ベルがアークスなのは間違っているだろうか   作:さすらいの旅人

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今回は【イシュタル・ファミリア】側の話です。


オラリオの歓楽街 幕間①

「お前達、昨夜はベル・クラネルが歓楽街(ここ)に来ていたそうじゃないか」

 

 とある宮殿の大広間にて、豪華な椅子に腰掛けている一人の女神がいる。

 

 彼女はイシュタル。美の女神を司る一柱にして、迷宮都市(オラリオ)の歓楽街を支配する娼館ファミリア【イシュタル・ファミリア】の主神。

 

 紫色の髪と褐色の肌を有する絶世の美女でありながらも、女神フレイヤより露出の高い服装をしている。下半身はドレスのような腰巻でしっかり隠れているが、上半身は首に紐のような細い布をかけ、そこから伸びた部分で辛うじて乳首のみが隠れているだけ。正に『娼婦』に相応しい風貌と言えよう。

 

 その女神が大層不機嫌な表情で、目の前にいる自身の眷族であるアイシャ達を咎めるように見ていた。

 

「アイシャ、何故すぐ私に報告しなかった?」

 

 イシュタルはベルに対して恨みを持っている。だが、それはあくまで彼女の一方的なモノに過ぎない。

 

 要因は少し前にあった【ソーマ・ファミリア】主催のオークションの時だ。自分が1億ヴァリスだけでなく、歓楽街利用可能の無料パスを進呈すると言ったのにも拘わらず、ベルは自分でなく更に高額を提示したフレイヤを選んだ。その所為でイシュタルのプライドが傷付いてしまっている。

 

 美の女神である自分を軽んずる行為をする相手は決して許さない。報復措置として眷族を使い、ベルに闇討ちと同時に拉致させるつもりだった。自身に絶対的な忠誠を誓わせる為の魅了を施しながら凌辱した後、ロキやフレイヤに見せ付けてやろうとも考えていた程だ。

 

 しかし、イシュタルはそれを敢えてやらなかった。普段の彼女であればやってもおかしくないのだが、当然理由がある。ベルが普通の冒険者とは大きく異なる実力を持っている為に。

 

 ベル・クラネルは冒険者になってからまだ半年も経っていない新人だが、その間にとんでもない功績を残している。当時『Lv.1』でありながら、殆ど一人で【アポロン・ファミリア】に戦争遊戯(ウォーゲーム)で大勝利し、単身で中層の階層主『ゴライアス』討伐。更には『Lv.2』に昇格(ランクアップ)後、【ロキ・ファミリア】の遠征に同行して帰還後に『Lv.3』に昇格(ランクアップ)したと言う、常識的に有り得ない功績が。最早異常としか思えない数々の功績に、ギルドは勿論のこと、オラリオ中が彼を非常識兎(クラッシャー)と称するのは無理もない。

 

 そんな相手を迂闊に手を出してしまえば、周囲が当然黙っている筈がない。【イシュタル・ファミリア】に弱味を握られているギルドとは別に、懇意にしてると思われる【ロキ・ファミリア】であれば、躍起になってベルを助けようと動き出すだろう。簡単に証拠を残さない狡猾なイシュタルでも、フレイヤ打倒前にロキ達と全面戦争をするのは流石に避けたいと考えたから。

 

 そこで思わぬ報告が入った。ベル・クラネルが歓楽街に来ていたと耳にした彼女は、団員達を招集して緊急会議を開いたのである。

 

「報告しようにも、イシュタル様が言ってたじゃないか。『今夜来る客の対応が終えるまで一切誰も通すな』って」

 

「……そうだったな」

 

 アイシャからの返答に、イシュタルは途端に反論出来なくなった。

 

 昨夜に彼女が対応していたのは客人は男神ヘルメス。フレイヤやロキとは違う意味で色々な意味で食えない神だが、『運び屋』としては非常に有能な存在でもある。

 

 いくつもの国と都市を中継しオラリオに運搬し、中立の立場と都市外にも及ぶ機敏性(フットワーク)の軽さを持つ彼に、イシュタルは極秘の依頼をした。『(せっ)(しょう)(せき)』を持ってこさせる為に。

 

 ソレが済んだらヘルメスにもう用は無いのだが、ここでイシュタルは更にフレイヤの弱味を握る情報が無いかを無理矢理聞き出した。自分は勿論、彼も裸にしてその後は『朝チュン』、もしくは『ゆうべはおたのしみでしたね』と言えば分かるだろう。自分が余計なことを言った所為でベル・クラネルに関する報告が遅れてしまったとなれば、流石の彼女もアイシャ達を責める事は出来ない。

 

「ゲゲゲゲ、だったら何でアタイに報告しなかったんだぁ、アイシャ?」

 

 豪華な椅子に座っているのとは別に、特注の巨大な長椅子(ソファー)を一人で占領する巨女がそう言った。

 

 彼女の名はフリュネ・ジャミール。【イシュタル・ファミリア】の団長で、【男殺し(アンドロクトノス)】の二つ名を持つ『Lv.5』の第一級冒険者。

 

