ベルがアークスなのは間違っているだろうか 作:さすらいの旅人
ベル達が遺跡の最奥部へ目指している頃、遠く離れているオラリオでも問題が発生していた。ダンジョンにいるモンスター達が暴走と言う
ダンジョン探索をしていた冒険者からの報告に、ギルド職員――エイナはすぐに上層部へと掛け合い、第一級冒険者を抱える名高い【ファミリア】に援軍を要請しようと動き出す。
しかし、
「んなバカな、アレは……!」
「何か知っているのかい、ロキ?」
黄昏の館にいる【ロキ・ファミリア】も、青空にある三日月の出現に気付いている。
団員達の誰もが怪訝そうに見ている中、主神のロキだけは目を見開いて尋常ではない反応を示していた。近くにいたフィンが尋ねるも、ロキは何も答えようとはしない。
そして――
「フィン、うちはちょいとフレイヤの所へ行ってくる。後は任せたで」
「……分かった」
ロキはそう言った後、即座に
途轍もなく真剣な表情で自らフレイヤに会おうとする
それが的中したように、突如ギルドから『ダンジョンで暴走している全てのモンスターを殲滅せよ』との
☆
フォトンブラストで蠍型モンスターの群れを一掃した後、僕達は最奥部へ向かおうと全力疾走していた。
進みゆく所々に寄生している肉の網はあるが、そんな物に目もくれていない。アンタレスの元へ辿り着くのが最優先なので。
その途中で『
向こうは分散せず、僕達が通った一直線の道をそのまま追いかけてきている。なので、僕はさっさと片付けようと――
「凍てつく氷柱よ 地を這いながら 命のぬくもりを奪え! バータ!」
フォトンを媒介して大気を冷却し、射線上に氷柱を走らせる初級の氷属性テクニック――バータを使った。
対象の一匹に氷柱が当たっても、それを貫通するように後方にいる蠍型モンスターの群れに当たり続ける。バータを使ったのは、モンスター達が縦一列を組むように追いかけて実に好都合だったからだ。
しかし流石に一発だけでは無理なので、その後に無詠唱でニ~三発ほど発動させた。氷柱の餌食となった蠍型モンスターの群れは全て命中し、身体が氷漬けとなりながらも絶命し灰となって散り、魔石だけを残していく。
「はぁっ……はぁっ……」
目の前の敵がいなくなり、僕は息を切らしながらも片膝を地に付けた。
実はさっきまでの事を、連続でやっていた。これでもう五回目だ。走っているアイズさん達の足を止めないよう、僕が後ろから追いかけてくる敵を倒すと前以て言ったので。
ファントムクラスは他のクラスよりも少ない時間で体内フォトンを回復してくれるが、流石に体力までは無理だった。全力疾走しながらテクニックで迎撃するなんて、常人がやればすぐにへばるどころか倒れてしまう。フォトンの恩恵を受けてアークスにならなければ、僕は今頃気を失っていただろう。
一先ずレスタで体力を回復しようと思ったが、ティオナさんとアイズさんが駆け付けてくる。
「大丈夫、アルゴノゥト君。ほら、エリクサー飲んで」
「ありがとうございます、ティオナさん」
「ベルは無理し過ぎ。後は私達がやるから」
「いや、しかしそれでは……」
二人と話ながら渡されたエリクサーを飲んでいると、途端にモンスターの叫び声が聞こえた。
僕達はこの叫び声を頼りに進んで向かっていた。案の定と言うべきか、その途中で蠍型モンスターの群れが追いかけてきたから、向かっている先は間違いないと確信している。
今回聞いたのはいつも以上に大きく響いて聞こえた。それは即ち、アンタレスに近付いているという証拠だ。
それと、もう一つ気になる事もある。アンタレスが叫び声を上げる度に、何故かアルテミス様が胸を押さえながら苦しそうな表情をしていた。
僕だけでなく、ティオナさん達も当然気付いていた。誰もが怪訝そうに見ていたが、結局は先へ進むしかなかった。
その後からはモンスターの追撃もなく進み、漸く辿り着いた。広い空間の中央に、アンタレスと思われる巨大なモンスターがいる。
「あれが、アンタレス……」
今まで戦った蠍型モンスターとは違っていた。アレより更に巨大で、人間の上半身と蠍を融合させたような醜悪極まりない姿だ。他にも、空間の上部にはいくつもの肉の管みたいなモノがある。全てアンタレスの身体に繋がっており、ドクンドクンと何かが流れ込んでいた。恐らく遺跡周囲にある自然等の養分をアンタレスに吸収させる為の気管だ。そして、森や周囲の町をダメにさせた原因でもあると。
