ベルがアークスなのは間違っているだろうか 作:さすらいの旅人
③フレイヤ・ファミリア
【ヘスティア・ファミリア】とヴェルフがダンジョン探索中、謎の未開拓領域を発見しただけでなく、そこで【ロキ・ファミリア】と遭遇し、さらには『
その一連の騒動を、とある女神が遠くから静かに眺めていた。
「……ねぇ、オッタル」
白い指先で頬杖をつきながら、美神は傍らに控える従者へ声を掛ける。
「この前、あの子はダンジョンに向かったはずでしょう? それなのに、どうして途中からロキ達と行動を共にしていたのかしら?」
場所は『バベル』の最上階に存在するの本拠地。
豪奢な調度品で彩られた一室で、フレイヤは大きな窓の向こうに広がる迷宮都市オラリオの景色を見下ろしていた。
その美しい顔には普段の余裕ある微笑みではなく、珍しく困惑の色が浮かんでいる。
彼女は確かに見ていた。愛しい少年がダンジョンへと向かう姿を。
しかし、その後に目撃した光景は彼女の予想から大きく外れていた。
ベル・クラネルはなぜかダイダロス通りの下水道から現れ、その場で調査を行っていた【ロキ・ファミリア】と合流。そして何事もなかったかのように彼らと共に『黄昏の館』へ向かったのである。
その経緯が全く理解できない。
フレイヤほどベルを注視している者ですら事情を把握できず、軽い混乱状態に陥っていた。
「それは私に聞かれましても、お答えしかねます」
オッタルは相変わらず無表情のまま答える。
しかし、その言葉にはわずかな苦笑が滲んでいた。彼自身もまた、偶然その光景を目にしていた一人だったからだ。
ベルがと合流するまでの経緯は不明。予想できるとすれば、ダンジョン探索中に何らかの
「しかも、その後は当然のようにロキの
フレイヤは小さく唇を尖らせた。その声音には不満が隠し切れずに滲んでいる。
表沙汰にはなっていないものの、ベルはかつて【ロキ・ファミリア】との遠征を通じて一定の協力関係を築いている。
それ以来、彼は時折『黄昏の館』を訪れるようになっていた。もちろん、それ自体は何ら問題のない行動だ。
理屈では理解している。理解しているのだが、だからといって面白くないものは面白くない。
自分は遠くから見守るという立場を貫いているというのに、ロキ達は何かと理由を付けてベルと接触している。
楽しそうに会話し、共に冒険し、自然な距離感で交流を重ねていく。その光景を目にするたび、胸の奥に得体の知れないモヤモヤが積もっていくのだ。
今さらながら、少し慎重になり過ぎたかもしれない。そんな後悔すら浮かび始めていた。
「恐れながらフレイヤ様」
沈黙を破るようにオッタルが口を開く。
「ここ最近、かの兎の行動を随分と細かく見ておられるように思うのですが」
「…………」
フレイヤは何も答えなかった。答えられなかった、と言うべきか。
視線を窓の外へ向けたまま、まるで聞こえなかったかのように振る舞う。
だが、その耳だけは僅かに赤く染まっている。オッタルはそれ以上追及しなかった。
主神の機嫌を損ねないためではない。言ったところで素直に認めるはずがないと知っていたからだ。
一方のフレイヤは、表面上こそ平静を装っていたものの、内心では別のことを考えていた。
次にベルがどこへ向かうのか。誰と会うのか。そして、今度はどんな騒動に巻き込まれるのか。
気付けば彼女の意識は再び、たった一人の少年へ向けられていた。
④
【ロキ・ファミリア】は
しかし、そこで待ち受けていたのは想像を遥かに上回る悪意だった。迷宮内には無数の罠が張り巡らされており、彼らは次々と分断されていく。
更には団長であるフィン・ディムナまでもが敵の
冷静な判断と統率を失ったことで各隊の連携は乱れ、これまで優位を保っていた彼らは一転して窮地へと追い込まれる。
それでもなお、彼らは諦めなかった。それぞれが必死に活路を切り開きながら仲間との再合流を果たす。
だが、ようやく集結できたと思った直後、さらなる絶望が彼らを待ち受けていた。
『
ガレス、ティオナ、ティオネ、そしてラウル達数名は仲間達を先へ進ませるため殿を務める。圧倒的な猛攻を受けながらも踏み留まる彼らだったが、徐々に包囲を狭められ、ついには全滅寸前にまで追い詰められていく。
誰もが最悪の結末を覚悟し始めた、その時だった。予想だにしなかった存在が戦場へ現れる。【ヘスティア・ファミリア】である。
突如として乱入してきた彼らは次々と戦線へ加わり、崩壊しかけていた前線を立て直していく。
思いもよらぬ援軍の到来によって戦況は一変した。極限状態にあった【ロキ・ファミリア】は、まさに九死に一生を得ることとなったのである。
【ロキ・ファミリア】は
だが、この戦いで苦汁を舐めたのは彼らだけではない。
「バルカちゃん、修理の方はどうだい?」
薄暗い地下空間。
戦闘の余波によって各所が崩壊した広場で、一人の男神が呑気な口調で声を掛ける。
その名はタナトス。
問い掛けられたバルカは返事をしない。いや、聞こえてすらいなかった。
彼はただ無我夢中で壊れた壁面を修復し続けている。
「
低く漏れる呟き。そこに込められていたのは常軌を逸した執念と憎悪だった。
「……うん、駄目だこりゃ」
タナトスは諦めたように肩を竦める。
修理作業を続けるバルカの目は完全に据わっていた。怒りと憎しみに呑み込まれながら、それでも手だけは止まらない。
彼がここまで取り乱しているのには理由があった。【ロキ・ファミリア】とは別ルートから、【ヘスティア・ファミリア】もまた
当初のバルカは彼らを軽視していた。所詮は低レベルの冒険者達。適当なモンスターをぶつければ勝手に追い詰められ、いずれ命を落とす。
そう考えていたところ、現実は真逆となった。
しかも、その攻撃は敵だけでなく通路や壁面までも巻き込みながら進んでいった。
轟音と共に崩壊していく迷宮。自身が丹精込めて築き上げてきた作品が次々と破壊されていく光景。その時点で既にバルカの精神は限界に近付いていた。
さらに追い打ちを掛けるように『
その瞬間、バルカの理性は完全に吹き飛んだ。暴走する彼を止めるため、多くの信者達が総出で取り押さえなければならなかったほどである。
そして戦いが終わり、【ロキ・ファミリア】と【ヘスティア・ファミリア】が迷宮から脱出したことを確認すると、バルカは即座に修復作業へ取り掛かった。
本来ならば他にも優先すべきことは山ほどある。だが今の彼にとって最優先事項はただ一つ。壊された作品を元に戻すことだった。
修理を続けながら、バルカの胸中にはリリへの激しい怒りが燃え続けている。
作品を踏みにじられた屈辱。丹精込めて築き上げた迷宮を破壊された怒り。その全てが憎悪となって膨れ上がり続けていた。
「なぁ、このところバルカ様が恐ろしいことばかり呟いてないか?」
「ああ……。あの目、完全に危ないだろ。正直近寄りたくねぇ」
信者達は声を潜めながら囁き合う。誰一人としてバルカへ近付こうとはしない。
怒りに染まった横顔は、敵味方を問わず恐怖を抱かせるほど凄まじかった。
今の彼は壊れた迷宮を修復しているのではない。己の激しい執念だけを支えに、半ば狂気のまま作業を続けているのであった。
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