざわざ聞くことではないけれど、と言葉を続けた。

 

「俺はそんなに立派な人間じゃない」

「知ってます」

「優等生で爽やかなスポーツマンに見せているけど、実際はヘタレで、腹黒くもあって、案外スケベだ」

「分かってますよ。今更です」

 

 自分が好きなのは、イメージで固められた葉山隼人じゃない。彼の言葉に、それを強調するかのような答えを返す。一方で隼人自身も、そうだよな、と苦笑するように少しだけ視線を逸らした。

 

「なら、これは知ってるか? 俺は今、告白の返事を保留している」

「三浦先輩ですよね? 当然です」

「それも込みか……」

「勿論。そもそも、そんなこと葉山先輩だって知ってたでしょう?」

「まあ、な」

 

 はぁ、と息を吐く。どうやら余計な道はないらしい。そのことを改めて確認した隼人は、ならば答えも知っているだろうと彼女に述べた。当然それも込みだろうと問い掛けた。

 

「知りません」

「え?」

「わたしは知りません。だから、葉山先輩の口から、言ってください」

 

 言葉が止まる。成程、と頷いた隼人は、敵わないとばかりに肩を竦めた。それはそうだろう。相手が何を言うか予想がついていても、それを聞かないのならわざわざ言う必要もない。何のこともない、彼が自分で僅かな逃げ道を探そうともがいただけだったのだ。

 

「いろは」

「――はい」

 

 ならば答えねばならない。彼女の想いに、応えなければならない。

 

「ありがとう」

「それは」

「でも、ごめん。俺は」

 

 俺は今から、最低なことを言う。そう前置きして。

 隼人はそれを口にした。以前彼女にも言ったように。目の前のいろはにも、同じことを告げた。今はまだ、返事が出来ない、と。

 ただ、前回と違うのは。

 

「でも葉山先輩。三浦先輩の時は、たしかわたしの告白を聞いたら、って言ったんですよね?」

「そこまで情報共有してるのか……」

「当たり前です」

 

 前回の条件を満たしたのに何故まだ。そう問い詰めるいろはに対し、隼人は困ったように後ずさった。さっきも言ったからな、とやけくそのように言葉を続けた。

 

「さっき?」

「最低なことを言うぞ」

「あ、はい」

「美少女二人から告白されるのは、凄く気分がいい」

「……何だか先輩の影響受けてません?」

「ああ、それは若干あるかもな……。最近大和や大岡より比企谷といる方が落ち着く気がしてきたし」

「それはかなり重症なのですぐに直してください」

「……俺より比企谷と付き合い長いんだよな?」

 

 確か知り合った期間だけならば結衣と張り合えるはずだ。そんなことを思いながら問い掛けたが、それとこれとは別ですと真顔で返された。

 ともかく、といろはが指を突き付ける。そういうのはいいから、もう少しちゃんと話してくださいと釘を差した。一応本心ではあるが、真面目な回答ではないことを見抜かれていたらしい。そりゃそうでしょうに、と彼の脳内雪乃が呆れていたのでうるさいと返した。

 

「――吹っ切れていない」

「雪ノ下先輩のお姉さんの件ですか?」

「ああ。いや、少し違うか。……怖いんだ」

 

 どちらかを選んだことで、選ばなかった方との繋がりが消えることが。そう言って彼は自嘲気味に笑う。何のことはない、結局まだそこを割り切れていないだけなのだ。一歩踏み出したが、もう一歩先が躊躇している。仲良く笑い合えたのに、一瞬でそうでなくなるのが、たまらなく怖い。

 だが同時に、迷っていても結果が同じなことも分かっている。聞かなければそれでもいい。聞いてしまったならば、選ばなければいけない。どちらかを、あるいは、選ばないことを。

 

「なんだ、そんなことですか」

「え?」

「そういうのは、普通の人相手に悩んでください」

 

 そんな彼の苦悩を、いろははあっさりと切って捨てた。不敵に笑いながら、心配しなくとも大丈夫だと言ってのけた。

 

「まあ、そりゃ、わたしを選んでくれるのが一番ですけど。もし三浦先輩を選んでも、わたしは逃げませんよ。向こうだって同じです」

 

 だって。そう言っていろはは指を口元に添える。笑いながら、その指を隼人の口元へと持っていく。

 

「わたしも三浦先輩も。あの、雪ノ下雪乃先輩の友達なんですから」

 

 

 

 

 

 

 パレードが終わったことで人混みは幾分か薄れてきた。八幡達のいる場所へと隼人といろはの二人は合流する手はずになっているので、こちらとしては動く必要はない。次々に上がる花火を眺めながら、口々に感想を言うばかりだ。

 

「なんか、懐かしいね」

「……そうだな」

 

 隣の結衣の言葉に、八幡はぼんやりとそう返す。二人の懐かしむ花火の思い出は夏の一件のみだ。結衣は何となしに言ったのだろうが、八幡にとっては色々と思うところのあるもので。

 

「どしたの?」

「あー、いや。……月が、綺麗だなって」

「へ? 月が? ……あー!」

 

 思わず口にしてしまった八幡も、それを聞いて思い出してしまった結衣も同時に悶えだす。あれがあったからこそ今こうして隣り合っているのは間違いないが、積極的にえぐり出したいかといえば答えは否なわけで。

 何やってんだあの二人、と呆れたような目で見る優美子に、放っておきなさいと雪乃は告げた。ああいうのは下手に何かを言わない方がダメージが少ない。

 

「あ、いじらないんだ」

「あれをからかったら致命傷だもの」

「確かに」

 

 顔を真っ赤にしてあたふたする二人を姫菜が生暖かい目で見やる。彼氏彼女というのも中々大変だ。そんなことを思いながら、ちらりとそこにいる男子を見た。

 姿が見えたらしい隼人に向かって手を振る翔、それに手を振り返す隼人。いつもならばそれだけでご飯がいただける妄想をするのだが。

 まあいいや、と彼女は視線を外した。今はそれよりも、親友だ。優美子がいろはと何やら話しているのを見て、予想はそれほど間違っていなかったようだと息を吐く。もっとも、これで彼がいろはを選んだとしても、関係が壊れることはないだろうとおぼろげながらに思っているのだが。

 

「私も変わったなぁ……」

 

 思わずそんなことをぼやいた。案外自覚しないだけで、常に変化はしているものなのかもしれない。それでも、そう考える程度には大きく変わっている。それがほんの少しだけ不快で。

 

「まあ、それも楽しい、か」

 

 それを上回るほどには、心地よい。その思いもまた変化の賜物だと考えて、それがことさらに可笑しかった。

 

「海老名さん」

「ん? どうしたの雪ノ下さん」

「いえ、見ているだけだとつまらないし、私達もあの二人をからかいに行きましょう?」

 

 そう言って隼人といろはを指差す。どうにか落ち着いたらしい結衣とそれに引っ張られた八幡も合流し、花火と混ざりあった騒ぎが生まれていた。成程、と頷いた姫菜は、雪乃と共にそちらへと歩みを進めていく。そうだ、その通り。見ているだけではつまらない。

 楽しい日々は、まだまだこれからだ。

 

 




ラブコメ? してる?

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