ベルがアークスなのは間違っているだろうか   作:さすらいの旅人

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久しぶりに長く書きました。と言っても内容はグダグダですが。


中編

「アイズ・ヴァレンシュタイン氏の情報を教えて欲しい? どうしてなの?」

 

「えっと……それは、その……」

 

 金髪の女性冒険者――アイズ・ヴァレンシュタインさんに恥ずかしい台詞を聞かれて逃走した僕は、すぐさまダンジョンから出てギルド本部へと向かった。

 

 因みに此処へ来た時、上半身にベットリと付いていたミノタウロスの返り血は既に落としている。偶々ギルド本部の出入り口前にいたエイナさんからシャワーを浴びるようにと言われたので。

 

 そして今、ロビーから少し離れた面談用の椅子に座っている僕は、向かいの椅子に座っているエイナさんに情報を聞き出そうとしている。アイズ・ヴァレンシュタインさんについて。

 

「ろ、6階層へ行こうとしたら偶々お会いして――」

 

「ちょっと待って、ベル君。いま、6階層って言わなかった?」

 

 僕が言ってる最中、突然エイナさんがこめかみをピクピクしながら遮る様に質問してきた。

 

 ……あっ、しまった。今の僕は6階層へ行っちゃいけないんだった。エイナさんから何とか5階層へ進むのを許可してくれたのに、それを平然と破る事をしてしまったから。

 

「ご、ごめんなさい! 分かってはいたんですけど、倒したモンスターが余りにも弱過ぎて……」

 

「そう言う問題じゃないの! ダンジョンのモンスターを甘く見たら簡単に命を落とすって、講習の時に何度も言ったじゃない!」

 

 はい、言ってました。今のエイナさんには信じてもらえないと思うけど、僕から見たら上層のモンスターは本当に弱過ぎるんです。

 

 惑星ナベリウスの原生種やアムドゥスキアの龍族に比べたら、物凄く優しくて可愛いんです。勿論、実力的な意味で。

 

 けれど、もし僕がアークスとしての戦闘経験がなければ、エイナさんの言う通り死んでいたかもしれない。上層のモンスターを弱く見えるのは、無理行って僕をアークスに入団させてくれたキョクヤ義兄さんのお陰だ。

 

「とにかく! これも何度も言ってるけど、冒険者は冒険しちゃダメ! 良い?」

 

「は、はい。気を付けます……」

 

 そう思いながらエイナさんのお説教を一通り聞き終えると、漸く本題に入ってくれた。

 

「それで、アイズ・ヴァレンシュタイン氏の情報なんだけど……ギルドとして教える事が出来るのは、公然となってる情報だけよ?」

 

 と言って、エイナさんは親切に教えようとしてくれる。

 

 ギルドとしては相手の個人情報は教えれない決まりになってるけど、ギリギリの範囲で教えてくれるエイナさんに感謝だ。

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン。ロキ・ファミリアの所属で、現在は『Lv.5』。剣の腕はオラリオでも一~二とされ、神々から授かった称号は『剣姫』」

 

「あ、その位は僕でも知ってます」

 

 冒険者になって半月の間、ヴァレンシュタインさんの噂は何度も耳にした。だからエイナさんが言った内容は既に知ってる。

 

 その人と手合わせしてみたいなぁって思ったんだけど、ロキ・ファミリア所属と聞いた途端に複雑な気持ちになった。あのファミリアのホームへ行った際、怪しい奴だと言われて門前払いされたから。

 

「出来れば、どんな人なのか……主に性格とかを。例えば、相手を外見で判断して見下すとか、人のミスを嘲笑うとか……」

 

「ちょっとベルくん、それはいくらなんでもヴァレンシュタイン氏に失礼よ」

 

 僕が具体的な性格を例えてると、エイナさんは気分を害するように顔を顰める。

 

「彼女はそんな無礼な人じゃないわ。物静かで、どんな相手にも礼儀正しい人よ。もしそんな事をヴァレンシュタイン氏を慕う人が聞いたら怒られるわよ」

 

