時を操る狐面の少女が鬼殺隊で柱を超えたそうですよ 作:たったかたん
魁稽古
誠が戦死したと聞いた時、心臓が、心の中の時が止まった錯覚があった。
でも涙は出なかった。大切な繋がりの人が亡くなる辛さは経験しているからか、理由はわからないが、そのかわり体の奥底にいるモノが強くなるのを感じた。
魁になって何度も産屋敷に呼びだされる事はあったが、これ程重苦しい空気は初めてだった。
「鬼側も動きが大きくなっている」
その中でいつもの優しい声で呟くのはいつもの微笑みを無くして悲しそうな表情をする産屋敷輝哉だ。
ここ最近の鬼殺隊は柱の上に魁と言う位ができたということもあって全体的に士気が上がっていた。
柱としても全力で刀を振るってもかすり傷すらしない雫との手合わせ稽古で実力をどんどんと伸ばしてきた中での出来事だった。
大谷誠の存在は柱の中でも実力があり、会議でも常にまとめ役として頼りにされていた。だからこそ柱達と雫は理解ができなかった。実力も頭も柱の中では秀でたものがあった風柱がやられたのかと。
そして後日詳細な情報を聞くと怪我人の隊士数名と一般人数十名を守り抜いての死だという事だった。
「隊士を含めて数十人の命を守りきった誠は頑張ったんだね。さすが誠だ」
「……はい」
そんなのは分かっている。でも死んでしまっては意味がないだろうと口が動きそうになるのを必死に堪える。手のひらに爪が食い込む感触があるが最早痛みも感じない。
「雫、悔いてはいけない。君のお陰で柱達は実力を伸ばしている。誠も同様に強くなっていた。きっと君との稽古がなければ全滅だってありえたかもしれない」
「……慰めはいらないです産屋敷。誠さんがここにいたらきっと、魁として鬼殺隊、柱達を引っ張れと言っているに違いありませんから」
「……強くなったね。体も心も」
それでもこうなっては意味がないだろうと叫び出したい気持ちを唇を噛んで抑え込むと、仕事の話に話題を変える。
産屋敷も分かっているのだろう。先程の空気をかすかに残しながらも魁としての仕事の話に集中してくれた。
「新たに柱にしようと思える隊士が数名いてね、君にはその子達に指南をして欲しいと思っている」
今の状況で甲の中でも頭が一つ飛び出ている実力者が数人もいるのは、嬉しいようで悲しい物だったが、今の鬼殺隊と自分にはもってこいの仕事だと思った。
「指南役、喜んで受けしましょう」
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現花柱・胡蝶カナエの妹であり継子になった胡蝶しのぶは鬼殺隊の最上位に立っている魁の屋敷に来ていた。
魁屋敷で行われているのは位が甲の中でも精鋭と認められた者と継子のみが受けられる稽古らしく、自分以外にも柱の条件までもうすこしという隊士達数名とその可能性があると判断された隊士が十名程集められていた。
(魁…一体どんな人なんでしょう)
魁の情報が一般隊士には柱よりも強い剣士という程度のものしかなく、実際に見た隊士でも戦闘が瞬きする間もなく終わることから強いという事以外何も分かっていない状態だった。
姉の胡蝶カナエに聞いてもとりあえず柱より強いという事しか分からない話の内容なのであまり分かっていない。
先に魁屋敷から現れたのはこの屋敷に常駐しているという女性隊士で、中庭へと案内されしばし待たされた。
自分の屋敷と比べてもひとまわり大きな庭を眺めながら屋敷の方から足音が聞こえそちらへと顔を向けると、そこには雫模様の羽織を着た狐面の少女が立っていた。
「お待たせしました。初めまして、魁の位を頂いている大竹雫と言います。今回皆様にしていただくのは魁稽古、現柱達もしているものになります」
綺麗な、透き通るような声でそう話し始めた彼女の声は頭の中に優しく流れてくるような声だった。
「…魁様、一体どのような事をするのか聞いてもよろしいでしょうか」
自分の隣から質問が上がる。柱達が毎日していると聞けば相当厳しいものなんだろうと想像できるからだ。
だがその答えは一文で返された。
「単純に皆さんと私の手合わせ稽古ですのでご心配なく」
なるほど、一人一人手合わせして実力を見極め強くしていけるものは強くするという事なんだろうと思った時、思わずえ?と声が出てしまう言葉が聞こえた。
「……いま、なんとおっしゃいましたか」
質問した男隊士が声を少し震わせながらそう聞き返す。
「日輪刀で構いません。皆さん全員で私を殺すつもりで向かってきてくださいと、そう言いましたが」
なにを言ってるのか理解が追いつかない。階級が下と言っても実力は柱の一歩手前まで来ている柱候補達を10名程まとめて相手にするという事がどういう事なのか、馬鹿でも分かる事だろう。
そう思っていると今気づきましたと言わんばかりに喋り出した。
「ああ、私を心配してくれている気持ちはありがたいんですが、皆さんの刀では傷一つ付きませんので安心して思う存分全力でかかってきてください」
流石に舐めすぎだと私でもそう思った。周りにいる隊士達も同じ気持ちだろう。殆どの人は緊張しながら刀を構えているが、中には明らかに腹が立っている雰囲気の者と恥をかかせてやろうと嘲笑うような態度の者もいる。
「……魁様がどれほど強いか、ぜひ教えてもらおうではないか」
先程の男隊士がそう呟きながらゆっくりと中庭の真ん中へ歩いてくる魁を皆で取り囲む。
稽古と言っても真剣で一対多の稽古は初めてなのもあり少し戸惑いながらも皆一斉に呼吸を放った。
柱にはわずかに届かないものの決して甘くはない剣撃が彼女を囲み、刀を振り下ろすその瞬間、視界は蒼と白しか見えなくなっていた。
(……!!?)
