ベルがアークスなのは間違っているだろうか 作:さすらいの旅人
ど、どうしよう。何かもう完全に僕とレフィーヤさんが飛び入り参加した雰囲気となって盛り上がってるんだけど……。
本当なら気付かれる前にファントムスキルを使って姿を消し、レフィーヤさんと一緒に観客席に戻る筈だった。けれど、今それをやってしまえば大ブーイングになるのは目に見えてる。折角参戦したのに逃亡したとなれば、冷や水を浴びせられた観客達が何をするか分からない。
とは言え、ここで僕が誰かと戦えば、主催者側であるギルドは絶対に許さないだろう。声を掛けていない冒険者が勝手に参戦するなんて以ての外だ。
観客達の期待に応えなければ不味い。勝手に戦ってしまったらギルドに怒られてしまう。今の僕は完全に板挟み状態となっている。
僕は一体どうすれば――
「手合わせ願おうか、【
「え? な、何で……!」
良いのかと悩んでる最中、誰かが僕に声を掛けて来た事に、近くにいるレフィーヤさんが信じられないように驚きの声を発していた。
相手は【フレイヤ・ファミリア】の団長、【
「あの、オッタルさん。お分かりかもしれませんが、僕とレフィーヤさんは飛び入りで参加したんじゃなく、観客席から落ちただけでして……」
「強者達が集う
僕を見ながらオッタルさんは更に続ける。
「お前に資格があるかを見定めたいと思っていたところだ」
「へ?」
資格? 見定めたい?
オッタルさんは一体何を言ってるんだろうか。意味が全く分からないんだけど。
因みに近くで聞いているレフィーヤさんも僕と同様、向こうの言ってる事が分からない様子だ。
此方の疑問を余所に、オッタルさんは片手で持っている大剣の切っ先を僕に向けてくる。
「武器を出すがいい。それ位は待ってやる」
「いや、ですから……っ!」
有無を言わせない迫力と威圧をしてくるオッタルさんに僕は戸惑いながらも、どうやって断ろうかと必死に考えていた。
……あれ? あの人が持ってる武器って……以前の遠征でミノタウロスが持っていたのと全く似ているな。
単なる偶然なんだろうか。でも、余りにも酷似してるから、ついつい目が行ってしまう。
因みにミノタウロスが持っていた大剣は僕の電子アイテムパックに入っている。遠征が終わった後、ゴブニュ様に依頼の際に修理と調整をしてもらって、僕専用の武器となっている。尤も、アレは僕の鍛錬用にしか使ってない。あくまでランクアップ後の調整をするだけだ。今はもうすっかり身体が馴染んでいるから使う必要はない。
う~ん………どの道、オッタルさんに目を付けられた以上は逃走なんて出来ないか。それに……一度戦ってみたいと思っていた【
「……分かりました。レフィーヤさんは少し離れて下さい」
「え? ベ、ベル・クラネル、貴方まさか……なっ!」
「!」
『ウオォォォォォォォ!』
彼女に離れるように言った後に右手を伸ばした直後、電子アイテムパックに収納してる
僕が瞬時に武装した事にレフィーヤさんだけでなく、オッタルさんも目を見開いていた。ついでに観客達も騒いでいる。
この人は見て分かる通り生粋の戦士である他、純粋にパワーで押してくるタイプだ。そんな人相手に
手段を選ばずに戦うのがファントムクラスのやり方であると、キョクヤ義兄さんから教わっている。本当なら
だけど、今回の『大剣闘祭』はあくまでイベント。決して相手を倒す戦いではない。いくら本気同然の戦いをやっているからって、自分の手の内を晒す事はしたくなかった。
僕は
「来い、【
まるで僕の攻撃なんか簡単に防げると言いたげな感じだ。普通なら不快に思われるだろうが、僕からすれば至極当然だと思っている。
あの人が『Lv.7』に対し、僕は『Lv.3』。これだけのレベル差があるのだから仕方ない。真っ向勝負したところで勝てないのは既に分かっていた。
だから――
「あっ、消えた……!」
「……………」
ファントムスキルで姿と同時に気配も遮断し、背後から奇襲を仕掛けさせてもらう。
僕が消えた事にレフィーヤさんは驚きの声を発するも、オッタルさんだけは一切表情を変えずに構えを解かないでいる。
音を出す事も無く背後から出現し、既に鞘から抜いていた
「ふんっ」
「っ!」
オッタルさんがまるで僕の奇襲などお見通しのように振り向きながら、手にしてる大剣を振るってきた。
それでも僕はめげずに再び奇襲を仕掛けようと姿を消した。
「無駄だ」
「くっ!」
一撃、二撃、三撃、四撃。何度も死角を突いた攻撃を仕掛けるも、オッタルさんは悉く防いでいた。
同じ事を繰り返していた事で、
「温い、軽い。だが、姿だけでなく気配も遮断しての奇襲は見事だ。そこらの
「……それはどうも」
称賛してくれるオッタルさんだけど、僕としては余り嬉しくなかった。あそこまで涼しい顔をして防がれると、
