ベルがアークスなのは間違っているだろうか   作:さすらいの旅人

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ロキ・ファミリアの遠征⑯

「ベルくん、自分は改めて君がとんでもなく規格外な強さだって知ったっすよ」

 

「そうですか? 僕としては、『Lv.4』で経験豊富なラウルさんやアキさんに比べたら大した事ないかと」

 

「ちょっとベル、それ私たちに喧嘩売ってるのかしら?」

 

「え? あ、いや、アキさん。別にそんなつもりで言ったんじゃ……」

 

「うう……。ベル君は私より強いのに、一人で怪我をした人達を一瞬で治すって……。ベル君から見たら、私って役立たずな治療師(ヒーラー)だよね?」

 

「いやいやリーネさん! 僕はそんな風に思ってませんから!」

 

 18階層から『深層』へ向かって六日後。僕を含めた【ロキ・ファミリア】はダンジョン50階層へ辿り着いて、ラウルさん達と一緒に話ながら野営の準備に取り掛かっていた。

 

 50階層はモンスターが生まれない安全階層(セーフティポイント)で、灰色に染まった木々の群れが周囲を埋め尽くしている。僕達は樹林を見晴らせる巨大な岩の上にいて、此処が野営や休息(レスト)には絶好の場所だとラウルさんが教えてくれた。

 

 この六日の間に色々な事を知る事が出来た。中層の19階層~24階層の『大樹の迷宮』。下層の25階層~27階層の『巨蒼の滝(グレートフォール)』に『水の迷都(みやこ)』。深層の37階層の『白宮殿(ホワイトパレス)』と『闘技場(コロシアム)』。深層49階層の『大荒野(モイトラ)』。現段階で僕がギルドの講習で得られない情報が盛りだくさんだった。僕が事前に持ってきたメモ用の冊子(ノート)でペンで多くの情報を書き記している姿勢にラウルさんだけでなく、主要幹部のフィンさん達から感心された。因みに僕が持っている携帯端末で、ダンジョンのマップを記録している事は内緒である。

 

 情報を得ている僕は当然のこと、椿さんたち【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師達も50階層に来るのが初めてらしい。その中で一番はしゃいでいたのは椿さんだった。

 

 レアモンスターを発見しては武器素材(ドロップアイテム)を狙おうと一人部隊から外れるだけでなく、更には情報をメモしている僕も無理矢理連れて一緒にやろうと付き合わされた。まぁ、僕としては未知のモンスターによる戦闘経験を得れたので、却って好都合だった。何度もやった事で椿さんは散々注意されるも全然懲りてなく、リヴェリアさんに杖で殴られて漸く大人しくなった。因みに僕は椿さんに無理矢理連れて行かれたと言う事もあって、一切咎められなかった。その代わり、ティオナさんがずっと僕の傍にいる事になったけど。僕を勝手に連れて行こうとする椿さんに対する威嚇として。

 

 それはそれとして、18階層以下のモンスターはそれなりに強かった。僕が今まで戦った中層モンスターと違って()()しぶとくて、変わった特殊能力を持ったのも何体かいた。椿さんに連れて来られた時、24階層の『大樹の迷宮』にいた木竜(グリーンドラゴン)とも戦った。レアアイテムの宝石樹を守っているモンスターで、ゴライアスと同じく『Lv.4』に匹敵する階層主最強のモンスターらしい。それを聞いた僕は奇襲を仕掛けようと、寝ている時に(七回連続の)イル・バータで頭ごと凍らせた後、呼吸出来ないまま苦しんでいる木竜(グリーンドラゴン)に太刀を装備してる椿さんが追い打ちをかけて一気に倒した。椿さんから、『いつもだったら少し梃子摺る相手だが、今回は拍子抜けするほど簡単に倒せた』と少し複雑そうに言った後、宝石樹を僕に渡してくれた。手伝ってくれたお礼であり、自分が求めていた物じゃないからあげると。

 

 他にも、僕が木竜(グリーンドラゴン)や下層や深層のモンスター相手でも戦える事を知った幹部のアイズさん達が、何故か積極的にモンスターを撃破していた。本来であれば、この遠征中に余程の異常事態(イレギュラー)が起きない限り、幹部以下の団員達が成長目的としてメインで戦う事が【ロキ・ファミリア】の方針になっているようだ。しかし、その方針を無視するように幹部勢のアイズさん達が戦っていた。他にもラウルさんやクルスさん、更には魔法で援護しようとレフィーヤさんも頑張っていた事に、フィンさんやリヴェリアさんが感心しながら見守っていた。