自分が地面に倒れていると理解したのは体に走った衝撃と目の前に広がる物が青空と分かった時だった。
(な、何が…)
そう混乱しながら身体を起き上がらせて辺りを見渡すと、信じられない光景が広がっていた。
「……うそ」
目の前には甲の隊士達が全員地面に倒れていた。しかも魁は刀すら抜いておらず、最初の場所から半歩も動いていない。
(…なによ、これ)
徐々に状況を理解した者達から彼女へと斬りかかるが、体術のみで彼らを圧倒していく。
まるで険しい山の中を流れる川の水のようにすらりすらり流れるような動きは、一つ一つの動作がゆっくりに見えてしまうほどだった。
それは刀すら抜いていない彼女が鬼殺隊最強の隊士と証明するのに十分過ぎる物だった。
(……姉さんが言ってたことが分かった)
しかし自分たちの中でも魁にギリギリ食いつく者が1人いた。
頬に傷のある水の呼吸を使う男の人。
呼吸の練度が高く、一撃一撃が鋭く速い物を正確に放っている。しかしやはり彼女はそれを紙一重の最小限の動きのみで躱し尽くしてしまうと頭に横から回し蹴りをして吹き飛ばしてしまう。
(あの人でも刀を抜くことすら…)
あまりの実力差に体が諦めそうになるのを必死に動かして自分で編み出した呼吸で斬りかかるも腕を取られて地面へと投げられた。
手合わせ稽古が終わりを迎えたのは日が暮れる手前ほどの時間。
全身が悲鳴をあげていて呼吸も乱れっぱなしの中、息一つ乱していない透き通った声が耳に届いた。
「今日はここまで。屋敷の方が皆さんの泊まる部屋に案内してくれますので、それまでは休んでいて良いですよ」
(ここまでやって息も乱さずに……)
それに彼女は刀すら抜いていない。たまに柄で腹を殴る動きがあったが、それ以外は全部体術で捌ききっていた。
もはや腕も上がらない程に体力を使い果たした身体を必死に持ち上げて周りを見渡すと、そこには自分と同様な有様の隊士達が息を乱しながら転がっていた。
「……本当に同じ人間なの?」
掠れた声で呟いたそれは、そこに転がっている誰もが思っていることに間違いはなかった。
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柱候補と聞いて少しだけ期待していたせいか、それとも自分の実力が飛躍的に伸びているせいか、今回の手合わせ稽古はなかなかに拍子抜けだった。
それに水の呼吸も瞬きも使わずに済んでいるので体力もあり余っている事もそう思ってしまう要因の一つだろう。
(呼吸や体術の練度は素晴らしいと言える人が2人、将来柱になるのはあの人達かな。1人はカナエさんの妹さんだよね、蟲の呼吸?まだまだ完成したとは言えないけど、完成したら伸びしろやばそう。
もう1人は頬に傷のある水の呼吸を使う人だな。こっちはあと少しで十分柱になれそう。あ、あと1人水の呼吸を使う人もなかなか…)
そんな事を考えながら自分の部屋に着いて寛いでいると鴉が紙をつけて部屋に入ってくる。
(……産屋敷の鴉じゃない?)
そう思いながら手紙を開くと見慣れた文字が書かれていた。
「……鱗滝さん?」
その手紙には最初の部分は自分の体調や魁になった事の祝言が書かれていたが、本題の所にはある名前が書いてあった。
【錆兎と冨岡というお前の弟弟子が去年から鬼殺隊にいる。特に錆兎はお前の次に才があると儂は見ている。今回の稽古に参加する事になったはずだ。もし会うことがあればよろしく頼む】
「冨岡?錆兎?」
思い返せば、今回の参加者の中で一際才能を見せていた水の呼吸を使う頬に傷のある男の子を思い出す。
(あれが錆兎?)
