ベルがアークスなのは間違っているだろうか 作:さすらいの旅人
「ベル君って本当に不思議よね」
「へ? エイナさん、いきなり何ですか?」
シルさんの雑用を解放された僕は、担当アドバイザーのエイナさんに会おうとギルド本部へ来ていた。以前に籠ったダンジョン中層の構造把握やモンスターについての復習をする為に。既に中層へ行ったのに今更だと思われるけど、自分の知らない場所やモンスターがいないかの確認も必要なので。
僕が講習を受けに来たと聞いたエイナさんは最初驚いていたけど、快く引き受けてくれた。彼女としても、是非とも講習はやるべきだと言っているので。
エイナさんの講習は他のアドバイザーから比べると、物凄く厳しいらしい。ダンジョンについての危険性などを重点的に教えている事もあって、他の冒険者からは講習関連になると嫌がれるようだ。それでもエイナさんはギルド職員でも人気があるので、それが逆に良いと言う人もいるらしい。
僕も初めて受けた時、思わずアークスになる前の研修を思い出したなぁ。あの時の僕は全くと言っていい程に学力が低くて、覚えるのに物凄く大変だった。キョクヤ義兄さんやストラトスさんの助力があったお陰で、何とかギリギリ合格点でアークスになれたし。必死に僕を支えてくれたキョクヤ義兄さん達には今でも感謝している。
以前の事を思い出しながら久しぶりの講習をしている最中、エイナさんが急に変な事を言いだした。なので僕は疑問に思って顔を上げている。
「君が冒険者になる前はダンジョンについて全く知らない筈なのに、初めて講習をした時に経験者みたいな感じがしたのよ。今日の講習だって、中層の危険個所を重点的に確認したり、中層モンスターの戦い方や弱点などの要点を上手く纏めているんだもの」
「え、えっと、ダンジョンで生きる為には、これくらいは当然かと」
「はぁっ。その台詞は講習を疎かにしている
「あはは……」
他の冒険者達に苦言を呈しているエイナさんに、僕は苦笑するだけだった。
エイナさんは以前の
すると、彼女が急に心配そうな顔をして僕を見る。
「ベル君、君が強いのはあの時の
「パーティ、ですか……」
僕はこれまでダンジョン探索してる際はいつも
とは言え、僕とパーティを組んでくれる冒険者は、大抵僕の力を当てに接触してくると思う。神々や冒険者が、僕を探して自分の陣営に引き抜こうとしていたってクロエさん達が言ってたし。
善意でパーティを組んでくれるとしたら……【ロキ・ファミリア】のティオナさんかアイズさんかな。あの二人は僕が以前門前払いされたファミリアの人達だけど、それと別に友好的に接する事が出来る。
未だに理由は全然分からないけど、ティオナさんは何故か僕に対して物凄く好意的に接している。それを見た神様が怒るも、ティオナさんは聞き流すように僕の腕に引っ付いているんだよなぁ。
だけど一番に分からないのはアイズさんだった。あの人は僕より強い筈なのに、他の冒険者達と違って何故か矢鱈と(色々な意味で)僕に興味を抱いている。他の冒険者や神々と違い、一目惚れした事もあって対応に困る事があるのは内緒だ。
あの二人なら僕がパーティに誘ったら組んでくれると思う。尤も、他の【ロキ・ファミリア】の面々がそれを認めてくれるかは別だ。一時有名になっても僕みたいな零細ファミリアの冒険者が、都市最強派閥の幹部を務める第一級冒険者達と組むなんて殆ど無理だろう。『身の程知らずにも程がある』と言われて。
「確認ですけどエイナさん、もし僕が【ロキ・ファミリア】のティオナさんやアイズさんにパーティを組むよう誘ったらどうなると思います?」
「……あのねぇ、ベル君。いくら有名になったからと言っても、それは流石に無理があるわよ。都市最高派閥で【ロキ・ファミリア】の幹部相手にそんな大それた事をすれば、他のファミリアから
「ですよね~」
呆れた顔で返答してくるエイナさんに、既に分かりきっていた僕はそう返した。
どうやらやっぱり無理みたいだ。僕がランクアップして強くなるか、もしくは団員を集めてファミリアを大きくしなければ、ティオナさん達とパーティを組む資格は無いってところか。
そして昼近くまで講習を行った僕は、エイナさんにお礼を言ってギルド本部を後にしようとすると――
「やぁ、ベル・クラネル。久しぶりだね」
「フィンさん! どうしてここに?」
【ロキ・ファミリア】の団長で【
彼の登場に僕だけでなく、エイナさんも驚いた顔をしている。都市最高派閥の団長がギルド本部へ来るのは余程の事だから。
「君に少し話があって……いや、ここは率直に言おう。ベル・クラネル、僕は君と交渉する為に会いに来た」
☆
予想外な展開が起きるも、僕はフィンさんと話をしようと場所を変えた。今いるのはギルド本部にある応接室だ。エイナさんも僕と同じく驚いていたが、周囲の目もあるからと気を利かせてくれて、僕達を応接室へと案内してくれた。
「君に僕たちの遠征に是非とも加わってもらいたい」
「ぼ、僕が【ロキ・ファミリア】の遠征にですか!?」
いきなりフィンさんがとんでもない事を言ったので、僕は仰天してしまった。
僕の個人的な事情で印象が悪いとは言え、有名な【ロキ・ファミリア】の団長から直々のお誘いだ。これが仰天しない訳がない。
