ベルがアークスなのは間違っているだろうか 作:さすらいの旅人
驚いた。もう何もかもが完全に予想外で本当に驚いた。
この前戦って逃げた筈のミノタウロスが、以前とは比べ物にならない程に強くなってる上に、僕の戦い方を学習していた。それどころか、僕と
それにあの剣技、とてもモンスターの動きとは思えない。まるで誰かの剣技を見て真似ているみたいな感じだ。もしかしてあのミノタウロスは、強い誰かと戦って強くなったんだろうか? そうとしか考えられないぐらい、アイツは物凄く強い。
僕と戦ってるミノタウロスは中層で留まっているモンスターじゃない。あれだけの強さなら、僕がこれから向かおうとしてる下層や深層のモンスターでも充分に通用するだろう。
正直言って、あんなに強いモンスターは
こんな時に不謹慎だけど、全力を出せるモンスターが再び現れた事に少しばかり高揚している。
ついさっきまでやってた
僕が今まで倒してきたダンジョンのモンスター達は、そんな事をする事無く簡単に倒されたから、いつも物足りない感じで終わっていた。もう少し骨のあるモンスターはいないのかと。
けれど、僕と戦っているミノタウロスは違う。
僕の
そして僕はカラベルフォイサラーを翳しながら、詠唱を紡ごうとする。
「
『!』
フォトン励起を利用して攻撃力活性フィールドを生みだす初級の炎属性補助テクニック――シフタで自身の攻撃力を上昇させた。僕がテクニックを発動させた事に、ミノタウロスは少し驚いた様子を見せる。
シフタは僕だけじゃなく、自身の周囲にいる人達にも攻撃力を上げる事が出来る。しかし、今回は僕だけしか戦っていないから、上昇したのは自分のみだ。
「レフィーヤ、今の魔法って……」
「……分かりません。でも、詠唱の内容とベル・クラネルに発動したのを見て……恐らく力を上昇させる魔法、としか」
少し離れたところでは、尋ねるラウルさんにレフィーヤさんが推測を立てていた。彼女の言ってる事は概ね正解だ。
そんな会話を余所に、僕が次の動作に移るのを見たミノタウロスが再び突撃してくる。
『ヴオオオオオオオッ!』
突撃しながら両手で大剣を持ったまま翳しているミノタウロス。端から見れば、迫りくる死の恐怖と言ったところか。
「バカ野郎! 避けないと死ぬぞ!」
叫んでいるクルスさんに僕は気にせず佇んでいると、間合いを詰めたミノタウロスが好機と言わんばかりに大剣を振り下ろそうとする。
引っ掛かったな、ミノタウロス!
「反撃の盾となれ! 零式ナ・バータ!」
『!』
突如、僕の目の前に氷塊が出現した。
だがミノタウロスは、その氷塊ごと僕を叩き切ろうと勢いを殺す事なく大剣を振り下ろす。
しかし――
『ヴギャアアアアアア!』
「「「ええっ!?」」」
大剣が氷塊に接触した瞬間、それは急に砕けてミノタウロスに襲い掛かった。ラウルさん達も驚愕の声をあげている。
零式ナ・バータは唯一のカウンター系のカスタムテクニックであり、氷塊を攻撃したらカウンターが発生する。けれど、このテクニックは凄く燃費の悪いものでもある。
さっきはタイミングよく出したけど、もしあの氷塊をずっと出し続けていたら、僕の体内フォトンはガンガン消費してしまう。だから無駄な消費を抑える為にタイミングを見計らって出現させた。そうすれば、攻撃してる最中にまとめて砕こうとする敵が引っ掛かってくれるので。
因みにカウンターをモロに喰らったミノタウロスは、下半身が
当然、そんな
「凝縮されし闇の風よ 荒れ狂う獣の如き咆哮となれ ナ・ザン!」
『ヴォッ!?』
凝縮した風を操者の前方に生みだす上級の風属性テクニック――ナ・ザンを放った。
ナ・ザンは自分の目前に強烈な風の衝撃波を発生させるものであり、それを受けた
「あ、あのデカいミノタウロスを魔法で吹っ飛ばした、だと……!」
「……えっ~と、因みにレフィーヤはああいう魔法使えるっすか?」
「ラウルさん、それって私に喧嘩売ってます? 売ってますよね? 出来るわけないでしょう!」
驚愕してるクルスさん、何故かレフィーヤさんに問うラウルさん、自棄になって叫ぶレフィーヤさん。
三人の反応を聞きながらも、僕はミノタウロスに意識を向けている。今は粉塵で姿は見えないが、それでもいるのは分かる。
すると、その粉塵と氷柱石の残骸が吹き荒れた。
『ヴヴォォォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!』