種族や規模は違えど、オラクル側から見たらアンタレスはダークファルスみたいな存在かもしれない。そして蠍型モンスターはアンタレス眷族の蟲系ダーカーと言う扱いで。ダーカー嫌いのラヴェールさんが見れば、忌々しいと思いながら殲滅しているだろう。
『オォォォォーーー』
僕達に気付いたのか、アンタレスが此方を見るように叫んだ。同時に各部から紫と黒が混ざった煙が噴き出て、穴が開いている天井の先――三日月へと昇っていく。
「うっ……」
「アルテミス様! すぐに治療します!」
「その必要は、無い……」
「え?」
突然苦しみだして膝を付いたアルテミス様に、僕は慌てながら駆け寄った。
すぐにレスタで治療させようとするも、首を横に振ったから何故と疑問を抱く。
僕の反応を余所に、アルテミス様はこう言った。
「討ってくれ……。お願いだ、オリオン……あれを……」
その言葉と同時に、アンタレスの本体部分である上半身――正確には胸部辺り――が突然開いた。直後、内部にある巨大な水晶みたいな物が露わとなる。
「ッ……!」
それを見た途端に神様は目を逸らした。まるで現実を認めたくないように。
そして――
「これは……」
「……うそ……」
「なんで……」
「こんな事が……」
「どうして……」
リューさん、ティオナさん、アイズさん、アスフィさん、そして僕は目を見開いていた。誰もが信じられないと。
その中で僕は呆然と立ち尽くしながら凝視する。
「……どうして、アルテミス様があそこに!?」
信じられなかった。何故なら水晶の中に……自分の隣にいる筈のアルテミス様がいるから。
『オォォォォォォーーーーー!!』
アンタレスが咆哮した直後、急速に噴き出た紫黒の煙が凄い勢いで三日月へ向かっていく。
次の瞬間、昨日に飛竜の移動中で襲われた光の矢が僕達どころか、遺跡の周囲目掛けて降り注いできた。
もう一人のアルテミス様を見て呆然としていた僕達は何の対処も出来ないまま、光の矢によって足場が崩壊し、そのまま落下していくしかなかった。
☆
光の矢によって足場が崩れ落ち、僕とアルテミス様だけは更に深く落下してしまい、神様達と逸れてしまった。
アルテミス様を守る事しか出来なかった僕は、抱きかかえながら何とか着地に成功。未だに苦しそうな表情をしている女神様をそっと下ろし、僕はある事を聞き出す。
「そろそろ話して頂けますか、アルテミス様」
「……分かった」
僕の言いたい事を察したアルテミス様は観念するように、コクリと頷いて漸く話そうとする。
「オリオンはもう気付いているのだろう? アンタレスが放ったアレが『
「……何となく、ですがね」
僕の推測は正しかった。あの光の矢は
加えて、あの水晶の中にいたのは間違いなく本物のアルテミス様であり、あのモンスターがアルテミス様の
「ならば、あそこにいたアルテミス様は……」
「ああ。アンタレスに喰われた
答えを聞いた僕は眉を顰めながら目を逸らす。辿り着いて欲しくなかった答えが現実のものとなってしまったので。
すると、視界にあるモノが映った。その先にはアルテミス様の
「オリオン、すまないが私をあそこまで運んでくれないか?」
アルテミス様は知っているのか、僕に女性冒険者達の遺体の近くまで連れて行くよう頼んできた。
拒む理由がない僕は、女神様を優しく抱きかかえて、その場所へと向かう。
「あの方達は?」
「……私の
移動しながら問うと、アルテミス様は自身の眷族だと答えた。
遺体の近くへ辿り着いたのでそっと下ろすと、立ち上がるアルテミス様がゆっくりと歩き始める。
「私は見ているしかなかった……私を喰らった奴が
そう言いながら一人の眷族に歩み寄って膝を付き、慈しむように頬を撫でる。
「……帰ってきたぞ……」
その言葉に、どれだけの思いが込められているのか。それはアルテミス様とその眷族達にしか分からないだろう。
本当なら邪魔してはいけないけど、今の僕は心を鬼にして再び問う。
「では、目の前にいる貴女は万が一の時に作られた思念体、ですか?」
「いや、それよりもっと酷い。私はそれ以下の残留思念……謂わば『残り滓』だ。オリオンが持っている、その『槍』に宿った残滓にすぎない」
答えを聞いた僕は思わず背中に背負っている槍を見る。
……そう言うことだったのか。道理で目の前にいるアルテミス様は、神様が知っているアルテミス様じゃない訳だ。似て非なる別神と言う事になる。
そして、この『槍』でしか倒す事が出来ないと断言していた理由は――
「正確に言うと、それは『槍』ではなく『矢』だ。アンタレスに取り込まれた後、
取り込まれたアルテミス様の本体を射殺さなければ、アンタレスを倒す事が出来ないと言う訳であると。
