『エンタープライズ』と『愛宕』が着任してからある日の事。
新たに着任した『エンタープライズ』を秘書艦として、指揮官はとある任務を遂行していた。
執務室で黙々と書類を捌いていく二人。目まぐるしい速度で眼と手が動き、大量とまでは言わないが中々の量の書類を次々と減らしていく。
書類の束が次々に減り、漸く一段落しようとした時だ。
――コンコン
と、ノック音が部屋に響く。
その音に二人は顔を上げて時計を確認すると、
「む、もう出撃した娘達が帰投する時間だったのか」
「なに? そんなに集中していたのか……」
そう言葉は発すると頷き合い、
「入ってくれ」
指揮官が入室を促す。
入ってきたのは二人の『KAN-SEN』。一人は初期艦である『ラフィー』。もう一人はロイヤル陣営所属の軽空母『ユニコーン』である。
軽空母『ユニコーン』。艦種は軽空母という分類になっているが、本来の彼女は航空機補修艦という特殊な艦船。後方支援が主な任務だった筈の彼女だが、様々な状況に振り回され続け時には艦隊空母として作戦に従事。作戦終了後は再び航空機補修艦として後方支援を。そしてまたある時には、本命の艦の代理として艦隊空母任務に従事。そしてまた後方支援へと戻るという、言っては悪いがどっちつかずの艦生を歩んできた艦だ。
入室した二人は敬礼し、指揮官と『エンタープライズ』も返礼する。
二人は見た目相応にトコトコと愛らしい動きで指揮官達に近付き、
「指揮官、頼まれてた任務終わった」
「骨の指令さん、ユニコーン達頑張ったよ」
『ラフィー』は表情をあまり動かさず、『ユニコーン』は愛らしい笑顔でそう言って、指揮官に報告書を渡す。
指揮官はその報告書受け取ってからざっと読み、
「二人とも報告ありがとう。次の任務までは多少時間があるからゆっくりやすんでいてくれ」
「分かった……」
「うん」
労いの言葉と次の指示を出す。それに答えてから退出しようとする二人だが、三人のやり取りを見ていた『エンタープライズ』が、
「……む? 指揮官、彼女達のコンディションが低下しているぞ」
指揮官にそう言う。
「なに?」
その言葉を受けた指揮官は、『エンタープライズ』の言葉に振り返っていた二人の顔を見る。『ラフィー』は感情等をあまり顔に出さないが、よくよく見れば確かに疲労の色が見えるし『ユニコーン』の顔色も確かに悪い。
「いかん、本当だな」
そうして思い出すのは『KAN-SEN』達の出撃回数の事。普段の任務に加え、ここ最近は割と多く緊急の任務もあったが故に『KAN-SEN』達を過度に出撃させていた。勿論無理な出撃などはさせていないが、それでも多く出撃させていた事には変わりない。指揮官は頭を振り、
「二人ともこれからの任務は中止だ。艦隊の皆にもそう伝えてくれ」
「え?」
「でも……」
「調子も優れないのに無理して出撃してお前達が危険な目にあっては意味がないからな。なに、この任務はそこまで急を要するものでもないから心配はいらん」
困惑気味な二人を安心させるように微笑み、頭を優しく撫でてやる指揮官。
気持ちよさそう撫でられながらも、本当にいいのかと眼で問い掛けてくる二人に頷く指揮官。
「今日はゆっくり休め」
駄目押しとばかりにそう促せば、二人も頷くしかない。少し申し訳なさそうな表情――『ラフィー』はあまり表情が変わっていないが――をしつつ退室していく。それを見送ってから、
「指揮官は結構コンディションを気にするんだな」
『エンタープライズ』がそう呟く。
指揮官は椅子の背に身体を預けてから吐息を漏らすと、
「まぁな。こういったのは油断すると危険だしな……私だってあまり皆に苦労してほしくないんだよ」
「指揮官……」
その表情はまさに、子を想う父親か母親のようなもの……
その表情に、鼓動が微かにトクンと跳ねる『エンタープライズ』。
着任して日はまだ浅いが彼女は知っている。この指揮官が彼女達『KAN-SEN』を大事にしている事を。