それは既に分かっていた事だ。今の僕の剣技だけで絶対に勝てないと断言出来る。アイズさんと同様、この人も剣に特化してるから。
「本気を出せ、【
「そうでしょうね。ですがオッタルさん、僕がただ奇襲を仕掛けたと思ってるなら大間違いですよ。その大剣は使い物にならなくなります」
「何を言って……っ!」
僕の台詞に訝る表情となるオッタルさんだが、自身の大剣に異変が起きてる事に気付いた。
それには刃の真ん中の部分に印が記されている。ファントムを象徴する
ファントムクラスはファントム武器で攻撃を当てるとマーカーが蓄積され、武器アクションを発動させると起爆可能になる。
ついさっきまで攻撃をしたと認識した事により、オッタルさんの大剣にマーカーが蓄積されていたのだ。
「黄昏の果て、
「!」
僕が詠唱を口にしながら
本来ならファントムマーカーは武器アクションを当てて発動させるけど、キョクヤ義兄さんから別な方法で発動させる条件を教えてもらった。詠唱と同時に鞘に納めれば
自身の得物が折れた事を理解したオッタルさんは目を見開いていた。まさかこうなるとは予想だにしなかっただろう。
『おおおおおおおおお!! 【
『すげぇぇぇぇぇええ!』
観客達から凄まじい声援の嵐が吹き荒れていた。声が枯れるんじゃないかと思うほどに。
「俺とした事が、不覚を取ったか……!」
自分の油断に歯軋りをしているオッタルさん。
出来ればこれで戦意喪失してくれれば良いんだけど――
「【
しないどころか、物凄くやる気に溢れていた。大剣が半分に折れていても、そのまま使う気でいる。
普通は自身の得物が使い物にならないと分かれば破棄する筈なんだけどなぁ。だけどオッタルさんからすれば、刀身が残っていれば最後まで使い潰すのだろう。
さて、どうするか。
オッタルさんが全力でやる以上、僕も当然タダでは済まないだろう。このまま
「何勝手に
「「!」」
すると、誰かが僕に奇襲を仕掛けてきた。
あからさまに叫んでいたのが分かったから、僕はすぐにファントムスキルを使って回避した後、距離を取ってから出現する。
「チッ。本当に
「ベートさん!?」
奇襲を仕掛けたのは【ロキ・ファミリア】の
「【
「知るか! テメエこそ退いてろ、猪野郎。俺はベルに用があるんだよ」
「え? ぼ、僕ですか?」
何故か分からないけど、ベートさんは僕に用があるみたいだった。
一体何なんだろう? でも、何だか非常に嫌な予感がする。
「おいベル、最近調子に乗ってるみてぇじゃねぇか」
「はい?」
調子に乗ってるって……僕、何かベートさんの気に障るような事でもしたかな?
「今すぐ此処でテメエの鼻っ柱を折っとくのも――」
「ベートさん、抜け駆けはダメ」
「あぁ?」
戦闘態勢に移ろうとするベートさんが言ってる最中、またしても誰かが割って入って来た。
聞き覚えのある声だなぁと思いながら振り向くと――
「「アイズさん!?」」
今も片思い中の女性――アイズ・ヴァレンシュタインさんだった。僕だけでなく、少し離れてるレフィーヤさんも驚きの声を発していた。
「何だよアイズ、邪魔すんじゃねぇ」
「ベルは私が戦います」
何とアイズさんも僕と戦いたがっていた。
一体何なの? 事故で闘技場の舞台に落ちただけなのに、どうして僕はオッタルさんだけでなく、ベートさんやアイズさんと戦わなければならないんだろうか。
『何だ何だ!? 【
『【
第一級冒険者達が挙って僕と戦いたがってる事に観客達は更に盛り上がっていた。
いやいや、僕は戦う気なんてないですから。あくまでオッタルさんだけで、ある程度戦い終えたら退散する予定だったのに。
すると――
「ふんっ!」
「「!」」
突如、アイズさんとベートさんの間にオッタルさんが折れた大剣を振り翳した。
それに気付いた二人は咄嗟に回避した後、揃って睨んでいる。
「邪魔をするな。これ以上俺と【
先程まで蚊帳の外だったオッタルさんは痺れを切らしたのか、ベートさんとアイズさんを障害のように睨んでいた。
「あぁ!? 上等じゃねぇか! おいアイズ、先ずはこの鬱陶しい猪野郎を片付けるぞ! ベルと
「そうですね」
何で二人はもう勝手に決めちゃってるんだろうか。僕は戦うと了承した憶えはないんだけど。
オッタルさんもベートさん達と戦う気満々みたいで、僕と戦った時以上の威圧感を放っていた。
完全に本気となってる第一級冒険者達の戦闘が本格的に始まろうと――
『何をやっておるんだぁぁぁぁ!! もう中止だ馬鹿者ぉぉぉぉぉ!! さっさと止めんかぁぁぁああ!!!』
する瞬間、突如大きな声が闘技場全体に響き渡った。
観客達が大ブーイングとなるも、『大剣闘祭』が強制的に終了する事となるのであった。