〜前回のあらすじ〜
惑星コンルでレイキュバスに勝利した憐達は次の目的地に向かっていた。
「兄貴ー!起きろ〜!」
「ぐおっ!?」
突如感じた腹部への衝撃に、憐の意識は覚醒した。
「おま、なにすんだよ奈々ぁ!」
「うっさい!いつまで寝てんのよ!」
「いや起こしてくれたのは感謝するけど、枕抜いてそれを腹に叩きつけるとかどう考えてもオーバーキルだろ!」
「あー聞こえない聞こえない!可愛い妹がわざわざ起こしに来たんだから文句言わない!…それよりいいの?」
「あ?なにがだよ」
訝しげな憐の視線を受け流しながら、奈々はニヤリと笑って、憐にとって死刑宣告にも等しい一言を告げる。
「もう8時よ?」
「それを先に言えよ!」
「じゃ、アタシ先に行くから〜」と言いながら部屋から出て行く奈々に恨めしげな視線を送るが、そんなことしてる場合じゃないことに気づいた憐は慌てて制服に着替え、リュックを肩にかけ階段を駆け下りる。
「か、母さん!俺今日朝飯いらない!」
「ダメよ〜、ちゃんと食べなきゃ!遅れそうなのはアンタの責任でしょ?」
リビングに着くなり弁当を持ってそのまま出ていこうとした憐に母親から待ったがかかる。
「いやホント急いでるんだって!くそっ、奈々のやつ、知ってて起こさなかったな…!」
「あ〜、そう言えば出掛ける間際に『アタシのプリンを食べるからこうなるのよ!』、とか言ってたわね」
「それ一週間も前の話じゃねぇか!どんだけ執念深いんだアイツは…」
憐が妹の行動に戦慄している間におにぎりを作り終えた母の菜々子は、溜息をつきながらそれを憐に渡す。
「はぁ。アンタはただでさえ遅刻が多いんだからしっかりしなさい?はい、これ学校で食べなさい」
「おっしゃ、ありがとう!じゃいってきます!」
「本当に行き帰り気をつけなさいよ〜!」
「大丈夫だって!」
母親に見送られながら憐は自転車を漕ぎ出した。
「悪いねぇ、わざわざ案内してもらって」
「いえ、ちょうど通り道だったんで!それじゃ!」
「ありがとうねぇ」
登校途中に出会ったお婆さんの道案内を終えた憐は学校へ急ぐ。
「うわやっべぇ、遅刻だ!」
駐輪場に自転車を停めた憐は己が出せる限界の速さで下駄箱に到達すると、神速で上履きに履き替え三階にある教室までの階段を駆け上がり、後ろのドアへ滑り込む。
「セーフ!」
「いやアウトだ」
待ち構えていた担任に学級日誌を投げつけられた。
「お前また遅刻したのな」
「いや間に合うはずだったんだが…」
「10分も遅れてよく言うぜ!大方いつもの『人助け病』が出たんだろ?」
そう言いながら隣で笑う友人を無視して、憐は机に突っ伏していた。
「だぁー、疲れた…」
「はぁはぁ、いやー笑った。学級日誌がクリティカルヒットした時のあのお前の間抜け面ったらないぜ!」
「そんなに笑うんじゃねぇよ!こっちだって必死になぁ…」
「ところで今日の単語テストの勉強したか?」
「ええ!今日だっけ!?」
友達と笑ながら憐はふと思う。こんな何気ない日常もいいもんだ、と。
「ぐぅっ!…はぁ…はぁ…。夢、か…」
肩に走った鋭い痛みで憐は目を覚ました。部屋の明かりは全て消され、暗闇に包まれている。体の痛みはほぼとれた筈だが、と痛みの元を辿って見れば、肩に青黒い痣が存在していた。そこは、ちょうどティガがレイキュバスの触手に貫かれた場所と同じ、左肩だった。
惑星コンルから出発して3日が経過している。その3日間、憐は先程のような夢を見ることが多くなっていた。他の夢ならいい、しかしこの夢は、この『日常』の夢だけは、憐には他のどんなものよりも悪夢に感じた。
なぜならそれは。
(会いたいよ、みんな…)
憐のみんなに会いたい、という抑えてきた願望を解き放つものであり。
(もしこの前みたいな戦いが続いて俺が死んだら、どうなる?)
