ベルがアークスなのは間違っているだろうか 作:さすらいの旅人
それではどうぞ!
時間は少し遡り、【ヘスティア・ファミリア】がオラリオへ戻った翌日。
オラリオ中央、白亜の巨塔の最上階に『美の神』フレイヤと、従者の【
「ああ……やっと、やっとあの子がオラリオへ戻って来た。たった一週間なのに、とても長く感じたわ……。ここまで私を焦らすなんて、本当にいけない子ね……。そう思わない、オッタル?」
「フレイヤ様を不快にさせるのは重罪に値します。ベル・クラネルに、相応の報いを与えますか?」
「……別に不快じゃないわ。だからそんな事してはダメよ」
従者の物騒な考えを聞いたフレイヤは間を置いて、頑なに却下した。
「失礼しました」と詫びるオッタルを咎めず、彼女は窓の外に目を向ける。
オラリオの最も高い位置から見張らせる空を少し見つめた後、フレイヤは流し目でオッタルを見る。
「ねぇ、オッタル。あの子は私の傍にいる資格はあるかしら? あくまで貴方の考えよ。何を言ったところで一切咎めないから、ありのままに言って頂戴」
「……畏まりました」
個人としての考えを率直に聞きたいフレイヤは、前以て自分に気を遣った返答をさせないよう命じる。
その命にオッタルは少し間があるも、頷いて返答をしようとする。
「では僭越ながら申し上げます。ベル・クラネルを、フレイヤ様の傍にいる資格は不充分だと思っております」
「あら、どうして? あの子はたった一人で
「
「真の全力? あんな凄い戦いでも、あの子は本気じゃなかったの?」
予想外とも言えるオッタルからの返答に、フレイヤは訝りながら再度問う。
因みにオッタルはフレイヤから、『鏡』を使ってベルと
「あくまで私の見立てに過ぎないのですが、ベル・クラネルは普段から全力で戦える相手がいないかと思われます。それによって陰りが生じ、
「陰り、ねぇ」
フレイヤは以前の
疑問を抱くどころか、寧ろ興味が湧いてきた。ベルの真の全力がどれほどの物なのかと。そう考えるだけで笑みを浮かんでしまう程に。
「何だか見たくなって来たわね。貴方が言う、あの子の“真の全力”とやらを」
「では、如何致しますか?」
この後の返答を予想しながらも確認するオッタルに――
「そうねぇ。取り敢えずは相応の相手が必要ね。やり方は全て任せるわ、オッタル」
「畏まりました」
フレイヤは命じた。ベルが全力で戦うに値するモンスターを用意しろと。
美の神からの
ベルの与り知らぬ所で、【フレイヤ・ファミリア】が密かに動き出そうとしていた。
☆
アイズさんとの手合わせを終えた後、一通りの準備をして久しぶりに
上層から中層までのモンスターと久しぶりのように戦闘するも、以前より更に弱く感じていた。モンスター達の動きが一段と遅い。
理由は簡単。アイズさんと実戦同然の手合わせをしていたからだ。あの人のお陰で、少々鈍り気味だった僕の戦闘感覚が元に戻ってきている。
そう考えるだけで感謝しなければならない。【ロキ・ファミリア】の幹部で忙しい筈なのに、あんな朝早くから格下の僕と手合わせしてくれてるし。
因みに遠征が始まるまでの間、アイズさんと朝の手合わせをする事となっている。当然それは僕じゃなく、彼女から言ってきた。僕との手合わせは凄く勉強になるから、色々と経験を積んでおきたいと。
向こうからの頼みに、僕は断る事もなく了承した。一目惚れした女性からが、僕の為に時間を作ってくれるんだから、それに応えなければ男じゃない。尤も、流石に全力を出す訳にはいかないけど。
アイズさんは【ロキ・ファミリア】の幹部なんだけど、裏表が無いから悩む事無くその場で返答出来る。ただ純粋に僕と手合わせしたいと言う思いが伝わっている。本当は他所のファミリアだから、そんな簡単に返事してはいけないんだけど。
前に会ったフィンさんの場合、遠征参加の返答はせずに未だに保留状態だ。別に男だからと言う訳じゃない。あの人もアイズさんと同様、純粋に僕を遠征に参加させたい気持ちで言ったんだろうけど、何だか打算的に聞こえた。僕を遠征に参加させた時、どれだけ戦果を挙げ、どれだけ被害を抑える事が出来るような感じで。
だけど、僕はそれに対して嫌悪感を抱いていない。寧ろ当然の考えだと思っている。あの人は都市最大派閥と呼ばれる【ロキ・ファミリア】を纏める団長だ。
僕が以前までいたオラクル船団は、嘗て
スケールは違うけど、フィンさんもレギアスさんと似たような事をしている。周囲から何を言われようと、ファミリアの今後や団員の身を案じて動いているのだと。本当にそう考えているのかは分からないけど。
とは言え、いくらフィンさんがそう考えたとしても、僕としてはすぐに『はい』と答えられない。それはあくまで【ロキ・ファミリア】の事情に過ぎないから、【ヘスティア・ファミリア】にいる僕としては全く関係無い事なので。
もしも僕がアークスになっていなければ、ここまで深く考える事はしないだろう。オラクル船団でキョクヤ義兄さんや、アークス研修時に色々学んだので今の僕がいる。まぁその分、どうすべきかと色々と悩んでしまうのが難点だけど。
「ん? あれ、モンスターがいない……?」