彼女達『KAN-SEN』はかつての軍艦の生まれ変わりともいうべき存在。自分達の主となる指揮官に忠実な存在。であるが故に、彼女達を物として扱い酷使し、挙げ句の果てには沈める者もいれば、自身に忠実である事利用し、邪な感情を彼女達に抱きそれを実行する者もいる。当然そういう指揮官は少ないし、バレれば即更迭され指揮官生命は終わる。それでもそういう指揮官がいなくなる事はないのが現状なのだが……
当然だが、彼女達の指揮官はそういった人種なんかではない。彼女達『KAN-SEN』を対等の存在として、一人の『ヒト』として見てくれる。戦いの道具としてではなく一個人とて見て、しっかりと労ってくれる。
(……ふっ。どうやら私はいい鎮守府に、いい指揮官に巡り会えたようだ。この力は
『エンタープライズ』は心の中でそう零し、再び書類に視線を落とした指揮官に顔を向ける。
「そう思うのならせめて、コーラじゃなくて他の食糧で補給したらどうだ。寮舎いつもヒドいぞ」
「うぐっ……」
だがしかし。『KAN-SEN』達が休むべき寮舎の現状を知っている『エンタープライズ』は苦言を呈さねばならない。いかに彼女達『KAN-SEN』を大事にしていて資源の備蓄潤っていないとはいえど、一番手持ちが多いコーラで補給するのは如何なものかと。
「いや、しかしだな……」
「皆まで言わずとも分かっているさ指揮官。秘書艦を任され貴方の補佐をしているんだ。貴方が
「むぅ……」
気まずそうに『エンタープライズ』の視線から顔を逸らす指揮官。そんな彼に苦笑して、
「まぁ、貴方の事だ。私が言わずとも大丈夫だろうがな」
終わった書類とそうでない書類を分けながら『エンタープライズ』はそう言った。
尚後日から、『KAN-SEN』達に定期的に海軍カレーを奢る指揮官の姿がみられるようになったとか。
それはさておき仕事を再開する二人。とはいえ、残り僅かだったので仕事はあっさり終わった。
「ふぅ~……」
「お疲れ様だ指揮官」
指揮官は吐息を漏らし、体の疲れを解すように軽く伸びをする。そんな指揮官に労いの言葉をかける『エンタープライズ』。指揮官はそんな彼女に視線を向け、
「お前のおかげでだいぶ仕事が早く終わったよエンタープライズ。助かった」
感謝の言葉を述べる。
「秘書艦として当然の事をしたまでさ。感謝されるようなことは事ではない」
彼女はそう返し、
「しかし指揮官。秘書艦を私にしてよかったのか? そのままラフィーを秘書艦にしていた方がよかったのではないか?」
秘書艦が自分でよかったのかと問い掛ける。
「ん?」
「まだ着任して日が浅い私よりも、ラフィーが秘書艦の方が仕事が捗るのではないか?」
「一から教えつつでは大変だろう」と、そう零す『エンタープライズ』に指揮官は顔を天井に向ける。
「あ~……」
「?」
そんな指揮官に首を傾げる『エンタープライズ』。
指揮官は暫く唸り続け、
「まぁ、普通ならそうなんだが……」
長い溜息を吐く。
「戦闘中は真面目なんだが、こういうデスクワークはな~……」
「…………あぁ」
思い当たる節があったのか。『エンタープライズ』はどこか遠い目をしている指揮官の肩に手を置き、
「その、私が言うのもおかしいが……すまない」
謝罪する。
「いや、お前が謝る必要はないしラフィーはよくやってくれているからな。それにこういう仕事は指揮官である私の役目だ」
「指揮官……」
「っと、そういえばこの前ヨークタウンが来たがどんな艦だろう」
話題転換のつもりだったのだろうか。
彼は執務机の引き出しから着任した『KAN-SEN』の一覧を纏めている書類を取り出してそう言った。
そんな彼に『エンタープライズ』はふっと笑みを浮かべ、
「ふふ、よくぞ聞いてくれたな指揮官。ヨークタウンは一番艦で私の姉に当たるヨークタウン型航空母艦だ。名前の由来はかのユニオン独立戦争でのヨークタウン包囲戦からきているのだ!」
嬉々とした表情、声で語りだす。
「え、なんかいきなり語りだしたんだけどこの子」
そんな彼女に戸惑いの表情を浮かべる指揮官。
普段の彼女は凛とした表情と佇まいのクールビューティーという形容が相応しいのだが、今の彼女はそんな普段の姿をかなぐり捨てている。その表情は本当に嬉しそうで、自慢の姉を誰彼構わず自慢したい子供のように輝いている。