 

 この世界に来て最大の刺激とも言えるダンジョンの遠征だけど、50階層に来ても【ロキ・ファミリア】にとってはまだ通過点に過ぎない。本番は明日予定してる51階層以下の進攻(アタック)だ。【ロキ・ファミリア】の遠征目的は、未到達領域のダンジョン59階層へ目指す事なので。

 

 聞いた話じゃ51階層からはサポーターと言えど最低限の能力を持った者でなければ連れて行けないそうだ。パーティの身軽さを重視する為に、【ファミリア】の精鋭達で進むと。僕も行ってみたい気持ちはあるけど、残念ながら無理だ。他の『Lv.2』の冒険者より()()の実力があるからと言っても、未だ一ヵ月半しか経ってない新人冒険者の僕が同行出来る訳がない。なので僕が以降にやる事は、精鋭のパーティで51階層以降に進むフィンさん達の帰りを待つ間、キャンプに残ってモンスターが出現した時の防衛する事だ。

 

 僕はそう思いながら野営地の設置を終えた後、ラウルさん達と一緒に食事を始める。しかし、後でフィンさんからとんでもない発言を聞いた事に仰天するのを、この時の僕は知らずに食事を楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待って下さい、フィンさん! ぼ、ぼ、僕も参加って本気ですか!?」

 

 食事を終えて、最後の打ち合わせでフィンさんが51階層へ進攻(アタック)を仕掛けるメンバーを発表した中で、最後に(ベル)の名前が入っていた。

 

 余りの事に驚いたのは僕だけじゃなく、この場にいる【ロキ・ファミリア】の団員や【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師達も同様の反応を示している。

 

「ああ、本気だよ。君には一隊(パーティ)治療師(ヒーラー)として、僕達に同行してもらう」

 

「いやいやいや! 無理ですってば! 僕はまだ『Lv.2』になったばかりですし、皆さんの足を引っ張るだけの未熟者で――」

 

「ベル、この50階層へ来るまでの間、『Lv.2』の未熟な君がどれだけ凄い事をしたと思ってるんだい?」

 

「え?」

 

 僕がキョトンとしてる中、フィンさんは淡々と此処へ来るまでの経緯を話す。

 

 無理矢理連れて行かれた椿さんと二人で木竜(グリーンドラゴン)と戦って完勝。下層や深層のモンスターと戦っても無傷で撃破。モンスターとの戦闘による複数の怪我人を、一度の治療魔法だけで即座に完全回復。モンスターの奇襲に慌てる事無く数々の魔法で一掃。

 

 などと、まるで僕のやって来た事が偉業みたいに言うフィンさんに、聞いていた椿さんだけでなく、アイズさんやティオナさんもうんうんと頷いてる。他の人達は何も言い返さないどころか、ただ苦笑いをしているだけだった。

 

「いやいや、それ位でしたら、【ロキ・ファミリア】の皆さんでも容易く出来るんじゃ――」

 

『出来るか!!』

 

「ひっ!」

 

 僕が言ってる最中、幹部勢を除く【ロキ・ファミリア】の団員達から一斉に揃って同じ台詞を叫んだ。

 

「おいクラネル! お前、それ俺達に対する嫌味か!? 嫌味だよな!?」

 

「ちょ、ク、クルスさん!?」

 

 クルスさんが僕に詰め寄り――

 

「貴方、自分がどれだけ非常識な事をしてるか分かってないでしょ!?」

 

「ちょっとエルフィさん! お、落ち着いて!」

 

 エルフィさんが何故かキレながら言って――

 

「魔法を何度も平然と使ってるのを見て、未だに精神疲弊(マインドダウン)になってないのはどう言う事ですか!?」

 

「何でアリシアさんまで!?」

 

 アリシアさんが嫉妬染みた感じで叫び――

 

『ちったぁ自覚しやがれ! この歩く非常識が!』

 

「ちょっと皆さん! それは余りにも酷くないですか!?」

 

 更には他の団員達から不名誉な罵倒をされる始末だった。

 

 結局のところ【ロキ・ファミリア】の団員達は、僕が51階層の一隊(パーティ)参加に多少の不満はあっても納得していたようだ。因みにベートさんは思うところはありそうな感じだけど、舌打ちだけで済ませていた。

 

「そう言う訳だからベル、君も参加だからよろしく頼むよ」

 

 そして周囲の罵倒を無視するようにフィンさんが、僕に参加するように言ってきた。

 

 ………僕に拒否権はないだろうか?

