ベルがアークスなのは間違っているだろうか 作:さすらいの旅人
アキさんと別れ、『大剣闘祭』が行われる予定である闘技場へ早足で向かった。
そこに辿り着いたのは良いんだけど――
「……頼まれたってダメなもんはダメなんだよぉ!!」
「そこをなんとか入れてくれよ! 端っこでもいいから見せてくれって!」
「ダメだダメだ! もう会場は満席だ! これ以上入れやしねぇんだよ!」
「そこをなんとか~! 上級冒険者同士の戦いを見てぇんだよ~!」
さっきの美女コンテストとは比べ物にならないほど、出入り口付近で既に凄い人だかりだった。
流石は
それだけ観たいと言う証拠なのは一目瞭然である。何せオラリオで有名な上級冒険者達の戦いだから、熱狂するのは仕方ないとしか言いようがない。
かく言う僕もそれを観たい一人だけど……この状況じゃ流石になぁ。無理にでも行けば揉みくちゃにされるのは確実だろう。
あれ程の凄まじい人だかりを見てしまえば、後から来た僕は諦めざるを得ない。普通は誰でもそう考える。
………仕方ない。本当はやっちゃいけないんだけど、ちょっとばかり狡い手段を使うか。ファントムスキルで素通りさせてもらおう。
僕が使うファントムスキルは戦闘で回避手段、日常では逃走手段として使っている。消えた瞬間、亡霊の如く身体を素通りして相手の攻撃を躱す事も出来て非常に便利だ。
けれど、素通り出来るのは一瞬だから、例え姿や気配が消えてても、何秒か経てば相手の攻撃に当たってしまう恐れがある。キョクヤ義兄さんからも回避手段を決して過信するなと何度も言われた。
その教えをちゃんと守っている際、僕はある事に気付いた。このファントムスキルをテクニックみたいに体内フォトンを使えば、ずっと素通りする事が出来るのではないかと。
試しに体内フォトンを使ってファントムスキルを使ってみた結果、思った通り亡霊となってる時間が急激に伸びた。これなら充分に戦闘でも使えると思ったのも束の間、重大な欠点があったと判明する。亡霊時間を維持する際、体内フォトンが急激に消耗するという欠点が。こんなのは精々人混みを避ける手段にしか使えないと断念せざるを得なかった。恐らくこれはキョクヤ義兄さんも気付いているかもしれない。
そんな断念した手段を僕はこれから使おうと思っている。体内フォトンの消費は激しいが、移動に専念すればどうって事ない。それにスキルを切れば体内フォトンが再び回復するのだから。
周囲の目を確認するも、誰もが闘技場の方へ意識を向けていた。ファントムスキルを使って僕が消え、大勢の人混みを簡単に素通りしている事に誰も気付かないまま。
闘技場の出入り口にいる人だかりをすり抜け、観客席に辿り着く事に成功。本当なら安堵したいけど、今の僕はそれどころじゃなかった。
久々に使った消費型のファントムスキルを使うも、此処へ辿り着いただけで体内フォトンが残り少なくなってきている。
これ以上の維持は不味いと判断した僕は、取り敢えず空いてる場所へ姿を現す事にした。この場にいる多くの観客達は席の取り合いで夢中になっている為、誰も気づく事は無いだろう。
直後にスキルを切った瞬間、今まで亡霊状態となっていた僕の姿が現れる。
「きゃあっ!」
「あ……」
間が悪かったみたいで、偶々観客の一人が丁度僕の目の前にいた。突然現れた僕の姿に悲鳴を上げている。
「な、何でいきなり人が現れ……って、あぁーっ!? 貴方は!?」
「レフィーヤさん!?」
戸惑っていた観客は何と【ロキ・ファミリア】のレフィーヤ・ウィリディスさんだった。
予想外の人物と出会った事に僕は互いに驚きの表情となっている。対して彼女は何故か目の敵みたいに僕を睨んでいるけど。
「どうしてここにいるんですか!?」
「いや、催しを見に来たからですけど……」
「それは分かってます! どうやってここへ来たのかときいてるんです!」
「ああ、そっちでしたか。ご存知でしょうが、僕には姿を消す
僕が素直に話した途端にレフィーヤさんは軽蔑の眼差しを送ってくる。
「さ、最低です! 此処にいる観客の人達が必死の思いで来てるのに、そんな狡い手を使うなんて……!」
「いや、確かにそうかもしれませんが……」
自分でも理解出来るど、あんな殺気立った人混みに紛れたくなかった。
アークスシップでやったら違反になるが、この世界ではスキルを使ってはいけないと言うルールなんかない。使える手段があれば有効に使うようキョクヤ義兄さんから教えられている。
「じゃあレフィーヤさんだったらどうしますか? 尊敬するアイズさんの戦いを観たくても観れない状況の中、僕みたいに姿を消すスキルを持っていたとしても、使わずに諦めて帰りますか?」
「うっ! そ、それは……」
レフィーヤさんはアイズさんを尊敬してるのを知ってるから、その人の名前を出しながら問うと、途端に何も言い返せなくなった。
「だ、だとしてもですね……!」
その後には人としての倫理観について述べるも、途中からああだこうだと説教染みた事を言ってくる。どうしてレフィーヤさんは僕に対してここまで敵視するんだろうか。遠征の時はそれなりに分かり合えたと思ったんだけどなぁ。
こうなってるレフィーヤさんに何を言っても全然聞いてくれないから、まともに対応すれば無駄に疲れると悟った僕は適当に聞き流す事にした。
本当なら移動したいところだが、既に周囲は多くの観客達でいっぱいであるから、此処に居らざるを得ない。
「ちょっとベル・クラネル! 私の話を聞いてるんですか!?」
「はい、聞いてます」
キョクヤ義兄さん、僕はこの人と分かり合えるにはどうすれば良いかな?
