花音 - One second songs - 作:津梨つな
「花音!」
「ん、なぁに?」
「冬休みだけどさ、何か予定とかある??」
「急だね…。」
「…俺さ、初詣ってやつ?行ったことないんだよ!!」
「……ふぅん。」
「一緒に、行ってくれないか??」
まただ。またこの感覚。
もうすぐ一年が終わろうとしている。冬休みに入って数日、まだ彼に対してのモヤモヤが晴れない中、その渦中の人から電話が入りました。
…彼、事あるごとに私を誘うんです。どうせ友達の一人でしかない、そんな私を。
正直なところ、あの一件以来自分の気持ちも彼の気持ちも、自分がどうしたいのかどうすべきなのか、全てが分からなくなっていました。私はどこまで彼を想って許されるのか、そもそも彼とは出会うべきじゃなかったのではないか…と。
考えれば考える程気持ちはふさぎ込み、どんなに堪えても涙が瞼を乗り越えていくんです。…そんな中だったのに、またあの人は…。
「…他にもいっぱいお友達出来たでしょ??」
「そう、かもしれないけど…でも、初めて行くんだよ。初めては全部、花音がいいんだよ。」
「…………そう。」
私も同じことを考えていたんだよ。…込められた意味はまるで違ったけど、ね。
彼がぶつけてくる感情がもう分からないんです。あまり人と交流しない私に優しさをもって接してくれているのか、純粋に好きという気持ちがあるのか、何も考えていないのか。それをわかって上げられないのは、私が人の気持ちも汲んであげられない弱い人間だからなのかもしれないですけど。
だから私、笑うんです。平気なふりを取り繕うために。
「えへへ、なんかそう言われちゃうと、断れないよぉ…。」
「…じゃぁ…?」
「うん、一緒に行こ?」
「よっしゃぁあ!!」
そうしてまた、哀しみの約束が増えました。
今は電話越しだからいいけれど。顔を突き合わせたときにはうまく笑えるのかな。…私があなたを異性として大好きだって気持ち、気付かれないように。
約束の日。なんだかんだで私も初めて来るんです、初詣って。
お母さんに頼み込んで、結局目一杯お粧しをしていきました。振袖だって、あの人の為に用意したんですよ。…だって女の子だもん。可愛いって、言われたいもん。
緊張のあまり一時間も早く着いてしまいましたが、思い返してみれば待ち合わせはいつもそう。私が我慢しきれずに早く来ちゃうんです。
…なんだか、すこし可笑しいですよね。一人で舞い上がって、緊張して、いっぱいいっぱい考えて準備して…。その想いは、彼には届かないってわかってるのに。
「…ふふっ。」
思わず零れた笑い声は、これからの期待か、自分への嘲笑か。
それを考える前に、息を切らして駆け寄ってくるあの人の姿が視界に飛び込んできました。
「はぁっ、はぁっ……。花音、お前、早くねぇ?」
「君こそ、まだ随分余裕はあるけど、どうして走ってなんか…」
「まぁいいじゃんか…。それより、」
「…?」
「花音、お前滅茶苦茶別嬪さんだな!!!」
「……ぷっ、…ふふふ、ふふっ。」
「…??俺何か変なこと言ったか?」
「べ、別嬪さんって……ふふっ、今時あんまり言わないよぉ??」
「なっ……そ、そうかもしれないけど、そんなに笑うことないだろ…っ」
「ごめんごめん、…可笑しくって。」
「なんだよ…褒めなきゃよかったなぁ…。」
「あっ、褒められたのはすっごく嬉しかったよ?…でも、言葉のっ?チョイス?ってやつが」
「はいはい…そうですかぁ。……でも、本当にビックリするくらい綺麗だよ。花音。」
「ふぇっ……ふぇぇええええ///」
表情が変わり過ぎておかしな奴だと笑ってもらっても構わない。それでも嬉しかった。精一杯着飾ったり、慣れない靴を履いてみたり、今日やってきたことが報われた気がしました。…彼の目に、可愛く映れたことが、とても幸せでした。
思わず真っ赤な顔を隠すようにしゃがみ込む私を、ニヤニヤしながら見下ろす彼。
「……なぁに?」
「いやぁ?…そういうところは花音のまんまだなぁって。」
「ふぇ?…どゆこと?」
「あまりにも綺麗だし、その振袖?もすっげえ似合ってるからさ。…「なんとかどすえ」とか言われたらどうしようって心配だったんだよ。」
「ふぇぇぇ、そ、そんなこと言わないよぅ…。」
彼の持つ私のイメージが、またおかしな方向に行っているよう。別に振袖=京ことばじゃないでしょうに。
…でも、そんなところもまた、彼の可愛いところなんですよね。…もう、あまり魅力を見せないでほしいんですけど。