「そ、そうでしたか。失礼な事を言ってすいませんでした」

 

 僕はすぐに謝罪しようとエイナさんに頭を下げる。

 

 エイナさんがここまで言うって事は、どうやらヴァレンシュタインさんはかなり良い人のようだ。そう考えると、あの時ダンジョンで聞いた僕の失言を言いふらす事はしないだろう……と思いたい。

 

「それにしても、ベル君にしては随分と変わった質問ね。ヴァレンシュタイン氏の性格を知りたいなんて。もしかして彼女と何かあったの?」

 

「え!? あ、いや、別に深い意味はなくてですね……!」

 

 言えない。『僕の影に潜む闇の力を見せてやろう!』、なんて恥ずかしい台詞を聞かれたからなんて絶対に言えない!

 

 この時ばかりはキョクヤ義兄さんに対して文句を言いたかった。いつも僕に印象付ける言動を当たり前のように言ってたから、思わず自分も口にしてしまった。

 

 聞かれたのが身内なら問題無い。しかし赤の他人に聞かれた瞬間、物凄く恥ずかしい衝動に駆られた。しかも見惚れてしまった相手に。ハッキリ言って拷問に等しい。

 

「………まぁ、敢えて訊かないでおくわ。ギルド職員として、これ以上は不味いし」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 流石はエイナさんだ。根掘り葉掘り聞こうとはせず、ちゃんと公私の区別をつけている。エイナさんのこう言うところが、色々な冒険者から人気あると他の職員が言っていた。

 

「私はてっきり特定の相手がいるのか、とか訊かれると思ったんだけど」

 

「え? い、いるんですか!?」

 

「あ、そこも気になってたんだ」

 

 さっきまではずっとヴァレンシュタインさんの性格が気になっていたけど、それもそれで気になる。

 

 あんな綺麗な人だから恋人はいるかもしれないが、僕の個人的な思いとしてはフリーであって欲しい。尤も、彼女が僕相手に見向きもしないだろうけど。

 

「う~ん、今までそういう話は聞いた事ないなぁ……。でもベルくん、現実的に考えて難しいと思うよ。神ヘスティアから恩恵を授かった君では、ロキ・ファミリアで幹部も務めてるヴァレンシュタイン氏とお近づきになるのは、色々と問題が起きるわ」

 

「ですよね~………はぁっ」

 

 はい、そこは何となく分かっていました。今の自分とヴァレンシュタインさんではファミリアどころか、立場が全く違う事に。

 

 しかし、お近づきになれないのは分かってはいても、それでも手合わせ位はしてみたい。アークスでファントムクラスになっている僕が『剣姫』であるヴァレンシュタインさんと、どこまで戦う事が出来るのかを。

 

 取り敢えず話は一通り終わった。ギルドから出る前に換金所へ行き、魔石の欠片を換金した結果――八千ヴァリスだった。いつもの僕だったら一万ヴァリス以上は稼いでいる。けれど、今回はヴァレンシュタインさんと遭遇した為にいつもより少なかった。

 

 それと――

 

「ベルく~ん、どうしてそんなに稼いだのかを教えてくれないかな~?」

 

「え、あ、これは、普通にモンスターを倒しただけで……!」

 

 今までエイナさんに黙っていた事をすっかり忘れていた。

 

 ソロの新人冒険者が一人で稼ぐ本来の額は平均で二千ヴァリスだけど、僕の場合は既に倍以上。なのでエイナさんに知られたら面倒になると思って敢えて黙っていたんだけど、それをすっかり忘れてしまった。

 

 因みに僕が倒した上層のモンスターは全て抜剣(カタナ)長銃(アサルトライフル)長杖(ロッド)の攻撃一発だけで即死。もはや戦闘じゃなくて作業も同然だった。

 

 そしてこの後、エイナさんに面談室へ連れて行かれて尋問が始まったのは言うまでもなかった。

 

 何度も言ってるけど、僕は全然無茶をしてないし、過信もしていない。本当に上層のモンスターが弱過ぎて相手にならないだけなんです。

 

 

 

 

