ベルがアークスなのは間違っているだろうか   作:さすらいの旅人

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この話も段々終わりに近づいてきました。


番外編 戦争遊戯⑨

「もう既に半分以上もやられた!? しかも殆どはベル・クラネルが倒してるって、どういうことなの!?」

 

 玉座の塔内にある空中廊下で待機しているダフネは、戦況を知った途端に声を荒げた。

 

「確かベル・クラネルは『Lv.1』の筈よ! そんな相手にどうして、味方がそんなにやられているの!?」

 

「そ、それが……。詠唱せずに魔法を撃ったり、ユニコーンらしき幻獣で城門を突破させて……」

 

「はぁ!?」

 

 やってきた伝令からの信じられない報告に大声で短髪を揺らしながら、吊り目を見開くダフネ。

 

 報告をしている伝令は彼女の剣幕に気圧されそうになるも、報告をしている。自身も信じられない結果になっていると分かっていながらも。

 

 余りにも非常識な内容に激昂しているダフネだが、伝令が嘘を言ってないのは確かなのは分かった。唇を噛みながらも、状況の確認を簡潔かつ素早く行おうとする。

 

「城内にいる小隊長(リッソス)達はどうなったの?」

 

「ぜ、全員やられたようだ。ベル・クラネルは魔法だけじゃなく、あの【剣姫】に勝るとも劣らない剣技と速度で圧倒されて……」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインの二つ名を聞いた瞬間、ダフネや他の団員達が息を呑んだ。最強の剣士とも呼べる彼女を比較対象にされたのだから、こうなるのは無理もない。

 

 自分達はとんでもない相手に戦争遊戯(ウォーゲーム)を仕掛けたんじゃないかと思い始めた。開始されてまだ一刻も経っていないのに、半数以上の味方がたった一人の相手に倒され続けている事に。助っ人もいるだろうが、ベル・クラネルが獅子奮迅の勢いで奮闘している事により、助っ人――リューの存在は殆ど頭から抜けている。

 

 ダフネは呪った。そして後悔した。相手が雑魚だからと侮って高みの見物をしているヒュアキントスの采配と、城壁から聞こえた爆発音が聞こえた時に逡巡した自分の行動を。

 

「ダフネ、敵が来た! ヒューマン一人とエルフらしき助っ人……敵大将(ベル・クラネル)だ!」

 

「……ここで何としても止めるわ」

 

 仲間の報告にダフネがすぐに指示を出した。伝令には玉座の間にいるヒュアキントスの報告と、控えている弓兵(アーチャー)と魔導士には迎撃の指示を。

 

 ダフネはベルの進撃を食い止めようと陣を敷く。一本道となっている空中廊下でベルが来たところを弓矢と魔法で仕留めようと考えていた。彼女の指示に従う魔導士は詠唱を始め、弓兵(アーチャー)は前に出て矢を射る準備をする。

 

 そんな中、前方から敵大将が物凄い速度で此方へと向かってきた。見た事のない禍々しそうな武器を手にしながら。

 

「慌てるな! 敵がどんなに速く来ようが、此方は狙い放題だ! 弓部隊、放て!」

 

 動揺している団員達にダフネが喝を入れながら指示をすると、弓兵(アーチャー)がすぐに弓を引き絞って射ようとする。

 

 すると、高速移動しているベルが持っている武器の穂先――口が開いた骸骨頭部を此方へ向けた。制動(ブレーキ)するように足を止めながら、大型の青い魔力弾らしきものを二発連射した。

 

「うわぁ!」

 

「な、何だありゃ!?」

 

「ぐあぁぁ!」

 

 突然の事に弓兵(アーチャー)達は困惑する。何とかギリギリで躱すも、詠唱をしている魔導士達が数名被弾して吹っ飛んでいく。

 

 予想外な奇襲を受けた事により、ダフネは困惑しながらも慌てまいと必死に押し殺そうとする。

 

「ひ、怯むな! 奴は動きを止めている! 早く掃射しろ!」

 

 弓兵(アーチャー)と魔導士達に迎撃するよう指示するも――

 

「遅い! クーゲルシュトルム!」

 

『うぎゃぁぁぁ~~~!!!』

 

『た、助け……!』

 

