ベルがアークスなのは間違っているだろうか 作:さすらいの旅人
~ロキ・ファミリアでのちょっとした騒ぎ~
幾度もの遠征や数多の死線を乗り越えてきた彼らであったが、今回ばかりは犠牲を避けることができなかったのである。
しかし、その死者の中に一人だけ奇跡的に助かった者がいる。
名はリーネ・アルシェ。
長い髪をおさげにまとめ、眼鏡を掛けた物静かな少女。【
本来ならば彼女もまた、命を落としていたはずだった。その少女が助かったのは、以前の遠征でベルから渡されたアイテム――『スケープドール』が起動したからだ。
それは死に瀕した際に自動で発動する自己復活用のアイテムであり、所持者が戦闘不能になった時、一度だけ身代わりとなって致命傷を肩代わりしてくれる。
リーネの命を救ったのは、まさにその効果だった。オラクル船団で活動するアークスからすれば所持していて当然とも言えるアイテムだが、オラリオ側では事情が全く異なる。
一度とはいえ死を覆す可能性を秘めたその効果は、あまりにも破格だった。もし存在が公になれば、多くの派閥が喉から手が出るほど欲しがるだろう。特に医療関係に強い【ディアンケヒト・ファミリア】が知れば、是が非でも入手しようと動くに違いなかった。
それほどまでに『スケープドール』というアイテムの価値は高い。そしてベルは、その価値をほとんど理解していないままリーネへ譲っていた。
結果として彼の何気ない善意は一人の命を救い、【ロキ・ファミリア】はまたしても大きな借りを作ってしまうことになった。
しかも今回は、これまでの借りとは比較にならない。文字通り命を救われたのだ。
余りにも大きすぎる借りなので、お金で謝礼をするとしても、『
だが、長期遠征を終えたばかりのロキ・ファミリアの財政は決して余裕がある状態ではない。遠征に伴う消耗品や装備の補充、団員たちへの報酬などで資金は既に逼迫していた。
その為、フィンは代わりに自派閥の団員を出向させるという形で恩を返すことにした。
いくら【ヘスティア・ファミリア】と協力関係を築いているとはいえ、他派閥へ団員を送り出すというのは些か不自然な話である。
事情を知らない者が見れば、何か裏があるのではないかと勘繰られてもおかしくない。しかしベルはフィンを信用しているのか、その提案を特に気にした様子もなかった。そして自分が遠征時に世話になったラウル・ノールドを指名したのである。
ラウルとしても恩人であるベルからの頼みを断る理由はなく、そのまま出向が決定した。
こうしてラウルが他派閥へ出向している間、【ロキ・ファミリア】の
「ちょっとアタシ、【ヘスティア・ファミリア】の
「何でよ!? いくら向こうにラウルがいるからって駄目に決まってるでしょうが!」
『黄昏の館』の一室では、双子のアマゾネスが盛大に騒いでいた。
妹のティオナと、姉のティオネ。
二人は既に『Lv.6』へ到達している第一級冒険者であり、妹のティオナは【
そんな実力者同士とは思えないやり取りが、先程から延々と続いていた。
騒いでいるのは主にティオナ。そしてティオネが必死になって抑え込んでいる状況である。
「だってさ! だってさ! 凄く嫌な予感がして堪らないんだよ!」
落ち着きなく部屋の中を歩き回りながら、ティオナが叫ぶ。
「嫌な予感?」
「そう! アタシのアルゴノゥト君が誰かに奪われそうな気がするんだって!」
「そんな訳の分からない理由で突撃しに行く理由になるかぁっ!」
ティオネの怒号が部屋中に響いた。
ちなみにティオナが口にした『アルゴノゥト君』とは、ヘスティア・ファミリアの団長ベル・クラネルを指している。
実は彼女、ベルに心底惚れ込んでいた。
数か月前、まだ『Lv.1』だった少年が、ダンジョン十七階層の
以来、彼女の好意は加速度的に膨れ上がっていた。
会えば抱き着き、隙があれば手を握り、顔を見れば頬が緩む。それはもはや周囲の団員たちも公認するレベルと言えよう。尤も、好意を向けられているベル本人は毎回どう反応すればいいのか分からず困惑しているのだが。
しかし今のティオナは、そんな普段の比ではなかった。胸の奥がざわついて仕方がない。まるで誰かが警鐘を鳴らしているかのように、本能が危険を訴えていた。
女の勘というやつなのか、愛しい
「絶対何かあるんだって! 今すぐ行かなきゃ後悔する気がする!」
「どう考えても気のせいだろうが!」
「気のせいじゃない!」