 

 

 

「はぐはぐはぐ!」

 

「……え、え~っと……。楽しんでますね、ベルさん」

 

 エイナさんからの尋問が終わった翌日の夕方。僕は『豊穣の女主人』と言う酒場でご飯を食べている。

 

 あの後は予定外の事は起きたけど、そこから先はいつも通りだった。神様がいる本拠地(ホーム)の教会へ戻ると、僕を迎えてくれる心配性の神様がいた。神様曰く、やっと初めて出来た眷族に何か遭ったと思うだけで今も心配らしい。

 

 大袈裟な反応だと思いながらも、優しい神様の気遣いに感謝しつつ、いつもの日を過ごした。

 

 今朝も日課同然となってるダンジョン探索へ行こうとしてる際、奇妙な事が起きた。遥か上空にいる誰かが僕に強い視線を送っていた、と言う奇妙な事が。

 

 突然の事に僕は咄嗟に長銃(アサルトライフル)を展開し、視線を感じた方へ銃口を向けるも、そこには誰もいなかった。

 

 しかし、もう一つの予想外な事が起きてしまう。見知らぬウェイトレスに長銃(アサルトライフル)の銃口を向けてしまったと言う予想外が。

 

 視線に気を取られてしまった所為で、ウェイトレスに迷惑を掛けてしまった事に僕は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。けれど、向こうは何でもないように振舞い、今夜自分が働いている酒場に来て欲しいと言われた。

 

 勧誘だと分かりつつも、それでウェイトレスさんが許してくれるならと思って、今はこの酒場に来ている。ウェイトレス――シルさんがさり気なく、お店の店主さんに僕が大食いだと言ってたみたいだ。それによって僕は大盛りサイズの料理を食べている。

 

 シルさんは給金目的で当てずっぽうを言ったかもしれないけど、僕が大食いなのは概ね当たっている。オラクル船団でアークスとして活動していた頃、ご飯はなるべくたくさん食べるようにしていた。向こうにいた料理人――フランカさんが、『アークスは身体が資本だからたくさん食べるように』と言われたので。

 

 それに久しぶりのご馳走でもあったから、僕の胃袋がいつも以上に食事を欲していた。少し行儀が悪い食べ方だけど、がっつくように食べている。

 

 因みに本当だったら神様も誘おうと思ったけど、バイトの打ち上げがあるみたいで不参加だ。次の機会に誘ってくれと。

 

「ええ。此処はいいお店ですね。料理も凄く美味しいですし」

 

「それならお誘いした甲斐がありました」

 

 笑顔で言うシルさん。すると急に僕の隣に置いてある丸椅子に座る。

 

「ベルさん。今だから言いますけど、今朝のアレは凄く恐かったんですよ?」

 

「だ、だからあの時、すぐに謝ったじゃないですか……!?」

 

 何かこの人、僕を困らせるのを楽しんでいるような気がする。その証拠に、怯えたように言いつつも口元が笑っているし。

 

 あざと可愛いシルさんに翻弄されていると、団体客と思われる人達が酒場に入店してきた。

 

 思わずその団体に横目で見てみると――

 

「あ………」

 

 見覚えのある人がいた。昨日、僕の恥ずかしい発言を聞いたアイズ・ヴァレンシュタインさんが。

 

 またしても予想外な展開が起きてる事に、僕は思わず硬直してしまう。

 

「? ベルさん、どうかしましたか?」

 

 シルさんが声をかけるも、硬直した僕は気にする余裕が無かった。

 

 因みに僕以外にも、あの団体を見た他の冒険者達も様々な反応をしていた。まるで恐れ多い存在を見ている感じで。

 

 それは当然かもしれない。ヴァレンシュタインさんを含めた団体客は、有名なロキ・ファミリアなのだから。向こうは気にしてないのか、何事もなく宴会を始めようとしている。

 

 シルさんは僕が硬直した原因が分かったのか、ヴァレンシュタインさんがいる方へと視線を向ける。

 