個人的には仲良くなりたいけど、こうも一方的に敵視されると難しいから教えて欲しい。
「……もう、動けないのはしょうがありません。隣で観るのは許可します」
そして漸く気が済んだのか、レフィーヤさんはある程度落ち着いたようだ。
「ですけど! くれぐれも! 近づき過ぎないように!」
「分かってますよ」
観客達が沢山いるから、一歩でも近づいたら確実にくっ付いてしまう。
例え事故でぶつかる事になったら、この人の事だから絶対また言い掛かりを付けるかもしれないと思う。僕を敵視している事を考えれば。
まぁ今のところは大丈夫だから、普通に話しかける位は問題無い筈だ。
「ところで、この『大剣闘祭』は多くの上級冒険者が戦うと聞きましたけど、大丈夫なんですか?」
僕は知っている。【ロキ・ファミリア】の遠征に加わった際、第一級冒険者であるアイズさん達の実力をこの目で間近で見た。
アイズさん達だけでなく、他の上級冒険者達も本気で戦えば、この闘技場はあっと言う間に周囲を巻き込むほどの戦場と化すだろう。
「……まぁ、戦うといっても、あくまで興行用のお芝居に近いですけどね」
「お芝居、ですか?」
予想外の情報を耳にした事で、僕は思わず鸚鵡返しをしてしまった。
「知らないんですか? これはギルド主催の催しで、目的は他国へオラリオの強さを見せつけることです。友好国の大使も来てるみたいですよ。だから、そんな本気の戦いはしません」
「へぇ、そうなんですね」
なるほど、『大剣闘祭』はメインイベントであると同時に、他国に対するデモンストレーションだったのか。
オラリオの上級冒険者は他国と比べて圧倒的に強い。『Lv.5』などの第一級冒険者は滅多にいなく、殆どはオラリオを中心に存在している。
そんな強者達が存在する都市に他国が真っ向から戦争を挑んだところで、敗北するのは言うまでもない。故に対立なんかせず、友好を結びたいと考えるのは当然の流れだ。
オラリオ側としては、決して他国と無駄な戦いをさせない措置として、敢えて力を見せ付けようとしてるんだろう。戦っても無駄だと思わせる為に。
と言っても、あくまで僕の個人的な推測に過ぎないし、実際向こうがどう考えてるかなんて全く分からない。と言うより、僕がそんな事を気にしたところで如何にか出来る物でもないから。
けれど、オラリオ側の考えとは別に懸念してる事が一つあった。これが僕にとって一番気になる事だ。
「……あの、レフィーヤさん。一応確認したいんですけど、このイベントにベートさんって参加してますか?」
「勿論出てますけど、それが何か?」
あちゃぁ……。何か段々不安な気持ちでいっぱいになってきたなぁ~……。
「僕の記憶が確かなら、ベートさんって相当気が強いですよね? あの人が素直にギルドの言う事を聞いて、ただのお芝居で満足するとは到底思えないんですけど……」
「それは……んん~……」
いつもなら負けじと言い返す筈のレフィーヤさんだけど、今はとても悩んでいる表情となっていた。
恐らく僕と同じ事を考えているんだろう。ベートさんの性格からして、絶対に言う事を聞かないどころか、好き勝手に暴れるかもしれないと。
ファントムスキルの素通りについては、自分が勝手に考えたオリジナルです。