ベルがアークスなのは間違っているだろうか 作:さすらいの旅人
バベルの最上階。
アイズへの警告、そしてベルの力試しを命じられた【フレイヤ・ファミリア】の眷族の代表――アレン・フローメルが膝を付き、頭を垂れながら報告をしていた。
「驚いたわ。本気では無いとは言え、まさかあの子があなたを退ける程の実力を持っていたなんて……」
「……申し訳ありません」
報告を聞いていた主神フレイヤが心底驚いていた反応に、アレンは己を酷く恥じた。己の情けない姿を、誰よりも敬愛する主神に見せられていた事に。
フレイヤから直々の勅命を受けられた際にアレンは感謝していた。一つは敬愛するフレイヤに任せられた事。そしてもう一つは、現在フレイヤが夢中になっているベル・クラネルを痛めつける機会を得られた感謝を。
オッタルを除く【フレイヤ・ファミリア】の眷族達、と言うより幹部勢はベル・クラネルを心底気に入らなかった。その中でも一番にアレンが激しい嫉妬を抱いている。理由はただ一つだけ。敬愛している主神フレイヤが、ここ最近ずっとベルに寵愛を与え続けているから。
主神の眷族でもないのに、フレイヤからの寵愛を授かるのは万死に値する。それが【フレイヤ・ファミリア】の掟であり、暗黙の了解であった。尤も、それはフレイヤを心の底から敬愛している幹部達が勝手に決めているだけだ。主神フレイヤはそんな事を全く知らないが、例え知っていたとしても気にせず放置しているだろう。
しかし、フレイヤがベルを注目する気持ちは分からなくもなかった。『Lv.1』でありながらも
とは言え、如何に警戒しても主神の寵愛を与えるのは別だった。もし機会があれば、幹部達は即座にベルを会いに行こうとするだろう。少し叩きのめすついでに警告をしておこうと。
アレンが内心ベルを少しばかり痛めつけようとした結果、無様な姿をフレイヤに見せる事になってしまった。もし自害しろと命じられたら、アレンは何の躊躇いもなく即座に実行しているだろう。それだけにアレンの心情は失意のどん底に近い状態なので。
そんなアレンの心情を知ってか知らずか、フレイヤは彼に手を差し伸べようとする。
「頭を上げなさい、アレン」
「はっ……」
言われた通りにやるアレンに、フレイヤは優しい笑みを見せながら片手を彼の頬に触れる。
「ごめんなさいね。副団長の貴方にこんな雑用みたいな事をさせてしまって」
「い、いえ! そのような事は……!」
いきなり謝罪するフレイヤにアレンは戸惑う。本来なら責められてもおかしくない失態を犯したのに、何故主神が謝るのかは分からなかった。
敬愛する主神の考えに【フレイヤ・ファミリア】は未だに理解出来ていない。それは当然幹部達のアレンやオッタルでさえも。元より、眷族風情が敬愛する主神の深淵な考えを理解するなど烏滸がましいと思っている。
「お詫びと言う程じゃないけれど、暫く私の傍にいてもらえないかしら? オッタルは未だにダンジョンにいるからね」
「っ! ……か、かしこまりました!」
思いもしない事にアレンは歓喜に心を震わせながらも、力強い返事をした。
護衛をする事はお詫びにならないのだが、フレイヤを敬愛しているアレンからすれば最高の褒美であり名誉に等しい。なので舞い上がった心を抑えるのに必死だった。
そんなアレンとは別に、彼の後ろに控えているガリバー兄弟は心底面白くないと言わんばかりの表情だった。
((((あの猫、ベル・クラネルにやられておきながら……!))))