憐が今までなんとか克服してきた戦いへの恐怖を。彼の逃げたい、という弱い気持ちを。
(あの日常に戻れなくなる?…いや、勝てばいいんだ。か、勝って…また、みんなと…)
目を背けられないほど大きくしてしまうものだから。
「くそっ…ああ、ダメだ。死にたくないって思いが…ちくしょう、こんなの見せられたらもう、戦えないじゃないか…!」
机の上にあるギンガスパークの点滅がはげしくなり、イーヴィルクリスタルが近いことを所有者に伝える。それと同じタイミングで大気圏突入時の激しい揺れが憐を襲った。どうやら次の目的地はこの星らしい、そんなことをぼんやりと考えながらその揺れに身を任せた憐の頬を、一粒の雫が流れた。
☆
惑星トルネイに着陸したジャンスター。捜索を始める前にまずは朝ご飯を食べよう!という話になった。
「…」
「…」
「…」
『…あー…いや、なんでもない…』
しかしいつもは賑やかなこの食卓も、今日に限っては会話がなく重苦しい空気が流れている。憐とナナの掛け合いにムッチがボケ、ジャンナインがつっこむ、というような雰囲気ではない。まぁ見るからに暗いオーラを放出している憐のせいであったりするのだが。そんな中口火を切ったのは、ナナだった。
「あー、えーっと…なにか悩みでもある?」
実はナナは、憐が何かに悩んでいるらしいことには気づいていた。というのも憐を安静にしていた方がいいと言って3日間自室に閉じ込めていた間、彼の主な世話はナナがしていて(もちろんアーンイベントなどもあったがここでは割愛させていただく)、その時の表情と、時々うなされていたことを含めて考えれば自然とその答えにたどり着けたのだが。
「ん?…いや、特には」
しかしたとえそれが図星だったとしても憐にはナナ達に相談する、という選択肢はない。もし元の世界に帰りたいなんて言ってしまえば自分が別の世界の人間だということがバレてしまうし、なによりナナ達に失望されたくなかったという気持ちも多分にあった。
ただ、そんな心の内など言葉にしなければ伝わりっこない。
「フフン、ウソね。ねぇ、笑わないから言ってみなさいよ」
「悩みなんかねぇよ」
「見るからに悩んでますオーラでてるし!ほら、言ってみれば少しは楽に…」
「だからなんでもないって言ってんだろ!」
「えっ…」
「あ…」
ナナの自分を心配してくれている気持ちはよくわかる。出来ることなら相談したい。でもできない、というジレンマに耐えきれずに思わず大声を出してしまった憐。
「なによ、こっちは心配して言ってあげてんのに!そんなにアタシのことが信頼できないってわけ!?」
「なっ!んなこと言ってねぇだろ!」
「じゃあ言いなさいよ!」
「それはッ!…いや、言えない」
「なんでよ!アタシじゃダメなの!?」
「だから違う!そうじゃないけど!」
「ちょっ、二人とも一旦落ち着くっす!」
「ムッチは黙ってて!…苦しい時は助け合うのが仲間ってやつでしょ!?違うの、憐!」
「ああ違わないよ!違わない、けど…!」
「…それともなに?アタシは仲間じゃないっての?憐、アンタにとってのアタシってなんなのよぉ!」
伝わらない気持ちにイライラを募らせた憐はついカッとなった。
「俺にとってお前は仲間だ。仲間だけど」
『おい憐、やめろ!落ち着け!』
「…他人だ」
「ッ!」
その憐の言葉を聞いた瞬間ナナは出口に向かって走り出した。その際目元にみえた涙は気のせいではなかったのだろう。彼女の通った後には幾つかの染みができていた。
「…あ、違う!待ってくれ、違うんだナナ!そうじゃなくて、俺、俺は!」
それを見て我に返った憐の言葉も虚しく、ナナはジャンスターから出て行った。
「兄貴、流石に今のはねぇっすよ…」
「あ、あああ…あああああああああ!」
突然叫び出しながら床を殴りつける憐。
