時を操る狐面の少女が鬼殺隊で柱を超えたそうですよ 作:たったかたん
「奈落殿の助太刀に行かなくてもよろしいのですか?」
襖や畳の間が上下左右関係なく混ざり合い、重力を無視したかのように無造作に作り上げられた世界で、1人の男が重力を無視して天井に立っている着物姿の女性の姿をした鬼舞辻へと話しかける。
「よい。貴様が奈落の元に行ったとして、奴に殺されて終わりだ」
「それでは奈落殿の血鬼術を私達に使えばよろしいのではないですか。弱点である頸を斬っても死ぬ心配がないとは、とても大きな利点でしょ…う?」
「それは違う。私が奴にくれてやったのは手駒にする価値もないと判断したただの無能な鬼共だ」
いい終わる瞬間、男の視界は鬼舞辻の姿を下から見上げていた。
「お前は私に殺されたいのか?」
鬼舞辻の雰囲気と声が怒りに染まる。
頸を斬られ鬼舞辻の掌に持たれていると理解するが、尚楽しそうに微笑んだ。
「実際何体かの下弦の鬼は奈落殿に提供してるではありませんか、それに素材も俺のところから提供もしましたし、上弦の皆が頸を弱点としないのであれば確固たる優位を持つことになりましょう」
鬼舞辻はその言葉を聞いて更に怒気を強くする。
「私の血を分け与えた鬼に
そう言うと頭を上へと落とされた。
「奈落には大竹雫の腕一つでも奪ってくれればあとは殺していいと思っている」
頸だけで転がりながら鬼舞辻を見上げた。
「ならばどうして俺だけ呼んだのですか?」
「お前は加勢に来ている柱達の相手だ。最初から手加減を加えなければ充分
「…それはそれは」
そう言い残して琵琶の音と共に姿が見えなくなった後首だけで転がりながら笑った。
「…それはとても、楽しそうだ」
ーーーー
雫がいなくなってしばらくした産屋敷邸で増援として指示を受けた5名は産屋敷に一つ頼みごとをお願いされていた。
『どうしても胸騒ぎがしてね、きっと雫には何か不吉な事が起こると思うんだ。
ただの勘だけれど、もしそのような事があれば雫を助けてほしい』
そう話したお館様はいつもの微笑みを潜めていたのが心に引っかかった。
森の闇から四方八方に飛びかかってくる小鬼達を切り刻む5人の中の1人、不死川実弥は産屋敷邸へと集められた際のお館様の言葉を思い出す。
(雫様に不吉な事?)
どれだけ本気を出してもかすりもしない実力者をどう手助けすればいいのかわからなかったが、あのお館様がいつもの微笑みを隠してまでお願いしたのだ、疑問にも思いつつ一言で了承して雫様の後を追っていた。
「よくこんな数の中1人で進めるな」
ふと1番先頭を走る鱗滝錆兎がボソッと呟いた。
「しょうがないよ錆兎、だって雫様だし」
錆兎のすぐ後ろに走っていた鱗滝真菰がそれが常識だと言わんばかりに微笑みながら返事すると、真菰のすぐ右横を並走する胡蝶しのぶがそれに賛同する。
「真菰さんのいう通りです。それよりこの鬼達私の毒で動かなくなるのはいいとして効きにくいのが少し癪にさわりますね…」
「…あまり前に出過ぎるな胡蝶」
「え?冨岡さん喧嘩売ってます?」
ほんの僅かながら不満顔をしている胡蝶に対して返事をしたのはさっきから一言も喋っていなかった全体の左後方を走っている冨岡義勇だった。
雫への増援として送られていた柱は3人、水柱鱗滝錆兎、蟲柱胡蝶しのぶ、風柱不死川実弥。
その中に階級甲でありながら優に柱の実力を持っていると認められている真菰、義勇の2人は雫と同じ流派として、今回の任務に加わっていた。
(……うるせぇな)
そう話す全員を一望できる後方を不死川は走っていた。
(…雫様、どこまで進んでやがるんだ)
斬っても斬ってもまるでウジのように湧いてくる子鬼達を細切れにしながら、不死川は雫との最後の会話を思い出していた。
ーーーー
「待ってくれ雫様」
柱合会議が終わった後、1人で屋敷に向かっている雫を追いかけていた。
「…どうしました不死川…そんなに慌てて」
雫様はいつもの落ち着いた透き通る声で返事をした。
