ベルがアークスなのは間違っているだろうか   作:さすらいの旅人

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オリオンの矢③

「さっきのは、どーいうつもりだ! アルテミス!」

 

「……すまない。つい嬉しくて」

 

「嬉しいってどういうことだー!」

 

 新本拠地(ホーム)――『竈火(かまど)の館』にある応接室で少々怒った神様が問い詰めるも、上座のソファーに座っているアルテミス様は謝りながらも答えた。

 

 と言うか、嬉しくて僕に抱き付くって……それはそれでちょっと可笑しな話なんだけど。だけどそうしたって事は、何か特別な理由があるかもしれない。今はまだ分からないが。

 

 それにこの女神様、ちょっと違和感がある。この世界にいる神様達は『神威』を抑えても、無意識に垂れ流しているが、目の前にいるアルテミス様から殆ど感じ取れない。まるで残り少ない力を無駄にしないよう、可能な限り抑え込んでるように見える。

 

「あ、あのぅ、女神様。僕達、初対面ですよね?」

 

「……………」

 

 僕の問いにアルテミス様は無言でジッと見ている。何かを訴えかけているような目をしているからか、僕も思わず無言となってしまう。

 

「ヘルメスー!」

 

「ん?」

 

 見つめ合ってる事に神様は困惑しながら交互に僕達を見るが、埒が明かないと思ってヘルメス様に狙いを定めた。当の本人は全く聞いてない感じで鼻歌交じりに羽帽子を弄っているが。

 

 しかし、名前を呼ばれた事で振り返って漸く会話に参加しようとする。

 

「あれがアルテミスだって!? おかしいだろ!」

 

「いや~、アルテミスも下界の生活に染まっちゃったんじゃないかな?」

 

「そんなバカな!」

 

 再び帽子を頭に被りながら言い返すヘルメス様に、神様が否定するように叫んだ。

 

「あの、元々どんな方だったんですか? アルテミス様って……」

 

「ヘスティア様がここまで驚くってことは、なんか別神みたいな感じがするね~」

 

 すると、僕の近くにいるアイズさんとティオナさんがそう言ってきた。

 

 この二人がいるのは、アルテミス様を連れて行く僕達が気になって付いてきたからだ。

 

 本拠地(ホーム)に入る寸前に神様が『ロキ様の眷族だから』と言う理由で追い出そうとするも、僕がどうにか宥めて二人を招いた。

 

 アイズさんとティオナさんは、前の『遠征』で大変お世話になった人達なので無下にする訳にもいかない。もしもロキ様の耳に入れば、また神様と言い争いになる可能性がある。遠征前に『黄昏の館』の応接室で対面して早々に口喧嘩してたから容易に想像出来る。

 

 二人からの問いに、神様はアルテミス様の方へ視線を移す。 

 

「アルテミスは天界の処女神の一柱なんだ」

 

 確か(ヘスティア)様もそうだったと思いながら静かに聞く。

 

 アルテミス様は貞潔を司り、純潔を尊ぶ。そして不純異性交遊撲滅委員長であり、大の恋愛アンチだと。

 

「「「……恋愛アンチ……」」」

 

 僕、アイズさん、ティオナさんは揃って同じ単語を呟いた。

 

 神様の言ってる事が本当だとしたら矛盾してるな。恋愛を嫌うなら、初対面の僕を見て早々に抱き付く行為はしない筈なんだけど……。

 

「それが、どうしてこうなったぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 ああ、なるほど。だから神様は信じられなくて叫んでいたと言う訳か。過去のアルテミス様を知ってれば当然の反応と言えるだろう。

 

「でもさぁ、なんで恋愛アンチな神様がスポンサーなんかになったの?」

 

 ティオナさんの疑問にヘルメス様が答えた。

 

「実は、オラリオの外にモンスターが現れた」

 

「オラリオの外に?」

 

「ああ。【アルテミス・ファミリア】が発見したんだが、ちょっと厄介な相手でね。それでオラリオに助けを求めたんだ……」

 