最悪だ。色々な意味で最悪だ。槍、ではなく矢に選ばれた僕がアルテミス様を殺さなければならないなんて……本当に最悪だ。
オラクル船団にいる憧れのあの人――
世界を救う為に一人の女の子を殺さなければならない。多くの人々から感謝されても、大事な人を殺してまで幸せになろうと、あの人は考えていなかった筈だ。
僕はアルテミス様と会って間もないけど、それでも殺したくない。此処まで来る間、アルテミス様とよく話した。此処で残留思念だと判明してもそんなの関係無く、心の底から救いたいと思っている。
「今は動きを止めているが、アンタレスはすぐに、ここにやってくる。モンスターでありながら、『神の力』を手に入れたアンタレスは……矛盾を孕んだ災厄。葬るには理を捻じ曲げる、この矢で貫くしかない……」
矢を手にしている僕に、アルテミス様はそう言った。
「……それ以外に無いんですか?」
「無い。アンタレスと
僕が顔を俯きながら問うと、懇願の如く返答をするアルテミス様。
それを聞いた僕は――
「…………お断りします」
「えっ?」
俯いていた顔を上げながらNoと言う返答を突きつけた。予想外の返答にアルテミス様が頓狂な表情となる。
同時に僕が手にしている矢を電子アイテムボックスに収納すると、消されたと思ったアルテミス様は顔を青褪めた。
「何をしているんだ、オリオン!? あの矢はアンタレスを倒す唯一の希望で……!」
「安心して下さい。矢は僕の収納スキルで保管しています。但し、アンタレスに使う気は微塵もありませんが」
例え使うとしても、自分ではもう如何しようもないと追い詰められた時の最終手段で使わせてもらう。まだ他の手段も試してないまま、使う気など毛頭無いので。
「私の話を聞いていなかったのか!? アレが無ければ――」
「生憎ですが、僕は異世界に渡ってアークスになった際、向こうにいる義兄さんから『最後まで諦めるな』と徹底的に教わりました。だから、最後まで悪足掻きをさせて頂きます」
「――え? 異世界? アークス?」
聞き慣れない言葉を耳にしたアルテミス様は、さっきまでの表情が一変して困惑する。
向こうがやっと真実を話してくれたので、僕も神様に内緒で真実を話す事にした。
「簡単に言います。僕は今から六年前、どう言う理由かは未だに分かりませんが、オラクル船団と言う異世界へ渡りました。右も左も分からなかった僕を拾ってくれた
「え? え? え?」
アルテミス様は自分が嘘を言ってない事は分かっていても、余りにも唐突過ぎる内容に困惑する一方だった。
だけど、僕は気にせず話を続けようとする。
「おかしいと思いませんでしたか? 僕が他の冒険者とは違う武器や、見慣れない魔法を使っていた事に」
「………た、確かに、下界の子供が使うにしては妙だと違和感はあったが……」
「実は僕がこれまで使っていた武器や魔法は、全て異世界から得た
「………はぁっ!?」
困惑しつつも、何とか頭の中を必死に整理して呑み込もうとするアルテミス様だったが、僕が披露していたのは全て異世界関連だと分かった途端に驚愕した。
「ま、待て、オリオン。その前に貴方はどうやって異世界に渡ったのだ? それは本来、神々ですら許される事では……」
「残念ですが、それは未だに分かりません。それはそうと――!」
僕が真実を話している最中、突如上から巨大なモノが落下してきた。それによって衝撃波が襲ってきたので、僕は咄嗟にアルテミス様の前に出て盾となる。
衝撃波が止んで落下してきたモノ――アンタレスは巨大な単眼を此方に向けていた。アルテミス様、もしくは僕がさっきまで手にしていた矢を狙って此処へ来たんだろう。
『ウォォォォオオオオオーー!』
完全に狙いを定めているアンタレスは、そのまま前進して襲い掛かろうと動き出す。
アルテミス様との話を中断した僕は迎撃しようと、ファントムスキルを使って姿を消した。
『?』
僕が突然いなくなった事にアンタレスは動きを止めて、巨大な単眼をギョロギョロと見回していた。
数秒後、姿を現わした僕が敵の眼前で空中に止まり、
「闇の弾丸を受けよ、クーゲルシュトゥルム!」
『ギャァァァァァアアアアアアアアアア!!』
ゴライアスの時に使った裏の技用クーゲルシュトゥルムを発動させ、銃口から連続で放たれる弾丸が全て巨大な単眼と周囲に命中する。
放たれた弾丸で眼を潰されたアンタレスは、突然の激痛により痛々しい悲鳴を上げていた。
しかし、それは束の間だった。潰した筈の単眼が突然元に戻るように再生し始めている。