そんな彼女の急変に戸惑った指揮官だが、彼女が本当に嬉しそうだと分かると柔和な表情を浮かべて『エンタープライズ』の話に耳を傾ける。
「姉さんは妹想いでな。指揮官はミッドウェー海戦の事を知っているか?」
「ああ。この鎮守府に指揮官として着任する前に、ある程度の事は調べているからな」
「そうか。なら詳細は省くがあの当時、あの戦場でまともに動ける空母が私と妹のホーネットしかいなかった。姉さんとサラトガは損傷を受けていて、レキシントンは失われてしまっていたんだ」
語り続けるうちに、嬉しそうだった『エンタープライズ』の表情が段々と沈んでいく。今の『KAN-SEN』の姿としてではなく、大本となった軍艦――『エンタープライズ』の時の事を思い出しているのだろう。
「それに対して相手の重桜は、赤城・加賀・飛龍・蒼龍の四人。正直分が悪いなんて話ではなかった」
しかし、指揮官は知っている。その戦いの結末を。その時の、ユニオン機動部隊を。
「だが、そんな私達の危機に姉さんが駆けつけてくれたんだ。珊瑚海海戦で大破し、九十日はかかるとされていた修理を僅か三日で終わらせて……」
いつしか顔を俯かせていた『エンタープライズ』だが、再び顔を上げた時には沈んでいた表情が一変。誇らしげな表情に変わっていた。
「自身の身を省みず、私達妹の為に戦場に戻って来てくれたおかげで私達は勝利を収める事が出来たんだ」
「……いい姉なんだな」
その海戦の事を知っていたからか、不思議とその時の情景を脳裏に描けた指揮官。彼は感慨深げに『エンタープライズ』にそう返す。彼女はそれに微笑み、
「そうだろう? そしてなんといっても凄いところは、百一日間の間正規の補給なしで外洋を続けたこともあるのだ!!」
「百一日間!? それは凄いな!!」
「そうだろそうだろ! つい自慢したくなる程素晴らしい姉なんだ!」
少しばかりしんみりした空気が流れていた執務室。その空気を払拭するかのように『エンタープライズ』は大袈裟に、普段はしないであろう、所謂ドヤ顔を浮かべる。指揮官もそれに応えるかのように少しばかり大袈裟に返す。
「それにしても姉さん遅いな……」
「確かに少し遅いな。もう来ていてもおかしくない時間なんだが」
『エンタープライズ』の言葉に壁掛け時計を確認してそう言った指揮官。
本来であれば新たに着任した『エンタープライズ』の姉、『ヨークタウン』が着任の挨拶に来る予定だったが未だ彼女が来ていないのだ。案内の為に『KAN-SEN』の一人を付けていた筈だが。
「まぁ、この鎮守府は広い。どこかで迷ってたりしてな」
「ふふ、そうかもしれないな。そんな姉さんも私は好きだがな」
ひょっとしたら案内につけた『KAN-SEN』と逸れたのかもしれない。
予定より早く仕事が終わっている為、二人は談笑しながら『ヨークタウン』を待つ事にした。
さて、二人の話題の渦中である『ヨークタウン』だが。実を言えば既に執務室に来ていたりするのだった。
(どうしよう、すっごい行きづらいのだけど……)
『ヨークタウン』が執務室に着いた時。彼女が執務室の扉をノックしても返事が一切なく、時間を間違ったのかと思った彼女だが時間を確認してみればそんな事はなく。訝しんだ彼女は再度ノックするがやはり返事はなかった。
暫く待ち続けた彼女だが、意を決して執務室に入ってみれば。互いに見つめ合いながら『ヨークタウン』の話をする二人の姿があった。
入った瞬間に自身の話題が耳に飛び込む。しかもそれが自分を褒めるような話題であれば恥ずかしすぎてすぐさま逃げ出したくなるようなものだ。
しかし彼女は逃げられない。何故ならば、指揮官に着任の挨拶をしなければならないからだ。自身を褒めちぎる内容の会話に羞恥心が募りつつ、声をかける機会を窺う『ヨークタウン』。
その後何とか会話が途切れ声をかける機会が訪れた彼女は、羞恥で顔を赤面させていた為に指揮官と『エンタープライズ』に風邪の心配をされたらしい事はまったくの余談である。