 おかっぱ頭の2(メドル)を超える巨女。大きな目と裂けた口、短い手足と顔と胴体がずんぐりと太っており、モンスターと思われても無理のない体格をしている。もしベルが見たら、確実にモンスターだと叫んでいるだろう。

 

「力や美貌に劣る不細工どもと違って、アタイなら確実に捕まえられただろうに」

 

「お前に報告なんかしたら、余計な面倒が増えるからに決まってるだろうが」

 

 フリュネは醜悪な容姿で傲岸不遜な性格なのだが、自分の事を絶世の美女だと心底思っている。目の前にいる美女揃いのアイシャ達だけでなく、それどころか美の女神であるイシュタルやフレイヤさえも上回る美貌の持ち主だと豪語する程に。

 

「【亡霊兎(ファントム・ラビット)】が使い物にならなくなれば、【イシュタル・ファミリア(私達)】の評判に傷が付くんだよ」

 

 昨夜には仲間を使ってまでベルの貞操を奪おうとしていたアイシャが言う台詞ではないのだが、こうまで反論するのには理由があった。

 

 フリュネも一応戦闘娼婦(バーベラ)なのだが、捕まった男は悲惨な末路を辿ってしまう。凌辱以上に性を貪り尽くす行為によって、彼女に抱かれた男は廃人同然のようになってしまう。それを知った神々から【男殺し(アンドロクトノス)】と言う二つ名を与えられた所以になっている。

 

 アイシャとしてはベルにそんな恐ろしい目に遭って欲しくないから、フリュネに一切報告しなかった。もしも捕まって廃人になれば、(アイシャも含めて)英雄候補(ベル・クラネル)の子種を欲しがる者がいれば憤慨する者が必ず現れるだろう。

 

「心外だねぇ。アタイに抱かれたら、もうアタイにしか満足出来ない身体になるだけだってのに」

 

「どこまで己惚れれば気が済むんだよ、このヒキガエル……!」

 

 この台詞は他の戦闘娼婦(バーベラ)達も共通していた。アイシャに同意するように、彼女達もフリュネを強く睨んでいる。

 

「本当に女の嫉妬ほど醜いもんはないねぇ。これだから不細工共はぁ」

 

 しかしフリュネは何処吹く風どころか、女の嫉妬とあしらうだけだった。

 

「いい加減にしろ、お前達」

 

 茶番には付き合いきれない、と言わんばかりにイシュタルが窘めた。

 

 主神の言葉を聞いたフリュネやアイシャ達は、取り敢えず矛を収める。

 

「アイシャ、お前の言い分は充分理解した。今回は見逃そう」

 

「………………」

 

 まるで自分だけ非があったかのように話を終わらせる事に納得行かないが、アイシャはある事情によって反論出来る立場でない為、敢えて無言で頷くだけに留めた。

 

「だがこのままベル・クラネルを放置すれば、少々面倒な事になるかもしれん」

 

 イシュタルは知っている。フレイヤが何故か手を出さないまま、ベルに執着している事を。

 

 それに気付いたのは、『神会(デナトゥス)』で命名式を行っていた時だった。フレイヤは何故かベルを矢鱈と擁護しているだけでなく、【美神の許婚(ヴァナディース・フィアンセ)】とあたかも自分のモノだと強調するような二つ名を付けようとしていた。尤も、それはベルの主神であるヘスティアによって即却下されてしまったが。

 

 フレイヤは気に入った相手を見付ければ、その者が余所の【ファミリア】に属しても、そんなの関係無いと言わんばかりに奪おうとする。未だに実行しない理由は現在も不明だが、そろそろ動き出すと考えるべきかもしれない。

 

 ベルが歓楽街に行ったと言う情報が耳に入れば、フレイヤは間違いなく動きを見せるだろう。どうせあの女の事だから、自分勝手極まりない理由で歓楽街も潰しておこうと考えるに違いない。尤も、自分勝手なところはイシュタルも含めた美の女神達にも共通しているのだが。

 

 イシュタルとしては彼女と戦うのは望むところだが、今のままでは勝てないのを十二分に理解している。『Lv.7』のオッタルを筆頭に、『Lv.6』の幹部達複数が相手では分が悪い。【フレイヤ・ファミリア】と真っ向から戦うには、どうしても『殺生石』の儀式を終えてからでなければならない。

 

 万が一に備えて、今の内にベル・クラネルを自身の手駒にしておこうとイシュタルは考えた。フレイヤに対する嫌がらせや挑発目的は勿論のこと、戦力としても申し分ない。格下だったとは言え、単身で格上の【アポロン・ファミリア】の眷族達を、見た事のない剣技や魔剣、そして魔法を使って無双の如く倒していた。加えて現在は『Lv.3』になっているから、単純計算で言えば『Lv.5』以上の格上相手でも充分に戦えるだろうと踏んでいる。

 

「お前達、フレイヤの連中に気付かれないよう、ベル・クラネルを攫ってこい。多少手荒でも構わん」

 

