ベルがアークスなのは間違っているだろうか   作:さすらいの旅人

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ロキ・ファミリアの遠征⑤

「はぁ!? ロキの所の眷族(こども)から遠征に誘われたぁ!?」

 

「ええ、まぁ……」

 

 フィンさんとの話を終えた夕方頃。仮の本拠地(ホーム)――『青の薬舗』に戻った僕は、神様に昼頃にフィンさんと話した内容を報告をしていた。

 

 因みに新しい本拠地(ホーム)は現在【ゴブニュ・ファミリア】が改装中の為、僕達は再びミアハ様の本拠地(ホーム)に住まわせて貰っている。勿論、ミアハ様とナァーザさんも了承済みだ。前回と同じく滞在費を支払い済みだが、それは神様の方で出してくれた。アポロン様から頂いた賠償金(おかね)が沢山残っているので。

 

「まさかとは思うけどベル君、すぐに了承したんじゃないよね?」

 

「いえ、取り敢えず『少し考えさせて下さい』と返答しましたので」

 

 確かに有名な【ロキ・ファミリア】の遠征に加わる事が出来るのは嬉しい。だけど、いくらフィンさんからのお誘いでも、そんな簡単に受け入れる事は出来なかった。

 

 もしも何も考えずに遠征に参加してしまえば、色々と厄介事が起きてしまう。その厄介事はいくつかはあるけど、その内の二つが主な要因となる。

 

 先ず一つ目は、【ロキ・ファミリア】に所属する団員達からの反感だ。あそこは都市最高派閥と呼ばれている一角のファミリアだから、団員達の多くはそれを誇りに思っている筈だ。今回やる予定である遠征に対して、【ロキ・ファミリア】の看板を背負って挑もうとしている。

 

 そんな中、戦争遊戯(ウォーゲーム)で有名になったとは言え、今も零細同然の【ヘスティア・ファミリア】である新人冒険者の僕が参加したらどうなるだろうか。言うまでもなく、【ロキ・ファミリア】の団員達は僕に対していい気分はしない。団長のフィン・ディムナさんから直々の推薦を貰ったとしても。

 

 以前、僕を追い出した門番の人達も誇り高い感じだった。尤も、あの人達の場合は度が過ぎて傲慢になっていたけど。フィンさんから聞いた話だと、その門番二人は副団長の女性ハイエルフ――リヴェリアさんからキツイお説教を受けたみたいだ。更には謹慎処分も下して、暫くは冒険者活動が出来なかったらしい。

 

 普通に考えれば、ファミリア内の失態を絶対に公開なんてしない筈だ。だけどフィンさんが敢えて教えたのは、僕の【ロキ・ファミリア】に対する印象を改めさせようとしたんだろう。まぁ僕としても、その人達に対するちょっとした恨みが晴れた半面、気の毒に思ってしまった。僕が【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)へ行かなければ、そんな目に遭わずに済んだかもしれないと。

 

 と、話が少し脱線してしまったけど、僕が誇り高い【ロキ・ファミリア】の遠征に加わったら不味い理由の一つ目である。

 

 次に二つ目は、オラリオにいる他所の探索系【ファミリア】から反感を抱かれてしまう恐れがある。

 

 さっきも言ったように、【ロキ・ファミリア】は都市最高派閥だから、オラリオの住民や冒険者達から羨望の的となっている。中には今でも、そのファミリアに入りたがっている冒険者希望者達が後を絶たない状態だ。

 

 くどいけど、僕が遠征に参加した事を周囲に知られれば確実に面倒な事が起きてしまう。他のファミリアから妬まれて、場合によっては敵対視される可能性が充分にある。

 

 とまあ、以上が二つの理由である。要約すれば、僕が遠征に参加してしまったら、【ロキ・ファミリア】や他所の【ファミリア】冒険者達から妬まれてしまうと言う事だ。

 

 何でここまで予想出来るのかと疑問を抱かれると思うけど、僕は嘗てアークス時代に似たような経験をされた事があったからだ。

 

