ベルがアークスなのは間違っているだろうか   作:さすらいの旅人

20 / 155
グランド・デイ イヴ②

「はぁ……もう無茶苦茶だよ……」

 

 シルさん達から逃走する事に成功した僕は、人がいない場所で姿を現した。

 

 いくらなんでも、あんな真っ黒なクッキーで1800ヴァリスなんてバカげてる。ぼったくりも同然だ。お祭りだからって、やって良い事と悪い事くらいある。

 

 もしシルさん達がアークス船団で販売してたら、確実に営業禁止となってるだろう。あんな問題だらけの商品を高値で売ること自体間違っている。

 

 恐らくオラリオでは、そこまでの法が成り立っていないのだろう。でなければ、屋台の違法行為を見逃す筈がない。

 

 この世界の出身である僕から見て、オラリオとアークス船団では文明レベルが全然違い過ぎる。言うまでもなくオラリオの方が圧倒的に低い。こんな事を口にしたら、オラリオに住まう住民――特にギルド辺りが怒るかもしれないが。

 

 取り敢えず『豊穣の女主人』の屋台には近寄らないようにしておこう。また行ったら最後、今度は強制的に買わされそうな気がする。そうなったら最後、ミアさんに『今後はもうこの店に来ません』と別れの挨拶と理由を告げさせてもらう。

 

 さて、屋台で食べ物を買うのも良いけど、何かお祭り的なイベントは……ん?

 

「随分人が多いな……」

 

 僕が視界に入ってる先には、かなりの人数がいた。主に男性が。

 

 何かやっているのは確かなので、気になった僕は見に行ってみる事にした。

 

 

 

「まだか! 早く始めろー!」

 

「どんだけ待たせる気だぁ! どんだけ楽しみにしてたと思ってるんだぁぁ!」

 

 会場と思わしき建物に来ると、男性客達から凄い熱気を感じる。

 

 一体何のイベントなんだと疑問に思ってる中、看板を見つけたので読んでみた。

 

 え~っと、なになに……。

 

神会(デナトゥス)主催・グランド・デイ特別イベント オラリオで一番美しいのは誰だ!? 最強美女コンテスト!』

 

 ……神様が見たら絶対に下らないと言い放つイベントのようだ。と言うより、女性陣が見たら呆れるだろう。

 

 女性の立場で考えている僕を余所に、会場のステージから誰かが出てきた。

 

「待たせたな! 集まったオラリオ市民の皆! 俺がこの美女コンテストの司会を務める……ガネーシャだ!!!」

 

 登場したのはガネーシャ様で、相変わらず騒がしい登場の仕方をしていた。

 

「うるせー! ひっこめコラぁぁ!」

 

「さっさと美女を出せぇー!」

 

 どうやら客達にとっては単なる騒音としか思われてないようだ。

 

 神様にこんな失礼なことを言ってはいけないんだけど、僕も少しばかり五月蠅いと思っている。

 

「凄まじい声援! ガネーシャ大人気! これならいっそ、ガネーシャコンテストに変えるべきか!」

 

 罵倒されてた筈なのに、ガネーシャ様は凄まじくポジティブに捉えていた。

 

 何と言うか……色々な意味で凄い御方だ。

 

 あんな返しをした事で、客達から途轍もないブーイングの嵐が吹き荒れている。それは当然だから、弁護のしようもない。

 

 ガネーシャ様の勘違いに見るに見かねてか、今度は女神のデメテル様がイベントについてのルールを説明してくれる。

 

「これから各神によってプロデュースされた美女たちが、様々な扮装をして現れるから、一番の美女を決めるの。判定は観客の声援で行うから。お気に入りの子に声援を送ってあげてね~」

 

 デメテル様の説明を聞いた客達は頷くように一層盛り上がった。

 

 声援、か。大丈夫なのかな? そんな判定の仕方だと、絶対に騒動が起きそうな気がする。

 

 男のヴェルフがいてくれたら一緒にやっていたかもしれないけど、今はあんまりやろうって気がしない。

 

