セいしゅんらぶこメさぷりめント   作:負け狐

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この話、普通に進めた場合原作のこじれる場所が何一つない


会議マストダイ
その1


 総武高校新生生徒会。その副会長は隣で微笑んでいる会長を見て顔を引き攣らせた。成程、だの、そうなんですか、だのと笑顔で相槌を打ってはいるが、その表情はそれで固定されたまま。よくよく見ると口元はひくついていた。

 今行われているのは、他校との合同で行われるクリスマス会のための会議だ。各々の自己紹介から始まり、どういう風にしていきたいか意見を出し合い。そしてそれが二日目になっても続く。

 じゃあ今日はこの辺で、と会議を取り仕切っている相手校の生徒会長玉縄が述べた。それに頷き皆が立ち上がって帰り支度をする中、総武高新生徒会長一色いろはだけは暫し机に置いてあるプリントを眺めている。カリカリと何かを書き続け、それを終えた後に勢いよく立ち上がった。

 

「か、会長?」

 

 副会長の言葉に、いろはが振り返る。どうしましたかと彼に尋ねると、いやちょっと、という歯切れの悪い返事だけが来た。

 

「……そうですか。ところで、向こうも何かヘルプの人員呼ぶみたいなんで、こっちも呼んでいいですか?」

「え? あ、ああ。それは別に」

 

 かまわないと言ってしまった彼は、後日深く後悔することになるのだが、今この状況では知る由もない。ただただ、いろはから生徒会長としてのオーラらしきものを感じ取り流石だと圧倒されるばかりである。

 先程の彼女の表情も、向こうの企画を進めようとしない悪い言い方をすれば意識高い系の言動に憤りを覚えていたようであるし、見た目や評判とは裏腹のやる気に満ち溢れた素晴らしい会長ではないか。後輩がそこまで頑張るのだ、自分も何か手伝いを。思わずそんなことを思ってしまうほどで。

 真面目に考えると馬鹿を見る。時と場合によるのかもしれない。彼がそういう意見を身に付けるのはこのクリスマス会後だ。

 

 

 

 

 

 

「せんぱーい、やばいですやばいです……」

「顔と口調とセリフの圧が合ってねぇよ」

 

 奉仕部。そこに飛び込んできたいろはが部員ではないのに何故かいる八幡へと零した言葉がこれであった。そしてそれに対する彼の感想がこれである。

 普段であればこんなことを言いながらやってきた場合、彼女は庇護欲を誘うようなあざといとも言える表情をするはずだ。が、現在のいろはの顔は。

 

「なあ一色。無表情で猫撫で声出しながらこいつ殺すみたいなオーラで言うのやめない?」

「なにかおかしかったですか?」

「何もかもおかしい」

 

 はぁ、と溜息を吐いた八幡は周囲を見た。本来いろはの用事は奉仕部が受ける依頼であるはず。だというのに何故か対応しているのは彼一人。どう考えても、やはり俺が相手をするのはまちがっている。そう思いながらとりあえず部長に文句を言うべく口を。

 

「それで一色さん。あなたの依頼は誰かを抹殺することかしら」

「何言っちゃってんのお前!?」

 

 その前にインターセプトをしてきた奉仕部部長雪ノ下雪乃。だが、彼女は彼女でいろはの言葉からそんな結論をはじき出してきたらしい。思わずツッコミを入れた八幡であったが、しかしあの物言いではあながち間違いでもないのかもしれないと口を閉じ暫し考える。

 

「悩むなし」

「まあ比喩表現って意味ならあり?」

 

 そんな八幡を見て、優美子は呆れながら、結衣は苦笑しながらそんなことを述べた。尚今日は姫菜は用事で不在なので、ベストメンバーではない。

 二人に視線を向けたいろはは、まあ大体そんな感じですねと告げる。あまりにもあっさりと肯定したので、軽く聞いていた二人が少しだけ引くほどだ。

 ともあれ、このままだと話が一向に進まない。誰を比喩表現的に抹殺するにしろ、まずは詳しい内容を聞いてからだ。誰に促されたわけでもないが、そういう空気へと収束したのでいろはがそうですね、と下唇に指をちょこんと添えながら考え込む仕草を取った。