 鸚鵡返しをするティオナさんにヘルメス様が頷きながら理由を話してくれた。

 

「じゃあ、観光ツアーっていうのは名ばかりで……」

 

「本当はアルテミス様が依頼した、モンスター討伐の冒険者依頼(クエスト)、なんですか?」

 

「さすが【ロキ・ファミリア】だ! するどい!」

 

 ジトッと少し睨み気味に言うティオナさんとアイズさんに、ヘルメス様は何の悪びれもなく正解だと言った。

 

 やっぱりそう言うことか。道理で話が上手すぎて、ギルドが許可証を出す訳だ。

 

 オラリオにいる冒険者は、レベルが高ければ高いほど簡単に外出できない仕組みになっている。例えば第一級冒険者であるアイズさんやティオナさんの場合、外出許可を得るのにはギルドで煩雑な手続きが必要で数日以上掛かってしまう。特に【ロキ・ファミリア】で有名な幹部二人なら、もしかすればそれ以上になるかもしれない。

 

 そんな手続きが絶対必要であるにも拘わらず、槍を抜いた冒険者が誰であるかを一切問わないまま、ギルドが易々と観光ツアーと言う名の外出許可を出す訳がない。上手い話には裏がある、とは正にコレだ。

 

 とは言え、真実を知ってしまった以上はもう簡単に断れないだろう。加えて、アルテミス様はさっきから僕の事をジッと見ている。

 

 すると、ソファーに座っていたアルテミス様は急に立ち上がり、近くに置いてあった槍を手にしながら僕に近付いてきた。

 

「私はずっと貴方を探していたんだ、『オリオン』」

 

「いや、僕はベル・クラネルといって……」

 

「いいや、貴方はオリオン。そして、私の『希望』でもある」

 

 僕が訂正するも、アルテミス様は即座に否定した。

 

 この方の仰ってる事が全く理解出来ない。と言うか、何でそこまでして僕に固執するんだろうか。

 

「どうして……僕なんですか? そこにいるアイズさんやティオナさんとか、僕より強い人はいっぱいいるのに」

 

「ベル、君も充分に強いから……」

 

「そうだよ~。アルゴノゥト君がいなかったら、アタシ達この前の遠征でやられちゃったかもしれないんだよ~」

 

 アイズさんとティオナさんが突っ込みを入れるも、無視するように話を続けるアルテミス様。

 

「この槍を持つ資格は強さではない。穢れを知らない純潔の魂」

 

「……………」

 

 槍を自身の大事な物のように扱うアルテミス様に、聞いていたアイズさんは何故か訝るように目を細めている。主に槍を見ながら。

 

「ヘルメス様、この槍は――」

 

「言っただろう、アイズちゃん。これは伝説の『槍』だって! ヘファイストスもお墨付きの武器だぜ! 君は槍に選ばれたんだよ、ベル君!」

 

 アイズさんからの問いを遮るようにヘルメス様は、僕を指しながら選ばれし者と言った。

 

 何だろう。まだ何か隠しているように思えるんだけど……気のせいかな?

 

「僕が槍に……選ばれた……?」

 

 そう口にしながらも、僕はいまいち実感が持てなかった。

 

 もしも自分がキョクヤ義兄さんの元でアークスの訓練を受けていなかったら、本で読んだ憧れの英雄になれると喜んでいただろう。

 

 さっき言った『上手い話には裏がある』内容に戻る訳じゃないけど、この槍に選ばれた理由が他にもあるんじゃないかと僕は思っている。

 

 僕が『穢れを知らない純潔の魂』を持っているから、何て理由だけで到底納得出来ない。アイズさんやティオナさんじゃなく、僕でなければならない理由が何か絶対にある筈。

 

 だけど改めて尋ねたところで、ヘルメス様だけでなくアルテミス様もすぐに答えてくれないだろう。このお二方は何かを隠している、と言う雰囲気を感じるので。

 

 そう思っていると、アルテミス様が僕の頬に手を添える。突然の行動に神様が狼狽していた。

 

「その白き魂を携え、私と一緒に来て欲しい、オリオン」

 

