時を操る狐面の少女が鬼殺隊で柱を超えたそうですよ   作:たったかたん

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胡蝶しのぶは忘れない

- 胡蝶しのぶは決して忘れない -

 

 

 

「雫様ってば、完全に隙をついたその人の攻撃を振り向かずに掴んで放り投げたのよ?信じられない」

 

 

「あらあら、それは是非みてみたかったわ」

 

 

魁稽古を受け終わった私は、蝶屋敷に帰ると姉のカナエに早速雫様のことを話していた。

二週間に及ぶ稽古を受けたものは皆、例外なく初日の頃とは比べものにならないほど動きが洗練され、強くなっていた。

稽古2日目から雫様はまるで一対一の稽古をつけてくれていたのかと思うほど、一人一人に対して細かな指南をつけてくれたからだ。

 

現に錆兎という水の呼吸の剣士は最終日には雫様の刀を抜かすことができるほどに強くなり、どうやら現水柱への推薦を受けるらしかった。

 

 

「姉さんの言ってた意味、体に叩き込まれた気分よ」

 

 

「ふふ、強くなったでしょう?あの方は自分も他人も強くするコツを知っているもの」

 

 

「コツ?実戦形式でやってれば自然と強くなるものじゃないの?」

 

 

「雫様はね、相手の本気を引き出すギリギリの所で実力を操作してるの。

強すぎず、同等すぎず、弱すぎず、常に一段上の動きをしてくれる。

だから相手側からすると常に実力を引き出される状態になるし、雫様も強くなる。私の時だってそうだもの」

 

魁稽古の初日は圧倒的な実力を見せ、指すらかすらないほどの差で気づけば地面へと投げつけられていた。

だが一週間経った頃、こちらの刀がほんの僅か届かないところまで攻めることができるようになっていたのを思い出した。

 

(…あれも、雫様の稽古の一部だったってこと?)

 

あの偶然は自分の実力が伸びているものだと錯覚していた。現にその頃から皆の動きが飛躍的に良くなっていったのだ。

 

 

「…本当に凄い人ね、雫様ってば」

 

 

すべて計算されていた事を理解するともはや笑みが溢れる。

 

 

「ふふふ、久しぶりに私とも手合わせしましょっか。強くなったしのぶを見てみたいし」

 

 

「…望むところよ姉さん」 

 

 

それは上弦の弐と会うまで、2ヶ月前の事だった。

 

 

ーーーー

 

 

 

日が昇るまで半刻も過ぎた頃、空が青色を徐々に取り戻す中しのぶは町中を駆けていた。

 

 

(大丈夫!姉さんは強い!上弦の鬼だってきっと…!)

 

 

カナエと二手に分かれ担当地区であった町を警邏していると、カナエの鎹鴉が上弦との遭遇を伝えてきたのだ。

すると早朝の空気よりもはるかに冷たい空気が顔を撫でる。

 

その瞬間、それが血鬼術の一部だと理解した。

 

まだ距離があるにもかかわらずここまで名残が届くとなると、相当強力な血鬼術だということがわかる。

 

(……姉さんっ!)

 

鬼の気配が強くなっていく道へと飛び出した。

そこには地面や壁の所々が凍ってしまっている風景と、その中で上弦の鬼の帽子を切り飛ばすカナエの姿だった。

 

「おっとと!いやあ危ない、危うく頸を斬られるところだったよ。

君強いねぇ、最近の柱は強く感じるな」

 

「そうですか」

 

一旦距離を取りお互いに睨み合う中、カナエの近くへと走る。

 

「姉さん!大丈夫!?」

 

「しのぶ、鬼の周りの空気は吸わないように気をつけて。肺がやられるわ」

 

 

カナエがそう言うと目に上弦の弐と書かれた鬼は困ったような顔をした。

 

 

「んー、不思議だなぁ。なんでバレてるんだろう。今までの柱は気づかなかったけどな」

 

 

そう話しつつ手に持っていた鋭い対の扇を軽く扇ぐと白い煙のようなものがかすかに濃ゆくなる。

 

 

(これが、上弦…)

 

 

今まであった鬼達が子供に見えるほど比べ物にならない圧力を感じ、しのぶは冷や汗が背中を流れるのを感じる。

 

 

「以前、柱の方はやられましたが貴方との戦闘で生き残った隊士の証言と身体を調べてわかった情報です。

上弦の弐の近くで呼吸すると肺が凍ると」

 

 

そう言われた上弦の弐は何かを思い出した様子だった。

 

