ベルがアークスなのは間違っているだろうか   作:さすらいの旅人

165 / 178
オラリオの歓楽街⑨

「もっ、申し訳ありません! お客様だと勘違いしてしまった上、あのような醜態まで……!」

 

 狐人(ルナール)の少女が気絶してから少し経ち、目覚めて直ぐに服を着直し、正座しながら深々と頭を下げて謝っていた。太い狐の尾もぎゅうぎゅうと丸めながら。

 

 本当なら部屋を出ようかと思っていた。けど外にいる女戦士(アマゾネス)達に追われているだけでなく、気絶した女の人を放っておくことが出来なかったから。

 

「い、いえ、そんな……。勝手に来た僕が悪いんですから」

 

 畳の上に腰を下ろす僕も顔を赤らめながら謝罪した。

 

 会ったばかりの人と謝り合うとは、余りにも奇妙な出会いをすることになった……と思ってしまう。

 

(わたくし)春姫(ハルヒメ)と申します。貴方様は……」

 

「あ……僕はベル・クラネルです」

 

 頭を上げながら名乗る彼女、春姫さんに、僕も名乗り返す。

 

「クラネルさま、ですか。お客様でないのでしたら、何故この遊郭に?」

 

 小さく首を傾げる向こうの問いに、どう言えばいいか迷ってしまう。

 

 春姫さんもアマゾネスの仲間なのは言うまでもない。その人達に追いかけ回されていたと言えば呼び出されるかもしれないが……結局のところ白状した。

 

 正直に話した僕に春姫さんは、他の人を呼び出すことなく、興味深そうに聞いているだけだ。

 

「アマゾネスの方々と申しますと……もしかしてアイシャさん達でございますか?」

 

「アイシャさん? 流石に名前までは……あ、確か片目を黒い長髪で覆われた女性がそう呼ばれていたような。おまけにリーダーみたいに指揮をしていて……」

 

「それは恐らくアイシャさんですね。あの人は【イシュタル・ファミリア】の娼婦達を纏めていらっしゃいますから」

 

「え、【イシュタル・ファミリア】の娼婦達って……」

 

「あら、御存知ではなかったのですか? この歓楽街は【イシュタル・ファミリア】が取り仕切っている事を」

 

 春姫さんから予想外の情報を聞いた事で、僕は思わず戦慄する。

 

 オラリオで迷宮攻略の成果を上げ、組織の勢力も都市有数である上位派閥……と言うのを以前にエイナさんの講習で知った。その際に詳細を訊いても『ベル君が知る必要はないの!』と顔を赤らめながら頑なに拒否されていたが、今になってその理由が漸く分かった。

 

 同時にある事も思い出す。以前あった『神酒(ソーマ)』のオークションに参加していた褐色の女神様――イシュタル様を。フリーオークションで1億ヴァリスだけでなく、僕に歓楽街利用し放題の無料パスを進呈すると言っていた事も含めて。あの時は周囲が騒いでいただけでなく、リリから軽蔑の眼差しを送られていたが、結局は2億ヴァリスと提示した【フレイヤ・ファミリア】の主神、フレイヤ様が落札する結果となったが。

 

 イシュタル様があんな無料パスを進呈すると凄い事を言ったのは、歓楽街の責任者だから簡単に出来たんだろう。もし仮にそれ欲しさにイシュタル様を選んでいれば、リリや(女神も含めた)女性陣から軽蔑の眼差しを送られる破目になっていた光景が目に浮かぶ。

 

「来るのが初めての方であれば、此処から抜け出すのは難しいでしょう。明け方になりましたら、私が抜け道までご案内いたします」

 

「えっ、良いんですか?」

 

「はい。一夜限りの出会いでしょうが、春姫は、クラネル様のお力になりとうございます」

 

 春姫さんの優しい笑みには悪意など一切なく、ただ純粋な善意と献身があった。

 

 その温かい笑みに、僕はまたしても見惚れてしまいそうになる。

 

「その代わりと言ってはなんですが、時間まで……私と、お話しをして頂けませんか?」

 

「お話し?」

 

 いじらしく訪ねて来る春姫さんに、僕は断る事無く快諾した。

 

 それを聞いた彼女は「ありがとうございます!」と破顔し、尻尾を嬉しそうに揺らしていた。

 