 完全に浮いてる僕は出て行くべきなんだが、生憎と観客が多くて動けない状態だった。

 

 ファントムスキルを使いたいけど、これほど多かったら確実に移動の妨げとなってしまう。やるにしても最終手段だ。

 

 此処へ来た以上は最後まで見守るしかない。それにもしかしたら、僕の知り合いが出てくるかもしれない。その人に声援を送れば一票になる筈だ。

 

 

 

 

 

 

 一方、会場の控え室では、コンテストに参加する多くの美少女・美女達が、大変見目麗しい衣装を身に纏って勢揃いしていた。

 

 各【ファミリア】から人選された者達が頑張ろうと意気込んでいる中――

 

「もー。なんでもいいから早くやろうよ~。あたしアルゴノゥト君と出店回りたい(デートしたい)んだってば~」

 

「アンタ、此処に来る前からずっとそればっかりね」

 

 美女コンテストに出る予定である【ロキ・ファミリア】のティオナが愚痴り続けている事に、姉のティオネが呆れるように言っていた。

 

 知っていると思うが、ティオナはベルに心底惚れている。本当ならこの場におらず、即行でベルがいる本拠地(ホーム)へ向かっていた筈だったのだ。

 

 けれど、ロキの命によって急遽美女コンテストに出場するよう言われてしまった為、渋々と仕方なく此処へ来ているのである。

 

「だってぇ~、こういったお祭りはアルゴノゥト君と一緒にいたいんだよ~。ティオネだってフィンとそうしたいんじゃないの~?」

 

「……まぁ否定はしないわ」

 

 ティオナの言い分にティオネはそう言い返した。気持ちは分かるほどに。

 

 自身も団長(フィン)に心底惚れている身である為、妹の言っている事は十二分に理解している。

 

 ティオネも本当だったらフィンと一緒にいたかったが、ロキの命によって以下同文。加えてフィンは別のイベント――大剣闘祭に出場している為、どの道無理だった。

 

 因みに見目麗しい踊り子姿になりながらもやる気が感じられないアマゾネス姉妹の他、【ロキ・ファミリア】側にはもう一人の参加者もいる。(ティオネバージョンの)アマゾネス衣装を身に纏っているエルフ――レフィーヤ・ウィリディスが。

 

「うぅぅ……恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい……。出たくない出たくない出たくない出たくない……」

 

 レフィーヤはエルフだから、本来は肌を露出する事を嫌っている。

 

 しかし、以前にとある一件によってアマゾネス衣装を着た為、今回の美女コンテストで再び纏う事となった。これは当然ロキの命によって。

 

「ほら自分ら! 気合いや! 気合いや! 気合いや! みんな、気合い入れて優勝するでぇ~~!」

 

 やる気のない彼女達に対し、物凄いやる気を見せている主神ロキであった。

 

 そして、【ロキ・ファミリア】とは別に――

 

「オッタル、どうだった?」

 

 此処には何故かフレイヤがいたのだった。しかも麗しいドレスを身に纏って。

 

 彼女は美の女神であるから、参加すれば優勝確実だった。当然フレイヤも分かっているから、初めから参加する気など皆無だ。

 

 けれど、とある男神からの頼みで来たのだ。勿論無償(タダ)で、と言う訳でない。彼女が纏っているドレスや食事や酒を男神が提供してくれたから、こうして足を運んでいる。

 

 少々退屈な時間になると思っている中、自身が最も信頼する眷族――オッタルが姿を現したのを見て確認しようとする。

 

「はい……イシュタル派の動向ですが、特に動きも無さそうとのことです」

 

「やっぱりね……暇な時間になりそうだわ」

 

 フレイヤが此処へ来たのには理由があった。

 

 今回の美女コンテストに自身と同じ美の女神――イシュタルが万が一に乱入して来る可能性を考慮したのだ。そう危惧したのはフレイヤでなく男神――ヘルメスからの頼みで来たと言う訳である。

 