「本当なら神ヘスティアも交えて話したいところだけど、生憎と僕達は遠征の準備で時間が惜しくてね。今更だけど、そちらの都合を無視して申し訳ない」
「い、いえ。僕はこの後フリーなので問題ありませんから……!」
久々に一人でダンジョン探索しようと思った矢先にフィンさんが現れたので、それはもう完全に後回しとなっている。
公然な情報で聞いた限りだけど、【ロキ・ファミリア】は遠征で現在ダンジョン58階層まで到達済。現在オラリオにいる探索系【ファミリア】の中で最高記録を保持している。過去にそれ以上に到達した二大【ファミリア】は既にいなく、今は【ロキ・ファミリア】が記録を塗り替えようとしてる最中だ。
だと言うのに、そんな大物ファミリアがどうして僕に遠征に加えようとするかが分からない。いくら僕がこの前の
「そ、それはそうと、どうして【
「ベル・クラネル。謙遜するのは結構だけど、それは他の新人冒険者達からすれば嫌味に聞こえてしまうよ。たった一人で
「す、すみません!」
あれ? 何かこのやり取り、リューさんとやったような気が……。
僕が以前の事を思い出してると、フィンさんはすぐに本題に入ろうとする。
「まぁ確かに、疑問を抱くのは当然だね。では遠回しに言わず、この場で理由をはっきりと言おう。ベル・クラネル、僕は
「っ!」
アポロン様みたいな考えを持っていると知った僕が思わず警戒するも、フィンさんは話を続けようとする。
「だけど、君は以前僕たち【ロキ・ファミリア】に門前払いされた経緯があるから、余り良い印象を持っていない。僕もそれは重々承知しているから、今更引き抜こうだなんて都合の良い事は一切しないから安心してくれ。と言ったところで、此方に前科がある以上はすぐに信用する事は出来ないだろうね。その前科を払拭したいと言うのは大変図々しいけど、【ロキ・ファミリア】に対する認識を改めて貰いたいから、君に僕達の遠征に参加してもらおうと思ったんだ。先に言っておくと、今回の遠征で君には後方支援の
「…………………」
理由を説明したフィンさんが今のところ僕を勧誘する気はないと理解しても、それでも未だに納得出来ないところはあった。
前科があるからとは言っても、結局は僕の力目当てで遠征に参加させようとする事に変わりはない。だけどフィンさんはそれを一切隠そうとしないどころか、僕の力を大いに期待しているようにハッキリと言い切った。
なので、僕は失礼なのを承知の上で尋ねてみる事にする。
「一応確認したいんですが、僕がこの場で『断る』と言ったらどうするつもりですか?」
「ンー……そうだね。本当なら粘り強く交渉したいところだけど、君が断ればそれまでだ。『また今度』と言って、すぐに立ち去るよ」
「……意外な返答です。てっきり無理矢理参加させるのかと警戒していたんですが」
「それは無いよ。仮にそんな愚かな事をして君と敵対するような事になれば、僕はティオナやアイズに嫌われてしまうからね」
「え? ティオナさんとアイズさん?」
フィンさんが予想外な人物の名前を言ったので、僕は思わず首を傾げてしまった。
「あの二人は君に夢中だからね。特にティオナは熱烈とも言えるほどの好意を抱いているし。聞いた話では、昨日はティオナと会って早々大変だったみたいだね」
「あ、あはは……」
確かに昨日、ティオナさんが僕を見て早々に抱き着いて大変だった。神様も憤慨していたし。
と言うか、どうしてティオナさんは男の僕相手に平気で抱き着いてくるんだろうか。しかも胸を押し付けてくるから流石に困る。
「まぁぶっちゃけ彼女の事もあって、君とはなるべく事を荒立てたくないんだ。アマゾネスと言う種族は惚れた相手の事となると、時に暴走する傾向があるからね」
「えっと、何だかまるで経験しているように聞こえるんですが……。もしかしてティオネさんがフィンさんに、ですか?」
「……ふぅっ。僕には何の事かさっぱり分からないなぁ」
敢えて誤魔化してるけど、フィンさんの返答を聞いた僕はすぐに理解した。ティオネさんがフィンさんに惚れているから、何かしらの事で苦労していると。
僕はティオネさんの性格を把握してないけど、フィンさん関連だと感情的になるのは知っていた。恐らくそれでフィンさんは色々と苦労しているんだろう。
「取り敢えず僕の事は置いといて、だ。ティオナはティオネ程でないにしろ、もし暴走すれば厄介事を起こしてしまう可能性があるという事だ。お互いに苦労する程にね」
「それは、まぁ……」
確かにティオナさんが暴走すれば【ロキ・ファミリア】だけじゃなく、僕も確実にとばっちりを喰らってしまうだろう。それは絶対に嫌だ。無関係な神様を巻き込んでしまう恐れもある。
「ついでにアイズとしては、ティオナとは違う意味で君にご執心だよ。
「あのアイズさんがそんな事を……」
僕と手合わせしたかったのは、そう言う事だったのか。
「とまあ、彼女達の事もあって事を荒立てたくないと言う訳だ。他に質問はあるかい?」
なるべく遠征に参加して欲しいのか、フィンさんは質問に全て答えようとする姿勢だった。
僕がこの後に数々の質問をするも、答えられる範囲内で全て答えてくれた。それだけ本気だという熱意が伝わっている。
フィンさんからの要請に僕は――。
今回はエイナの講習+フィンの交渉話でした。