「わかってんだよぉ!俺が全部悪いってことぐらい…でも、俺があああぁぁぁぁぁ!!」
そう言いながら何度も何度も床を殴りつける。
『憐…』
「あああああああああ!うあああああああああ!!俺はどれだけ、うおあああぁああぉぉあああ!!」
耐えきれずに拳から血が吹き出すが、それでも構わず殴り続ける。
「…いつまでやってんだよぉ!」
しかしその行為もムッチが憐を殴り飛ばしたことで終わりを迎えた。
「みっともねぇぞ一条寺 憐!こんなことしてる暇があったら、さっさとナナを追いかけろよ!」
テーブルを巻き込みながら派手に吹き飛んだ憐は、その言葉を聞いて一瞬立ち上がりかけるが、すぐにまた座ってしまう。
「ッ!あ…ハハ…ダメだよ」
「なんでっすか!何に悩んでるか知らねぇが、アイツなら!」
「それじゃダメなんだ!今の俺じゃあ、ナナに合わせる顔がねぇ…!」
「それでも兄貴が…!」
「ただ!」
「!」
「今回の事件は、俺一人で解決する」
「んな!どうしていきなり…」
「その後で、ナナに謝りに行く。許してもらえるとは思ってない。ただの、俺の自己満足だ。…でも、ケジメだ」
そこで憐は今まで下げていた顔を上げ、真っ直ぐにムッチを見つめた。
「それまで。ナナを頼むぞ、ムッチ」
「…ああ、ああわかったよ!ったく、そんな目で見られちゃかなわねぇな」
『ナナの宇宙船を使え。いつでも発進できる』
「悪りぃな、ムッチ」
「はっ、今更なに言ってんすか!それより、目は覚めたようっすね」
「ああ、お陰様でな」
「…いい目だ。俺は兄貴のその目に惹かれてついてきたんすよ。信じてますよ、兄貴ならきっと答えを出すって」
「ああ、ありがとう。…こんな俺を、ほんとうに…!」
「おおっと、男がそう何回も涙を見せるもんじゃねぇっすよ!じゃ任せてくださいっす!」
そう言ってムッチは食堂から出て行った。
「…お前も、ありがとな。ジャンナイン。見守ってくれて」
『何度か全員まとめて電磁ネットで縛ろうかと思ったがな』
「ムッチ巻き添えくらってんじゃねぇか!」
そう言ってしばらく二人は笑いあう。
「正直、まだ全然ダメだ。今回の事件も解決できるかわかんねぇ」
『だろうな。君の今のバイタルは不安定すぎる』
「…聞かねぇんだな、俺が何に悩んでるか」
『できる男は察するらしいぞ?』
「プッ、なんだよそれ」
『僕は憐がいずれ自分から言ってくれるだろうと信じてるからな』
「…みんな俺のこと信じ過ぎだろ」
『それも君の魅力の一つだ』
「ふぅ…じゃあ期待に添えるよう頑張りますか」
そう言ってやっと憐は立ち上がる。まだ全然恐怖を克服できてはいないけど。まずはギンガスパークを取りに行こう。そう決めた憐は、静かに食堂から出て行った。
☆
惑星トルネイには大小様々な国が存在する。今回ジャンスターが着陸したのはその中でも最大の力を持つハルケーという国だ。この国はトルネイの中心と言っても過言ではない程の国力を有し、同時に最も栄えていた。そんな大国の国境付近、とりあえず情報を集めようとある程度大きな街に入った憐だったが。
「なんだ…これ…」
その街の様子を見て思わず言葉を失う。地球でいう中世ヨーロッパ風の石造りの街並みは至る所で建造物の倒壊が起こり、見るも無残な姿となっていた。
「これも、イーヴィルクリスタルのせいなのか…?」
『この人気のなさ…まだ昼のはずなのだがな』
そして何より、街に入ってからというものいまだ人を見かけていないということが不可解である。いくら国の辺境だとしても、それなりの人口をもつ街を選んだにも関わらず、道にひとっこひとりいないのだ。