「あそこにいるロキ・ファミリアさんは、うちのお得意様なんです。彼等の主神――ロキ様がここをいたく気に入られたみたいで」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 偶然とはいえ、またしてもあの人と会うなんて思いもしなかった。

 

 と言う事は、ここに来ればヴァレンシュタインさんに会えるかもしれない。本当だったら今すぐに話しかけて誤解を解くべきなんだろうけど、今回は止めておく事にする。何の準備もなく話しかけて失敗したら、それはそれで余計な誤解を招く事になるかもしれないし。

 

 次の機会に会って話そうと思っていると――

 

「よっしゃあ! アイズ、そろそろ例のあの話、皆に披露してやろうぜ!?」

 

「あの話?」

 

 突然、ロキ・ファミリアと思われる獣人の青年がヴァレンシュタインさんに話をもちかけた。見た目はカッコいい人だけど、口が悪そうな感じだ。

 

「アレだって。帰る途中で何匹か逃したミノタウロス。最後の一匹にお前が5階層で始末したろ? そんでホラ、その時にいたトマト野郎の。如何にも駆け出しのヒョロくせえ冒険者(ガキ)が、逃げたミノタウロスに戦おうとしてたんだぜぇ!」

 

 ちょっと待って下さい。それってまさか昨日のアレの話ですか?

 

 と言うか、トマト野郎って……間違いなく僕の事だろう。あの時の僕はミノタウロスの返り血を浴びていたから。あと、ヒョロくさいって……やっぱり僕は弱そうな外見なんですね。

 

「笑っちまうよなぁ! 自分と相手の力量差も測れないド素人の分際で!」

 

 失礼な。これでも僕は巨大エネミーと戦った経験はあります。もしあのミノタウロスが僕より遥かに強かったら、とっくに逃げていますし。

 

 獣人の青年は僕を嘲笑うように、面白可笑しく話を続けている。ロキ・ファミリアが様々な反応をしている中、ヴァレンシュタインさんだけは無表情だった。聞くに堪えない話みたいな感じで。

 

「いい加減にしろ、ベート。そもそも十七階層でミノタウロスを逃がしたのは、我々の不手際だ。恥を知れ」

 

「あぁ!? ゴミをゴミと言って何が悪い!?」

 

 女性エルフの人が咎めるように叱咤するが、獣人の青年は聞く耳を持たないどころか言い返した。

 

 これが有名冒険者の認識だと思うと、いい加減僕もウンザリしてきた。特に、人を見た目で判断して勝手にゴミと決めつけている獣人の青年に。

 

 その時、ふと思い出した。キョクヤ義兄さんの言葉を。

 

『お前の力を感知出来ぬ雑兵は即刻捨て置け。但し、度し難い愚者なる道化には、黄泉へと誘う禍々しき闇の洗礼を与えろ』

 

 要するに、僕を外見だけで侮っている人には力を見せてやれと言う意味だ。

 

 だけど、そんな事をしたらお店にいる人達に迷惑が掛かってしまう。更には、この場にいない神様にも。

 

 此処は僕が大人になって、話を聞き流すしかない。多分だけど、あの人はお酒を飲んでいる為にタガが外れて――

 

「アイズ、お前はもしもあのガキに言い寄られたら受け入れるのか? そんな筈ねぇよな!? 自分より弱くて軟弱なザコ野郎に! お前の隣に立つ資格なんてありゃしねぇ! 他ならないお前自身がソレを認めねぇ! ザコじゃ釣り合わねぇんだよ、アイズ・ヴァレンシュタインにはな!」

 

 それを聞いた瞬間、僕の頭の中にある何かがキレた。

 

「シルさん、僕から少し離れてて下さい」

 

「え?」

 

 思わず空のジョッキを手に持ち――

 

「がっ!」

 

『ッ!?』

 

 獣人の青年に向かって思いっきり投げると、彼の額に見事クリーンヒットしてそのまま倒れてしまった。飛んできた方向を見たロキ・ファミリアの面々や他のお客さん達が、一斉に僕の方へと見る。

 

 ただこれだけは言える。反省はしているけど、後悔はしていない。僕がそれだけ頭に来たって事だから。

 