ガリバー四兄弟の心情は揃って同じ事を考えていた。流石は兄弟と言ったところだ。
そして同時に、天国を味わった後に地獄を見せてやると、頭の中でアレンを密かに殺そうと考え始めている。尤も、例えそうなってもアレンはそう簡単に殺されはしないが。
そんなアレンやガリバー兄弟の考えとは別に――
(ああ……楽しみだわ。あの子の輝きを再び私に見せてくれる日が……)
フレイヤはベルの事で頭がいっぱいだった。
目の前にいるアレンやガリバー兄弟、そして多くの眷族達をフレイヤは大事に思っている。
しかし、今の彼女はベルの魂に魅了されているのか、アレンが犯した失態を大して気にも留めていない。それどころか、ベルを本気にさせた事に感謝していた。
そしてこうも考えている。今回の件が終わった後、眷族達には内緒でベルに直接会いに行こうと。今のフレイヤはベルに対する想いがどんどん強くなって、我慢の限界に達する寸前に近い状態なので。
☆
「警告、だと? 確かに、【
「うん」
場所は変わり、【ロキ・ファミリア】の
ベルに全力を出して欲しいと言っていた彼女は、【フレイヤ・ファミリア】の事もあって夕飯は急遽キャンセルにした。その後にベルと別れ、自身の
アイズからの報告にリヴェリアは真面目な表情をしながらも眉を顰め、ある事を話そうとする。
「……実は、気になる情報もある。オッタルが中層に現れて、モンスターを狩っていたのが目撃された」
「
予想外な情報を聞いてアイズが少し目を見開く。
【フレイヤ・ファミリア】の団長、【
「謀を好まない奴の事だ。遠征の障害にはならないだろうと判断したが……少し話が変わってくるな。……………もしやベル・クラネルの件で――」
「リヴェリア、何か言った?」
「いや、何でもない。ただの独り言だ。それでロキ、お前はどう思う?」
最後に呟いたリヴェリアの言葉が聞こえなかったアイズが問うも、何でもないように答えてロキに問う。
彼女に合わせようとロキは、変な体操をしながらも答えようとする。
「まぁ、あのフレイヤの事や。大方何か別の目的があるんやろな。そこまでは分からんけど、少なくともうち等の邪魔はせえへんやろ。けどまぁ、あの色ボケ女神が動くっちゅう事は恐らく……」
「……恐らく、何?」
ロキが珍しく言葉を途切れる事に不思議に思ったアイズは問う。
「アイズたんは気にせんでええ。これはウチの勝手な想像やから」
「……何か隠してない?」
いつものロキらしくない事に訝るアイズだったが――
「ウチが可愛いアイズたんに隠し事なんて……あ、そやアイズたん。隠し事で思い出したけど、何やここ最近朝早くから出掛けとるそうやないか」
「!」
突然の質問に焦り出した。
アイズの表情を見たロキはニンマリとしながら追求しようとする。
「お~、やっぱり出掛けとるのはホンマみたいやな。で? どこに行っとるんや? 良かったらウチに教えてぇな」
「…………報告は終わったから、部屋に戻る」
神に嘘は吐けない事を知っているアイズは、質問には答えず逃走する事にした。内緒にしているベルとの手合わせを知られたくないので。
アイズがそそくさと応接室から出る事に、ロキとリヴェリアは不思議に思いながらも敢えて見過ごした。
「……ロキ、【フレイヤ・ファミリア】が警告をしたと言う事はまさか……」
「ああ、恐らくベル絡みやろうな」
ロキは気付いていた。フレイヤが自分と同じくベル・クラネルに目を付けている事に。
それが判明したのは、先日の
内心面倒な奴に目を付けられたかもしれないと危惧するロキだったが、それでも敢えて気付いていないように振舞っていた。そして
アイズは隠しているつもりだが、ロキやフィン達はもう知っていた。ファミリアに知られないよう密かにベルと手合わせをしている事を。
本来であれば咎めなければいけない。しかし、ロキ達はベルとの繋がりを断ち切りたくないので敢えて見逃している。
そして案の定と言うべきか、アイズがベルとの手合わせしている時に【フレイヤ・ファミリア】が此方に警告をしてきた。アイズから『余計な事をするな』と聞いた時、ロキは『ベル・クラネルに余計なちょっかいを掛けるな』とフレイヤからの警告だと察した。
「どうするつもりなのだ、ロキ? 我々としては、遠征を控えているこの状況で【フレイヤ・ファミリア】と敵対するのは不味いが……」
「一先ずは放置や。いくらあの色ボケ女神でも、今ウチ等と敵対したらタダでは済まん事を分かっとる筈や」
「だといいがな……。フィンとガレスにも報告しておくか」
ロキはフレイヤの思惑に気付いていながらも、敢えて放置しておくことにした。リヴェリアも多少の不安を抱きながらも賛同し、遠征の準備をしているフィン達に会おうと応接室から出ようとする。
今回は【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】側のお話でした。