 

「あの、フィンさん。もしも此処で僕が拒否したら、どうなりますか?」

 

 念の為に断った時の選択肢を確認するも――

 

「ンー……そうなった場合は――」

 

「おい、ベル・クラネル。てめえ、団長に恥を掻かせる気じゃねぇだろうな?」

 

「謹んで参加します!」

 

 ティオネさんが指の骨をポキポキと鳴らして睨んできたので、それに負けた僕は参加する事にした。

 

 

 

 

 

 

 打ち合わせが終わり、解散した僕は皆に気付かれないよう気配を消して、キャンプから少し離れた所でボーっとしていた。

 

「はぁっ……。てっきりキャンプの防衛だと思ってたのに」

 

 そう呟きながら天井を見上げている僕。

 

 僕が【ロキ・ファミリア】の遠征に参加したのは、ダンジョンに関する知識と経験を得る為だ。彼等に協力しながらも、知識は冊子に書き記し、下層以下のモンスターとの戦闘経験も充分に得ている。なので僕の目的は約七~八割ほど達成させている。残りはキャンプの防衛に徹した後、地上に戻る計画(プラン)だった。

 

 しかし、フィンさんが予想外な発言をした為に、僕の計画(プラン)は大きく狂う事となってしまった。まさか僕も51階層の進攻(アタック)に参加なんて、誰が予想していただろうか。

 

 いくら【ロキ・ファミリア】団長フィンさんが決めたからって、未だ新人冒険者である僕に重要な役割を任せるだなんて常軌を逸している。普通に考えて、僕よりレベルが高くてダンジョン経験豊富な人を選ぶべきだ。フィンさんは一体何を考えているんだろうか?

 

 まさかとは思うけど、僕を【ロキ・ファミリア】に改宗(コンバージョン)させる為の算段とか。……いや、それはないか。もしあの人が、そんな下心があって僕を遠征に誘ったなら、『黄昏の館』の時に同行した神様が嘘を見抜いていた筈だ。でもあの人が話した内容に、神様は嘘を吐いてないと判断して、何の疑問も抱かないで話していた。

 

 そう考えると、フィンさんは純粋に僕の力を頼りにしていると言う事になる。だとしても、やっぱりフィンさんの考えは常軌を逸してる。いや、余りにも柔軟過ぎると言った方が正しいか。

 

 まぁ、今はこんな事を考えたって仕方ない。僕が一隊(パーティ)に選ばれた以上は――

 

「やっと見つけたぁ!」

 

「おわっ!」

 

 突然、聞き覚えのある声と共に誰かが僕の背中に張り付いてきた。前のめりになるが、僕は何とか踏ん張って倒れずに済んだ。

 

 こんな事をする犯人が分かっていた僕は、振り向かずにこう言う。

 

「ティオナさん、もういきなり抱き着くのは止めてくれませんか?」

 

「何さ~、アルゴノゥト君が勝手にいなくなったじゃん。あたしは悪くないよ~」

 

 僕が勝手にいなくなった事が悪いと言い返すティオナさんに少し反論出来なかった。確かに何も言わないでいなくなった僕が悪いだろう。けれど、だからと言って急に抱き着かれるのは勘弁して欲しい。

 

「わ、分かりましたから、取り敢えず離れて下さい。その手に持ってる大剣が怖いんで」

 

 ティオナさんが手にしてる大剣を見ながら僕は言う。

 

 彼女の持ってる武器は、打ち合わせの時に椿さんが用意した『不壊属性(デュランダル)』と言う属性を持った武器の内の一つだ。文字通り壊れない武器だが、激しい戦闘を続けると切れ味と言う攻撃力が低下するそうだ。

 

 他にもフィンさんは長槍、ガレスさんは大戦斧、ベートさんは双剣、ティオネさんは斧槍(ハルバード)と、計五つの武器を椿さんが作成したらしい。

 

 因みに椿さんが用意した武器の説明をしてる最中に――

 

『手前としては、お主の持ってる武器と比べてみたいのう。特に炎を形にした刀と、戦争遊戯(ウォーゲーム)で使っていた魔剣、あと「呪斬ガエン」と言う大変興味深い魔剣の性能を』

 

 僕の方を見ながらそう言ってきた。如何にも僕の武器を見たいと言う魂胆が見え見えだったが、フィンさんが注意した事で事無きを得た。

 

 すると、渋々僕から離れてくれたティオナさんが言ってくる。

 