明日にすこし話しかけとこうと思いつつ、屋敷の人が夕食が出来ましたとの声を受けて食べるために席へと向かうのだった。
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「鱗滝さんから聞いてたけど、ここまでとは思わなかったな義勇」
「たしかに、刀を抜くことすらしないほど離れた実力、俺たちと年はさほど変わらないはずだがな」
夜中、雲が散り散りの夜空で満月が暗闇を明るく照らす庭を眺めながら縁側に座って2人は今回の稽古の話をしていた。
約1年前、最終試験を合格したあと、鱗滝からはある姉弟子の話を聞かされていた。
【お前達より1年前に鬼殺隊に入った姉弟子がいる。名は大竹雫と言うが、その子は入ってたった1ヶ月で柱にまでなった鬼殺隊始まって以来の逸材だ。そして今年新たに魁という柱よりも上の位を授けられた人物でもある。お前達も会うことが必ずあると思うが、強くなりたければ雫の実力、しかと見て感じることだ】
まさにあの言葉の意味を体で教えられた形になってしまった今日を振り返る。
(俺の攻撃があんな簡単に避けられるなんてな)
自分でも実戦を経験するようになって甲まで上がったこともあり自分の実力に自信がついていた。
周りの隊士達と比べても一段上と思っていた自身の剣技。
柱はどれほどだろうかと思っていた矢先に魁稽古で鬼殺隊最強を実感することができたことは柱になる上で非常に大きい。
「…錆兎はまだ攻めることができていた。でも俺は殆ど対面することすらできなかった。やっぱりお前はすごいよ錆兎」
隣に座っている義勇が少し落ち込んだような声で話しかけてくる。そんな事を言ってる義勇だって実力に差はあれど戦績としては自分と引けを取らない活躍であまり時間差もなく同時期に甲となった十分優秀な剣士だ。
ただ最終選別で怪我をしてしまいほぼ何もせず合格したこともあって鬼殺隊に入ってからの義勇は昔の明るさが潜んでしまい、少し無口になってしまった。
「男なら、もっと強くなんないと行けないだろ、義勇」
男なら。
自分が自分を高める時と義勇を励ます時にいつものようにでてくる口癖だ。そしてその口癖は義勇にとっても十分背中を押してもらえる言葉らしいから嬉しい限りだ。
「……そうだな。まだ稽古は始まったばかり、錆兎にだって負けないくらい強くなれる機会だ。やってやる」
「その意気だ」
修行時代からほとんど変わらないやり取りをしていると聞き覚えのある声が聞こえた。
「ああ、こんな所にいましたか。貴方達、錆兎と義勇であってますか?」
右側の廊下の奥に顔を向けると、狐面を被った大竹雫がそこに立っていた。
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ご飯を食べたあと風呂も済ませ縁側を歩いていると目の前に話に聞いた錆兎とその同期のような男の子が座っているのを見て思わず声をかけてしまう。
(特に話す事ないですし、挨拶ぐらいですけど)
自分の弟弟子がいるというのは少し嬉しいような気もしながら挨拶をしようとすると急に二人がこちらに向かって姿勢を正すと遅れて申し訳ありませんと言いながら自己紹介をしてくれた。
それでも話すこともないのでそれではと立ち去ろうとすると錆兎の声で待ってくださいと聞こえた。
「…どうかしましたか?」
「……どうすれば…そこまで強くなれる?」
強くか、錆兎は実力が柱になれるのに一番近い者でもあるから一番気になるのだろうと思いながら返事をする。
「…私の場合はみなさんの参考になりません。ですが、そんな私でも一つだけ言えることがあります」
「……それは?」
「上に立つ者としての覚悟を、この胸に刻むんです」
「…覚悟、ですか?」
「貴方達がここにいるということは、柱になれる見込みがあると産屋敷様が認めになったと言うこと。
そしてこの鬼殺隊の支えとなる柱になるのであれば、あらゆる事から逃げず、決して屈せず、常に前をみて悪鬼を滅し、人を守るという覚悟。
それがあるのとないのでは驚くほど変わりますよ」
「……覚悟」
錆兎はその言葉を真剣な顔で受け止めていたが、どうやら静観していた義勇に一番響いたようでこちらをみながらボソっと喋っていた。
「…明日の稽古も楽しみにしています。私の刀を抜かせて見せてくださいね、お二人さん」
そして二週間に及ぶ魁稽古の結果、最後まで残ったのは錆兎、胡蝶しのぶ、義勇の三名で、錆兎は実力の伸びが著しく大きかった為、産屋敷との協議の結果現水柱との手合わせで挑戦できる権利を与える事になり、魁稽古で実力を伸ばしていた水柱と拮抗しつつもあったが、錆兎の勝利で新水柱へと昇格することとなった。
約四年の月日が過ぎ、十七歳になった頃には自分が柱になった時の柱達は戦闘により戦死と怪我による引退で全員いなくなった。
それから二年後には魁稽古で目立った実力を見せていた音、風、蛇、蟲、霞、炎、恋が柱となり、やっと九名全員揃い、歴代の中でも最精鋭の世代と言われるようになった頃、鱗滝から鬼を連れた少年についての手紙を受け取ることとなる。
次回、柱合裁判
次は炭治郎目線の裁判になります。お楽しみに
前半と後半で作風を変えたりしています。原作合流編あたりからの作風に統一しようかと思います。
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統一した方が良い
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別に気にしない
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前半のようなほのぼの要素も欲しい