「気のせいだ!」
ぎゃあぎゃあと言い争う二人。
しかし埒が明かないと判断したのか、ティオナは突然ニヤリと笑った。
「じゃあティオネだったら、フィンが内緒で歓楽街とか行ってたらどうするのさ?」
「あ?」
「しかも綺麗なお姉さん達に囲まれて酒飲んでましたー、とかだったら?」
「んなもん即連れて帰るに決まってんだろうがぁ!!」
反射も同然な答えで、机を拳で叩き割りそうな勢いを見せたティオネ。
「ほら見ろ!」
「っ! しまった!?」
してやったりと指を突き付けるティオナ。
完全に誘導尋問である。だが、フィン絡みの話になると冷静さを失うのはティオネの悪い癖だった。
見事に引っ掛かってしまった姉を見て、ティオナは勝機とばかりに扉へ向かって駆け出す。
「今のうちに行ってくる!」
「待ちやがれぇぇぇっ!!」
ティオネが慌てて手を伸ばす。
だが、一歩遅い。あと少しでティオナが部屋を飛び出そうとした――その時だった。
「お前達。さっきから一体何を騒いでいる?」
低く、それでいて有無を言わせぬ声が響く。
瞬間、双子の動きがぴたりと止まった。
恐る恐る扉の方を見る。
そこには腕を組み、こめかみに青筋を浮かべた副団長リヴェリア・リヨス・アールヴが立っていた。
どうやら先程から続いていた騒音に、とうとう堪忍袋の緒が切れたらしい。
「「あっ」」
双子の声が綺麗に重なった数分後。
廊下の向こうから、リヴェリアによるありがたい説教が響き渡ることになるのだった。
アマゾネス姉妹がハイエルフからの説教を受けている最中、ラウンジでは一人の女性団員が椅子に座りながら外を眺めていた。
「ラウルはちゃんと上手くやれてるかしら……はぁ」
窓越しにある方向へ視線を向けているのは、
【
そんな彼女が黄昏れるように嘆息しているのは、自身の同期――ラウル・ノールドが【ヘスティア・ファミリア】へ出向して以降からだ。
ベル・クラネルが彼を指名したとはいえ、突然の出向話を聞いた瞬間、アキは青天の霹靂のような衝撃を受けた。
最初はラウルがいなくてもやっていけると何でもないように振舞っていたが、その強がりも長くは続かなかった。
僅か数日しか経っていないにも関わらず、今の状態になってしまっている。それは本人も自覚しており、いつも一緒に仕事をするはずの同期がいないことに、少なからず寂しさを感じてしまっていた。
報告書の整理や事務処理、後輩達への指示出しなど、普段なら自然と隣にいるラウルと手分けしていた仕事も、今は一人でこなしている。
もちろん出来ない訳ではない。しかし、当たり前のように隣にいた存在がいなくなったことで、思っていた以上に物足りなさを感じてしまっていた。
「ちゃんと迷惑かけてないといいんだけど……」
心配そうに呟いた後、アキは再び小さな溜息を吐く。
そんな彼女の心情を察しているかのように、他の団員達は心配そうな視線を向けていた。
「アキはここ最近、溜息ばかり吐いていますね」
エルフの女性団員――アリシア・フォレストライトが、姉のような表情で心配そうに言う。
「ラウルが出向してから、ああなってるな」
男性
同じ二軍メンバーであるからか、二人はアキをどうにか元気付けられないかと少しばかり悩んでいる様子だ。
「何だかんだ言いながらも、いつも一緒にいるラウルがいない所為で寂しかったりして」
二人とは別に、ヒューマンの女性――ナルヴィ・ロールが揶揄うように茶化す発言をしていた。
「案外図星かもしれないな」
「二人とも付き合いは長いですからね」
クルスとアリシアも、どこか納得したように頷く。
するとナルヴィは面白そうに口元を緩めた。
「もしかして帰ってきたら真っ先に抱き付いたりして?」
「そこ、さっきから聞こえてるわよ!」
獣人である為に聴覚が優れているのか、アキには三人の話し声が丸聞こえだったようで、少々顔を赤らめながらも否定するように言い返した。
「べ、別に寂しいとかじゃないわよ! ただ同期だから心配してるだけなんだから!」
「はいはい」
「そういうことにしておきましょう」
「素直じゃないわねぇ」
三人から生暖かい視線を向けられ、アキの顔はさらに赤くなる。
本人としては純粋に同期を心配しているだけのつもりなのだが、周囲から見ればどうにも説得力が無かった。
そんな視線に耐えられなくなったのか、アキはぷいっと顔を背けるのだった。
ロキ・ファミリアの小ネタ話でした。
感想お待ちしています。