「アルゴノゥト君ってさ、何か不思議だよね~」

 

「? 不思議って、何がですか?」

 

「これから51階層に行く事になっても落ち着いてるよね? あたしが言うのはなんだけど、アルゴノゥト君は全然緊張してない感じがする」

 

「そんな事はないですよ。今も凄く緊張してますから」

 

 初めて行う深層の進攻に緊張はしている。けれど、アークスは常に冷静になるようにと教わっているから、それを表面上に出していないに過ぎない。

 

「と言うか、ティオナさんは休まなくていいんですか? フィンさんから言われた筈ですよね?」

 

「いやー、今じっとしてられないんだ。こう……体が昂っちゃってるんだよね。アルゴノゥト君に抱き着けば落ち着くかなーと思って」

 

 抱き着くにしても、急にやるのだけは勘弁して欲しい……と言っても、今のティオナさんには無駄か。

 

「じゃあ、もう落ち着きましたか?」

 

「全然。大好きなアルゴノゥト君に抱き着いちゃったら、もっと昂っちゃった!」

 

「それって逆効果じゃないですか!?」

 

「だからさ、ちょっとあたしと手合わせしてくれないかな?」

 

「へ?」

 

 思いも寄らないティオナさんの発言に、僕は思わず素っ頓狂な声を出す。

 

「少し体を動かしたいんだよね。それにこの武器を少しでも馴染ませたいんだ」

 

「いや、何も僕と手合わせするより、他の人がいいんじゃないですか?」

 

「ううん、アルゴノゥト君がいい。それとも、あたしと相手するのは嫌?」

 

「………はぁっ。分かりました」

 

 ティオナさんからのお願いに僕はどうしようかと悩んだが、女の子からのお願いを無下にする訳にはいかないので了承する事にした。

 

 その直後、僕は片腕を伸ばして、電子アイテムボックスに収納している物を展開させる。

 

「え!? ちょっとアルゴノゥト君、いまどこから出したの!?」

 

「それは企業秘密です」

 

 驚くティオナさんに僕はそう言い返しながら、武器の柄を握りしめる。

 

 僕が展開した武器はファントム用の武器じゃなく、銃剣(ガンスラッシュ)でもない。無骨な大剣(ソード)だ。

 

 これは中層で戦ったミノタウロスが使っていた武器で、倒した後に僕が回収した。休息(レスト)の時、椿さんに頼んで整備してもらったが、切れ味と強度を完全に戻すにはかなりの時間が必要らしい。今は綺麗になってるけど、あくまで応急処置程度しか修復されていない。椿さんみたいな有名な鍛冶師に頼むのは非常に図々しいけど、無理矢理付き合わされた件もあって無料(タダ)でやってくれた。

 

 椿さんから、『本格的な整備をしない限り、使い物にならない大剣』と言われている。この大剣(ソード)の切れ味はかなり落ちており、攻撃力が殆ど無い頑丈な大剣(ソード)だそうだ。

 

 ティオナさんとの手合わせには丁度良い武器なので、そこまでの心配はない。

 

「ではティオナさん。ほんの少しの間だけですが、始めましょうか」

 

「うん! 行っくよー!」

 

 僕が構えた事により、ティオナさんも質問を止めて自身の武器を持ち構える。

 

 大剣(ソード)を使うのは久しぶりだな。近接戦闘の基本を学ぶ為に、最初はハンタークラスで大剣(ソード)を振るっていた時を思い出す。

 

「やぁっ!」

 

「ふっ!」

 

 勢いよく大剣を振り下ろすティオナさんに対し、僕は大剣(ソード)を真横へ振りきる。

 

 お互いの武器がぶつかった瞬間、激しい激突音が響く。

 

「おわっ!」

 

「と、とととっ!」

 

 お互いに大剣を力強く振って激突した所為か、余りの衝撃に僕とティオナさんがそれに負けるようにバランスを崩しながら後退する。

 

「へぇ、アルゴノゥト君って『Lv.2』の筈なのに凄い力だね。あたしが押されるなんて思ってもみなかったよ」

 

「あはは……それはどうも」

 

 涼しい顔で言うティオナさんに対し、僕は少しばかり手が痺れていた。

 

 前衛の戦士タイプで『Lv.5』のティオナさん相手に力で挑むのは自殺行為に等しい。しかし、これは単なる軽い手合わせで殺し合いじゃないから、敢えて力で挑んでみた。

 

 思った通りと言うべきか、やはり力はアイズさんより上だ。あの人は僕と同じく技とスピードを主体で戦うけど、ティオナさんは力を主体としている。ファントムクラスの僕がティオナさんに力で挑む事が間違っている。

 

 だけど、ハンタークラスの経験があった為に、そこまで押されたりはしない。この人相手に一切の小細工は抜きで、ひたすら力勝負で挑ませてもらう!