「君は……!」

 

 僕を見たヴァレンシュタインさんは、さっきまでの無表情が嘘のように目を見開いていた。

 

「~~~~~~!! 誰だぁ!? 俺にジョッキを当てた奴は!?」

 

「僕ですが、何か?」

 

「! テメエかぁ!!」

 

 投げたのは僕だと名乗った直後、獣人の青年は恐い顔をしながらズカズカと歩いてくる。

 

 シルさんは既に退避していて、今は離れたところから他のウェイトレス達と一緒にいる。

 

「おいガキ! 一体何のつもりだ!?」

 

 あれ? この人はてっきり問答無用で殴り掛かって来るかと思ったんだけど、意外と大人だった。

 

「人を外見だけで判断する貴方に、僕から闇の洗礼を与えようかと」

 

「……おい、なに訳の分かんねぇ事を言ってやがる?」

 

 しまった! 思わずキョクヤ義兄さんの言葉を使ってしまった!

 

「……ゴホンッ。要するに、貴方をぶっ飛ばす為の挑戦状です。受けてもらえますか?」

 

『…………………』

 

 咳払いをして言い直すと、獣人の青年は途端にシーンと無言になった。同時に、お店にいる人たち全員も含めて。

 

「………それは本気で言ってんのか? どこの馬の骨とも知らねぇ雑魚の分際で」

 

「でなければジョッキを投げてませんよ。それに………犬畜生にも劣る貴方の言葉は不愉快極まりないですから」

 

「テメエ、今……なんつった……?」

 

「犬畜生にも劣る貴方の言葉は不愉快極まりない、ですよ。その犬耳は飾りですか?」

 

 我ながら随分と酷い言葉を言ってしまった。

 

 僕の言葉が引き金となったのか、獣人の青年は憤怒の表情となる。

 

「ぶっ殺す!!」

 

「ベート! 止めろ!」

 

 小人族(パルゥム)の人が叫ぶも、獣人の青年は僕に向かって拳を振り下ろしてくる。

 

 僕は攻撃を躱そうと、ファントムクラス特有の回避をして一旦姿を消す。

 

「き、消えただと!? あのガキ、何処に……!」

 

 姿を消した僕に獣人の青年だけじゃなく、お店にいる人達も一斉に驚いている。

 

「ここですよ」

 

「なっ!」

 

 背後を取られたと気付いた彼が振り向くも、僕は気にせず――

 

「浄化せよ、アンティ」

 

 フォトンの浄化効果で状態異常を治療するテクニック――アンティを使った。すると、柔らかく淡い光が僕と獣人の青年を包み込む。

 

「テメエ、俺に一体何しやがった!?」

 

「単なる酔い醒ましのテクニック、じゃなくて魔法ですよ。さっきまで飲んでいたお酒はもう抜けていますよね?」

 

 飲んだ酒が原因だと言い訳にされないよう、僕も含めたこの人の状態を通常に戻した。

 

 アンティの使い方としては間違っているけど、こうして酔い醒ましとしても使える。

 

「……マジで酒が抜けてやがる」

 

「まぁ、本来なら毒などの状態異常を瞬時に治療するものなんですけど」

 

「馬鹿な!? 短文詠唱で治療する魔法など聞いたこともないぞ!」

 

 すると、突然僕達から少し離れているところから驚きの声が聞こえた。思わず振り向くと、ロキ・ファミリアの綺麗な女性エルフの人が立ち上がりながら僕を凝視している。

 

 何をあんなに慌てているのかは分からないけど、僕は一先ず獣人の青年へ視線を向き直す。

 

「……まさかテメエは魔導士、いや治療師(ヒーラー)か?」

 

「そんな事は如何でもいいです。さて、これでお互い元の状態に戻りました。酒の所為で負けたとの言い訳も通用しません。とは言え、流石にお店の中でやるつもりはありませんから、一先ず外へ行きませんか?」

 

 

 

 

 

 

 店の外で、僕と獣人の青年による決闘が始まろうとしている。

 