言うまでもなく、吹き荒れた原因はミノタウロスだ。今の奴の身体に纏わり付いていた氷は既に無くなっている。
それ以外に、物凄く怒り狂っていた。その証拠に、
余りの響きに、離れているラウルさん達が少し怯んでいた。僕も聞いてて鼓膜に響き、少しばかり表情を歪めるほどだ。
ミノタウロスがあそこまで怒るのは当然と言えば当然かもしれない。僕に攻撃が当たるかと思いきや、零式ラ・バータでカウンターを喰らって凍り付き、更にはナ・ザンで吹っ飛ばされた。そんな目に遭わされて怒らないモンスターはいない。
『フゥーッ、フゥーッ……!? ンブゥゥゥゥゥオオオオオオオオッ!』
怒り狂っている所為か、ミノタウロスは持っている大剣を放り投げた。血迷った行為かと一瞬思ったが、それは大間違いだ。
アイツは目を真っ赤に染めながらも、両手を地面に振り下ろした。
そして両手が地面を踏み締め、頭は低く構えている。臀部の位置は高く保たれ四つん這いになる姿は、猛牛そのものだった。
確かアレは追い込まれたミノタウロスの突撃体勢で、己の最大の
更には進行上の障害物を全て粉砕してのける強力無比なラッシュでもあると。
そんな切り札を出すって事は、さっきのテクニックでかなりのダメージを受けて相当追い込まれているって事か。
ならば此方も切り札を出すとしよう。ファントムタイムを。
だけどその前に、ミノタウロスの動きを止める必要があるな。
そう思いながら僕は咄嗟に、テクニック起点となるタリスを放つ
「雷よ 闇を纏う磁場となれ!」
『! ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』
更に僕が詠唱をした事に気付いたミノタウロスは、テクニックを撃たせまいと勢いよく突っ込んだ。
けれど、ミノタウロスの突撃に詠唱してる僕は動こうとしない事に、ラウルさん達が焦った声を出す。
「何してるんすか、ベルくんッ!」
「詠唱してる場合じゃないだろッ!」
「早く避けなさい、ベル・クラネル!?」
避けろと叫ぶラウルさんとクルスさん、そしてレフィーヤさん。
響き渡る三人の声が加速剤になったように、ミノタウロスの突進が更に早く感じる。
僕とミノタウロスの距離が数
「ゾンディール!」
『ヴッ!? ヴ、ヴ、ヴヴォ!?』
目標を吸い寄せる電磁場を発生させる初級の雷属性補助テクニック――ゾンディールが発動させた。
その瞬間、さっきまで突進していたミノタウロスの体勢がガクンと変わって、タリスに吸い寄せられている。
「「「と、突進を止めたぁ!?」」」
余りにも予想外だったのか、ラウルさん達は揃って同じセリフを言っていた。
ゾンディールは見ての通り、エネミーを吸い寄せる吸引フィールドを発生させる補助テクニック。しかもその吸い込みは相当なもので、ミノタウロスの突進を止めさせるほどだ。
今回はアイゼンフリューゲルのタリスで発動しているが、もしそれを使わなければ僕を中心としてエネミーを吸い寄せる事になる。流石にミノタウロスの突進を受けたくないから、あのタリスを代用として動きを止めさせた。
そしてゾンディールによって吸い寄せられているミノタウロスは、完全に隙だらけとなっている。再び得た好機に僕は――
「闇の混沌にて 重苦に藻掻き蠢く
『~~~~~~~~~~~~~!?』
フォトンを極限まで励起させ、任意の場所に雷の嵐を発生させるカスタムテクニック――零式ゾンデを放った。
以前
エネミーを吸い寄せるゾンディールの電磁場に同じ雷属性テクニックを当てると、一定回数の持続ダメージを発生させるフィールドに変化する特別な仕様がある。攻撃用テクニックに比べれば威力は低いが、それでも充分に有効なテクニックだ。
『ヴ、ヴヴ……ヴオッ! ヴッ…!』
零式ゾンデとゾンディールによる二重テクニックを受けてもミノタウロスは立っている。けれど、アイツの体中からバチバチと電気が纏っているショック状態となっていた。
しかし、僕はまだまだ攻撃を緩めるつもりはない。
「忌まわしき美徳の名をもつ偽善に満ち溢れた光の使徒よ 深淵のふちへ還れ! イル・グランツ!」
フォトンを結晶化し、光の粒を生成後に目標を追尾して炸裂する上級の光属性テクニック――イル・グランツを放った。
カラベルフォイサラーの先端から光が拡散すると、帯状の軌跡を描きながら
『ヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォ!』