 

「あー、あれかなぁ?風の呼吸使う男の柱、とても強くて殺しきれなかったし、皆殺しにするつもりがその人以外手が出せなかったんだよなぁ」

 

 

あのあと怒られたんだから参ったという様子でヘラヘラとする鬼に刀を構えて駆けたカナエは一瞬の踏み込みで鬼の懐へと入りこんだ。

 

 

《花の呼吸 肆ノ型 紅花衣》

 

 

低い姿勢から鬼を見上げるように放った型は、大きく綺麗な円を描く斬撃を鬼の頸に放った。

 

 

「おっと」

 

 

それを頭を後ろに引く動作で躱しきると冷気が強くなるのをカナエは感じとる。

刹那、空気をも無差別に凍らせる斬撃がカナエを襲った。

 

《血鬼術 蓮葉氷》

 

《花の呼吸 弐ノ型 御影梅》

 

その攻撃をカナエは紙一重で躱しながら自身に近づいていた冷気を無数の斬撃を放って効果がほとんど無になるほどに散らし躱しきって見せた。

 

 

「…本当強いなぁ君、ますます食べてあげたくなっちゃうよ」

 

 

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

 

擦り傷でさえ場所が悪ければ致命傷になり得る血鬼術、しかも近くの空気を吸えば剣士としての力の源である呼吸を出来なくなってしまう。

そんな無茶苦茶な鬼を相手にカナエは擦り傷や服を切られながらも渡り合っていた。

 

 

「…すごい、姉さん」

 

 

あまりに速過ぎる攻防を何度も繰り返す光景を目の前に、実力も毒も完成していない今の自分にはまだ入ることができないと剣士としての本能が感じ取っていた。

 

 

(もうすぐ日が昇る…それまで奴を足止めすることができれば姉さんの勝ち…)

 

 

刀を構えていながらも入る余地がなく動けずにいたしのぶは鬼が背にしている東の山が明るくなっているのを見てそう確信する。

 

しかしそれは鬼も承知の事実であった。

 

「んー、君を食べたいのもあるんだけど、このままじゃあ日に焼かれちゃうから一旦休戦しないかい?」

 

「貴方を逃せば、何百何千と人の命が脅かされるのは目に見えています。逃しません」

 

「だよねえ」

 

そう言った鬼は満面の笑みで扇を広げると小さな氷の存在を作り出した。

 

《血鬼術 結晶ノ御子》

 

「「!?」」

 

「君たちにはこの子達の相手をしてもらおう」

 

その瞬間、作り出された二体は鬼の血鬼術を同じ威力で放ち始める。

 

 

(全力ですらなかったと言うの?!)

 

 

最初からそれを出されていればカナエはきっと殺されていたに違いない。その力をなぜ使わなかったのか理由はわからないが事実として上弦の強さを思い知らされる。

 

自分にも迫ってくる血鬼術をギリギリで躱すとカナエの叫ぶ声が聞こえた。

 

「しのぶ!」

 

「え?」

 

ふと自分に影がかかった気がした。

 

血鬼術で気を取られていた、しかし油断はしていなかった。

 

でも自分が動いたところに上弦の鬼が笑みを浮かべながら扇を広げている姿が視界の隅に見えた。

 

 

「君は簡単に殺せそうだ」

 

 

その瞬間、しのぶの目の前に蝶羽織が見え、赤いものが舞った。

 

 

「姉さん!!!」

 

 

更に扇を振り下ろそうとする鬼からカナエを抱えて後退する。しかし結晶ノ御子がそれに追い討ちをかけてくる。

カナエはまるで人形の様に体に一切力が入っておらず、その事に嫌な考えが頭をよぎるのを必死に振り払う。

 

ギリギリの所で血鬼術を躱すと鬼が笑顔で手を振っているのが見えた。

 

「楽しかったよ、またやれるといいねえ」

 

その瞬間、鬼の姿は目の前から消えた。

 

 

(姉さん!ごめん!ごめんなさい!今すぐ処置したいのに!)