その他に気づいたこともある。まず、この街の建物は全て同じ高さであるということ。もちろん、それは最初からそうであったわけではない。折れているのだ。まるで芝生を刈った後のように高さが揃えられている様は見るものに言いようのない恐怖を感じさせる。また、近寄って見てわかったが、建物の窓には必ず木の板が上から釘で打ちつけられ、外から見えないようになっていた。異常な街の様子に困惑気味の憐だったが、この光景には見覚えがあった。
「これは…強風に備えてんのか?」
『どうした?』
「もしかしたら、この街の人達はみんな家の中にいるのかもしれないんだ」
『本当か?なら、とりあえず話を聞いてみるべきだな』
「ああ。…すみませーん!誰かいますかー!すみませーん!」
中に入れてもらうために木製のドアを叩く。しかし、いくら呼びかけても人が出てくる気配はない
「おかしいな…もしかしてみんな避難してるのか?」
『いや、中に生体反応を感知しているから何かしらいるはずだ。まあ、ペットなどを放置して逃げるほど切羽詰まっていたのなら別だが』
「そうか…すみませーん!怪しいものではないんです!この街で何が起きているのか教えていただきたいだけなんです!」
直後、ドアが少しひらかれ、老人が顔を出した。
「…ふん、どうせこの星はもうおしまいか。いいだろう、中に入れ」
「それはどういう…?」
「いいから、早く。もういつアレが来てもおかしくないからな」
老人のなんとも言えない迫力に、憐は黙って従った。
「若いの、見ない顔だが他の国から来たのか?」
「あー…いや、他の星から」
「まあそうだろうな。この星の者ならわざわざ外を出歩き、あまつさえ何が起こっているのか聞いて回るような輩はいない」
とりあえず座れ、という言葉に従い老人の向いの椅子に座った憐は、疑問に思ったことを聞いてみた。
「あの、まさかこの街みたいなことがこの星全体でも起こっているのですか?」
「長くなるぞ」
「お願いします」
「…思えば、アレが前兆だったのかもしれんな。ちょうど二ヶ月ほど前、この星の一番大きな海の上で、一つの台風が発生した。最初はみな気にも止めなかった。なにせ陸まではかなりの距離がある。到達する頃には熱帯低気圧にでも変わっとるだろうと、誰もが思った」
そこで老人は一旦言葉を切り、木の板で塞がれた窓に視線を移した。その向こうに老人が見ているのはあのどんよりとした薄暗い空か。それともまだ晴れていた頃の空なのか。首を振って憐に向き直った彼の目から読み取ることはできない。
「ところが台風は実に三週間もの間その場所を動かなかった。まあ一番不気味なのは大きさも変わっとらんことだったが。わしらも流石に異変に気づいたわ。沿岸部の国々は調査隊を組織し派遣したが…結果は調査隊の行方不明という形で終わった」
「行方不明…?」
「そうだ。その後も各国から戦闘機やらミサイルやら観測機やらを送り込んだがことごとく行方不明で終わった。残骸も何も残さずな。そしてちょうど発生から一ヶ月が過ぎた時、ヤツが動き出した」
「ヤツって…まるで生き物みたいな言い方ですね」
「その通り。ヤツの姿を見たものは未だおらぬが、衛星が撮影した画像を解析した結果、中心に生物らしき影があったそうだ。ヤツは動かなかったのではなく、力を蓄えていたということだな。ミサイルなどアレの格好の餌だったろう。動き出したヤツは三日でこの星の隅々までまわることができ、今までこの街に9回来た」
「9回⁉︎…今までよく無事でしたね」
その憐の言葉を老人は鼻で笑う。
「ふん、無事なものか。確かに通過時間はあまり長くないが威力は化け物級、被害は甚大だ。見ただろう、この街の光景を」
「あ、そう言えば…この街の建物はみんな同じ高さですね」
「もとからあの状態なわけなかろうが。ヤツはワシらの恐怖を煽っておるのだ」
「恐怖…」