 

 

 

「それではクラネル様は、このオラリオで冒険者になる為に?」

 

「ええ。初めは全く考えていなかったんですが、お爺ちゃんの手紙を読んだ後に考えを改めまして……」

 

 春姫さんの話し相手になってる僕は、オラリオへ来た目的について教えていた。流石にオラクル船団の事は話せないから、諸事情があって離ればなれになり、数年後に田舎の村へ帰ってきたと暈している。

 

 因みにお爺ちゃんが死んだ話になった際、春姫さんは申し訳なさそうな表情になっていたが、そこは気にしないよう言ってある。

 

「そうでしたか。私は、訳あって極東からこの地にやってきました」

 

「極東ですか?」

 

「はい。四季のはっきりした自然の豊かな地でございます」

 

 春姫さんは天井から窓の外に視線を移し、開いた障子の向こうにある月夜を見つめながら語ってくれた。懐かしそうに、また郷愁を感じさせながら。

 

「けれど、私が十一歳の時に、家を勘当されたのです」

 

「えっ、勘当って……どうしてですか?」

 

 いきなりの発言に、僕は目を見開いてしまう。

 

「父の怒りに触れてしまい、仕方のないことでした。それから様々な事があり、私はこの歓楽街、【イシュタル・ファミリア】へと売り渡されたのです」

 

 内容はかなり省略されてるけど、かなり大変な目に遭ってオラリオに来たのだと僕は察した。

 

 恐らく春姫さんは容姿が非常に優れていることもあり、娼婦としての『価値』を認められたから、『世界の中心』で屈強な冒険者が集うオラリオに売られたのだろう。

 

 ギルド、と言うよりギルド長のロイマンさんが聞けば絶対憤慨するだろうが、オラリオを含めたこの世界全体の文明レベルは低い。オラクル船団と違って人権制度が全く成り立ってなく、裏事情があるとは言え、人身売買と言う違法行為に目を瞑っているから。

 

 だけど、オラクル船団は文明レベルが高くても、当時の支配者――ルーサーさんによって数々の人体実験が行われていた。内容については分からないけど、人を人とも思わない非道なモノだったらしい。それを考えると、この世界やオラリオが裏でやっている事と何ら変わらないと思う。

 

 何処の世界でも必ず表立って言えない裏側がある事を改めて知った僕は、心が沈んでしまいそうになっていた。

 

「あっ……でもっ、オラリオには憧れもあったのです。極東にもこの地を舞台にした沢山の物語が伝わっていますから」

 

「それって『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』、ですか?」

 

「はいっ。他にも異国の騎士様が、聖杯を求めて迷宮を旅するお話とか」

 

 確か『ガラードの冒険』、だったかな?

 

 祖父からもらい愛読書(バイブル)でもあった『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』だったけど、オラクル船団に渡ってから読む機会が無くなってしまった。アークスの訓練や、向こうの世界について学ぶ事が色々あり過ぎた為に。

 

 そしてこの世界に戻って来た際、今も残っていたから僕の電子アイテムボックスの中に収納している。機会があれば再び読もうと思っていたけど、オラリオでやる事があるから今も手付かず状態だ。一応中身はそれなりに憶えているけど、以前と違って忘れている箇所が多数ある。

 

 春姫さんは英雄譚を読むのが趣味なのか、色々な物語を知っているようだ。逆に僕はそのお陰で忘れかけていた内容を思い出している。

 

 長々と話している中、僕はある事を尋ねてみた。

 

「色々ご存知みたいですけど、春姫さんの中で一番好きな物語は何ですか?」

 

「英雄譚で言いましたら、極東に古くから伝わる、鬼に襲われる娘を、小さき身でありながら助けた武士様のお話しが」

 

 その内容から察するに、春姫さんは乙女が英雄の手で助けられる物語が好きなようだ。

 

「私も本の世界のように、英雄様に手を引かれ、憧れていた世界に連れ出されてみたい……なんて、ただのはしたない夢物語でございます。連れ出されて貰える資格は、私にはございません」

 

「どうして、ですか?」

 

 以前の僕だったらすぐに否定し、英雄は見捨てないと声高に否定していたかもしれない。

 

 だけど、彼女が言うには何か理由がある筈だと思って、改めて訊いた。

 