 

 

何度も紙一重で躱していた中、気づけば目の前に視界を埋め尽くすほどの氷の血鬼術が迫っていた。

 

 

(…だめ、避けられない)

 

 

しのぶの心はここで挫けてしまう。

自分よりも大きな人1人を担いで瞬きも呼吸も許さないほどの乱撃で攻めてくる血鬼術を躱していたしのぶの足には力がもう入らなかったのだ。

 

(ごめんなさい…姉さん)

 

肌を凍てつく冷気が触れ、目と鼻の先に血鬼術が迫ってくる。

ふと目から涙を流したその刹那、音も風もなく血鬼術が無くなった。

 

「……え?」

 

なにが起こったのか理解ができなかった。

 

日もまだ山に隠れている。たとえ日で血鬼術が溶けたとしても今の攻撃は確実に私達姉妹を殺しうるものだったからだ。

 

緊張が一気に溶けた瞬間膝が笑い地面にペタンと座ったその時、目の前に誰かが降り立つ。

 

その人の声はとても透き通っていた。

 

 

「遅くなりました。カナエさん、しのぶ」

 

 

まるで天女が舞い降りたと、しのぶがそう錯覚するほどに美しく、朝日を背にして降り立った人物は、大竹雫その人だった。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

「その時の戦闘で姉さんは内臓に届く深い傷を受けていましたが、その後奇跡的に一命を取り留めました。

ですが腕に負っていた傷が腱を両断してて、剣士を続けることはできませんでした」

 

 

そう話すしのぶからは怒り、悲しみ、後悔が複雑に混ざり合った匂いが溢れていた。

 

 

(きっと…しのぶさんは自分が足手まといになったことを悔いているんだ)

 

 

あの時、姉の力になれなかった自分を、圧倒的な血鬼術を前に諦めた自分を、姉を傷付けた鬼に対しても、両親を殺した鬼という存在そのものにも胡蝶しのぶは怒り、悲しみ、悔いていた。

 

 

「姉さんは意識が戻った後でも鬼に同情し、哀れんでいました。殺されかけておいて仲良くなるなんて、そんな馬鹿げた話はないです。

でもそれが姉さんの想いなら、継子の私は受け継がなければならない。

姉さんの太陽の様な笑顔を、好きと言ってくれる私の笑顔を絶やすことなく…」

 

 

「……無理、してませんか?」

 

 

そう聞くとしのぶはいいえと少しだけ微笑んだ。

 

 

「……確かに嘘ばかり言い、人を襲う鬼に対しては怒っていますし、疲れました。

ですが、それより私は雫様とお館様に恩を返したい。

あの時雫様がきてくれなければ私も姉さんも生きてはいなかった」

 

 

そう言ったしのぶの声とは別の優しい声がすぐ横で聞こえた。

 

 

「私のことはもういいの。しのぶは色々と頑張り過ぎてしまうんだから」

 

「え?」

 

しのぶとはまた正反対から聞こえ、振り返ると胡蝶カナエがしのぶと同じ様に座っていた。

 

(い、いつのまに…?)

 

全く気配が感じることができなかったことに驚きを隠せなかった。

それはしのぶも同じようで驚いている匂いがしていた。

 

 

「そんなに考えなくていいのよしのぶ。私はしのぶの笑った顔が好きなんだから」

 

 

どうやらほとんどの話を聞いていたらしく、しのぶに向かって優しく微笑んだ。

その言葉を聞いたしのぶは少しの間だけ眉間を押さえ、耳を少しだけ赤くした。

 

「ね、姉さんに言われなくてもそのつもりよ。今のは炭治郎君に禰豆子さんの事で元気付けようとしていたところなの」

 

「あらあら、後輩思いのしのぶも好きだなぁ」

 

「ね、姉さん。炭治郎君の前で恥ずかしいからやめて」

 

さっきまでのが嘘のように賑やかになった雰囲気に炭治郎は戸惑っているとしのぶが真面目な声で話しかけてきた。

 

 

「炭治郎君頑張ってくださいね、どうか禰豆子さんを守り抜いて。

君が頑張っている姿を見ると、私達姉妹も頑張れる、気持ちが楽になる。貴方達兄妹に雫様が命をかけた価値がある事を信じます」

 

 

「禰豆子ちゃん可愛いからしっかりと守るのよ炭治郎君」

 

 

「は、はい!頑張ります!」

 

 

片方からはしっかりした声、もう片方からはふわふわした優しい声の美人姉妹に囲まれた炭治郎は顔を赤くしながらも辛うじてそう口にした。

 

 

炭治郎が、無限列車に乗り込むまで約1ヶ月。

 

 

 




ここ数話は色々な過去話の連続になります。

次話は…4日後になりそうです。
もちろん早くかけたらその日に投稿します。

前半と後半で作風を変えたりしています。原作合流編あたりからの作風に統一しようかと思います。

  • 統一した方が良い
  • 別に気にしない
  • 前半のようなほのぼの要素も欲しい

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