このモンスター、再生能力を持っているのか。【ロキ・ファミリア】の遠征で、ダンジョン59階層にいた『
未だに弾丸を撃ちながらそう思ってると、アンタレスは突然口を開いた。直後にそこから紫色の大きなレーザーが放たれる。
「くっ!」
当たる直前に躱そうと僕は再び姿を消して、アルテミス様から少し離れた地面の上に姿を現した。
向こうは完全に僕を敵として認識したようで、口から放っていたレーザーを止めて、突進しながら下半身の巨大な鋏を振り下ろす。
「甘い!」
そう言って僕は既に
ゴライアスに使ったフォトンアーツだが、前方を連続で斬りつける攻撃でなく、敵の間合いに踏み込んで即座に移動しながら居合切りの如く斬り返す。横一閃の居合切りを行った為、柔らかい関節部分を簡単に斬り裂いて一つの巨大な鋏を失わせた。
『アァァァアアアアアアアアアアアッ!』
悲鳴を上げるアンタレスはさっき潰した単眼と同じく、斬られた部分が再生して元の巨大な鋏へと戻った。
「まだまだ!」
しかし、そんなのは百も承知だった。僕はフォルターツァイトを放った直後にクイックカットを発生させ、ロックオン対象となる別の巨大な鋏へ急接近し、再び裏のフォルターツァイトで斬りつけた。
裏のフォルターツァイト→クイックカット→裏のフォルターツァイト→クイックカット、と言う連続攻撃をやり、再生するアンタレスの各部位を何度も何度も切断し続ける。
『~~~~~~~~~!!』
「……嘘、アンタレス相手にあそこまで……」
思わぬ展開になっている事に、アルテミス様が呆然と見ていた。
何度も再生するアンタレスは痛みに耐えながらも、僕を殺そうと下半身の鋏や尻尾を振り回していた。更には上半身にある鋏も加えて。
完全に僕が敵を翻弄して優勢のように思えるだろうが、実際そうではない。部位を斬っても即座に再生して、結局は振り出しに戻っている状態だ。一回ずつ切断したところで無意味とも言える。
本当ならアンタレスから距離を取って
誰か一人でもいいから援軍として来て欲しい。前衛の誰かが惹きつけながら、僕も後ろから援護攻撃して同時に部位を潰せば、いくらアンタレスでも瞬時に再生出来ない筈だ。
僕がそう考えてしまった為か、技の発動に一瞬遅れてしまい、それを見たアンタレスが上半身の鋏を振って僕の腹部に命中させた。
「がっ!」
「オリオン!」
凄まじい勢いで吹っ飛ばされた僕は、そのまま壁に激突してしまった。
「ぐっ、くそっ……!」
ヘルメス様が用意したバトルクロスの他、ステルス化させている僕の防具によってダメージはそこまで酷くなかった。けど、身体が壁にめり込んでしまった為、すぐに抜け出す事が出来ない。
『ウォォオオオオオオオッ!』
するとアンタレスは最大の好機と見たのか、突然上半身の胸元を開かせてアルテミス様を取り込んでいる水晶を露わにさせた直後、それから神の力と思わしき神々しい光のレーザーを放とうとする。
ふざけるな! 僕に見せびらかすように、アルテミス様の力を自分の物みたいに使うなんて……!
アンタレスの行動に怒りを覚えるも、向こうはそれを嘲笑うかのように神の力のレーザーを撃ち放った。
「オリオーーーーンッッ!!」
アルテミス様が叫びながら駆け付けようとするが、位置が離れすぎている為にもう間に合わない。
何とかしてめり込んだ壁から抜け出そうとしても一足遅く、直撃が免れなかったので全てのフォトンを防御に回そうと――
「【
「え?」
レーザーが当たる寸前、誰かが僕の前に現れて聞き覚えのある詠唱をしながら攻撃を防いでいた。
「ア、アイズさん!?」
「ベルは、殺らせない!」
僕の目の前にいるのはアイズさんだった。そしてレーザーを防いでいるのは、あの風魔法――『
盾となっている風は分厚い壁の如く高出力状態となっていた。遠征で見た時より大違いだ。恐らくアイズさんが手にしている『スキアブレード』のお陰だろう。アレには法撃力が備わっているから、アイズさんの魔力を底上げさせているに違いない。その証拠にアレの刀身から青白い光が放っている。
「バカな! 下界の子供が私の
アイズさんが神のレーザーを防いでいる事に信じられないのか、アルテミス様は驚愕しながら叫んでいた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
『!?』
最大出力の風を展開するアイズさんが珍しく叫ぶと、アンタレスは競り負けるように一歩引いた。その瞬間にレーザーの勢いが弱まり、アイズさんは軌道を逸らそうと上に向けようとする。
そしてレーザーは見事に軌道が逸れて、そのまま天高く昇っていった。