 

「もうすぐクリスマスなんですけど」

「知ってるっつーの」

「何か、近くの高校と合同で地域のためのクリスマスイベントをやることになったんです。小さい子やお年寄り相手にするようなやつを」

「へー。どこの高校とやるの?」

「海浜総合高校です」

「海浜!?」

 

 がたり、と八幡が立ち上がった。何だ何だと皆が彼に視線を向ける中、我に返った八幡はゆっくりと座り直し続きを促す。ここではい分かりました、となるならここの連中は奉仕部ではないしやってきたのは一色いろはではない。

 待て待てと皆、ではなく、優美子といろはがほれ吐けと詰め寄った。美人と可愛いが近くに寄ってくるのは男子としてはある意味眼福ではあるのだろうが、いかんせん見た目以外は猛獣と変わらない連中である。普通に恐怖が勝る。

 

「いや、大したことじゃなくてだな」

「だったら言えし」

「いいじゃないですか、隠さなくても」

「……いや、だからな? ただ、あれだ」

「どれだし」

「早く言ってくださいよ」

「……海浜に知り合いがいるってだけだ」

 

 思った以上に普通の答えを聞いて、何だと優美子といろはが脱力する。その程度で一体何をあそこまで反応したのか。ジト目で彼を見ながら、そんなことを思いつつそれぞれの席に戻っていった。

 それが終わったタイミングで、雪乃が口を開く。ちなみに二人はその人のこと知っているわよ、と。

 

「は?」

「え?」

「折本さんだもの」

 

 ウケる! とサムズアップしているショートボブの少女が頭に浮かび上がる。そして同時に、ああそういうことかと納得したように揃って八幡を見た。

 

「っていうか一色は何で知らなかったし」

「いやわたしあの人が制服着てたり高校の話してるの聞いたこと一回も無かったんですもん」

 

 ぶうぶう、と優美子に文句を言った後、いろははふと何かを閃いたような顔をした。雪乃に視線を向けると、こくりと察したように彼女が頷く。スマホを取り出すと、何やらどこぞと連絡を取り始めた。画面を眺め、雪乃の口角が三日月に上がる。

 

「それで、一色さん。私達はそのクリスマス会の手伝いをすればいいのかしら?」

「それはもう。好きに暴れてください」

「返答おかしい」

 

 当然のように八幡のツッコミは無視をされた。いろはと話しながらスマホを操作し、雪乃は着々と準備を整えていく。何の、とは怖くて聞けなかった。聞いたら逃げられなくなる、そんな予感が八幡にはあった。が、同時に、このまま聞かなければ楽には死ねない、そんな予感もあった。

 早い話が詰みである。彼に出来ることは、今すぐにこの場から逃げ出すことだけだ。

 

「どしたのヒッキー」

「俺は逃げる。後は任せたぞ」

「あ、うん。じゃね」

「……」

 

 ヒラヒラと笑顔で見送る結衣。そんな彼女を見て、八幡は訝しげな視線を向けた。ここは引き止める場面じゃないのか、と。

 

「んー。今の感じだと別にゆきのんに任せとけば問題ないかなーって」

「お前それでいいのか」

「逃げようとしてるヒッキーには言われたくないし」

 

 ジト目で彼を見た結衣は、そういうわけだからと立ち上がる。帰るん? という優美子の言葉に、うん、と彼女は笑顔で返した。

 

「どのみち今日はやんないでしょ?」

「そうね。動くのは明日になってからかしら」

「え~、なるはやでお願いしたいんですけど」

「大丈夫よ。明日には終わるわ」

 

