ベルがアークスなのは間違っているだろうか 作:さすらいの旅人
朝。
だと言うのに、都市北西の市壁上部では二人の男女がいた。手にしている剣で、相手を倒そうとしている真剣勝負を。
「はぁっ!」
男――ベル・クラネルは、構えている剣を居合切りの如く抜刀する。その直後に斬撃が飛んできたのを見た女――アイズ・ヴァレンシュタインは咄嗟に身を躱した。
飛ばした斬撃を躱された事を気にせず、ベルが次の行動に移す。抜いていた剣を鞘に収めた直後、ベルは忽然と姿を消した。まるで亡霊の如く。
「………………」
アイズはベルが姿を消した事に驚かないどころか、今まで以上に警戒をしながら周囲を見回している。彼女は知っていた。ベルが姿を消して逃げたのではなく、此方の隙を突いて襲撃してくる事を。以前にベルが
(私だったら、背後から仕掛ける……)
自分が向こうの立場を考えながら、背後を一番に警戒するアイズ。
未だに気配を捉えてないアイズだが、背後から攻撃の気配が感じた瞬間に迎撃しようと身構えている。
すると、背後から殺気を感じた。予想通り背後から仕掛けてくると思ったアイズは――
(っ! 避けなきゃ!)
即座に迎撃しようと思った直後、己の直感を信じて回避に専念する事にした。全力の跳躍で後方へ回避した瞬間、剣の突き刺す音と、何かが壁にぶつかる衝撃音が聞こえた。思わず見てみると、先程アイズが立っていた場所では、地面に剣を突き刺したベルがいる。更には彼が立っている地面や、左右の市壁が凹んでいる。
(危なかった……!)
アイズは自身の直感に内心感謝する。もし回避に変更してなければ、確実に傷を負っていたかもしれないと。
その傷を負わせようとしていたベルは、突き刺した剣を抜いて彼女を見ている。少し悔しそうな顔をしながら。
「まさか、この技を避けられるとは……流石はアイズさん。やはり『Lv.6』の前では、たかが『
「……そんな事ない。今のは本当に偶然」
謙遜しながら自身を称えてくるベルにアイズはすぐに否定した。さっきの攻撃は明らかに格上相手でも充分に通用する威力だったと。それに何故か、あの風を受けたら何か不味い予感もしていたので。
加えて、アイズは既にベルの事を『Lv.2』の冒険者とは見ていない。自分に近い、もしくは匹敵する強さだと確信している。
ベルと手合わせをして既に二時間以上経っている。開始してから一時間までの間、相手の戦いを観察しようと互いに様子見をしていた。更に一時間後には一切技を使わずとも、殆ど全力に近い通常攻撃だけでの速い攻防を繰り広げていた。
アイズはベルが『Lv.2』だからと最初は手加減していたが、攻防を繰り広げてる最中に認識を改めた。ベルの攻撃が速く、且つ威力が込められているモノだと知って。更には自分の攻撃を簡単に回避するどころか、すぐに間合いを把握して反撃をしてくる。
以前に、【
中層にいる
ベルが思っていた以上の強者だと認識したアイズは、もう手加減をせずに本気を出し始めた。それ位やっても大丈夫だろうと。
同時にアイズは疑問を抱く。何故『Lv.2』なのに、これ程の強さを持っている。何故『Lv.2』で、これ程の強さを持つ事が出来る。何故『Lv.6』にランクアップした自分相手に、ここまで食いつく事が出来るのかと。
疑問を抱けば抱くほど、ベルに対する興味がどんどん深まっていく。あれ程の強さを得たのには、何かきっと秘密がある筈だ。それを知れば自分は更に強くなる事が出来るのではないかと。
「…ベル。君の力、もっと私に見せて……!」
「あはは……何かさっき以上に、やる気満々になったような気が……」
更に闘気を発しながら構えるアイズに、ベルは苦笑しながらも少しドン引きになりつつあった。
ベルもベルで、『Lv.6』となったアイズと手合わせして、相当な実力者だと改めて認識していた。失礼ながらも、以前に運よく倒せた『Lv.5』のベート以上の強者だと思っている。