「ヤツは来るたびにある一定の高度で強風を起こし、その範囲にあるもの全てを吹き飛ばした。ワシらを追い詰めるようにその高度は徐々に下がっていき、今この街には高さが15m以上の建造物は残っとらん。情報によればこの星全体の話らしいが、今はその情報源もこの有様だ」
老人はそう言ってラジオらしきものの電源を入れるが、そこから聞こえて来るのは雑音だけだった。
「そして、次に来た時にはヤツは直々に降りて来てワシらを食うつもりなんじゃ。ま、次と言うのが今日だがな」
そう言って暗い笑みを浮かべる老人。
「そんな…なにか、なにか方法は!助かる方法はないんですか!」
「ない。あるはずがない。…これでわかったろう。この星にいてもいいことはない。幸いお前さんは外の者だ。さっさと宇宙船に乗ってここを離れるといい」
憐の言葉に即答した老人は出口に向かい、ドアを開けた。
「でも、このままでいいはずなんて!何かあるはずじゃ…」
「同情はいらん!」
突然怒鳴られた憐は老人を見る。すると、彼は会ってから一度も見せなかった柔らかな笑みを浮かべていた。
「お前さんが優しいのはよーくわかった。今までの会話でな。だからこそ、無駄死にする必要はないんだよ」
「…っ!」
「お前さんを家にあげる時、正直言って強盗かと思っとった。どうせ死ぬんだ、今殺されても変わらないと思って中に入れたんだが…。でも、今はあげてよかったと思っとる。人と話して暖かい気持ちになれたのは久々だ。お前さんと会えてよかったよ」
「…憐」
「ん?」
「一条寺、憐。俺の名前だ」
「そうか、いい名だな。会えてよかったぞ、憐。さあ、もう行きなさい」
老人に押される形で、憐は家の外に出る。
「じゃあもう会うこともないと思うが…」
「あ、俺は…俺、には…!」
「ふっ…お前さんは優しい。呆れる程な。だからその優しさを、こんな死にかけの星ではなく別のところで使うんだ。さあ、行け」
憐の言おうとしたことを察した老人は、言うだけ言ってドアをしめた。
『どうするんだ、憐』
「俺は…言えなかった。俺が守るって。そのための力はあるのに…!まだ怖がって!」
『…とりあえず歩こう。気持ちの整理、ができるかもしれない』
☆
当てもなく街を歩く憐。当然ながら人に出会うわけもない。上空の雲は次第に厚くなっていき、今にも雨が降り出しそうだった。
「…ん?」
『どうした?』
「いや、なにか声が…」
そんな時、憐の耳に微かな声が届いた。
「ーーーーよ!ーーーがーー」
「間違いない、あっちか…!」
普段の彼なら聞き逃していたかもしれない程か細い声は、しかし今の無気力に近い憐には不思議なほどハッキリと聞こえた。
その声の方向に当たりをつけ、街の外れ、民家がない所へ駆ける憐。
『そちらには川があるはずだが、台風が来るとわかっているのに近づくのか?』
「でもたしかに…なっ⁉︎」
開けた場所に出た憐が見た光景は、彼の動きを止めるのに十分な力を持っていた。
度重なる豪雨によって増水した川。その中洲に取り残されている女の子と川岸で必死に呼びかける母親らしき女性。今すぐ駆け寄るべきはずなのに、憐は動けなかった。
「お、おかぁさん…怖いよ…助けて…!」
「大丈夫だから!さっき助けを呼んだから、安心して!絶対その木から手を離しちゃダメよ!」
女の子は中洲に生えている木の上の方に掴まってガタガタと震えている。そんな女の子を安心させるために必死に呼びかける母親。しかし、助けなど本当に来るのだろうか?憐は自分に問いかける。老人によればもうすぐこの街、いやこの星の人々は死ぬ運命らしいのに、わざわざ他人を助けるために自ら死期を早めようとする人間が、果たしているのか?
ならば、自分がやるしかない。この星の人間ではない、自分こそが適任だろう。
(でも、あんな濁流に飛び込んで無事に済むわけない…いやそうじゃないだろう!女の子が死にそうなんだぞ!そんなこと言ってる場合じゃないだろうが!)