 僕は最年少でアークスに入り、フォトン適正率が高い事もあって色々と注目されていた時期があった。と言っても、それはあくまで研修時代の頃だけど。

 

 その時に注目されてる僕が気に入らなかったのか、同期の数人から度重なる嫌がらせをされていた。偶々それを知ったキョクヤ義兄さんが激怒して、その人達に苛烈な制裁を下したと後から分かり、それ以降から嫌がらせは無くなった。

 

 だから僕は【ロキ・ファミリア】の遠征は安易に参加したら不味いと考えている。人間の嫉妬と言うものを、身を以て経験したので。

 

 僕がすぐに参加しないと聞いた神様は安堵の息を吐きながら、意外そうな顔をしている。

 

「ベル君にしては随分と曖昧な返答だね。僕だったらすぐに断るのに」

 

「まぁ、これ以上目立つのを避けるなら断るべきなんですが……」

 

 確かに神様の言う通り、すぐに断るべきだろう。しかし、そうしなかったのは僕の個人的な理由がある。

 

 もし彼等の遠征に参加すれば、当然僕がダンジョン探索した中層より更に奥――下層や深層に行く事になる。後方支援担当となる僕が戦う事はないけど、それでも僕とまともに戦えるモンスターと遭遇出来るチャンスでもある。

 

 今の僕は上層や中層のモンスターと相手をしても、簡単に倒せるから作業となってしまう。中層は数が多かったから、戦争遊戯(ウォーゲーム)前の訓練には最適だったけど。今のところ、僕が本気で戦った相手は17階層の階層主――ゴライアスしかいない。

 

 だから下層や深層へ行けばゴライアス並み、それ以上のモンスターと戦えるだろう。いつまでも自分より弱いモンスターと戦い続けていたら、戦闘の勘が確実に鈍ってしまう。そんな状態のままで万が一にオラクル船団に戻れた場合、キョクヤ義兄さんに怒られてしまう。場合によってはファントムクラスを止めろと言われるかもしれない。

 

 それ故に僕は遠征参加の返答を一時保留にさせてもらった。フィンさんは僕の返答に察してくれたのか、『遠征が始まる二日前までに返答を待っている』とギリギリの期限を設けてくれた。

 

 向こうの遠征が始まる二日前。つまり今日を含め、五日後までに返答しなければならない。

 

 期限の事を教えると、神様は難しい顔をしながらも言う。

 

「主神のボクとしては断って欲しいけど、最終的に決めるのはベル君だ。どうするかはベル君に任せるよ」

 

「ありがとうございます」

 

「但し! 返事をする前には必ずボクに前以て言っておくように! 良いね!?」

 

「はい、勿論です」

 

 今回の件について神様は寝耳に水の話だった。だから僕に念を押してくるのは当然だ。

 

 その後はミアハ様とナァーザさんが用意してくれた夕食を食べようと、僕達は部屋から出る事にした。

 

 因みに僕は遠征に参加する気は――。

 

 

 

 

 

 

「――無いだろうね。今のところは」

 

 場所は変わって『黄昏の館』の執務室。緊急会議を行っているフィンは、ベルの心情を言葉で表してていた。

 

「ホンマか? ウチはてっきり、フィンの交渉術で上手くいって参加すると思ったんやが」

 

 フィンの台詞に主神ロキが意外そうに言った。フィンは彼女と同様、相手を上手く引き込めるほどの交渉術がある。だから今回はベルが遠征に参加すると踏んでいた。

 

 主要幹部のリヴェリアとガレスも、フィンからの思わぬ発言に少し目を見開いている様子だ。

 

「僕も最初は参加してくれると思っていたんだが……どうやらベル・クラネルは、他の新人冒険者と違って中々に思慮深いようだ」

 

 ベルからの予想外な質問や返答にフィンは面を喰らっていたが、内心かなり感心していた。あの若さで、あそこまでに慎重だった事に。もしも他の新人冒険者であれば、第一級冒険者の【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナから直々の要請に驚きながらも喜んで参加の返事をしていただろう。たとえ後方支援でも、有名な【ロキ・ファミリア】の手伝いが出来ると。