 ベルが持っている武器で、先程とは比べ物にならない数の魔力弾を自分達に撃ってきた。弓兵(アーチャー)は弓を射てなくなり、既に詠唱が終わっていた魔導士も不発に終わってしまう。ダフネを除く空中廊下で待機している団員達が、ほんの数秒程度で倒されてしまった。ベルが持っている見た事のない魔剣らしき武器によって。

 

「そ、そんな! 弓部隊と魔導士達をこんな簡単に……!?」

 

「ふぅ~……。用心して()()()()に変えておいて正解でしたね」

 

 余りの展開に頭が処理しきれずに驚愕するばかりのダフネに、敵の迎撃を予想していたように安堵の台詞を言うベル。

 

 すると、ベルの後方からエルフらしき助っ人が現れる。

 

「クラネルさん、いくらなんでも突出し過ぎです。こう言う事をするなら事前に言って下さい」

 

「ご、ごめんなさい、リューさん」

 

 窘めている助っ人の発言にベルが、さっきとは打って変わるように彼女に視線を向けて謝っていた。

 

 

 

 

 

 

『な、何だあの武器はぁぁぁぁーーー!!??』

 

 観戦しているオラリオ市民は、ベルが見せた新たな武器を披露した事によって再び驚愕の絶叫をしていた。

 

 ギルドの前庭で、実況役のイブリが市民の代表のように悲鳴に近い叫び声をあげている。

 

『悍ましい骸骨の口から魔力らしき弾を出したかと思いきや、今度は一気に弓兵(アーチャー)と魔導士達を瞬殺だぁぁ~~~!! 弓や魔法よりも早くて連射するアレはもしや魔剣なのかぁぁぁ~~~!!??』

 

 この世界には銃と言う武器を知らないのか、ベルが持つ長銃(アサルトライフル)――スカルソーサラーを魔剣と誤認識していた。後から聞いたベルにとっては非常に好都合だと思うだろう。

 

 だが――

 

「おいおい、あんな強い魔剣があるのかよ!?」

 

「一体どこで手に入れたんだ!?」

 

「これは是非とも入手先を聞いておかねば!」

 

「いや、もしかすればクロッゾが作ったかもしれん!」

 

 弓兵(アーチャー)と魔導士を一瞬で倒せる強力な魔剣だと思われてしまった。それにより、多くの冒険者や商人が良からぬ事を考えていた。アレさえあれば冒険者としての名が上がり、多くの利益を得る事が出来る等々と。

 

 更にはクロッゾが作った魔剣かもしれないと言うのもいる。あんな強力な魔剣を作れるのは有名なクロッゾしか思い浮かばないのだろう。

 

「おいヴェル吉、あの武器は本当にお主が作った魔剣ではないんだな?」

 

「んなわけあるか。それに俺は、あんな趣味の悪いモノなんか作らねぇよ」

 

 とある工房にて、二人の鍛冶師が『鏡』を見ながら観戦していた。

 

 一人は【ヘファイストス・ファミリア】団長の椿・コルブランド。黒髪と褐色肌で、眼帯が特徴的な女性。ヒューマンとドワーフのハーフでもある。神を除けばオラリオを誇る最高の鍛冶師でありながら、武器の試し切りを行い続けた事によって『Lv.5』の実力者でもある。

 

 そんな彼女が今日、一緒に戦争遊戯(ウォーゲーム)を観ようともう一人の男性人間(ヒューマン)の鍛冶師――ヴェルフ・クロッゾの工房へ来ていた。彼も【ヘファイストス・ファミリア】だが、椿と違って『Lv.1』だった。

 

 だがそれと別に、ヴェルフは主神ヘファイストスが目を掛ける程の鍛冶師としての腕前はある。更にはスキル――魔剣血統(クロッゾ・ブラッド)があり、椿以上の魔剣を作る事が出来る。それは椿本人も認めていた。自分以上の魔剣を作れるなら大歓迎だと。だが、当の本人が魔剣を作る事を嫌っているから、椿は疑問を抱きながらも可愛い弟のように接している。

 

「よもや、お主の身内が作ったという線は?」

 

「それもねぇ。身内(クロッゾ)の中で魔剣を作れるのは、今も俺しかいねぇ筈だ。仮にあんなの作れたら、アイツ等が今も俺を血眼になって探さねぇだろ?」

 

「ふむ……そうだな」

 

 ヴェルフの台詞に椿は頷きながら納得する。彼の家族については色々と複雑な経緯があるので省かせてもらう。

 