 周囲にはヴァレンシュタインさんも含めたロキ・ファミリアの有名冒険者達だけでなく、お店の客やそれ以外の人達も集まって野次馬と化している。

 

「おいガキ! さっさと得物を抜け! 先手は譲ってやる!」

 

 獣人の青年は僕に対しての警戒はしつつも、それでも侮っている様子だ。

 

 さっき彼が僕を治療師(ヒーラー)と言ってたから、それ関連の魔法しか使わないと思ってるんだろう。

 

 なら、その思い込みが命取りだと言う事を教える必要がありそうだ。

 

 そう思った僕は開いた片手を伸ばすと、僕のメインウェポンの内の長杖(ロッド)――カラミティソウルを展開する。

 

「! 何だ、その不気味な大鎌は!? どっから出しやがった!?」

 

 カラミティソウルの形状を見た獣人の青年が叫ぶ。

 

 そう。彼の言う通り、僕が持っている武器の形状は大鎌だった。一応コレは正式な長杖(ロッド)なんだけど、見た目としては死神とかが使いそうな大鎌だ。

 

 キョクヤ義兄さん曰く――

 

『これは《亡霊》が持つに相応しい武器。だが、既に闇の力を極限にまで引き出す事が出来る俺には無用の長物。故にベル、これをお前に授けよう。さすればお前の中に眠る暗黒の闇を引き出す事が出来よう』

 

 要は僕への贈り物だ。

 

 周りから見ればキョクヤ義兄さんのお下がり武器だけど、僕としては結構気に入ってる。

 

 さて、今はそんな事を思い出してる場合じゃない。折角向こうが先手を譲ってくれたんだから、ここは……あのテクニックで終わらせてやる!

 

 そう思った僕は構えて、こう叫ぶ。

 

「来たれ、暗黒の門!」

 

「詠唱だと? あのガキ、まさか攻撃魔法も……っ! 何だこりゃあ!?」

 

 僕がテクニックの詠唱に入ると、獣人の青年の腹部辺りから魔法陣らしきものが浮かび上がる。

 

「混沌に眠りし闇の王よ 我は汝に誓う 我は汝に願う あらゆるものを焼き尽くす凝縮された暗黒の劫火を」

 

「っ! 形成されている魔法円(マジックサークル)が膨張しているだと!?」

 

 更なる詠唱を続けると、獣人の青年の腹部にある魔法陣らしきものは徐々に大きくなるどころか膨らんでいく。まるで爆発するように。

 

 あと、僕の詠唱を見ていた女性エルフがまたしても信じられないように驚愕の声をあげている。

 

「我が前に立ちふさがる愚かなるものに 我と汝の力をもって 等しく裁きの闇を与えんことを! ナ・――」

 

「ベート! 死にたくなければ今すぐにソイツを止めろ! その魔法は不味い!」

 

「ババアに言われなくても、そのつもりだぁ!!」

 

 僕が使うテクニックを阻止しようと、獣人の青年が即座に此方へ急接近してきた。それと同時に強烈な跳び蹴りをやろうとしてくる。

 

「! ちぃっ!」

 

 特殊な領域内でフォトンを凝縮させ続け臨界点で強力な爆発を発生させる上級の闇属性テクニック――ナ・メギドをやろうとするが、向こうが一足早かったので中断せざるを得なかった。なので、僕は即座に躱して、再び彼から距離を取る。言うまでもなく、ナ・メギドが発動する予定だった魔法陣は既に消えていた。

 

 本当なら詠唱なんて必要無いんだけど、キョクヤ義兄さんが詠唱をすれば威力が上がると言っていた。やってて恥ずかしいけど、最大出力でやるにはどうしても詠唱が不可欠……なのかは正直言って怪しい。

 

「酷いですね。そちらが先手を譲るって言ったのに、アレは嘘だったんですか?」

 

「っ……はっ。テメエが放つ魔法がノロマ過ぎて、そっちのターンはとっくに終わってんだよ」

 

 僕の皮肉に獣人の青年は一瞬顔を歪めるも、すぐに気持ちを切り替えるように言い返す。

 