最初はすぐに手の内を見せずに通常攻撃のみでやるも、アイズの振るう斬撃が段々速くなっている。もう既に本気でやっているんじゃないかと思う程に。アイズが手にしているのはサーベル状の剣である筈なのに、まるで
これ以上手合わせを続けると、殺し合いに発展してしまうかもしれないとベルは不安を抱く。二時間以上経っても、今以上に闘気を増しているアイズを見て猶更に。
彼女に本気を出されたら負けてしまうと思ったベルは、先手を打とうと奇襲攻撃を仕掛ける事にした。一旦姿を消して彼女の背後から、衝撃波を伴う落下攻撃を行うフォトンアーツ――ヴォルケンクラッツァーで動きを止めさせる為に。
もしもアイズがヴォルケンクラッツァーを剣で防御しても、発せられた衝撃波を受けたら一時的な
だが、ベルの予想を裏切る様にアイズは防御でなく回避をした。まるでヴォルケンクラッツァーの特性を見抜いた感じで、全力で後方へと跳躍をして。
運が良かった、もしくは剣士としての直感が働いた。どちらかと問われれば……ベルは後者を選択する。前者もあると思っているが、あの思い切りの良さは間違いなく直感が強く働いた筈だと。
(思った通り、やっぱり
ここまでの手合わせでベルは確信した。今のままでアイズに勝つ事が到底出来ないと。
純粋な剣士であるアイズと違い、ファントムクラスのベルは
アイズみたく純粋に剣で極めた強者と戦うには、剣だけで挑むのは自殺行為も同然。だが他の武器を使えば勝てる可能性は充分にある。剣が無理なら距離を取って狙撃か魔法、狙撃や魔法が無理なら距離を詰めて斬撃、と。
(勝てないけど、アイズさんの戦い方は凄く参考になる……)
しかし、ベルは敢えて剣のみで挑んでいる。戦う際には手段を選ばず、相手の隙を突いて戦うのがファントムクラスの常識だと義兄のキョクヤからの教えだと言うのに。
それもその筈。彼はアイズの剣技を観察して、自分の物にしようとしている。これもキョクヤから教わった事だった。
『ただ俺の闇に照らされるだけでは、お前の奥底に眠る暗黒の闇を引き出せん。故に、相手が持つ闇の力を奪う事により、お前の暗黒の闇は一層輝きを増す。それを忘れるでないぞ』
義兄キョクヤからの意味不明な中二病発言を聞いて、ベルは当初全く意味が分からず思わず首を傾げた。けれど、後になってから漸く分かった。自分に教わるだけじゃなく、参考になる相手の戦い方を観察して盗むのだと。故にベルはそれを実践していた。アイズの戦い方を盗む為に。
しかし、それはベルだけではなかった。
(この子の戦い方は凄い独特。けど、全く隙がない。それどころか、逆にこっちの隙を突かれる)
アイズもアイズで、ベルの戦いを観察していた。過去に色々な剣士タイプの冒険者を見てきたが、ベルはそれに全く該当しない未知の相手だった。
特に回避の仕方が一番に気になっている。攻撃を仕掛けてベルの身体に当たったかと思いきや、素通りの如く躱されている。まるで実体の無い
ついさっきは姿だけでなく、気配までも消していた。
「「………」」
両者はお互いに構えながら相手の出方を窺っている。特にベルは相手がアイズだからか、これでもかと言う程に慎重だった。一目惚れした女性が自分の予想以上に強く、途轍もない
どうやって攻めようかと考えてる最中――突然、クゥ~~ッと言う音がした。ベルの腹部から。
「あっ………」
「………」
空腹の音がした事にベルは固まってしまい、アイズは予想外の音を聞いてキョトンとする。
ベルがそうなった理由は言うまでもないが補足しておく。一目惚れしたアイズと手合わせする事を知った翌日の早朝、緊張の余り朝食を食べずに此処へ訪れた。手合わせをして時間が経ち、緊張感も僅かに静まった事もあって、ベルの胃袋は限界だと空腹音を鳴らした。以上が理由である。
空腹音をアイズに聞かれてしまったベルは、恥ずかしさの余りに構えを解いて顔を赤らめている。
そして――
「えっと……アイズさん。非常に情けなくて申し訳ないんですが、一旦中断しても良いですか? さっきの音を聞いての通り、ここに来るまでの間は何も食べてなくて……」