 

「今度は僕から行きますよ、ティオナさん!」

 

「いいよ! 思いっきり来て!」

 

 僕とティオナさんは純粋な力勝負をしようと、何度も何度も大剣を振るい、大きな激突音を響かせる。

 

 手合わせが五分近くやっていると――

 

「お主等、いつまでやっておる!? さっさと休まんか!」

 

 激突音を聞きつけたガレスさんがやってきて、速攻で注意されてしまった。

 

 因みに戻ろうとする際、ティオナさんが僕と一緒に寝ようと言ってきたが、丁重に断りながら自分が宛がわれてる天幕へと向かう。

 

 

 

 

 

「調子に乗るな」

 

「あだっ!!」

 

 天幕のカーテンを開けた瞬間、何故かラウルさんがリヴェリアさんに杖で頭を殴られていた。

 

 ……えっと、これは一体どう言う事?

 

 笑い声が広まってる天幕に入りながらも、状況が掴めてない僕は首を傾げている。

 

 その直後、僕が入って来た事に気付いたのか、ラウルさんが此方に視線を送ってきた。

 

「ああ、ベルくん。戻って来たっすね。今までどこに行ってたんすか?」

 

 ラウルさんの台詞に反応したように、天幕にいる人達も一斉に僕を見てくる。

 

「いや、僕としては何でラウルさんがリヴェリアさんに殴られていたのかが気になるんですが」

 

「気にするな、ベル。この馬鹿者が調子に乗った発言をしたので、私が灸を据えただけだ」

 

「はぁ……」

 

 リヴェリアさんが軽く説明してくれるが、それでも全く掴めない為に未だ分からないままだった。

 

 すると、僕の様子に何か思うところがあったのか、リヴェリアさんは僕に問おうとする。

 

「見たところお前は緊張していないようだが、大丈夫か?」

 

「はい。ついさっきティオナさんと一緒でしたが、あの人のお陰である程度(ほぐ)れました。なので明日は精一杯頑張ります」

 

「そうか。それは何よりだ」

 

 僕の返答に満足そうな表情をするリヴェリアさんだが――

 

「ラウル、ベルがこんなに頼もしい事を言ってるぞ。ここは先達としての威厳を見せるべきではないか?」

 

「うぐっ!」

 

 何故かラウルさんに容赦のない言葉を浴びせていた。当の本人はグサッと何かが刺さったように胸を押さえている。

 

 見てて気の毒に思った彼に、僕は近付いて話しかける。

 

「えっと、ラウルさん。良かったら治療魔法(アンティ)でもかけましょうか?」

 

 僕がテクニックの名称を言った途端、リヴェリアさんがピクリと反応していたが気にしないようにする。

 

「うう……ベルくんの優しさが染み渡るっす。でもその魔法って確か、酔いや毒などを治す魔法っすよね? 自分は普通に健康だから必要ないっすよ」

 

「ああ、それはですね。治療魔法(アンティ)は状態異常の他にも治してくれる効力があるんですよ」

 

「その効力とは一体何なのだ?」

 

 僕がラウルさんに教えてると、リヴェリアさんが会話に割って入るように質問してきた。

 

 気のせいだろうか。この人の目が途端に変わった感じがするんだけど……。

 

 確か僕のテクニックに凄く興味津々だとフィンさんが言ってたけど、本当のようだ。

 

 まぁ、アンティはそこまで凄いものじゃないので、ここは一つ軽く教えるとしよう。

 

「口で説明するより体験した方が分かります。では早速……ゴホンッ。浄化せよ、アンティ」

 

 僕がアンティを使うと、柔らかく淡い光が僕とラウルさんとリヴェリアさんを包み込む。今回はノンチャージで放ったから、範囲はそこまで広くない。

 

「? 見たところ、何も変わってないようだが。ラウル、お前はどうだ?」

 

「自分もっす。ベルくん、さっきの治療魔法で一体何が治ったんすか?」

 

 リヴェリアさんとラウルさんが全く気付いていないみたいなので、僕は答えを教えようと自身の服装を指す。

 

「ラウルさん、ちょっと自分の服の臭いを嗅いでみてくれませんか?」

 