考え事をしながら戦っている最中、さっきまで多くいた筈のモンスターがいつの間にかいなくなっていた。代わりに地面に大量の魔石が転がっている。
中層モンスターが思っていた以上に弱くて余裕があったので、ついつい考え事をしてしまった。これが僕の悪い癖だと、キョクヤ義兄さんから指摘されている事もある。
「う~ん……。アイズさんと手合わせする時は、考える余裕なんて無いんだけど……ん?」
『ブモォォオオオオオオ!』
そう呟きながら魔石を回収してると、突然背後からミノタウロスらしき雄叫びが聞こえた。
振り向くとソレは持っている武器で僕に向かって振り下ろすも――
『?』
「奇襲をするなら、気配を消して仕掛けるべきだ」
『ッ!?』
ファントムスキルで姿を消した事にミノタウロスが疑問を抱くも、背後から出現した僕はフォルニスレングで斬りかかろうとする。
僕の反撃にミノタウロスは咄嗟に動いたので、斬撃が片腕のみ斬るだけになってしまった。
『ヴォオ!』
「っ! 浅かった!」
予想外の回避によって、僕はすぐに気を引き締める事にする。今までのミノタウロスは僕の攻撃であっと言う間に終わってたから、つい気が緩んでしまっていた。
少し離れたミノタウロスを見ながら、今度は確実に仕留めると構えるも――
『………ッ!』
「え?」
向こうが斬られた腕を片手で押さえたまま、踵を返して奥へと進んでしまった。早い話、逃走したという事だ。
「……ミノタウロスでも逃げるんだ」
余りにも意外な展開に僕は呆然と立ち尽くしてしまう。
ミノタウロスは他のモンスターと違って、不利な状況になろうとも戦い続けていた。例えそれが死ぬような事になろうとも。
けれど、僕が戦っていたのは明らかに違う。あれは勝てないと理解して逃走した。表情も少しばかり怯えていた感じもしていたし。
本当ならすぐに追いかけて倒さなければいけないけど、放っておくことにする。片腕を斬られてしまえば、もうまともに戦う事は出来ない筈だ。
それに……何故か分からないが、ミノタウロスの逃げた方向から危険な存在と思わしき何かを感じる。今の僕では太刀打ちできない何かが。尤も、それはあくまで僕の勘に過ぎないけど。
あっ、早く魔石回収をしないと。ずっと魔石を放置していたら、急に現れたモンスターが食べてしまう可能性があるってエイナさんが言ってた。もしモンスターがソレを食べてしまったら強化種になってしまうって。
僕としては強化種と戦ってみたいけど、貴重な収入源である魔石を失いたくない。生活費として貯めなきゃ、ファミリアを維持する事が出来ないので。
他のモンスターが現れる前に、急いで落ちている大量の魔石を確保しようと行動を開始する事にした。
☆
『ヴゥゥゥゥゥ……!』
ミノタウロスは逃げていた。白い兎と思わしき
多くのモンスターを簡単に屠り続けているのを見て、最初は戸惑っていた。
その時、
だが、攻撃を仕掛けても向こうは慌てる様子を見せなく、再び消えてしまった。奇襲に関する指摘をしながら手痛い反撃を喰らって。
今更ながらも、ミノタウロスは己を恥じていた。
「ほう、かの兎から逃げ
『ッ!?』
逃げている先から、感心するような声が聞こえた。ミノタウロスは思わず止まると、目の前には自分より少し小さき者がいた。腰のところで交差させている二本の大きな双剣を、頭部に猪耳を見せる逞しい体躯の獣人――オッタルが。
「運が良かったか、もしくは……倒す価値が無いと判断して見逃されたか」
『ヴッ!?』
相手が喋っている内容は分からないが、侮辱されたと認識するミノタウロス。そのまま突進し、持っている武器を目の前に振り下ろす。
だがオッタルは迫ってくる目の前の武器に慌てる事無く、片手を前に出して造作もなく受け止めた。
「成程、他のと違ってそれなりの力はあるか。……よし、お前に決めたぞ」
そう言ってオッタルは笑みを浮かべながら、受け止めている武器を握りしめて粉砕した。
『ヴォウッ!?』
得物を破壊された事に怯むミノタウロスは理解した。目の前の相手はさっき戦った
すると、オッタルは腰にある双剣の一つを抜き取り、そのまま放り投げた。
『……ヴォ?』
「かの兎に勝ちたければ、使いこなしてみせろ」
目の前に突き立った大剣にミノタウロスは首を傾げるも、オッタルの発言を聞いて考えを改める。目の前の
恐る恐る手を伸ばし、刺さった大剣の柄をしっかりと握りしめたミノタウロスにオッタルは再度笑みを浮かべる。
(ベル・クラネル、貴様は既にあの御方の寵愛を受けている。この程度の試練ならば問題無い筈だ)
自分からフレイヤを焚き付けた返答をしたのは分かっている。しかしどの道、フレイヤがベルに目を付けている時点で遅かろうが早かろうが、試練を与える事は決定だった。
それ故にオッタルは実行する。神フレイヤからの試練を行う前に、目の前のミノタウロスを極限にまで強くさせようと。
『ヴォオオオオオオオッ!!』
「……ほう、思っていた以上にやる気だな。ならば俺も相応に応えるとしよう」
そして始まった。目の前にいるミノタウロスの役割を全うさせる為、オッタルからの苛烈とも言える教育の時間が。
今回はフレイヤ側メインの話でした。