 主人直々の命令に、フリュネは勿論、アイシャ達一同も静まる。

 

 アマゾネス達は主神の思惑に気付いていないのか、「イシュタル様に取って食われる」とぶーたれ始める。こうなるのを察していたのか、イシュタルは眷族等の反応に苦笑しながらも理由を話す。

 

「フレイヤはベル・クラネルにご執心みたいだが、何故か手を出さないままだ。その隙に私が横から掻っ攫おうという訳だ。それに奴は戦力としても使えるからな」

 

 イシュタルの眷族達は即座に察した。憎き美の女神フレイヤに対する嫌がらせをやろうとしている事を。

 

「ベル・クラネルが私の虜になり、私を守る手駒だと知ったら……あの女はどんな顔をするだろうねえ」

 

 ベルがフレイヤの目の前で自分を守ろうとする光景を想像したのか、イシュタルは愉悦の笑みに浸った。

 

「うわー、イシュタル様趣味悪いな~」

 

「こわ~い」

 

 眷族達がニヤニヤと笑う中、眷族等の顔を見渡すイシュタルは途端に真剣な表情になる。

 

「だが決して油断するな。あの【亡霊兎(ファントム・ラビット)】が、そこら辺の冒険者とは格が違う事をお前達もよく知っている筈だ」

 

『ッ!』

 

 単なる『Lv.3』の第二級冒険者であれば、アイシャ達であれば問題無く攫う事が出来る。しかしベル・クラネルとなれば話が全く別だった。

 

 この前は戦闘意思など一切無く追い回していたが、ベルを捕獲する為に参加していた彼女達は殆ど『Lv.3』。もし本格的な戦闘となって魔剣や魔法を使われたら、あっと言う間に敗北していただろう。特に魔剣は危険で、凄まじい速さで撃ってくる魔力弾に当たれば致命傷は免れない。

 

 今度は戦闘を前提で攫うから、それなりの覚悟をして挑まなければやられる。そう思った眷族達はイシュタルの言葉を聞いて、即座に気を引き締めようとする。フリュネを除いて。

 

「ゲゲゲゲ、非常識兎(クラッシャー)だか何だか知らないが、アタイならすぐに捕まえてやるよぉ」

 

「先に言っておくが、奴を攫い次第すぐに私の元へ連れてこい。つまみ食いは絶対駄目だ。特に――フリュネ」

 

 【男殺し(アンドロクトノス)】の二つ名を持つ団長のフリュネに、イシュタルは前以て釘を刺した。

 

「ゲゲゲッ、そりゃ心外だよぉ、イシュタル様。向こうからその気になったら仕方ないと思うんだがねぇ」

 

「ベル・クラネルは今後の戦力としても充分に使えるから、お前の所為で使い物にならなくなったら困る。私が徹底的に魅了を施して事が済んだ後、お前達にも相手をさせると約束しよう」

 

 イシュタルはこう言っているが、ベルにフリュネの相手をさせる気など毛頭無かった。

 

 格上の冒険者と真っ向から戦える手駒を簡単に手放したくない他、強い(おとこ)()(だね)を欲しがる眷族達にベルの子供を孕ませようと考えている程だ。

 

 フリュネは気付いていないが、手が出せない事に不満の色をありありと浮かべるも主神の命に逆らえず、不承不承に頷くしかなかった。

 

「それと『殺生石』の儀式が終わり次第、フレイヤに戦争を仕掛ける。ベル・クラネルが手元にあれば、あの女(フレイヤ)を楽に挑発出来るだろうさ」

 

 格上殺しのベルがいれば勝利は間違いないと確信する主神。女戦士(アマゾネス)達が獰猛な笑みを浮かべている中、アイシャだけが表情を変えず口を噤んでいた。

 

「で、兎を捕まえるのはどうやれってんだい?」

 

「それはお前達に任せる。だが、目立つ場所は止めておけ」

 

 ベルがいる【ヘスティア・ファミリア】は今も話題に事欠かないほど世間が注目している。地上で攫ったりなどしたら、あっと言う間に情報が広がり、ギルドやフレイヤ、更には懇意にしてると思われるロキの耳にも入るだろう。

 

「って事は、ダンジョンしかないねぇ」

 

 イシュタルの条件を聞いたフリュネがそう言った。

 

 迷宮(ダンジョン)では何か遭っても基本的には自己責任になる。故に犯罪を起こすのであれば人目に付きにくいダンジョン、と言うのが冒険者の共通見解なのだ。

 

 そして【イシュタル・ファミリア】は動き出す。【亡霊兎(ファントム・ラビット)】ことベル・クラネルを攫う為に。

 

 だが、後に彼女達は知る。ベルに手を出せば【フレイヤ・ファミリア】だけでなく、【ロキ・ファミリア】も敵に回すと言う最悪な事態を引き起こしてしまう事を。




本当はこの話で【フレイヤ・ファミリア】を出す予定でしたが、予定変更して区切る事にしました。
次回は【フレイヤ・ファミリア】側の話になります。

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