 多分だけど、女性エルフの助言を聞かなくても止めていたと思う。僕が放とうとしたナ・メギドの威力を本能的に恐れて。尤も、僕は相手を殺すほどの威力を最初から出すつもりはなかった。いくら気に食わない相手でも、そこまでの事はしない。

 

「だが、もうお遊びは終いだ。テメエの底はもう見えた。魔法の詠唱さえさせなければ、テメエはそこらへんの雑魚と大して変わらねぇ」

 

「またそうやって決めつけるんですね。僕が見せた魔法は、まだ()()()()()()()なのに。それで底が見えただなんて心外です」

 

「…………何、だと?」

 

 僕の発言が予想外だったのか、獣人の青年は急に眼を見開いている。

 

 どうしたんだろう。二つだけテクニックを見せてないとしか言っただけなのに、どうしてあんな反応をしているのかな? 僕、おかしな事を言ったつもりはないんだけど。

 

「本当でしたら、他の魔法もいくつか披露しようかと思いましたが……これで決着をつけます」

 

 そう言った僕は得物を構えると、一歩先から青白い球体が出現する。

 

「ッ! だから、魔法をさせなければ雑魚だって言ったじゃねぇかぁ!!」

 

 再び僕の行動を阻止しようと突進し、さっきと同様に飛び蹴りをやろうとしてくる。

 

 よし、かかった!

 

「フェルカーモルト!」

 

「がっ!」

 

 突撃してくる獣人の青年に、僕は自分の周囲に衝撃波を放つ長杖(ロッド)ファントム用フォトンアーツ――フェルカーモルトを発動させた。

 

 回転しながら得物を振るった途端、さっきまであった青白い球体が爆発すると、獣人の青年はその爆発と衝撃波を受けて吹っ飛ぶ。吹っ飛んだ獣人の青年は勢いよく地面に激突し、当たり所が悪くて気絶してしまったのか、すぐに起き上がろうとしなかった。

 

『……………………』

 

 その光景に誰もが信じられないように驚愕し、そして沈黙する。

 

「言うまでもありませんが、貴方の敗因は僕を最後まで侮っていた事です。最初から全力で戦っていれば、こんな結果にならずに済んだんですから」

 

 獣人の青年が聞こえているかは分からないけど、言うべき事を言わせてもらう。

 

 そう言えば、あの人の名前を聞きそびれちゃったな。戦う前に聞けばよかった。

 

 名前を聞かなかった事に少し後悔しながら彼に近付き――

 

「傷を癒せ、レスタ!」

 

 体力を回復させるテクニック――レスタを使うと、僕と獣人の青年は光に包まれていく。さっきのアンティとは違って、何度も光を発している。

 

 未だ気絶している彼の治療を終えたので得物を背中に収め、次にロキ・ファミリアの代表と思われる小人族(パルゥム)と神様がいるところへ歩み寄った。

 

「治癒の魔法を使いましたので、完全回復している筈です。それと……」

 

 二人に向かって頭を下げて――

 

「今回はロキ・ファミリアの皆様に多大なご迷惑をお掛けしまして、誠に申し訳ありませんでした。そのお詫びとして、少ないですが慰謝料をお受け取り下さい」

 

 僕は謝罪しながら、懐から有り金が全部入っている袋を出して渡そうとする。

 

「その前に確認させてくれないかい? 君がこんな事を仕出かした理由を」

 

「もう察しは付いているかと思いますが……彼がお店で面白可笑しく話した『トマト野郎』は僕です」

 

「………やはりね」

 

 理由を聞いた小人族(パルゥム)の少年は、納得したように嘆息しながら首を横に振る。

 

「ならばそれは受け取れないね。元はと言えば、こちらが君を侮辱してしまったんだ。先に喧嘩を売ったのはベートだから、君はそれに応えただけにすぎない」

 

「まぁ、せやな。もし自分が何の理由もなくベートに喧嘩吹っ掛けたんなら、速攻でふん縛った後に自分の主神に送り届けて抗議しとるところやったわ」

 

