ベルがアークスなのは間違っているだろうか   作:さすらいの旅人

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オリオンの矢⑩

 ヘルメス様達が覗きに失敗したと思われる叫びに僕は嘆息した。既に分かりきっていた結果だと。

 

 仮に成功したところで、どの道制裁される事に変わりない。加えてもし【ロキ・ファミリア】の方々に知られでもしたら大激怒するだろう。特にレフィーヤさん辺りが暴走して、特大魔法を使って殲滅させるかもしれない。

 

 そして肝心の僕は――

 

「貴方は運がいい。昔の私なら、即座に弓で射抜いていた」

 

「か、神様の話、本当だったんですね……」

 

 水浴びをしていたアルテミス様と話していた。理由は勿論ある。

 

 僕が近くの滝から少し離れた湖の所でファントムスキルを解除して姿を現わし、その眼前に全裸のアルテミス様と遭遇してしまった。

 

 突然の事に向こうが吃驚している中、僕は謝りながら去ろうとしたんだけど……待ってくれと言われて今に至り、こうして二人っきりで話している。

 

 因みにアルテミス様はもう全裸でなく、バスタオルみたいな長い布で身体を巻いている。それでも神秘的に思ってしまったのは内緒だ。

 

「さあ、どうだろう……」

 

 はぐらかすアルテミス様に、僕はある事を質問しようとする。

 

「あの……それじゃあ昔の神様……ヘスティア様も、今とは違ったんですか?」

 

「そうだな。私の知っているヘスティアは、結構ぐーたらで、面倒くさがり……」

 

「あー、そこは変わってないかもしれませんね」

 

 神様は誰にでも公平に接する御方だけど、私生活に関しては意外とだらしない。バイトの時間になっても起きようとしないし、僕がギルドで学んだ主神としての在り方を教えようとしても途中で飽きてしまう。

 

 天界にいた頃は凄く真面目だったのかもしれないと思っていたが、全く変わってない事にアレが神様の素なんだと改めて分かった。

 

「それから……よく神殿に引き籠もってたな」

 

「え? 引き籠もりですか?」

 

「ああ。私が行くと、それは嬉しそうで、まるで遊んで欲しい子犬のように、はしゃいでいた」

 

「なんだか想像出来ちゃいます」

 

 神様の意外な一面を知った事に内心驚いたけど、遊んで欲しい子犬と言うアルテミス様に僕は苦笑する。

 

「いつも一緒に泣いて、一緒に喜んで、笑顔を分けてくれるヘスティアに……慈愛を恵む彼女に、私は憧れていた」

 

「そうですね。僕もあの笑顔を見て、神様のファミリアに入りました。僕は神様が大好きです」

 

「……。すまない、巻き込んでしまって……」

 

「えっ?」

 

 神様について話していた内容から一変し、突然謝るアルテミス様に僕は振り向く。

 

「貴方には過酷を押し付けることになる」

 

「過酷って……僕にあの槍でアンタレスを倒させる事ですか?」

 

「………そうだ」

 

 僕の問いにアルテミス様は少し間があるも、コクリと首を縦に振って頷いた。

 

 モンスターを倒すだけで、何故この方はこんなに辛そうな表情をするのかが今も全く分からない。

 

 因みに槍は手元になく、神様に預けている。『少しの間、その槍をボクに貸してくれないかい?』と言われたので。

 

「あの、アルテミス様。貴女は数日前に『あの槍でなければアンタレスは倒せない』と仰っていましたが……何故そこまで断言出来るんですか?」

 

「それは……」

 

 核心を突かれたかのように、アルテミス様は再び辛そうな表情になりながら顔を背ける。

 

 そろそろ理由を教えて欲しかった。アンタレスは僕が抜いた槍でしか倒す事が出来ない理由を。

 

「………すまない、今はまだ言えないんだ」

 

「それはヘルメス様に問い質しても、ですか?」

 

「……そうだ」

 

 やはりヘルメス様もアルテミス様と同様に知っているようだ。僕が槍について疑問を抱いてる時、あの方は途端に話題をすり替えて誤魔化している事が多々あったので。

 

 ここまで頑なに教えようとしないって事は、相当深い理由があると見ていいだろう。そして、僕に途轍もなく重大な役割を与えられている事も含めて。

 

 だから、ちょっとだけ意地悪をさせてもらう。

 

「分かりました。其方が理由を仰ってくれないのでしたら、僕はあの槍を使わずにアンタレスを倒させてもらいます」

 

「なっ!」

 

 僕の台詞にアルテミス様は即座に此方へ振り向いて驚愕の表情となる。

 

「無理だ! あの槍でなければアンタレスは倒せないと言っただろう! あのモンスターは普通に戦って勝てる相手じゃない! どんなに優れた武器を使ったところで――」

 

「では、異世界から持ってきた武器(・・・・・・・・・・・・)で倒す事は出来ますか?」

 