「しかし、それを抜きにしてもだ。あのベル・クラネルと言う小僧が扱う武器は、どれも見た事ないものばかりだ。手前としては、ベル・クラネルの剣が一番気になる。まるで燃え盛る炎を刃にしたような形状だ。あの武器を一度ジックリ見てみたいのう。ヴェル吉もそう思わぬか?」

 

「……まぁ、それは確かに」

 

 ベルが扱う抜剣(カタナ)に椿だけでなく、ヴェルフも同様に気になっていた。派手そうな外見でありながらも斬れ味が抜群な刃で、その武器を己の一部のように使いこなしている。鍛冶師としては是非とも見てみたい心情だった。

 

「もし万が一にあのベルって奴と会う機会があったら、聞いておいたほうが良いかもな。武器以外にも、あの魔剣の事とか」

 

「おお、それはいい。もし会えたら手前にも声を掛けてくれ」

 

「やなこった」

 

 椿からのお願いにヴェルフは即座に断る。絶対に碌な事が起きない事を本人が身をもって経験しているので。

 

「何~? お主、随分と可愛げのない事を言うようになったではないか。手前の為を思っての事をしてくれんのか~?」

 

「っておい、止めろ椿!」

 

 生意気な事を言うヴェルフに椿が少しお仕置きをしてやろうと、胸を押し付けながらヘッドロックをかましていた。他の男から見れば羨ましい光景だろうが、ヴェルフ本人としては心底傍迷惑な行為だと思っている。

 

 

 

 

 

 

「さて、貴女だけになってしまいましたが、どうします?」

 

「くっ!」

 

 城内にいる敵を一掃した僕とリューさんは、玉座の間にいる敵大将のヒュアキントスさんがいる塔へと向かった。塔の中はまるで迷路みたく上がるのに少し大変で、思わぬ時間を食ってしまった。

 

 その途中、塔の連絡橋とも呼べる渡り廊下を見付けた矢先、敵の団員達が配置されていた。あの先には恐らく玉座の間があるだろうと判断した僕は、武器を抜剣(カタナ)から長銃(アサルトライフル)――スカルソーサラーに切り替えて奇襲をする事にした。

 

 一緒にいるリューさんに先行すると言った後に突撃した。体内フォトンを消費しながら走り続け、足を止めて制動をかけながら大型の貫通弾2発を連射するシフトフォトンアーツ――ナハトアングリフを発動させて。

 

 それを使った僕は通常の走行以上の速さを出せる上に、即座に貫通弾を出す事が出来る。弓兵(アーチャー)達が弓を射ようとする寸前、僕が一足先に早く貫通弾を撃ったから見事に阻止できた。相手が困惑している隙を狙おうと、前方広範囲に掃射を行うフォトンアーツ――クーゲルシュトゥルムで残りの弓兵と魔導士達の一掃に成功。後は指揮官と思われる短髪の女性だけだ。

 

 僕からの問いに短髪の女性は歯軋りしながらも、腰に携えている短剣を抜いて構えようとする。

 

「その魔剣を使って強気になってるみたいだけど、余り調子に乗らない事ね。あれほど撃ち続ければ、もうその魔剣は使えない筈よ。違うかしら?」

 

「へ?」

 

 短髪の女性の発言に、僕は思わず首を傾げてしまった。

 

 魔剣って何のこと? 僕が使ったのは長銃(アサルトライフル)って言う武器で、剣の類じゃないんだけど。それにこれ、僕のフォトンがある限り無限に撃てるのに、何でもう使えないような言い方をするんだろうか。

 

 あ、考えてみれば、この世界には銃関連の射撃武器が無かったんだった。主に弓をメインとした射撃武器で、自動で撃てるのはボウガンが限界ってところだ。

 

 それに加えて僕が持っているスカルソーサラーは普通の銃より強力で、フォトンの弾丸が魔力弾みたいに見える。短髪の女性は多分それを見て魔剣だと判断したんだろう。

 

 本当なら真実を教えたいところだけど、流石に戦争遊戯(ウォーゲーム)中は無理だ。今戦っている相手に喋ってしまえば、物凄く警戒されてしまう。

 

「クラネルさん、彼女の相手は私がやりましょう」

 

「え、リューさん?」

 

 すると、僕の隣にいるリューさんが前に出て、持っている木刀を構えながら短髪の女性と戦おうとする。

 