ーでも、死ぬかもしれないんだよ?死んだら、あの日常に戻れないんだよ?ー
どんなに反論しても、どんなに言い訳しても、結局死にたくないという思いばかり募る。憐はそんな考えしか持たない今の自分が死ぬほど恥ずかしかったが、あの日常に戻れないとなるとどうしても足が前に進まなかった。
そんな時、ふと脳裏にある光景が浮かぶ誰かが流されて行くのを黙って見ている幼い憐。それは彼の幼い頃の記憶だった。
(たしか、あの時は奈々があんな感じで取り残されてて、母さんも正にあの配置で、俺もここから一歩も動けなくて)
妹は流された。幸い、近くの男の人が助けてくれたが、しばらく奈々は一人で寝れずに俺の布団で寝てたっけ。
(また、繰り返すのか?俺は、また何もしないのか?)
その時だった。急にかさを増した泥水が女の子を木ごと飲み込んだのは。
「おか…おかあぶっ」
「エリー!あ、あぁ…イヤァァァァ!!」
そこからは言葉はなかった。憐はヘルメットを投げ捨てて思い切り川へ飛び込むと、一直線に女の子へと向かっていく。
(ちっ、水泳は得意だがこんな流れじゃまっすぐは進めない!)
しかし激しい川の流れでなかなか思うように進めない。憐がもがいていると、懐のガンパットから溜息が聞こえてきた。
『はぁ…全く。君の行動は僕の予測を上回るな』
「ジャンナイン…!」
『フッ、もちろんいい意味でだ。上着についている六つの黄色いボタンのうち、一番左上を押せ』
「あっぷ、こ、これか⁉︎」
憐が藁にもすがる思いで言われた通りにボタンを押すと、足の裏からジェットが発射され、憐は空中に舞い上がった。
「え、ええええ⁉︎飾りボタンじゃなかったんだコレ⁉︎」
『いいから急げ憐!そのジェットは長くは持たないぞ!』
「よ、よし!」
憐は勢いよく水に潜ると女の子の所へ真っ直ぐに進んでいく。
『あと3秒だ!』
「それだけあれば楽勝…見えた!」
もがく女の子のもとに辿り着いた憐はしっかりと抱きかかえる。
「安心しろ、もう大丈夫だ」
「はぁ…はぁ…お、兄さん…だれ…?」
「今はじっとしてろ。ってしまったジャンナイン!帰れないぞ!」
『僕が想定してないとでも?ベルトの右横を押せ』
「コレか?」
指示通りに右腰を叩けば、ジャンナインの特徴的な赤い菱形を模したバックルが左右に開き、中から物凄い勢いで縄が飛び出す。それは岸にある大木に巻きつくと、これまた凄い勢いで巻き取り始めた。
「あがががががが!腰が取れるぅ!」
『我慢しろ』
そして10秒もしないうちに岸へ辿り着いた。
「痛だだだだだ!地面と擦れる!っづあー!あー死ぬかと思ったぁ!…あ、女の子は!」
「えへへへ…楽しかったぁ」
「ま、まあ無事ならいいか」
「エリー!そんな、奇跡だわ!」
憐が女の子の安否を確認していると、母親が駆け寄って来た。
「よく無事に!あの、ありがとうございます!あなたは命の恩人です!」
「いや、俺は…うおっ!」
そこに突然の暴風雨。そして雲を割って現れる巨体。その風貌はクラゲのようだが、大きく光る二つの目が、それの異常性を教えてくれる。
「バリケーン、か…」
「ああ…なんてこと…。もう終わりなの…!」
二人がその姿に圧倒される中、女の子ーエリーは憐のスーツの裾を掴んで、怯えながら問いかけた。
「お兄さん、私達、みんな死んじゃうの?」
その一言に、憐の心に小さく残っていた最後の炎が燃え上がる。
「…どうしてそう思うんだ?」
「だって、お母さんもお父さんもみんな死んじゃうって言ってたし…」
こうしている間にもバリケーンは近づいて来ている。ここはこの街でも外れのほうにある。まず手始めに自分達から食うつもりなのだろう。もしかしたら、ここに来る前に幾つかの国を滅ぼしてしまったかもしれないが。
「大丈夫だ。絶対に」