「………………は?」

 

 素っ頓狂な声を出すアルテミス様。

 

 それは当然かもしれない。いきなり異世界なんて言われたら、流石の神様でもああなるだろう。

 

「い、異世界の武器って……それは一体どう言う事なのだ、オリオン?」

 

「さぁ? 自分でも一体何を口走ったのか分からなくて……」

 

「それは嘘だ!」

 

 うん。自分でも嘘を言ってるのは分かっている。

 

 そして流石は女神様と言うべきか、相手の嘘を問題無く見抜けるようだ。

 

「教えてくれ、オリオン。異世界の武器とは一体……? いや、それ以前にオリオンがまるで異世界に行ったような口振りじゃないか」

 

「知りたいのでしたら、先ずは僕の問いに答えて欲しいです。所謂、等価交換というやつで」

 

「だ、だからそれは……!」

 

「其方が教えないのでしたら、僕も教えません。それでも知りたいのでしたら、この冒険者依頼(クエスト)が終わった後にお話しします」

 

「こ、こら、オリオン! それは卑怯じゃないか!」

 

 話は終わりだと告げるも、アルテミス様は再び教えて欲しいと催促してきた。

 

 本当は(ヘスティア)様以外に、僕が異世界に行った事を話してはいけない決まりになっていた。でもアルテミス様は吹聴する女神様ではないと分かっていたので、敢えてポロッと口にした。

 

 その後、全く関係の無い話で盛り上がる事となった。恋についての話をした他、僕とアルテミス様が湖の上で楽しく踊り、思わず時間を忘れてしまいそうな程に。

 

 

 

 

 

「ずるいよ~、アルゴノゥト君。アルテミス様と裸の付き合いするなんて~」

 

「してませんから!」

 

「じゃあ、ベルはアルテミス様と何をしていたの?」

 

「あ、いや、それは、その……」

 

 僕がティオナさんとアイズさんに問い詰められている中、何故か神様はいなかった。

 

 こう言った展開は必ずと言っていいほど神様が出張ってくる筈なのに、それが無い事に違和感を覚えつつも、僕は何とか二人を説得していた。

 

 

 

 

 

 

 翌日の早朝。

 

 野営地は慌ただしく念入りの準備をしていて、誰もが緊迫感を漂わせていた。言うまでもなく、遺跡の侵攻(アタック)をする為に。

 

「皆も承知の通り、遺跡周辺はモンスターの巣窟と化している。アンタレスは今この時も、その力を蓄えている。疑うべくもなく、我々の前には困難が待ち受けているだろう。しかし臆するな! 恐れるな! 敗北は許されない!」

 

 集合している僕達や【ヘルメス・ファミリア】に、アルテミス様が士気を高めようと鼓舞していた。

 

 誰もが異論を挟む事無く聞き入っている。そして悟っていた。恐らくこれが最後の戦いになると。

 

「それでは作戦を伝える! 【ヘルメス・ファミリア】は敵の陽動! 引き付けるだけでいい、決して無理はするな」

 

『はい!』

 

 内容を伝えられた【ヘルメス・ファミリア】は力強く返事をしたのを見たアルテミス様は、虎人(ワ―タイガー)の青年へ視線を移した。

 

「ファルガー、指揮は貴方に任せる」

 

「分かりました」

 

 虎人(ワ―タイガー)の青年――ファルガーさんが頷いた。

 

 失礼な事を考えてはいけないと重々承知してるんだけど、昨日に覗きをしたとは思えない程の頼もしさを感じる。他の団員達も、ファルガーさんが指揮官となる事に何の不満も抱いていない様子だ。

 

 そんな中、アルテミス様は続いて僕達がいる隊列へ視線を向けた。

 

「そして陽動部隊が敵を引きつけている間に、我々は内部に突入! アンタレスを討つ!」

 

「我々?」

 

 アスフィさんが台詞の一部を鸚鵡返しをした。

 

 遺跡に突入するのは僕、アイズさん、ティオナさん、リューさん、そしてアスフィさんの五人だ。だからアルテミス様がさっき言った『我々』に、アスフィさんが疑問を抱いている。

 

「あの門は私の神威でなければ開かない。私も行く」

 

「アルテミス様も……!?」

 

 予想外の参加者に僕は思わず声を出してしまった。

 

 戦えるとは言え、そこまで期待出来るものじゃない。場合によっては足を引っ張ってしまう可能性だってある。

 

 けど、門を開く為にはアルテミス様の神威が必要であると言っていたので、どの道連れて行かざるを得ないんだろう。

 

 それに加えて、ここでダメだと言ったところで、このお方は絶対に撤回しないだろう。目を見ただけで、相応の覚悟を背負っている。 

 

「ボクも行くよ」

 

 すると、今度は神様が現れてそう言った。

 

 僕としては残って欲しいんだけど、アルテミス様と同様に絶対引き下がらないだろう。

 

「君を一人にさせるわけにはいかないからね」

 

「なら、当然俺も付いて行こう!」

 

 神様の次に、ヘルメス様も便乗してきた。

 

「ちょっとヘルメス様。また、そんな……!」

 

「ハハハ、こうなる事は分かってたくせに!」

 

「……もうやだぁ~」

 

 アスフィさんが止めようとするも、ヘルメス様がポンポンと彼女の頭に手を置きながら言われた為か、諦めの境地となっていた。

 

 それを見ていた【ヘルメス・ファミリア】の団員達が笑っている。まるでいつもの光景だと言うような感じだ。

 

 本当に大変苦労しているんだなぁ、アスフィさんって。普段からどれだけ貧乏くじを引かされているんだろう?