「………うん。ご飯は大事だからね」
ベルからの提案に、アイズは心情を察して受け入れる事にした。
☆
手合わせを中断した僕は、恥ずかしながらもアイテムボックスに入っている大き目の保存用タッパーと飲み物専用のボトルを出していた。中には当然、朝食が入っている。
「本当にすいません。水を差すような事をしてしまって……」
「…大丈夫。私も休憩しようと思ってたから」
市壁に寄りかかって座っている僕に、市壁の上に座っているアイズさんは気にしてないと言う。それでも僕としては勝手に中断した罪悪感が残っているけど。
「ところで、ソレってどこから出したの?」
「え? ……ああ。僕のちょっとした収納スキル、みたいな物なので気にしないで下さい」
「…便利なスキルだね」
流石に電子アイテムボックスから取り出した、なんて言えない。だから僕のスキルと言う事で誤魔化しておくことにした。アイズさんは疑ってないのか、羨ましそうに言い返す。
彼女と話していると、手合わせによって乱れた呼吸がある程度落ち着いた。なのでタッパーの蓋を開けて、今日の朝食――ジャガ丸くんサンドに手を付けようとする。あとは付け合わせとして、神様が持ってきた売れ残り用のジャガ丸くんも一緒に。
「! それ、ジャガ丸くん……」
「へ?」
僕がジャガ丸くんサンドにかぶりついていると、僕の朝食を見たアイズさんが座っている市壁から下りて、僕の隣に着地する。
「ベルはジャガ丸くんを食べるんだね」
「ええ、まぁ。神様がジャガ丸くんの屋台でバイトしてて、その時にいくつか売れ残りを貰ってるんです。そのお陰で僕と神様のメインになってまして」
「……ジャガ丸くん食べ放題、ちょっと羨ましい」
タッパーに入っているジャガ丸くんを見ながら呟くアイズさん。
「もしかして、アイズさんもジャガ丸くん食べるんですか?」
「食べる。私の好きな食べ物だから」
僕からの問いにアイズさんはすぐに答える。
【剣姫】と呼ばれているこの人の好物が、まさかジャガ丸くんだったとは……。意外な事実を知った事に僕は内心驚いている。僕はてっきり、もっと良い物を食べてるかと思ってたから。
「…ベル、そのジャガ丸くんは何味?」
「えっと、ソース味と塩味です」
サンドを食べながら問いに答えると、アイズさんが何故か急に少し残念そうな顔をする。
「小豆クリーム味は食べないの?」
「へぇ~、そんな味があるんですか。初めて知りましたけど、多分食べないですね。甘い味は流石に……」
ジャガ丸くんは主にソース味や塩味で食べ慣れたから、今になって甘味系で食べるのは無理だ。
僕はボトルに口を付けながら答えてると――
「ベル、食わず嫌いは良くない……!」
「っ! ゴホッ、ゴホッ……!」
「あっ、ごめんなさい……。大丈夫?」
いきなりアイズさんが顔を近づけて言ってきたので、飲み物が器官に入った事により咽てしまう。口の中に入っていた飲み物を、アイズさんの顔にぶちまけなかったのは僥倖だった。
咽たのを見た彼女は謝りながら、僕の背中を擦ってくれている。
その後、朝食を終えた僕とアイズさんは――
「やっぱり小豆クリーム味は是非とも食べるべき。アレは私のお勧め」
「アイズさんはそうでしょうけど、僕としてはやっぱり塩味が良いですね。素材本来の味と、塩のしょっぱさで味を引き立てますし」
急遽、ジャガ丸くんについての味議論をする事となった。しかも一時間近くも。
因みにアイズさんは、僕が用意したジャガ丸くんを残さず食べていたのはご愛嬌である。
取り敢えず、アイズさんとの手合わせは一先ず終了だ。けれど、アイズさんは僕との手合わせが不完全燃焼だったのか、明日も付き合って欲しいと言われた。僕としては願ってもないので、断る理由もなく承諾した。
手合わせからジャガ丸くん議論になるという、ちょっとしたギャグ展開になりました。
色々と突っ込みのある内容だと思いますが、どうかご容赦を。
感想と評価をお待ちしております。