 

 だが、ベルはすぐに参加の返答をしないどころか、考える時間が欲しいと返答した。これを聞いたフィンは、ベルに対する認識を再度改めた。彼は他の新人冒険者とは明らかに考え方が違うと。

 

「これはあくまで僕の推測だけど、彼は僕らの遠征に参加した時のデメリットを一番に考えたと思う。そうでなければ、時間が欲しいなんて言わない筈だ」

 

「デメリットか。それは、あの小僧が多くの冒険者達からのやっかみを買う事を恐れている、という事か?」

 

 推測を聞いたガレスがデメリットの内容と言うと、フィンはすぐに頷く。

 

「ああ。彼は間違いなく、それを危惧しているだろうね。【ロキ・ファミリア(ぼくたち)】だけじゃなく、他所の【ファミリア】の事も含めて」

 

「確かにそれは一番に厄介だな。冒険者、と言うより人間の嫉妬ほど、恐ろしいものはない」

 

 少し忌々しい感じで言うリヴェリアに、フィンやガレスも頷いている。

 

 彼等は知っていた。当時無名だった頃に活躍して注目された際、他所のファミリアから妬まれた経験がある。その中には陰湿な手段で【ロキ・ファミリア】を陥れようとした者もいた。

 

 それらを身を以て経験した彼等はこうして、有名な第一級冒険者として恐れられている。下手に手を出せば、自分達が潰されてしまう程に。

 

「せやなぁ。けど、それが人間っちゅうもんや。寧ろそれは当然の感情でもある。まぁ神々(ウチら)にも言える事やけど」

 

「そうだな。どこかの主神は、とある女神に嫉妬して今も不仲だからな」

 

「うぐっ! そ、それは言いっこなしやで母親(ママ)ぁ~」

 

「誰が母親(ママ)だ」

 

 リヴェリアからの痛い指摘に、思いっきり心当たりがあるロキは反論せずに泣き縋る。

 

「まぁとにかくだ。ベル・クラネルは冒険者達からの嫉妬を恐れているから、すぐに返答はしないという事だ。取り敢えず彼には、遠征が始まる二日前までに返答するように言ってある」

 

「おいおい、そんなに待って大丈夫なのか? もう既に遠征の準備真っ最中じゃと言うのに。そんなギリギリまで待っておったら、ラウル達に支障をきたすかもしれんぞ」

 

「もしもベル・クラネルが参加する場合、僕が責任を持って対応するよ。けれどさっきも言ったように、彼が遠征に参加する可能性は低い。今のところはね」

 

 フィンとしての予想では、ベルが遠征に断る確率は七割で、参加は三割と見ていた。なので次回の遠征に参加してもらうよう、次の手を考えている。尤も、彼が遠征に参加してくれれば、それはそれで好都合だった。その際には、ガレスに言ったように責任を持ってラウル達を説得するつもりでいるので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃――

 

(明日もベルと手合わせ出来るから楽しみ。……でもあの子、まだ全力を出していなかった)

 

 アイズは自室で明日の事を考えていた。ベルとの手合わせを考えながら。

 

(戦ってみたい。全力を出すベルと……。いっその事、全力を出してもらうよう頼んでみようかな?)

 

 ベルが戦争遊戯(ウォーゲーム)の時に使っていた剣以外に、魔法や魔剣の事を思い出していた。

 

 もうついでに――

 

(よし! 遠征も近いから、明日は早起きしてアイズさんと訓練しよう!)

 

 レフィーヤは少し邪な事を考えながら、明日の予定を考えていたのであった。

 

 この時のレフィーヤは知らなかった。アイズが既にベルと手合わせしている事に。そして、明日の早朝には苛烈な手合わせを目撃する事に。




 今回はベルの葛藤と、ロキ・ファミリア側の話でした。

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