顔は見た事はないが、きっと微笑んでいるのだろうと想像できる声だ。
「…なんで貴方は、裁判であのような事をしたんですか」
そう問いかけると少し首を傾げて考える素振りをした。
「……炭治郎の事に首をかけた件ですか?それはもう言ったでしょう?1ヶ月ほど前から私も容認してい「ちがう!そこじゃねぇ!」…」
いつもは気持ちが落ち着くその声も、今だけは耳に入ってきても体の中を気持ち悪く巡る。
遮った自分の言葉を待っているであろう雫様へ拳に力を入れながら疑問を投げかけた。
「なんで…なんで貴方ほどの鬼狩りが自分の腕を斬ってまで鬼を助けたんだ!」
俺は知っている。大竹雫という人物がどれほど鬼に対して強い憎しみと怒りを持って葬ってきているのかを。
煉獄家に柱同士の稽古をしに行った時、元炎柱煉獄槇寿郎が気まぐれで雫様が魁になるきっかけとなった夜の出来事を話してくれた事があった。
煉獄父曰く、大竹雫という人物は誰とも比べることのできない天賦の才を持っており、なおかつ鬼に対しては人の形をした化け物のように恐ろしくなるのだと。
上弦との戦闘で見た雫様の姿はまるで人間ではなく、鬼のようだったと語った。
俺は知っている。雫様が柱以上に多忙な中、合間を縫ってまで隊士達の指南役を務めていることで、鬼殺隊全体の質と生存率は格段に上がっている。
俺が柱になるきっかけとなった下弦の壱との戦闘は俺を鬼殺隊へ誘ってくれた友人との共闘だったが、魁稽古がなければどちらか1人は死んでもおかしくなかった。
全てが尊敬に値するものばかりだ。
ここまでのことを知って、理解して、なのに鬼を救うために自身の腕を切ってまで助けたのだ。
あの雫様が自分で腕を切って鬼を庇うなど、信じられず腕から流れる血を見たときは混乱のあまりなにも反論が返せなくなった。
大竹雫という人間は絶対的な鬼殺隊最強の矛、鬼を葬ってきた数も救ってきた人の命も圧倒的だろう。
ほんの僅か、怒りの感情を感じ取れる声で答えてくれた。
「私は確かに鬼が憎い、私の日常を壊していく鬼達はすぐにでも殺し尽くしてやりたいくらいに。
でもね不死川、私が鬼と呼ぶ存在は、本能のままに人を殺め、それを喰らう存在だと思っています」
そう話す雫様の雰囲気がどんどん淀むのを感じ、先のような言葉がでない。
(…俺が、気圧されている?)
「禰豆子は我慢して理性を保ちながら人を食わずに2年以上も耐え抜いた、この事実をどう受け止めるのかは貴方次第ですが、この千年以上の歴史で初めて人を食わず、鬼と戦う鬼が現れた。
鬼だからと言ってその事実や人の話を無視してすぐに殺そうとするなど、愚かな人間のすることだと私は思う」
気づけば額に汗が滲み出ており、口の中が乾き、唾は飲み込む量もなく、しかし喉はゴクリとあるはずのない唾を飲み込んだ。
「不死川、君は柱だ。
この鬼殺隊を支え、柱として鬼殺隊の歴史に名を残す存在の1人だという事を、ちゃんと理解しているか?」
初めて大竹雫という人物が見せた僅かながらの怒りの感情は、それだけでも冷や汗をかかせるものだった。
(…あの兄妹を認めるなんて俺には……)
「不死川さん!」
「!!」
会話を振り返っていた時、胡蝶が俺の名を叫んだ。
真上から何かが来ていると直感で感じ取り、ただただ本能のままに横へと飛んで回避する。
ズンと山全体に轟いたのではないかと思える音が響き渡る。
自分や他の皆が今までいた所には、大きな氷の塊が地面へと突き刺さっていた。
土煙が舞う中、軽い調子の声が聞こえる。
「今のを避けるなんて、流石柱と言うべきなのかな?」
ざわっと全身の毛が逆立つ感覚に襲われ、下弦の鬼とは比べ物にならない鬼と理解する。
「上弦の弐!!」
近くに躱していた胡蝶しのぶが、怒りの感情を乗せた声でそう叫んだ。
「あれ?君はどこかで見たことある顔だなぁ。でもごめんねぇ、今回は本気で相手しなくちゃいけないから遊ぶことはできないんだぁ」