「はははは!!…んじゃ、そろそろ行くか?」
「もぉ…。…うん。」
「ほら、人多いから、手。」
「ぁ……はい。」
いつものように握る手は温かくやっぱり安心できるような気がしました。抱えている不安が気にならない程に、私自身を包み込んでくれる不思議な手。
そうして、浮足立った二人は人混みの中へと消えていくのでした。
「ふぅ……中々に面白いもんだな。」
「そぅ?…面白いって思えたの?」
歩き疲れ、燥ぎ疲れた体を癒す様に、設営された休憩所で寛ぎます。
そんな中で、満足そうな表情を浮かべた彼はご機嫌に言うのでした。
「あぁ、やっぱり花音はいい。どんな景色も新鮮に映してくれる。」
「…それは……別に私じゃなくてもいいんじゃないかな…。」
「そんなことあるか。俺が一緒に居たいって思って一緒に居るんだろ。
それに付き合ってくれてるってだけで、最高に嬉しいんだ。」
「そっ……か。」
あなたはその言葉がどんな風に取られるか分かって言っているのかな?あんまりいろんな人に言わないほうがいいよ。皆、勘違いして傷ついちゃうからね。
…あぁ、でもそうか。きっと私以外の女の子にそれを言うときは、そう受け取っても問題ない関係になるんだろうね。…その子は私と違って、友達じゃないから…。
「おーい、どうした花音?疲れちゃったか?」
「えっ?…あ、ご、ごめん。ちょっとぼーっとしちゃったよぉ。」
「全くもう…。疲れたんならちゃんと言えよ?」
「うん、ごめんねぇ…。」
「………。」
「……………。」
「花音、俺に何か、言いたいことあるんじゃないのか。」
「ふぇっ?」
「…何となくだけど、冬休みに入る前から、ずっとそんな感じがする。
ずっと何かを我慢しているような…。」
「…………すごいね。全部わかっちゃうんだ。」
「…まぁな。ずっとお前の事見てんだ。気にはなってたよ。」
まさかそんな話題を彼の方から振ってくるとは思わなくて。…色々隠そうと、封じ込めようと思っていたことも忘れ、素直に反応してしまいました。
でも、ここで全部を伝えるわけにはいかない。…この関係を、壊してしまうのは、いけない。何か近いようで遠い、そう、ちょっと論点のずれたような質問で濁さないと…
「君は、さ…今好きな人とか、いる?」
私の馬鹿!!!どストレートじゃん!!!
きっと疲れていたんでしょう。それか雰囲気に呑まれていたか…。どちらにせよ、私の口は出してしまったのです。隠しておかなければいけない想いの一部を。
「好きな人か…。うーん、特に考えたことはなかったけど…。
花音のことは好きだよ?」
「………。それは、友達として、でしょう?」
「…どういう」
「そうじゃなくてっ、…い、異性として、ってこと…。」
「………花音は?」
「ふぇっ!?」
またも不意打ち。質問に質問で返すっていう高度なテクニックです。狼狽えた私は、またも見せてしまうことになります。
「い、いるよっ。」
「えっ?」
「…いる、もん…。」
「…そう、なんだ……。」
「………うん。」
「……俺ってさ。」
「?」
「…誰かを、誰か一人だけを大好きになったことが無くってさ。
…いろんな人と仲良くしたいってずっと思ってるんだ。」
「…うん?」
「でも、いつもそう思って動いてるうちに何故か嫌われて……」
「……。」
「なぁ花音…。一人だけを大好きにならなきゃ、いけないのかな。」
「………。」
「…みんな仲良くしたいっていうのは、間違いなのかな…。」
その純粋な彼から投げかけられる質問に、私は何も言えなかった。
穏やかな顔をしていても、内心凄く困惑し悲しんでいるんだと思ったんです。…それはその、掠れるようで震えそうなか弱さを覗かせる声からも伝わってきて…。
気づけば彼を、抱きしめていました。
一瞬驚いたように身を震わせた彼ですが、すぐに私の背中に両腕を回し、力を込めてきて…。嗚呼、やっぱりこの人はすごくかわいい人なんだ。どこまでも純粋で、無垢で、それでいて少し幼くて。
「……いい匂い。」
「………変なこと聞いて、ごめんね。」
「…いやいいさ。女の子にここまで話しちゃったのは初めてだったけど…。
悪くない気分だ。」
「そう。」
「あと、なぁ。」
「…ぅ?」
「………花音って、制服じゃ分からなかったけど、結構あるんだな。」
「ッ!!」
慌てて後ずさる様に距離を置きます。…そうだった、思わず体が勝手に動いてしまったけど、位置的に彼が顔を埋めていたのは―――ッ!!