 尤も、フレイヤとしては如何でも良い事だった。自分には全く関係の無い事だと思いながらも、単なる暇潰し程度にしか考えていない。

 

 取り敢えずと言う事で、オッタルを含めた眷族達にイシュタル側の状況を確認させた。けれど、返答を聞いた瞬間にフレイヤは詰まらなそうな表情となる。

 

「…………」

 

「あら、どうかした? 他に何か気になった事でもあったの?」

 

 すると、オッタルが何か言いたげでありながらも無言であったから、それに気付いたフレイヤが問う。

 

 敬愛する主神からの問いに、オッタルは答えざるを得ないと口を開く。

 

「いえ……今、会場の客席を通ってきたのですが……かの兎――【亡霊兎(ファントム・ラビット)】が客席に。神ヘスティアがいなかった為、恐らく一人で来てるかと」

 

「!」

 

 オッタルが【亡霊兎(ファントム・ラビット)】――ベルの二つ名を言った瞬間、フレイヤは先程までと打って変わる様に目を見開いた。

 

「……ふふっ」

 

 数秒後、途端に深い笑みを浮かべ始めようとする。

 

「ヘスティアに内緒でこんな所に顔を出しちゃうなんて、悪い子ね……」

 

 まるでいけない子をお仕置きするような言い方をするフレイヤの変貌に、オッタルは敢えて何も言わない。

 

 彼は知っている。敬愛する主神(フレイヤ)が現在、ベルを自分の眷族にしたいほど執着している事を。そして万が一にベルが死んだら、彼の魂を追おうと天界送還も辞さない事も含めて。

 

 美の女神からの寵愛を一身に受けているベルに、【フレイヤ・ファミリア】は心底嫌っている。本当ならすぐにでも強襲して亡き者にしたがっている程だ。だがそんな事をしてしまえばフレイヤが悲しむどころか、自ら送還(じさつ)行為をしてしまう為にそれが出来ないでいた。

 

 因みにオッタルはベルに対しての殺意は一切無い。それどころかフレイヤの隣に立つべき存在かもしれないと一目置いている。今のベルが『Lv.3』であっても、遥かに格上のモンスターや冒険者と真っ向から戦う姿を何度も見た。もし機会があれば、一度手合わせしてみたいと考えている程だ。

 

「オッタル……」

 

「はい」

 

「少し気が変わったわ。イシュタルの件じゃなくても、何かあれば会場に出て行くわね」

 

 ベルが絡むと人が変わったように言い放つフレイヤを見て、オッタルはやはりこうなったかと内心嘆息した。

 

 それでも命を出された以上、遂行する事に何ら変わりない。自分はフレイヤの眷族だからと。

 

「その際の警護はお任せを。大剣闘祭に出場しない団員を総出で張らせておきますので」

 

「分かったわ……。それにしても、どうしてギルドはあの子に声を掛けなかったのかしら?」

 

 フレイヤは疑問に思っていた。ベルほどの実力であれば大剣闘祭に出場してもおかしくないと確信している。

 

 もしも出場すると耳にした瞬間、今頃はヘルメスの頼みなんか無視して、真っ先に闘技場へ向かっていた。ベルが戦う勇姿を直接観る為に。

 

 階層主(ゴライアス)を単独撃破し、【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)で大勝利をしたのだ。それと非常に気に食わないが、【ロキ・ファミリア】との遠征で『Lv.3』にランクアップした。

 

 こんな凄い偉業を成し遂げてるベルに声を掛けないなんてギルドはどうかしてると、フレイヤは心底疑問に思っていた。

 

「オッタルとしては、一度あの子と戦いたいと思っていたかしら?」

 

「…………」

 

「沈黙は肯定と受け取るわよ」

 

「……………………」

 

 言っても嘘だと見破られるから敢えて無言で通したオッタルだったが、まるでお見通しだと言わんばかりにフレイヤは指摘した。

 

 それが正解である為、オッタルはまたしても無言でいるのであった。




感想お待ちしています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。