『おい憐。何をするつもりだ』
「決まってる。アイツを倒しに」
憐の気迫に驚いた母親の問いに、彼は静かに答える。
「あ、あなたは一体…?」
「一条寺 憐。ただの、人間だ」
憐は激しく点滅するギンガスパークをポケットの中から取り出すと、頭の上に手を掲げる。
「ジャンナイン!」
『了解』
ジャンスターから転送されて来たティガのスパークドールズを掴み取ると、ギンガスパークでリード。
「行くぞ!」
『ウルトラーイブ!ウルトラマンティガ!』
憐の体が光に包まれ、その体を巨人へと変える。登場と同時に近づいていたバリケーンを殴り飛ばすと、ティガは構えをとった。
《ここから先には、行かせない!》
☆
体勢を立て直したバリケーンは揺れながら若干宙を浮いている。
『テェア!』
ティガは助走をつけて飛び蹴りをおみまいするが、不思議な動きで避けられ、背後を取られてしまう。その時奇妙な声をあげたバリケーンの頭部の赤い球体がひかる。直後、ティガの周囲の地面が爆ぜた。
『グッ、フンッ!』
それに耐えたティガはバク転してバリケーンに接近し、すかさず連続回し蹴りを叩き込む。スピードについてこれなかったバリケーンはもろにくらい、その衝撃に後ずさる。
畳み掛けるように接近したティガの足を狙ってバリケーンは再び赤い光で攻撃し、その進路を阻む。
ならば、とハンドスラッシュを放つが、これも赤い光で相殺されてしまった。
(マズイな、埒が明かない)
ティガは一気に攻撃を仕掛けようと飛び掛かりながらチョップを打ち込もうとしたが、バリケーンはそれを空に逃れることによって逃げた。攻撃を躱されたティガは受け身をとって前転で着地しすぐさま立ち上がると、後を追って空へ。しかし、上から強い衝撃を受けて地面に叩き落とされてしまった。一見何もないように見えるが、憐は気づいた。
(まさか、風か!)
風力、というものはバカにできない。日本にくる台風でも最大級のものは家屋を難なく吹き飛ばすのだ。今回はさらにイーヴィルクリスタルを取り込んだバリケーンが引き起こすもの。凄まじい風圧を自由自在に操る反則的な力だ。
『チェアァァ!』
それでも果敢に挑む憐だが、台風を低高度で維持するためか、あまり高くない所にいるバリケーンに辿り着くどころかまともに飛行できず、その上四方八方から雷が襲ってくる。カラータイマーは点滅し、体もボロボロだった。
『グッ…デェアアッ!』
立ち上がろうにも、15mより上はもはや壁のような風が吹いている。しゃがんでいるので精一杯だった。
(こんなのって、こんなのってありかよ!)
カラータイマーの点滅が激しさを増す中、何もできない自分に苛立つ。しかし、憐はまだ諦めていなかった。
(いやまだだ。まだ終わりじゃねぇ!)
『テェア!ハァァァァァァァァァ』
力強く地面を蹴るティガ。荒れ狂う風が体を叩き、雷が容赦無く打ち付けるが、それでも止まらない。
『ハァァァァァァァァァ!!』
そして、あと一歩という所で。カラータイマーから光が消えた。
落ちていくティガ。しかしバリケーンも奇声をあげてもがき苦しんでいた。見れば、その大きな右目にハンドスラッシュが突き刺さっている。憐が最後の瞬間に放った執念の一撃だった。
(一矢報いたけど…守れなかった…な…)
ティガの体が粒子となって消える。憐は生身のまま川へ落下し、水の中へ消えていった。
忙しかったのもありますが、3回くらい書き直したせいでもあります。まだ改善の余地はありありですが…目を瞑り先に進みます。
次は1、2週間後には更新出来るように頑張りたいです!
では!
〜次回予告〜
ティガをもってして敗れてしまった憐の心は完全に折れてしまうのか。
そして、この星を救うことはできるのだろうか?
次回「嵐の中でー中編ー」お楽しみに!