 

「いっちょ、やってやりましょう」

 

「特別報酬、期待してるぜ」

 

「我々は金にはうるさいですよ」

 

 ファルガーさんや、他の【ヘルメス・ファミリア】の団員達がそれぞれ言う。

 

 さっきまでの緊迫感が良い具合に解けている様子だ。

 

「アタシやアイズとしては特別報酬よりも、アルゴノゥト君が貸してくれたこの武器を貰えたら嬉しいんだけどな~」

 

「ティオナ、そう言う事はベルに言わないと」

 

「ダメですよ。後でちゃんと返してもらいますからね、お二人とも」

 

 予想通りと言うべきか、僕の武器を欲しがっているティオナさんとアイズさんに釘を刺しておいた。

 

 すると、僕達の会話に興味を引いたのか、犬人(シアンスロープ)の女性がアイズさんに声を掛けようとする。

 

「なぁ【剣姫】、その変わった形をした剣は【亡霊兎(ファントム・ラビット)】が用意したのか?」

 

「うん。この剣は凄く使いやすくて、特に私が使う魔法――」

 

「アイズさん、それ以上言うと今後貸しませんよ?」

 

「!」

 

 僕がちょっと脅すように警告すると、アイズさんはハッとして速攻で手を口で覆った。

 

 それを見た犬人(シアンスロープ)の女性は次に僕の方へと質問をしようとするが、アスフィさんから注意をされて引き下がっている。

 

 私語をしつつも、全員が戦いに赴く覚悟を見せている僕達にアルテミス様が感謝を告げる。

 

「ありがとう、子供達。苦しい戦いになるだろう。犠牲者も出るかもしれない。しかし、成し遂げてほしい。私達の愛する下界の為に!」

 

『うぉぉぉぉおお!』

 

 アルテミス様の言葉に全員の士気が最高潮に高まった。

 

 しかし、それとは別に僕はある物を感じ取って振り返った先にアレがいる。

 

「え? アルゴノゥト君?」

 

 隣にいたティオナさんが、突然姿を消した僕に戸惑いの声をあげた。

 

 しかし僕は気にせず――

 

「クーゲルシュトゥルム!」

 

『~~~~~~~!!!!』

 

 姿を現わしながら展開していた長銃(アサルトライフル)――セレイヴァトス・ザラで、奇襲を仕掛けようとしていた蠍型モンスターの群れを一掃しようとフォトンアーツを放った。扇状の掃射を3連続で行った為に、蠍型モンスター達の大半を一掃する。

 

 僕が敵の奇襲を阻止した事により、先程まで呆然としていたティオナさん達はやっと状況を呑み込めた。

 

「おいおい、何だよその魔剣は!?」

 

「モンスターの群れをあっと言う間に倒すって凄過ぎだろ!」

 

 【ヘルメス・ファミリア】の団員達が驚きの声を出すが、僕は気にせず再びクーゲルシュトゥルムで一掃していた。

 

 取り敢えず味方の損害はゼロだけど、更に後から第二波の群れが向かって来ようとしている。

 

「皆さん、この後はお任せしてもいいですか?」

 

「……ったく! 勝手に俺達の役目を奪うなよ、【亡霊兎(ファントム・ラビット)】!」

 

「そうだよ! 私達の報酬の取り分が少なくなっちゃうだろ~!」

 

 ファルガーさんと犬人(シアンスロープ)が不服そうに言い返すも武器を構えていた。

 

「行くぞお前等! このまま【亡霊兎(ファントム・ラビット)】に役目を取られたら、俺達の立つ瀬がないぞ! 道を開けぇぇぇぇぇっ!」

 

『うぉぉおおおおおッ!』

 

 指示を出して前へ進むファルガーさんに、【ヘルメス・ファミリア】の団員達も後に続いて蠍型モンスターの群れとの戦闘に突入した。

 

 陽動部隊は誰一人臆せず、モンスターを倒しながら遺跡へ目指そうとする僕達の道を開こうとしている。

 

「アスフィ、行け! お前の役目はここじゃない!」

 

 ファルガーさんからの台詞を聞いたアスフィさんは頷き、そのまま遺跡へ向かう道を進もうとする。




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