は、恥ずかしすぎます!それに、こんな、はしたない…。
「訊きにくいんだけど。」
「にゃ、にゃんですかっ」
「なんか、妙に柔らかさが生々しかったんだけど…。下着とか」
「わーっ!わーっ!!」
な、何でそんなことを訊きますか!?下着を着けないのは
彩ちゃんにわざわざ聞いて、調べてもらったんですから!!
「も、もう!行くよっ。」
「え?あ、おい、どこ行くんだよ?…大体回ったんじゃぁ」
「一年のお願い事、しないとでしょう?」
お賽銭、まだ入れてなかったから。
「…そうだったな。」
恥ずかし紛れにした提案でしたが、確かに目的の一つでした。…あのお賽銭箱にお金を投げ入れる…。それも、初めてだったから。
…貴方と、一緒に。
小銭の跳ねる小気味いい音が響く中、列は少しずつ進みます。
流石は初詣、名前の分からないあの
何でも、私が居なくなると探すのが面倒とかなんとか…。彼の本心がどうであれ、今この瞬間が幸せであることに変わりはないんですけどね。
「おぉうっ。」
「どしたの?寒い?」
「いや、願い事が決まったら、今度は緊張してきちゃって。」
「ふふっ、変なの。」
「…花音は、願い事決まってるのかよ。」
「もちろん。…一個しかないもん。」
ついに前の背中が退き、私たちの番に。…神様が居てくれるのかどうかは分からないけど、私はもう願うくらいしかできないから。
お財布の中にあったありったけの5円玉。…全部で6枚っていう、ちょっぴり不吉な数字だけれど、それを全部投げ入れる。カン、コン、と木枠に跳ね返る音が気持ちいい。
そして、たった一つの想いを込めて、不思議な手触りの綱を揺らします。……お願い、します。私の――――
「…なぁ。」
人混みから遠ざかり、暫く他愛もない会話を交わしながら歩く、冬空の下。
気づけば楽しい時間はあっという間で、私の家の前まで来ていました。
これでお別れかと、少しセンチな気分に浸りつつも握っていた手を離すと、不意に真剣な声色が聞こえました。
「なぁに?」
「さっきさ、何をお願いしたの?」
「……ふふ、内緒だよ。」
「内緒…か。」
「そ。…女の子はねぇ、秘密がいっぱいある方が魅力的なんだよぉ。」
「…そういうもんかねぇ。」
「君は?…何を願ったの?」
ちょっとした興味本位だけど、私に訊いてきたくらいだし。よほど大層なお願いをしたんでしょう。
「俺?…俺は、"花音と永遠に一緒にいられますように"ってさ。」
「………。」
「ん、やっぱ変か。…すまん、忘れてくれ。恥ずかしいから俺の中に仕舞っとくよ…」
そうじゃない。そうじゃないんだよ。でもきっと、君の言っている"永遠"ってのは私の望んでいる姿じゃなくて…。
「あのさ…最初から気になってたことがあるんだけど…いい、かな?」
「あ?あぁ…難しい事じゃなきゃいいぞ。」
「……今日、どうしてあんな時間に、しかも走ってきたの?」
「何だそんなことか。……簡単なことだよ。」
果たしてどんな質問を想像していたんでしょう。…軽く笑った彼は事も無げにつづけました。
「…いやさ、何かこう待ちきれなくなっちゃってさぁ。
ほら…冬休みで学校も行ってない訳じゃんか?…早く、花音に会いたくて。」
「……ッ!」
「あっおい!………花音。」
……まただ。またこの人は、私に期待を持たせるようなことを言う。…でも駄目だよ、そんなこといっちゃ。
だって、"会いたい"って、その言葉の響きだけでうれしすぎる。私もずっと思ってるけど言えない事なのに。…ずるいよ。そんな当たり前みたいに言っちゃうなんて。
彼にはそんな気がないってわかってるのに、ただの友達なのに。…気づけばあふれ出す涙を隠すように、玄関に飛び込んでいました。
「……ごめんね。…大好き、だよ。」
可愛い花音さん。