花音 - One second songs - 作:津梨つな
全てを終わらせたあの日。涙が枯れるまで泣いたあの日。全てを忘れた…あの日。
叫ぶように、叩きつけるようにあの人への想いを、部屋中のものに当たり散らしました。
おかしいですよね。…全部、自分で決めて、自分で起こした行動なのに。
それなのに、哀しかった。どうして?最初からずっと一緒にいた私じゃなくて、その人が好きだったの?私に見せていた貴方は、全て友達としての貴方だったというの?全部全部、勝手に思い込んで舞い上がった私が悪いの?
「もう……忘れちゃえばいいんだ。」
彼に対する想いも、幸せそうにとなりを歩く氷川さんへの妬みや嫉みも、全部。心の中に封印することにしました。
もう二度と、表には出てこないように。もう二度と、笑顔を崩さないように。
弱くて、思い切った行動も起こせないような松原花音とは、今日でお別れ。
月日は流れ、私も遂に慣れ親しんだこの制服を脱ぐ日を迎えました。
――卒業式。
「うぅぅ…千聖ちゃんっ…花音ちゃんっ!!」
「もぉ~、彩ちゃん、泣きすぎだよぉ。」
「……なんて言いながら、釣られて涙目になっているのはどこの誰かしら??」
「もぉー!!気づかないようにしてたんだから、言わないでよぉ。」
「……でも、今日で本当に終わりなのね。」
「…うん。」
級友との別れを惜しむように、談笑に花を咲かせるグループ、集まり写真を取り合うグループ、ただ只管に泣きはらすグループ、異常なテンションで騒いでいるグループ…。
みんなそれぞれ、色んな思い出を振り返っているんだよね。…色々あったよね。この学園に入ってから、6年もの月日を共にしてきた仲間なんだもん。
何処か他人事のように思いながらも、ご多分に漏れず思い出話をしているのは私たちも一緒でしたが。
「でもなんだかんだで、みんなそれぞれ希望通りの進路に決まって良かったわよね。」
「…そう、だね。」
「特に彩ちゃんなんか、ね。」
「…ぐすっ、ひっく……えっ??」
「うんうん、本当にすごいよねぇ。」
彩ちゃんは、在学中から色々なオーディションを受け続け、ついにアイドルとしてデビューすることが決まりました。当然と言えば当然なくらいのルックスを持っているので、意外性は全くありませんが…それでも、自分の友達から芸能人が出るなんて、本当にすごいことだと思うんです。…サイン貰っとかなきゃ。
「私、絶対無理だと思ってたもの。」
「うぇっ!?……ひ、酷いよぉ…。」
…千聖ちゃんは相変わらず、ですね。
「でも千聖ちゃんだって、海外でしょ??」
「…まぁ、ね。簡単に会えなくなっちゃうのは寂しいけど、一度きりの人生だもの。…勝負できるところでしていかないと。」
千聖ちゃんは所謂進学組なのですが、進学先は海外。…そう、留学ってやつです。
既に現時点で四か国語が堪能な千聖ちゃん。…最終的な目標は何故か教えてもらえませんでしたが、向こうでもバリバリやっていきそうな予感です。
「…そういう花音も、今年一年はすごかったわよね。」
「う、うん。…まあね。」
最後の一年。…厳密にはあの"終わりの日"以来、私は彼への想いを断ち切る様に、余計なことを考える暇も作らないように、全力で勉強とアルバイトに打ち込んできた。
打ち込んできた、つもりだった。
「…あいつが関係してたんでしょ?」
「……まあ、ね。」
千聖ちゃんは、どうしていつも私の考えてることがわかるんでしょう。…いつから、気付いていたんでしょう。
この一年、一度も触れてくることはなかったのに。どうして。
「…あいつのこと、どう思ってるの?」
「…もう、どうも思って、ないよ。」
嘘だ。
「…本当に?」
二度目は、頷けなかった。
「………花音。」
「……。」
「私ね…別にあいつのことでどうこう言うつもりはないの。
…でも、今のあなたを見ていると、ううん、あの日からずっと見ていて思うの。」
「…なにを。」
「……花音、このまま卒業して、本当にいいの?」
どういうこと?…千聖ちゃんは何を知っているの?
「もう一度、きちんと知っておかなくていいの?話しておかなくて…いいの?」
「だ、だって…彼には、あんなに素敵な彼女さんが…」
「それは、本人がそう言っていたの?」
誰から聞いたんだっけ。…本人と電話をしていた時?…いや、あの時は怖くて逃げだしたんだ。すべてを終わらせてしまったんだ。じゃあ違う。
…彩ちゃん?…いや、彩ちゃんは他人の人間関係なんかまるで把握していない子だもの。自分の夢の為に一生懸命だった彩ちゃんが、そんな情報を引っ張ってくるわけがない。…これも違う。
……あっ。
「千聖ちゃん…から、聞いた、よ?」
「そうでしょうね。」
「…うん。」
「わ、私っ先生達に挨拶してくる、ね?……ま、また後でっ」
空気感に堪えられなくなったのか、走って逃げだす彩ちゃん。ごめんね、晴れの日に…。本当にごめん。
「まったく…。で、私から聞いた後、本人には確認したの?」
「……ううん。…できなかった、よ。」
「はぁぁ……。あなたね、自分の状況やら運命やらに勝手に悲嘆しているのかもしれないけど…。
自分で、少しでも前に進もうとしたの?」
「…ッ!」
「そんなんで好きな男を堕とせると思った?…勝手に向こうから寄ってきてもらえると思ったの?」
「…思ってない。思ってない、けど…っ。」
「…ならやることは決まってるんじゃないの…?」
わからない。わからないわからないわからないわからないわからない。
どうして急に、そんな酷いこと言うの?ずっと友達で、味方で居てくれたんじゃないの??