《血鬼術 結晶ノ御子》
その瞬間、小さな氷の人形のようなものが五体現れ、氷の血鬼術を高い威力で全員に向かって放ち始めた。
「皆さん気をつけてください!あの鬼の近くで呼吸すれば肺がやられます!血鬼術の氷の人形は上弦と同じ威力の術を放ちます!」
ニ体は空気を凍らし、三体は蓮華の形をした氷を操り、恐ろしく殺傷能力が高い血鬼術を広範囲にわたって放ち始める。
上弦の鬼はその血鬼術の後ろでニヤつきながら扇をひらひらさせていた。
「最近の君達は本当に強いからね……手加減は無しだ」
雫様と煉獄愼寿郎が上弦の肆を討ち取るまで、百年余り歴代の柱達が勝つことすらできなかった上弦を目の前にして、思わずにやける
「上等だぁ、その頸ねじ切ってやんよぉ」
深夜で冷えていた山の空気が触れるもの全てを凍らし、切り裂く武器となって五人へと襲いかかった。
ーーーー
鷹帯山の奥深く、山頂まで後少しのところまで雫は足を進ませていた。
頭痛はいまだに続き、体は重く感じる中、声の主の気配を追っていた。
『すみません、私の大切だった人の名が千鶴でして、ここでは貴方のことを雫と呼んでもよろしいですか?』
先程から鬼の声を聞いて蘇った記憶の中でそう話しかける老人の事を重ねてしまう。
(……私の過去に関係してるのは間違いない)
そう考えている間にも四方八方から子供達が襲いかかってくる。
しかも序盤に戦った子供達よりも自我を持ち、一段と素早さや力が上がっていて少し厄介になっていた。
「狐のオネェさん私と遊ボ」
「とてモおいしソウな匂い」
「オなカヘッた」
襲いかかってくる子供達を細切れにしては勢いを殺さずに進み続ける。
「……気がおかしくなりそうですね…」
言葉が流暢に話せる子供達は無邪気な雰囲気を纏っていた。
そのため鬼と分かっていてもここまで多いと気が狂いそうになる。
そんな中、長い階段のような物が茂みの隙間から見え、そちらへ足を進める。
「………これは」
その階段の先にあったのは大きな門を開け放った寺であった。
別にそれだけならなんとも思わなかった。しかし雫が驚いたのはその門にかけてある物。
「…神童院」
それは夢で見たあの寺だと証明する物他ならない看板であった。
胸騒ぎがする。
固唾を飲み込み、一つ深呼吸を挟んで階段を登る。
大きな門をくぐり抜けた先には、大きな寺の本殿とその横や奥に複数の寺屋敷があり、中庭には砂利が敷かれ、真ん中には1人の西洋風の服を着た白髪の男が背を向けていた。
すぐ斬っても良かったが、先程戦った文子という少女との過去の記憶や、この声自体がどこかで聞いたことがある気がすると感じる謎を解き明かしたかった。
「…こっちを向いたらどうですか?」
そう問いただすと男はふふと抑えた笑いをした。
「ここまで無傷………さすがだ大竹雫、やはり君は神に愛された子なのだろうな」
「……?」
何か嫌な予感がすると、そう直感し眉間にシワを寄せる。
「こうして顔を合わせるのは十何年ぶりだな雫…いいや、千鶴」
こちらへと振り返った鬼はそう言い放ち、雫は目を見開いた。
「…………なんで」
存在するはずがないその顔は理解ができずとも徐々に確信に変わっていく。
「随分と大きくなったな」
顔を見たその瞬間、頭の中でつっかえていたなにかが外れ、千鶴と言われていた頃の記憶が蘇る。
「…
月は分厚い雲に阻まれ暗闇はより一層暗く、吹き荒れる風はどこからか湿った空気を運ぶ。
雫に不死川達が合流するまで、あと半刻。
冨岡の「…あまり前に出過ぎるな胡蝶」の本文は「お前の毒は量が限られている。この数相手には分が悪い、必要以上に毒を使わないようにあまり前に出過ぎるな胡蝶」です。
雫の元に五人の中で誰が先に辿り着けるのか…予想して…みて…な。
前半と後半で作風を変えたりしています。原作合流編あたりからの作風に統一しようかと思います。
-
統一した方が良い
-
別に気にしない
-
前半のようなほのぼの要素も欲しい