「私は、可憐な王女でもなければ、生贄に捧げられた哀れな聖女でもありません」

 

 春姫さんは笑って、こう言った。

 

「私は、娼婦です」

 

 穏やかな声なのに、まるで突き放すような響きをもって告げてくる。

 

「未熟ではありますが、私は多くの殿方に体を委ね、床を共にしています」

 

「え? 床を共にって……(ぼく)の鎖骨を見ただけで気絶しててもですか?」

 

「あ、あの時は偶々そうなっただけです! 普段は違います!」

 

 僕の突っ込みに、春姫さんは瞬時に顔を赤らめながらも偶々だと否定した。

 

 気を取り直すように一度ゴホンッと咳払いをした後、再度語ろうとする。

 

「意思をもって貞操を守るわけでもなく、お金を頂く為に春をひさいできました」

 

 春をひさぐ、と言う意味は、未成年(14歳)の僕でも分かってしまっている。

 

 つまり、自分のもとに訪れた男に身体を重ね、一夜限りの夢を見せる。それが娼婦なのだ。

 

 だけど、僕は今でも引っ掛かっている。この人は本当に春をひさいでいるのかと。

 

 そう考えてしまうのは、春姫さんが僕の鎖骨を見て意識を失った後、駆け付けた女戦士(アマゾネス)が気になる事を言っていた。気絶した彼女を見て『いつもの妄想』だと聞いた所為で、本当に真実なのかと疑ってしまっているのだ。

 

 相手を疑ってしまうのは大変失礼であっても、アークスになってから様々な経験をした為、つい疑ってしまう癖が出来てしまっている。別に全部疑っている訳じゃないけど、ね。

 

「そんな卑しい私を……どうして、英雄(かれら)が救い出してくれるでしょうか?」

 

 春姫さんは、綺麗に儚く笑い続けている。あの張見世で初めて目があった時と同じように。

 

「英雄にとって、娼婦は破滅の象徴です。汚れていると自覚したあの日から、私にあの美しい物語を読む資格はございません。憧れを抱く事は許されません」

 

「………」

 

「私は、ただの娼婦なのです」

 

「……僕は、そう思いません」

 

「え?」

 

 否定する僕に、春姫さんはキョトンとした顔になる。

 

「確かに物語の中で娼婦は破滅の象徴として書かれています。でもだからって、英雄の誰もが娼婦だからと言う理由で見捨てたりしません」

 

 僕は知っている。オラクル船団でマトイさんを救った英雄――守護輝士(ガーディアン)の偉業を。

 

 マトイさんはダーカー因子を全て一身に受けた所為で【深遠なる闇】の依代になってしまうも、守護輝士(ガーディアン)は一切諦めることなく彼女を救った。キョクヤ義兄さんの幼馴染であるストラトスさんが興奮して語るくらい、有名な英雄譚になった程だ。

 

 僕もいつか、あの人みたいな凄い英雄になってみたいが、キョクヤ義兄さんからはダメ出しをされている。『英雄に憧れるより、《亡霊(ファントム)》としての自覚を持て』と言われたから。

 

「春姫さん、自分が娼婦と言う理由で救われないと思わないで下さい。もし良かったら僕が力に――」

 

「もうそれ以上は言わないで下さい、クラネル様」

 

 そこから先を言わせないように、春姫さんは僕の言葉を遮った。

 

 まだ会って間もないけど、余りにも彼女らしくない発言に少々戸惑ってしまう。

 

 お互い気まずそうな感じになるも、途端に彼女から約束の時間だと告げる。

 

「今日はとても、楽しい時間でございました……ありがとうございます」

 

 そうお礼を告げた後、春姫さんは僕を案内しようと娼館の裏口から出て、全く人目が無い路地裏へ進んでいく。

 

「この道を抜ければ『ダイダロス通り』に出られます。ここならアイシャさん達に見付からない筈です」

 

 行灯型の魔石灯を持つ春姫さんは、先に見える複雑な路地の光景を照らしていた。

 

「さあ、早く」

 

「……」

 

 彼女に促された僕は、今の彼女に何を言っても動かないと思い、無言で歓楽街を脱出した。




感想お待ちしています。

活動報告で新しいベルアクの小ネタを出しています。
此方を参照下さい
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。