「えっと、僕は……」

 

 アルテミス様がまるで愛おしい者を見るような目をしながら懇願してくるので、僕はすぐに言葉が出なかった。

 

 思わずその瞳に吸い込まれそうになって見つめ合っている中――

 

「そぉーーいっ!」

 

 突然神様が割って入るように、そのまま突進しながら頭突きをしてきた。アルテミス様目掛けてゴチンッと物凄く痛そうな音をしながら。

 

「「う~~~~」」

 

『…………………』

 

 命中した二人の女神様は、お互いに両膝を付きながら、額を両手で覆いながら痛みに悶えていた。

 

 余りの光景にハッとした僕だけでなく、この場にいるアイズさん達も呆然としている。

 

「痛いぞ、ヘスティア」

 

「ボクだって痛いやい!」

 

「大丈夫か……?」

 

「あ、ありがとう……」

 

 頭突きをされたのに、アルテミス様は痛がってる神様の額を心配するように優しく擦っている。

 

 何だろうか、このちょっとズレた会話は。普通に考えれば、頭突きをした神様にアルテミス様が怒る筈なんだけど……。

 

「……って、違わぁーい!」

 

 数秒後に神様が立ち上がりながら突っ込みを入れた後、指しながらこう言い放った。

 

「アルテミス! その冒険者依頼(クエスト)、引き受けた!」

 

「えっ、神様?」

 

 予想外の返答をした神様に思わず驚いた。さっきまで別神と叫んでいたから、てっきり断ると思っていたが、どうやら僕の思い違いのようだ。

 

「神友が困っているなら、助けるのは当然だよ!」

 

「ありがとうヘスティア! 本当に、ありがとう!」

 

 アルテミス様は嬉しさの余り、すぐに立ち上がって抱擁する。

 

「そ、それに君とベル君を、ふたりっきりにするのは危険だからね」

 

 照れているのか、神様は取ってつけたように理由を言った。

 

 僕としても断る理由がない。何か裏があると言っても、純粋に僕の力を必要としているアルテミス様の頼みを無下にする訳にはいかない。

 

 今回は【ヘスティア・ファミリア】の冒険者依頼(クエスト)だから――

 

「それならアタシも行く!」

 

「私も。話を聞いた以上は見過ごせない」

 

 流石に【ロキ・ファミリア】に迷惑は掛けれないと思っていると、ティオナさんとアイズさんも行くと言い出した。

 

「ちょ、ティオナさんにアイズさん、流石にそれは不味いですよ!」

 

「そうだぜ。これは【ヘスティア・ファミリア(ボクたち)】の冒険者依頼(クエスト)なんだ。他所の【ファミリア】の君達を巻き込むわけにはいかないよ。それに、あのロキの事だからボクに協力なんて絶対許可しないのが目に見えてる」

 

 確かに神様の言う通りだった。神様とロキ様は険悪な仲だから、遠征などの交渉をしない限りは簡単に首を縦に振ったりしない。

 

 加えてティオナさん達が善意でこちらに協力しようとしても、問題が起きる可能性がある。オラリオの中で都市最大派閥の一つと呼ばれている【ロキ・ファミリア】が、未だに団員が僕一人しかいない零細の【ヘスティア・ファミリア】に無償で協力したなんて知られれば、世間体が悪くなってしまう可能性がある。主に【ロキ・ファミリア】側の方で。

 

「だいじょーぶ! ロキとフィンには上手く言っておくから!」

 

「こちらの事は気にしないで下さい、ヘスティア様」

 

「そうは言ってもねぇ……」

 

 絶対に後々面倒な事になると神様が難色を示していると、ヘルメス様がある事を言いだす。

 

「ところでアイズちゃんにティオナちゃん、ロキからあそこ(・・・)へ行くって話を聞いてないかい?」

 

「「……あ」」

 

『?』

 

 三人の会話に僕と神様、そしてアルテミス様が首を傾げた。

 

 話の流れからして、【ロキ・ファミリア】は何かやらなければいけない用事があるようだ。そう考えると、思い出した表情をした二人は今回の冒険者依頼(クエスト)に参加出来ないと見ていいだろう。