 ふ、と笑みを浮かべた雪乃はどうしようもなく邪悪に満ち溢れていた。八幡の感想である。他の面々がどう思っていたかは定かではない。

 ともあれ、八幡の横に立った結衣はそのまま彼の手を取った。それに合わせるように、優美子も鞄を掴み帰り支度を始める。どうやら今日は本当にこのまま解散のようだ。その事に気付いた八幡は、自分が全く逃げられなかったことにも同時に気が付く。

 

「どっか寄ってく?」

「……雪ノ下のいない、平和な場所がいいな」

「心配し過ぎだって」

 

 ごー、と彼の手を握ったまま振り上げた結衣は、そのまま笑顔で部室を出た。

 ここで手を振りほどいてでも逃げないのが、八幡の八幡たるところである。

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後。全てを諦めた顔をした少年が死んだ魚の眼でその建物を見上げていた。高校からほど近い場所にあるこのコミュニティセンターでイベントの打ち合わせを行うらしく、奉仕部プラスワンはいろはに促されるまま中へと入る。二階にある講習室と書かれているそこに入ると、既に来ていたらしい海浜の生徒達が目に入った。

 その中の一人がこちらにやってくると、いろはに馴れ馴れしい挨拶をする。向こうの生徒会長だというその男子にいつもの営業スマイルで挨拶をしたいろはは、ついで彼が怪訝そうに後ろの集団を見ていたので紹介をした。こちらもヘルプ要員を呼んだのだ、と。

 

「そうかい。僕は玉縄、海浜の生徒会長なんだ」

 

 よろしく、と彼が述べたのを皮切りに、他の面々もこちらへとやってくる。その都度挨拶をしてくるのだが、彼ら彼女らの言葉の端々から謎の自信と意識の高さが伺えた。八幡はちらりと横を見る。成程、と頷いている雪乃と姫菜、首を傾げている結衣。

 そして、ひたすら無表情の優美子。

 

「雪ノ下さん」

「どうしたの三浦さん」

「こういう意味か……」

「ええ。一色さんの話を聞く限り、こういうことだと予想したけれど。その通りだったわね」

 

 どうやら事前に聞いていたらしい。それでもダメージを受けたらしい優美子は、これ以上いると手が出かねないと自分達の生徒会の面々へと避難していった。急にその場を離れた彼女を不思議そうな顔で見ていた海浜生徒会だが、雪乃が適当な理由を述べてお茶を濁したことで話が戻る。

 こちらも、といろはが説明した通り、海浜側も生徒会以外の手伝いがいるらしい。先程とは違い、玉縄に紹介された面々はそこまで意識高い系ではない。そのことでほんの少しだけ安堵した八幡であったが、次の瞬間その表情が凍る。

 そいつは手伝いの面々の後ろからやってきた。くしゃっとしたパーマの掛かったショートボブを揺らしながら、どこか楽しそうな笑みを浮かべ。

 

「よろしくー」

 

 他の生徒とは違い、名前も言わず、ただそう言って軽く手を上げた。それだけで十分であった。それだけで、八幡は全てを悟った。ああそうか、つまり昨日のアレはこういう意味か。

 

「ん? どしたん比企谷。顔死んでるよ。あ、いつもか、ウケる」

「ウケねぇよ死ね」

 

 ざわ、と海浜側に戦慄が走った。総武高校のヘルプ要員だと紹介された男子生徒が突如こちらの女子生徒に暴言を吐いたのだ。死ね、と言われたその女生徒は人当たりもよく男女隔てなく仲良くするタイプで、当然海浜側も皆憎からず思っている。とりわけ生徒会長の玉縄は、それを少しこじらせているきらいがあるほどだ。

 

「ちょっと、君。今のは一体――」

「ていうか何でお前がここに――は雪ノ下の仕業か。乗ってんじゃねぇよ、暇人か」

「比企谷の方が暇人じゃん、ウケる」

「うるせぇ死ね」

 

