ベルがアークスなのは間違っているだろうか   作:さすらいの旅人

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久々の更新です!


異常事態(イレギュラー)

 遠征で未到達領域59階層に辿り着き、そこで遭遇した女体型――改め『穢れた精霊』こと『精霊の分身(デミ・スピリット)』を撃破。これにより【ロキ・ファミリア】の目的は見事に達成された。

 

 そしてダンジョン50階層で休息を取った翌日、団長のフィンさんからの指示により、野営地(キャンプ)を解体して即時帰還行動に移った。まるで急いで戻る必要があるみたいに。

 

 そこまでする事に疑問を抱きつつも、僕は指示通りに動いて行動していた。その際、帰還中に後方支援の治療師(ヒーラー)として活動するようにとフィンさんから言われている。

 

 フィンさん達はもう僕の力をある程度理解している筈なのに、何故また後方支援に移るのかと思わず訊いた。フィンさん曰く『(ベル)がこれ以上頑張り過ぎると、団員達の士気が下がりかねない』だそうだ。それと余程の異常事態(イレギュラー)が起きない限り、極力僕は戦闘に参加させないつもりらしい。

 

 自分だけ楽をする訳にはいかないと反論するも、治療師(ヒーラー)も充分に重要な役目だと言われたので、僕は渋々了承した。まだまだ充分に戦えるけど、遠征に飛び入り参加した僕が我儘を言う権利は無いので。

 

 後方の僕と違って、前衛メインのアイズさんたち第一級冒険者達は前面に出ている。ティオナさんが僕と一緒に戦いたいと言ってたけど、そこをフィンさんからダメと反対されて不満顔になっていたのは言うまでもない。

 

 更には僕と一緒に行動している筈のラウルさんも前面に配置されている。第二級冒険者のクルスさん達もだ。

 

『ベル君には色々と助けられたから、今度は第二級冒険者(じぶん)達が頑張る番っす』

 

『お前はゆっくり休んでおけ、クラネル』

 

『後輩にばかり良い顔をさせる訳にはいかないからね』

 

『後は私達に任せて下さい』

 

 ラウルさん、クルスさん、ナルヴィさん、アリシアさんがそれぞれ僕にそう言った後、意気揚々と前面に向かっていった。頼もしい先輩達の言葉に思わず、【ロキ・ファミリア】に入団したかったのは内緒だ。

 

 しかし、僕としてはやはり前面に配置して欲しかったと今でも思っている。

 

 何故なら――

 

「なぁなぁベル・クラネル、一時で良いからお主の魔剣を貸してくれぬか?」

 

「お断りします」

 

 ずっと椿さんに付き纏われて、僕の抜剣(カタナ)を貸して欲しいと何度もせがまれているから。

 

 何度断っても、再びせがんでくる事に少々参っていた。それを見たフィンさん達が諫めてくれるけど、椿さんはいなくなった隙を狙ってくるからなぁ。

 

 深層から下層に進んでいる今もこれだから、この先も同じ事が続くのを考えると頭が痛くなる。

 

「そこを何とか頼む。無論、無料(タダ)で貸してくれとは言わぬ。手前が作った武器を代用品として用意するつもりでいる」

 

「いくら最高鍛冶師(マスター・スミス)の椿さんでも、ダメなものはダメです。愛用してる武器を、そう簡単に貸せませんから」

 

「ほう。では何故あの時リヴェリアに貸したのだ? あの杖も愛用してる武器の一つであろう?」

 

「そ、それは……」

 

 痛い所を突いてくる椿さんに思わず口ごもってしまった。

 

 リヴェリアさんに貸した長杖(ロッド)――ゼイネシスクラッチは嘗て僕がフォースクラスで使っていたけど、ファントムクラスになった今はお蔵入りとなっている。前にも言った通り使おうと思えば使えるけど、キョクヤ義兄さんから僕の暗黒(やみ)を妨げる武器は極力使うなと言われているので。

 

 まぁ、ゼイネシスクラッチ以外にもお蔵入りしてる武器はいくつかある。それ等を椿さんに貸せば問題はない。だけど、ラウルさんが僕にコッソリとある事を教えてくれた。あの人は僕の武器を無断で借りようとしているって。その内容を聞いた瞬間、僕は絶対に貸さないと決めた。もしも貸してしまえば最後、二度と僕の元に戻らなくなってしまう可能性があると。