 

 しかし――

 

「でも大丈夫だ。そっちの手続きは暫く時間が掛かる筈だから、その間に冒険者依頼(クエスト)を終わらせれば問題無い。俺の方からもロキに口添えしておくよ」

 

「やったぁ~!」

 

「ありがとうございます」

 

 急遽覆って、ティオナさんとアイズさんの参加が決まる事となった。

 

 これには神様が口を出そうと割って入ろうとする。

 

「ちょ、ちょっと待つんだヘルメス! 何の話をしてるのかは知らないけど、そんな事を言って平気なのかい!? ロキが絶対に黙ってないぞ!」

 

「そこはヘスティアが気にしなくても問題無いよ。それに第一級冒険者の二人が来てくれるなら、こちらとしても大変ありがたい。戦力は多いに越したことはないからね」

 

「そうは言っても……」

 

「安心して、ヘスティア様。ロキが何か言っても、アタシ達の方でやるからさ!」

 

「厄介なモンスターならロキやフィン達も納得してくれますので」

 

 ヘルメス様だけでなく、ティオナさんとアイズさんも一緒に神様を説得している。

 

 まぁ、僕としても【ロキ・ファミリア】の幹部二人が加わってくれるなら寧ろ好都合だ。ティオナさんとアイズさんの強さを僕は遠征で充分に知っている。こんなに頼もしい味方は早々に見付からない。

 

「……はぁ、分かったよぉ。言っておくけど、ロキが何を言ってもボクは無視するからね」

 

 三人が説得した事で神様は結局折れる事となった。

 

 すると、ヘルメス様が僕の方へと視線を移して、ある事を聞いてきた。

 

「さて、ベル君。君の返事だけど……答えはもう決まってるんじゃないのかい?」

 

「分かりました。その冒険者依頼(クエスト)、お引き受けします」

 

 僕の返事を聞いた事に、アルテミス様は優しい笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、優しい子どもたち。貴方達は私の眷族ではない。けれど、これからは旅の仲間。どうか契りを結んでほしい」

 

「えっ?」

 

 アルテミス様が手を差し伸べながら言ってたが、何の契りなのか分からない僕は戸惑ってしまう。

 

 それを察してくれたヘルメス様が、僕に教えてくれた。

 

「ベル君、キスだよキス」

 

「あっ」

 

 そう言われた僕は分かった。手の甲にキスをすると言う契りを。

 

「し、失礼します」

 

 何故か神様がジト目になっている中、恐る恐るとアルテミス様の手にキスをした。

 

 次にはアイズさん、ティオナさんと順番に行う。けど、何故かティオナさんがアイズさんに食って掛かっていた。ずるいとか間接とか言っているが、僕と同じく分からないアイズさんも首を傾げている。

 

 それらを一通り見たヘルメス様が、パンッと手を叩く。

 

「じゃ、話がまとまったところで出発しよっか♪」

 

『えっ!?』

 

 どうやら今すぐ出発することなりそうだ。

 

 これには流石にアイズさんとティオナさんが抗議した。防具はともかく、武器は現在整備中ですぐに用意出来ないと。

 

 今回は厄介なモンスターと言っていたから、いくら第一級冒険者の二人でも生半可な武器では不味いだろう。

 

 なのでここは仕方ないので――

 

「アイズさんとティオナさんが良ければ、僕が持ってる武器を貸しましょうか?」

 

「え、ホントに!? 寧ろ全然いいよ!」

 

「私もそれで構わない」

 

 安易に武器を貸さないよう言ったフィンさんには悪いけど、僕の方で武器を用意する事にした。

 

 物凄く喜んでいる二人を余所にヘルメス様は興味深そうに見ていたが、一先ず後回しにすると言った感じで出発の準備を進めようとする。




劇場版ではリリとヴェルフが行きますが、この作品ではアイズとティオナになります。

二人に貸す武器は当然アークス製になりますが、どんな武器かは次回のお楽しみに。

感想お待ちしています。

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