「服の臭いを嗅ぐ? そんなの普通に………あれ? 臭いが無くなってるっす!」

 

「!」

 

 ラウルさんの台詞に、リヴェリアさんもすぐに自身の身の回りを確認しようとする。

 

「た、確かに。私もそれなりに手入れをしてある程度は消臭してるが……完全になくなって、地上にいる時と全く同じだ!」

 

『ええ!?』

 

 確認したリヴェリアさんが驚愕しながら言うと、今度は周囲にいる女性団員達が驚きの声を発していた。

 

「ベル、まさかあの治療魔法は……!」

 

「お察しの通りです。僕のアンティは状態異常を治す他に、身体を健康な状態へと引き戻す為に嫌な臭いも取り払ってくれるんです。なので今の僕達三人の身体と服は、清潔な状態に戻っています」

 

「も、もしや、お前が今まで水浴びをしなくても全然臭わなかったのは……」

 

「はい。アンティを使って常に清潔な状態でしたので、そんな必要は全くありませんでした。流石にダンジョン内で裸になるのは抵抗があったので……」

 

 少し恥ずかしそうに答える僕に、リヴェリアさんだけでなく周囲の女性団員達も呆然としていました。

 

 因みにアンティは便利なテクニックだけど、地上では使っていない。ちゃんと本拠地(ホーム)のシャワーで身体を清めてる。いくら僕でもお風呂に入りたいし、シャワーも浴びたいので。

 

「以上が治療魔法(アンティ)についての説明です。って事で、僕は明日に備えて休みますから――」

 

「ちょっと待ちなさい」

 

 僕が寝る為の準備をしてると、突然アキさんがガシッと僕の両肩を掴んできた。

 

「え? な、何ですか、アキさん? 僕はもう休むんですが……」

 

「ねぇベル、ちょっと確認させて。君は治療魔法で常に清潔な状態みたいだけど、私達と話してる時……やっぱり今も臭ってるのかしら?」

 

「え゛……」

 

 アキさんの質問に僕は固まってしまった。それに答えてしまったら、僕はアキさんや他の女性達を傷付けてしまう事になるので。

 

「あ、いや、それは、その……」 

 

「自分でも非常に答え辛い質問をしてるのは重々承知してるわ。だけど本当の事を言って。私は絶対に怒らないから。貴女達も当然怒らないわよね?」

 

 アキさんが周囲に確認をすると、リヴェリアさんを除く女性団員達は一斉に頷いていた。

 

「さぁベル、確認を取ったから教えて」

 

「えっと……」

 

「お・し・え・て」

 

 有無を言わさないアキさんの迫力に僕は負けてしまい――

 

「………は、はい。皆さんが水浴びをしても……僕と違って、それなりに臭っていました」

 

『~~~~~~~~~~~~!』

 

 思ったままの返答をした直後、アキさんたち女性団員達が一斉に頬を赤らめていた。熟れたトマトみたいに。

 

 そして――

 

「ベル~~~~~~~~!! アンタどうしてそんな(女性にとって)重要な魔法を私達に今まで黙ってたのよぉぉおおおおおお!!??」

 

「わ! ご、ごめ、ん、なさ、いぃぃ……!」

 

 アキさんが爆発したように叫びながら、僕を思いっきり前後にガクガクと揺すってきた。それによって僕は言葉が繋がらず、片言みたいになっている。

 

 彼女だけでなく、他の女性団員達も一斉に僕へ詰め寄ってくる。

 

「自分だけ常に清潔だなんてズルいわよ!」

 

「私達がどれだけ体臭に気を遣ってたのを知らないで!」

 

「今すぐにその魔法を私たちにもかけて下さい!」

 

「その魔法は一体どうやって習得するの!?」

 

「お金はいくらでも出すから教えて!」

 

「ちょ! み、みな、さん! ど、どうか、お、おち、ついて、くだ、さい!」

 

 アキさんに思いっきり揺すられ、他の女性団員達からの詰問に僕は完全パニックだった。

 

 ラウルさん達も黙って見てないで下さいよぉぉ! と言うか誰か助けてぇぇぇぇぇ!!!! 

 

 そして数分後、騒ぎを聞きつけた団長のフィンさんが来てくれたお陰で、何とか収まった。

 

 加えて、フィンさんから自分の所で休むと良いと言われたので、僕は喜んで団長用の天幕へと移動したのは言うまでもない。




最後辺りは完全ギャグとなってしまいました。

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