 

 因みに椿さんだけでなく、ティオナさんやアイズさんにも武器を貸して欲しいとせがまれていた。そこはフィンさんが窘めてくれたから、何とか事無きを得ている。それでも時折お願いするような仕草をする事はあるけど。

 

 お願いと言えば、リヴェリアさんも同様だった。『精霊の分身(デミ・スピリット)』を倒した後に何とかゼイネシスクラッチを返してもらったけど、あの顔を見た限りでは今も未練があると思う。途中で自分の杖を見た後、チラッと僕を見てる事が何度もあったので。

 

「と、とにかく、ダメなものはダメです。と言うか椿さん、ご自分の持ち場を離れて良いんですか?」

 

 僕がいる後方部隊の更に後ろに、【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師(スミス)達がいる。椿さんを含めた彼等も戦えるけど、武器の整備メインのサポーターだから戦闘には極力参加させない事になっている。

 

「問題無い。ウチの連中は手前と同様、何か遭ってもそれなりに戦えるから――」

 

 

「うわぁぁぁぁああああああああああああ!!」

 

 

『!』

 

 椿さんが自信持って行ってる最中、鍛冶師(スミス)達がいる後方から悲鳴が聞こえた。僕や椿さんだけでなく、後方部隊にいる全員が一斉に振り向く。

 

「ポ、『ポイズン・ウェルミス』……!」

 

 近くにいたリーネさんが驚きながらモンスター――『毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)』の名を口にする。

 

 彼女の言う通りアレはダンジョン下層に生息している。数日前に僕も遠征中に遭遇した。

 

 あのモンスターの事はラウルさんから聞いた。毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)は『毒』の『異常攻撃』を行う種族の中でも、最上位の危険度を誇るモンスターだ。口から放出、もしくは体皮から分泌される劇毒は上級冒険者の『耐異常(アビリティ)』を貫通させる。一匹の戦闘能力は極めて低いけど、群れで現れると非常に脅威で、冒険者達からは『毒の墓場』と形容されるほど恐れられているらしい。

 

 そして今この時、そんな恐ろしい群れのモンスターが僕達の目の前にいる。

 

「も、もう群れじゃなくて、大量発生と言うべき数ですね……」

 

「ちっ、こんな時に『異常事態(イレギュラー)』とは……!」

 

 頬を引き攣らせながら言う僕に対し、舌打ちしながら鬱陶しそうにぼやく椿さん。

 

 毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒により、既に何名かの鍛冶師(スミス)達が戦闘不能になっていた。被害を免れている他の仲間の背後から、百以上は確実であろう悍ましいモンスターが通路を侵すように天井や壁を這いながら押し寄せてきている。

 

 この状況は当然緊急事態なので、僕も参加すべきだ。椿さんは既に急行しているが――

 

「浄化せよ、アンティ!」

 

 僕は一先ず、毒になって動けない人達の治療に専念する事にした。

 

 治療用テクニックのアンティを使うと、周囲にいた負傷者達の体が柔らかく淡い光に包まれた後、すぐに元の状態へと戻った。

 

「わ、悪い、助かった!」

 

「毒を受けた人達は僕の所へ連れて来て下さい! すぐに治療させます!」

 

 礼を言ってくる鍛冶師(スミス)達に僕は気にせず、負傷者達を治療すると叫んだ。僕が治療魔法を使える事を知っている団員達は、即座に負傷者達を連れてこようとする。

 

「ベル! 毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)はワシ等がやるから、お主は治療に専念するんじゃ!」

 

「分かりました!」

 

 殿(しんがり)を務めているガレスさんは迎撃しながら、僕に毒の治療をするよう言ってきた。

 

 本当は僕も一緒に戦いたいけど、負傷している人達を放ってはおけないから、ここは治療師(ヒーラー)としての仕事を全うする事にする。

 

「フィン! 部隊を走らせろ! 『毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)』じゃ!」

 

 すると、ガレスさんが前面に向かって凄まじい怒号をダンジョン全体に響き渡せた。それは勿論、前面にいるフィンさん達に知らせる為だ。団員の誰かに伝えさせるより手っ取り早い方法なので。

 