ショック状態となって動けなかったミノタウロスが、十発の光弾に直撃した。
この光属性テクニックはキョクヤ義兄さんだったら絶対使わないけど、僕は結構気に入っている。その為、詠唱は僕のオリジナルだ。
以前キョクヤ義兄さんに披露したんだけど――
『ふんっ、下らん。俺の半身であり、暗黒の闇を照らすお前が、下らぬ光に現を抜かすとは。だが……光の使徒が偽善であるのは確かだな』
痛烈な辛口コメントを頂くも、理に適った詠唱であると評価してくれた。
「……クルス、ベルくんってここまでで何回魔法を使ったっすか?」
「六回、だな。しかも全部見た事の無い魔法ばかりだが……魔導士のレフィーヤとしてはどう見る?」
「もうやだ、あのヒューマン。一体どれだけ魔法の常識を壊してるんですか……!」
何かラウルさん達が疲れ切ったような会話をしてるような気がするけど、一先ずは気にしないでおこう。
「ミノタウロス! これで最後だ!」
瀕死状態で動けなくなっているミノタウロスに、僕は最後の一撃としてファントムタイムを発動させた。当然、ファントムタイムフィニッシュを使う為に。今回は
「汝、その
最後の詠唱をした直後、ミノタウロスの頭上から複数のフォトンの柱が降り注ぐ。
『ガッ! グッ! ゴッ……ォオオオオオオオオッ!』
降り注ぐフォトンの柱によって悲鳴を上げるミノタウロスだが、もう既に何も出来なく、ただ受け続けるばかりだ。
そして、最後に最大出力のフォトンの柱が落ちると――
『――――――――――――――――――――――――ッッ!?』
凄まじい断末魔が炸裂し、ミノタウロスは消滅する。
対象はいなくなったが、巨大な魔石の他に、角と思われるドロップアイテムが落ちていた。
「えっと……か、勝っちゃったっすね」
「……ああ。勝っちまったな。最後は途轍もない強力な魔法で……」
「………何か私、もう魔導士としてやっていく自信が……」
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バベルの最上階にて、再び『鏡』を使って見ていたフレイヤは感嘆していた。
「……成程、あれがオッタルの言っていた真の全力なのね。確かに素晴らしいわ」
ベルが以前戦った
それどころか、オッタルの特訓によって強化種となったミノタウロスを相手に圧勝した。
「でも、やっぱりミノタウロス程度では無理だったみたいね。だってあの子、まだ全力を出し切っていなかったもの……」
『鏡』に映っているベルの表情はやりきったと言う様子を見せないどころか、まだまだ余力を残しているとフレイヤは見抜いた。その証拠に、以前の気高く美しい魂の輝きを発さなかったから。
別にベルが悪い訳でもないし、特訓を施したオッタルにも一切の非はない。悪いのは
「本当ならまだまだ見たいところだけど……流石にこれ以上は無理ね」
そう言いながらフレイヤが『鏡』に視線を外した途端、映っている筈のベルの姿が消えた。
実はこの女神、天界へ強制送還寸前の危険な状態だった。
フレイヤが使っていた『鏡』は本来、催し以外の私的な流用は固く禁じられている。露見すれば即刻天界へ強制送還となる。
それでもフレイヤは、あの手この手を使って『鏡』の使用許可を貰い、何とかベルの戦闘を見ていたのだ。
だが、もう彼女は今後『鏡』を使う事は出来なくなった。これ以上使えば、本当に天界へ強制送還されてしまうので。
「それにしても、まさかあの子がロキのところへ行くなんて……」
ベルが【ロキ・ファミリア】の遠征に参加すると聞いた時、フレイヤは不機嫌となった。自分が目を付けていた
「うふふっ。ロキ、今回はあの子に戦いの機会を与えてくれたから見逃してあげるわ。けれど……あの子は私のモノよ。貴方なんかに絶対渡さないわ」
もしも万が一ベルが【ロキ・ファミリア】に
フレイヤはそれだけベルに惚れ込み、自分の傍にずっと置いておきたい大事な存在と見ているから。尤も、当の本人は全く気付いていないが。
今回出した詠唱は以前出したのを抜かして
「
「反撃の盾となれ 零式ナ・バータ」
「凝縮されし闇の風よ 荒れ狂う獣の如き咆哮となれ ナ・ザン」
「雷よ 闇を纏う磁場となれ ゾンディール」
「忌まわしき美徳の名をもつ偽善に満ち溢れた光の使徒よ 深淵のふちへ還れ イル・グランツ」
「汝、その諷意なる暗黒の中で闇の安息を得るだろう 永遠に虚無の彼方へと儚く 《
計六つでした。
最後のはヴァルキリープロファイルを知っている人でしたら分かる詠唱です。