 でしょうね。僕のやった事はハッキリ言って、有名ファミリアの看板に泥を塗る行為も同然だ。けれど今回は獣人の青年――ベートさんが仕掛けた。なので向こうは強く非難する事は出来ない。

 

 ついでに向こうがお金を受け取らないと分かった僕は、すぐに袋を懐へしまった。余り人に見せる物じゃないし。

 

「それにしても自分、一体何もんや? 『Lv.5』のベート相手に勝つやなんて、普通はあり得へんで」

 

 あ、このロキって神様、さり気なく僕の事を調べようとしている感じがする。下手に答えると、色々な情報を持っていかれそうだ。

 

「……いくら相手が神様でも、そこは黙秘させて頂きます」

 

「え~? ちょっとくらいええやないか~。ちょ~っとでええからさ、教えてぇ~な?」

 

 急に馴れ馴れしく話しかけてくるロキ様は、おねだり姿勢で近づいてくる。

 

「申し訳ありませんが、教えられません。それにベートさんの事とは別に、ロキ・ファミリアに対して余り良い印象は持ってないんで」

 

「? 何でや?」

 

「僕は半月ほど前、ロキ・ファミリアに入団しようとそちらの本拠地(ホーム)へ行ったんです。けれど、門前払いされてしまいまして」

 

「へっ? 門前払いやって? それはどういうこっちゃ?」

 

 ロキ様は全く初耳だと言わんばかりの様子だった。

 

「僕を外見だけで判断した門番の人が、怪しい奴だと言って追い出したんですよ。ロキ・ファミリアはどんな人でも入団テストを受けれると聞いたのに、正直ショックでした」

 

「ま、マジで!?」

 

「はい、マジです」

 

 きっぱりと答える僕に嘘はないと分かったのか、ロキ様はショックを受けたような顔になった。小人族(パルゥム)の少年も呆れた顔をしながら、顔に手を当てている。

 

 更には――

 

「あの馬鹿者共が……! よりにもよって、未知の魔法を使う逸材を追い出したと言うのか……!」

 

 何故か分かんないけど、さっきから女性エルフの人が凄い反応をしているんだよね。あの人、一体何なんだろうか。まぁ取り敢えず気にしないでおこう。

 

「と言う訳で、僕はこれにて失礼します。僕の所の神様も心配してるでしょうし」

 

「な、なぁ、これだけは教えてくれん? 自分とこの主神は誰なんや?」 

 

 僕が帰ろうとすると、ロキ様はまたしても調べようとしてくる。何というか、ここまで来ると執念深い。

 

 まぁ、主神の名前くらいは大丈夫か。もうギルドに情報公開されているんだし。

 

「ヘスティア様です」

 

「……ちょお待ちいや、自分いま何て言うた?」

 

「ですから、ヘスティア様だと」

 

 ロキ様はどうしたんだろうか? 主神の名前を教えたのに、また聞いてくるなんて。

 

「……なぁ、もう一回確認させてくれへん? 自分が言うたヘスティアっちゅうのは、黒髪のツインテールで、背がごっつう低いドチビのくせに憎たらしい大きな胸を持っとる、ロリ巨乳のヘスティアの事か?」

 

「ええ。その方に間違いありません。と言うかロキ様、随分と具体的に当ててますね。ひょっとしてお知り合いですか?」

 

 僕がさり気なく聞いてみると――

 

「嘘やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 何で自分がドチビんとこのファミリアにおるんやぁぁぁぁぁぁ~~~~!!!!!!」

 

 ロキ様は急に悪夢を見ているように慟哭の如く叫んでいた




中二病の詠唱も考えるの大変です。

補足としまして――

「来たれ、暗黒の門 混沌に眠りし闇の王よ 我は汝に誓う 我は汝に願う あらゆるものを焼き尽くす凝縮された暗黒の劫火を 我が前に立ちふさがる愚かなるものに 我と汝の力をもって 等しく裁きの闇を与えんことを ナ・メギド」

と言う中二病的な詠唱でした。

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