 その怒号が伝わったみたいで、フィンさんやアイズさん達が此方へ急行してくる。

 

「アンティ! 次!」

 

 彼等に毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)を任せている最中、僕は団員達が連れて来た負傷者の治療に専念していた。

 

 モンスターが大量発生している為、僕がアンティで治療させても毒の負傷者が出てくる。しかし、僕のやる事は決して無駄ではないので、モンスターと戦っているフィンさん達を信じるしかない。

 

「アルゴノゥト君、ラクタ達がヤバイッ、早く治療させて!」

 

「はいっ! アンティ!」

 

「団長、今はベルのお陰で瞬時に治療させてますが、ここは一旦『下層』の安全階層(セーフティポイント)に行った方が……!」

 

「ダメだ! 大量発生(イレギュラー)の規模がわからない! 下層域全体に毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)が増殖しているなら下層(ここ)に閉じ込められる!」

 

 苦痛に呻いている兎人(ヒュームバニー)の女性団員や男性団員を抱えるティオナさんが僕に治療をするよう頼んでいる中、ティオネさんが訴えるも、先頭で槍を振るっているフィンさんがダメだと叫んだ。

 

 僕以外にも治療している人達も当然いる。だけど、毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒が相当厄介なのか、他の治療師(ヒーラー)達は思うように治療出来てない様子だった。今は解毒用のアイテムで何とかしているが、もう尽きかけて既に危うい。

 

「ベル、治療は一旦中止だ!」

 

「え!? で、でもまだ負傷者が……!」

 

 フィンさんが突然治療を止めろと言った事に、僕は思わず意見を申し立てた。しかし、彼は僕に気にせずこう叫んだ。

 

「18階層まで行く、動けない者は引き摺って来い! 総員、走れ!」

 

 あ、そうか。ここで治療するより18階層でやらせた方が良いんだ。僕とした事が、それに気付かないなんて……!

 

 フィンさんの指示が正しい事に、僕は内心恥じりながらも従った。

 

 毒を受けていない団員達が、毒の餌食となって動けなくなった負傷者達の腕や足を掴んで、ずるずると引き摺って逃走に専念している。そんな彼等を第一級冒険者のアイズさん達が支援するように散らばっていた。

 

 因みに僕は――

 

「邪魔だぁぁぁぁ!」

 

 負傷者を運んでいる団員達に被害が及ばないよう応戦し、長銃(アサルトライフル)――セレイヴァトス・ザラで毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)を倒していた。

 

 クーゲルシュトゥルムによる連続掃射で、迫ってくるモンスター達の進行を止めて殲滅していく。

 

「な、何だよ、あの武器は!?」

 

毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の群れを瞬殺してるぞ!」

 

「本当に何でもありだな!」

 

「僕の事は気にしないで早く逃げて下さい!」

 

 毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)を簡単に倒していく事に、驚いている団員達が思わず足を止めていた。僕がすぐに逃げろと言うと、ハッとした彼等は再び逃走に専念する。

 

 けれど、何度倒し続けても次々とモンスターが現れるのでキリが無い。僕のやってる事は殆ど焼け石に水も同然だった。

 

 それでも向こうの進行を止めている事に変わりはないから、アイズさん達と同じく支援に徹していた。

 

 掃討に専念していると、団員を抱えながらも逃げ遅れているリーネさんに、複数の毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)が口から毒を放出しようとしているのを目撃する。

 

「不味いッ!」

 

 僕はすぐに彼女を助けようと動くが、毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)が毒を吐く寸前だった。

 

「リーネさん!」

 

「え? きゃあっ!」

 

 咄嗟にリーネさんを突き飛ばすと、負傷者と一緒にモンスターが放出した毒を回避するが――

 

「あああああああああああああっ!!!」

 

 彼女の代わりに僕が一身に受ける事となってしまい、触れた瞬間に凄まじい激痛が走った。

 

「アルゴノゥト君!」

 

『ベル!?』

 

 毒を受けながらも眼前のモンスターを長銃(アサルトライフル)で始末するも、激痛に耐え切れなくなった僕は不覚にもそのまま倒れてしまった。

 

 ティオナさんやフィンさん達が驚きの声をあげている中、僕の意識は薄れていく。




以前あった活動報告でのアンケートにより、今回はベルが負傷する話となりました。

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