「その武器については私も分かりませんが、彼女の言う通りなら、もうそれ以上は使わない方がいい。残りは敵大将にぶつけるべきだと」

 

「あ、いや、コレはですね……」

 

 せめてリューさんには本当の事を教えたいんだけど……流石に今は無理か。仕方ない、此処は敢えて合わせておくことにしよう。後でリューさんには真実を教えておくのを忘れずに。

 

「は、はい、使わないでおきます。でも、彼女の相手なら僕一人でも大丈夫ですよ」

 

「そうでしょうね。まぁ、敢えて言うなら……そろそろ私も前に出ないと、助っ人として参加した意味が無くなってしまいそうな気がしまして」

 

 ………ああ、確かに。

 

 リューさんがずっと盾役に徹してくれたから、僕は周囲を気にせず前に出て敵を倒し続けていた。

 

 このまま僕が一人で戦っていれば、折角助っ人として参加してくれているリューさんの立つ瀬が無い。

 

 それに、僕としても玉座の間へ行く前にやっておきたい事もある。短髪の女性の相手はリューさんに任せる事にしよう。

 

「分かりました。ではリューさん、その人の相手は任せます」

 

「ええ、クラネルさんは先に……え?」

 

「………は?」

 

 僕がリューさんに言った後、短髪の女性の先にある塔の中に入らず、後方へ向かって走って行く。そのまま跳躍して柱に着地し、そして更に跳躍し、玉座の間がある向かいの塔の天辺に着地する。

 

「……うん、この距離なら大丈夫だな」

 

 リューさんと短髪の女性が呆けた顔で此方を見ているけど、僕は気にせずに長銃(アサルトライフル)から長杖(ロッド)――カラミティソウルへと切り替える。

 

 さて、玉座の間で待ち構えているであろうヒュアキントスさんには申し訳ないけど、先手を打たせて頂きます。キョクヤ義兄さんから、『目標が悠長にその場で留まっているなら、可能な限りの奇襲を仕掛けろ』と教わっているので。

 

 僕は正面の塔にある最上階へ向けて、最も破壊力のあるテクニックを撃つ為の詠唱をやろうとする。

 

「集束せよ、闇の獄炎!」

 

 

「この場で詠唱だと? それに何故魔法陣があの塔に……っ! まさか!」

 

 

 僕が詠唱し、向かいの塔の周囲に展開している魔法陣を、少し離れた所から見ている短髪の女性が何か気付いたような声を出した。

 

 

「そんな魔法をウチが撃たせると――」

 

「させません!」

 

「ぐっ!」

 

「暫しの間、私に付き合って頂きましょう」

 

「そこをどけぇ!」

 

 

 リューさんも僕が塔の最上階に向けて魔法を撃つ事に気付いたのか、短髪の女性を行かせまいと阻止していた。

 

 二人が剣劇を繰り広げている中、僕は更なる詠唱を続けようとする。

 

「闇の静寂(しじま)を照らすもの 輝き燃える深淵なる炎よ 黄泉を君臨せし盟主の言葉により 我が手に集いて彼の地を煉獄と化せ!」

 

 詠唱によって魔法陣がどんどん大きくなっていき――

 

「イル・フォイエ!」

 

 目標に向けて巨大な炎の塊を落として大きな爆発を引き起こす上級の炎属性テクニック――イル・フォイエを唱えた。

 

 

「………? な、何だ? もしかして失敗、なのか?」

 

「!? 違う! これは失敗じゃない!」

 

 

 その直後に魔法陣はそのまま上空へと飛んでいき、何事も無かったかのような静寂が訪れる。さっきまでリューさんと戦闘をしていた短髪の女性は、余りにも拍子抜けしたような顔をしている。

 

 だけど、リューさんが塔の更に上空を見て気付いた。その上空から巨大な炎の塊が塔の最上階へ向けて落下していく。

 

 そして………それは塔の最上階にある玉座の間へと直撃した途端に大爆発が起きた。

 

 

 

 

 

 

 ~ベルが魔法を放つ数分前~

 

 

 

 場所は本丸である塔の最上階。

 

 玉座に腰かけているヒュアキントスは、伝令からの報告によって怒り心頭だった。

 

「くっ、何たる醜態だ! このままではアポロン様に顔向け出来んぞ!」

 

 先程までのヒュアキントスは詰まらなそうな顔をしながら待っていた。しかし、突如やってきた伝令から、ベル・クラネルが破竹の如く勢いで城を攻めていると聞いた事で状況が即座に一変した。