私は、どうしたらよかったの?
一生懸命忘れようとして、考えないようにして、匂いを思い出しては振り払い、温もりを思い出しては枯れてしまった涙を恨み、あの優しい声が聞こえては耳を塞いで…。
全てが、間違っていたっていうの?全部無駄な事だったの?
「…だって!大好きだったから…っ!……今でも、今までもずっと、大好きだったから!!」
「……ふふっ。……ふふふっ。」
「……何?」
「……酷い言い方をしてごめんなさい。…でも久しぶりね。」
「何が。」
「…花音、昔からずーっと泣き虫だったのに、あの日以来ちゃんと泣いてなかったでしょう。
久しぶりに、あなたの泣き顔を見た気がするわ。」
「ぁ……。」
言われて少し冷静になった体は、両方の手を動かし自分の頬を触りました。…いつからか自分で枯れたと思っていたそれは、確かに私の顔を濡らしていて、彼に似た感覚の温もりを伝えていました。
あぁ、そうか。…彼への想いを封じ込めようと、失くしてしまおうと思っていた。感情なんかなくなってしまえばいいと思っていた。涙なんて流すから、弱い自分のままなんだと思っていた。知らず知らずのうちに、彼への想いよりも先に自分を壊してしまっていたんだ。自分の、感情を。
「…………ねぇ、千聖ちゃん。」
「なぁに?」
「……私、まだ好きって思っても、いいのかな。」
「…似たようなことを言うのね。」
「どういうこと?」
「…別に、こっちの話よ。……ただ、悩んでいるのは花音だけじゃないって事は、確かな事実として言えるわね。」
そう言って、寂しそうに笑う千聖ちゃん。…千聖ちゃんも、何か重い悩みがあるとか?それとも別の人?
「想い続けていても、いいんじゃない?」
「…そう、なの?」
「寧ろ、何勝手に諦めてんのって話よ。」
「……だって辛かったから…。」
「そのまま仕舞い込んじゃう方がよっぽど辛いわよ。…結末がどうなろうといいじゃない。
花音の中で大きな想いがあるなら、それを伝えてみてこそよ。直接訊きもしないで、思い込みだけで諦めちゃうなんてナンセンスだわ。」
「なんせんす…?」
「…人生は一度きり……それも、学生時代なんて限られた期間のものなんだから…ね?」
諦めなくて、良いんだ。…伝えてしまってもいいんだ。…千聖ちゃんの言ってくれた言葉は、良い方こそ強いものの、私の中で足踏みをしていた想いを後押しするのに十分でした。
「千聖ちゃん、私……。」
「……行くんなら、涙だけは拭いていきなさい。」
「えっ、あっ…」
「…いや、似たようなあいつが相手なんだし、態々行くまでもないか。」
「………んっ。…涙、止まったよ、千聖ちゃん。」
「そう。……応援、してるからね。」
ひらひらと手を振る千聖ちゃん。思い返せばいつも傍で、相談に乗ってくれたり話を聞いてくれたり。慰めも叱責も、一緒に遊ぶのも殆ど千聖ちゃんでした。
…まるでお母さんのような存在。こんな素敵な友達に巡り合えていなかったら、私はとうに壊れていたかもしれません。……その有難みと運命に感謝しつつ、彼の元へ、一歩。
…振り返り進もうとした足を止めたのがまさに彼だなんて。…ほんと、不思議な人。
「か、花音っ!!!」
「………ん。」
「…今まで誤解を解けなくて本当にごめん。……でも俺、ずっと――――」
私たちは一度きりの人生を生きている。人によって与えられた時間は違えど、限りがあることは同じ。
私は…その中で芽生えたこの愛を伝えたいだけだったんだ。凄く当たり前で簡単な事だったのに。知ってしまうのが怖かったのかもしれない。…知ってしまうことで、それまで当たり前だった何かが壊れてしまうような気がしたから。
…それでも、今なら言える気がする。
「今まで二人でしてきた事、話してきた事。…一緒に居られなかった時間、壊してしまった関係。
…全て解った上で、貴方が好きです。…大好きなんです。」
これは、私が生涯で最も深く想い、心揺さぶられた、"彼"と"私"のお話です。
とっても素敵な彼と、彼のことを考えて過ごした、とっても素敵で…かけがえのない大切な時間。
その醜くも美しい思い出よ、どうか、安らかに―――。
ご愛読、ありがとうございました。
本編完結になります。