 二発目である。玉縄の静止などまるで聞いちゃいないそれは、確実に海浜側のヘイトを溜めていた。何だあいつ、と皆厳しい目を八幡に向け始め、彼を連れてきた総武高校生徒会にも懐疑の目が向けられる。合同で、協力してやる気があるのか、と。

 そんなギスギスした空気の中、時間だということで皆が席に着くことになった。四角く並べられたテーブルではあるが、基本ホワイトボードのある側に玉縄が座り、その左右へと分かれる形になるようだ。少なくとも前回まではそうだったのだろう。

 だが、双方ともに手伝いを増員した結果、左右だけでは足りなくなった。しょうがないので玉縄の対面のテーブルも使用することになり、総武と海浜の手伝いがそれぞれそこに座っていく。

 

「晒し者じゃねぇか……」

「人増え過ぎ、ウケる」

「そう思うんなら減らせよ。こっちは全部で十人だぞ」

「そっちも増やせばよくない?」

「座る場所無くなるだろ」

「それもそうか、ウケる!」

「ウケねぇよ」

 

 会議を始めるはずなのだが、何故か一向に玉縄が声を出さない。というよりも、席に着いた海浜側が動かない。どうしたのだろうかと首を傾げる総武の生徒会の面々であったが、会長と手伝いは事情を察してプルプルと震えていた。

 海浜側の最後尾、といえばいいのだろうか、そこに座っているのは件の彼女――何を隠そう折本かおりだ。そして総武側の最後尾、その隣に座っているのは勿論比企谷八幡。先程の暴言を放った相手を隣に置いて、彼女がどうしていたのかといえば。

 

「んでさ、これ何やる感じ?」

「俺は今日が最初だ、知らねぇよ」

「やっぱり?」

「知ってんなら聞くな」

「まーまー。ほれ、これでも食べて落ち着いたら?」

「誰のせいだっつの」

 

 鞄から取り出されたクッキーを当たり前のように受け取った八幡が、何も気にすることなくそれを頬張る。明らかに親しい相手にするやり取りだ。海浜の中でもそこまで距離の近い異性はいない、同性でもほんの僅か。皆と一律に距離は近いが、もう一歩には中々踏み入らせない。そんなイメージを持たれていた彼女のその中に、あの男がいたのだ。

 

「あ、ついでにみんなにも渡してくんない?」

「自分でやれよ……」

 

 ほいほい、とクッキーを五つ取り出して八幡に渡す。溜息とともにそれを受け取った彼は、ほらよ、と隣にいた結衣に差し出した。当たり前のように彼女もそれを受け取り、そして残りの手伝いの面々と生徒会長もそれを受け取る。最早海浜の理解の範疇を全力でぶっちぎっていた。

 

「ガハマ」

「ん?」

「どっからどこまでが雪ノ下の作戦だ」

「え? これは別にゆきのんの作戦じゃないよ」

 

 はぁ、ともう一度溜息を吐いた八幡が頬杖のまま右隣の結衣に問い掛けたが、返ってきた言葉は彼の予想外。思わず素っ頓狂な声を上げて、左隣のかおりに爆笑された。

 

「どういうことだ」

「だから、これはまだ作戦じゃないんだって」

「……」

「無言でこっち見んな! ウケる!」

 

 ひーひーと机を叩きながら笑う海浜で唯一動いている少女、かおり。よく分からないが、とにかくこの相手を石化させてしまった原因は雪乃の作戦ではないらしい。誰も当てにならないのでとりあえずそれだけを結論付け、八幡はわけわからんと天を仰ぐ。

 ちなみに、作戦の本編ではないが、当然ながら雪乃はジャブ代わりに機雷を撒いていた。そしてその起爆剤は自分自身だということに、他人の身になって考えることの苦手な彼は、どうしても気付けないでいた。

 

 




玉縄が死んだ!
この人でなし!

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