 

 彼以外にも、玉座の間にいる他の団員達も同様だ。誰もが信じられないと驚愕して大慌てとなっている。

 

 ヒュアキントスは当初、シルバーバック程度を瞬殺する程度の実力なら問題無く勝てると踏んでいた。だが、現実は大きく異なっている。

 

 ベル・クラネルが魔法を使って弓兵(アーチャー)達に奇襲を仕掛け、ユニコーンらしき生物を使って城門を突破。更には城内にいる多くの団員達を剣技と魔法で撃破。そして空中廊下では見た事のない魔剣を使って、弓兵(アーチャー)と魔導士の混成部隊を瞬時に壊滅。

 

 これらの報告にヒュアキントスだけでなく、他の団員達も呆然と目が点になっていた。余りにも非現実的過ぎる内容ばかりだったので。

 

 余りにも信じられない内容に、ヒュアキントスは『一体何の冗談だ?』と思わず口にしてしまった。だが、伝令が真剣な顔で嘘偽りないとハッキリ言った為、彼は漸く理解した。報告の内容は全て事実なのだと。

 

「団長様っ、団長様!? これでやっと分かった筈です、早くここから逃げて下さい!?」

 

 最初からベル・クラネルの恐ろしさを知っていた団員の少女――カサンドラが進言する。

 

 彼女は伝令からの報告を聞かずとも、こうなる事は既に分かっていた。だから何度も何度も、ヒュアキントスに玉座の塔から離れるよう進言していた。

 

 だが、この状況になってもヒュアキントスはカサンドラの言葉を無視している。それどころか、何度も同じ事を進言する彼女に対して不快が更に募るばかりだった。

 

「どうか聞いて下さい! お願いですから早く逃げて――」

 

「いい加減にしろ、カサンドラ!」

 

「うっ……!」

 

 我慢の限界と言わんばかりに、腕を振り払って激高しながらカサンドラを引き離す。

 

 ベル・クラネルの強さを漸く理解したとは言え、主神アポロンに大将を任された自分が無様に逃げる訳にはいかない。助っ人がいるとは言え、此処に辿り着いたとしても、今頃は相当疲弊していると彼は踏んでいる。だから自分が負ける筈が無いとカサンドラの訴えをはねのけたのだ。

 

「今のベル・クラネルは助っ人と共に体力(スタミナ)精神(マインド)がかなり消耗している筈だ。奴等が入った瞬間、一気に叩け! 但し、ベル・クラネルだけは殺すな! 私が止めを刺す!」

 

 一切の油断はするなと団員達に指示をするヒュアキントス。

 

 如何にベルが魔法や実力を持っているとは言っても、多くの兵達を相手にすれば消耗して全力が出せなくなる。いくら個人の実力が優れようとも、数の差で勝敗を決める攻城戦では無意味な物。だからヒュアキントスは負けはしないと確信している。

 

 だが、彼は見誤っていた。いや、知らなかったと言った方が正しいだろう。ベルが戦争遊戯(ウォーゲーム)を行う前日までに、訓練と称して単身でダンジョン中層に籠ってモンスターを狩り続け、更にはゴライアスと戦えるだけの体力(スタミナ)があると事を。

 

 すると、カサンドラは急に泣きそうな顔を浮かべ、恐る恐る天井を見た。

 

 天井を見上げる彼女は、まるで耐えきれないように自分の身体を両手で抱く。

 

「あ……あぁ」

 

 顔を蒼白にさせ、とうとう怯え始めるカサンドラ。

 

 更に苛立つヒュアキントスが口を開こうとすると――

 

「太陽が……」

 

「太陽だと?」

 

 妙な事を呟くカサンドラに鼻を鳴らした。

 

「何を馬鹿な事を言っている? 我ら【アポロン・ファミリア】を照らす太陽が……」

 

 ヒュアキントスが顔を横に向け、玉座の間に張り巡らされた窓の外を見た途端に言葉を失い始める。

 

 彼の発言に他の団員達も向けると、巨大な炎の塊が玉座の間へ目掛けて落下していく。

 

「太陽が……落ちてくる!」

 

 カサンドラの言葉を最後に、玉座の間へ落下する巨大な炎の塊が衝突した。大爆発が起こったのは言うまでもない。




あと一~二話で終わるかもしれません。

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