地の底に星を求めて   作:ヴォイ

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5.一夜明けて

「それでは、血の力について教えてあげよう! まずは修復だね。血の力を持つものであれば、持ち物なんかを含めて傷なんかは治すことができるよ」

 

 さっきのとかね、言いながら今度は僕の顔に手をかざす。再び血が解け、体中の傷になっていた所が綺麗に治った。

 

「こんな風に回復にも使える。大きな傷は自力で治してたみたいだけど、細かい制御とかはもうちょっと慣れがいるかもね」

 

「なるほど。なんかゲームとかの回復魔法みたいだね」

 

「そんな感じで便利だね。でも血の力の源はその名の通り体を流れる血、そのもの。血を失いすぎればこういう力も使えなくなっちゃうから気をつけてね」

 

「血の力がなくなったときは……血を、浴びればいいのかな?」

 

 既に何度か経験している。傷も、渇きも、獣の血を浴びることで瘉えていた。

 

「そう。成り立てとは言え、やっぱり本能的に分かるものかな。さっきの輸血液なんかは緊急用にいいかもね。ボク達は血が、血に宿る意思さえ残っていれば決して死ぬことはない」

 

 レオの雰囲気が少し変わった。自分が死ぬ……今まで普通に暮らしていた間は滅多に考えることはない、考えたとしてもまるでリアリティのあるものではなかったが、獣と戦う以上は、命をかけた戦いに身を置くならば違う。彼女も、子供っぽい雰囲気ではあるが、自ら名乗る通りに戦士なのだろうか。

 

「まあ、一気にやられちゃったらどうしようもないし、それにたくさん魔獣の血を浴び続けるとまずいらしいから、まずは無理な戦いをしないべきだね」

 

「血を浴び続けるとマズいって?」

 

 聞かずとも半ばは分かっているようなものだが。

 

「戦士としての適性がない普通の人達と同じように血に狂い、理性を失い、魔獣の仲間入りだ」

 

 血に酔いしれて快楽を追い求めるばかりになれば、末路はバケモノというわけか。恐ろしく、寒々しい感覚が背筋を震わすが、それでもやはり求めるものが体の奥にある。

 

「ま、こうして戦士になった以上は無用な心配さ。たくさんって言っても本当にたくさん、短期間にでなければ平気だよ! それにおかしくなりそうになったらボクが止めるよ。仲間だもん!」

 

 心配無用! とほんのりの胸を叩きウィンクを一つ。少し冷えてしまった空気があっという間に朗らかなものに変わった。

 

「それで、血の力の他の使い方だけど、やっぱり戦う力にすることだね。スタイルは人それぞれだけど、武器にまとわせて使うのが一番効率がいいって言われるね。ボクは血の力を込めた銃と刀。カッコいいでしょ」

 

 無骨で少女が扱うには明らかに巨大すぎるリボルバー。よく見ればその弾倉からは薄っすらと赤い光が漏れているようだ。刀の方も同様に、優美な拵えとは裏腹に禍々しい気配をまとっている。ただの武器で、あの獣たちに立ち向かうのは無謀に思えたが、これならば全く問題はないだろう。

 

「キミは、素手で戦ってたみたいだけど」

 

 なにか心得でもあるのかと問われるが、そんなもんはもちろんない。喧嘩の一つもしたことがない。授業で剣道をやったことがあるとかそれくらいだろうか。役に立つ気は一切しない。

 

「まあ、普通はそんなもんだよね。素手で戦うスタイルも無いことはないだろうけど、とりあえず武器は持ったほうがいいよ」

 

「武器と言われてもなあ」

 

「予備の武器はナイフくらいしか無いし、弓なんか扱いづらいだろ、となるとさっき拾ったコレかな」

 

 レオはどこからともなく、あの巨獣が振り回していた金属バットを取り出した。獣の腕に握られていたときは小さく見えたが、こうしてみるとけっこうでかい。獣の凄まじい蛮用により歪に捻じくれたそれは、無数の獣を叩き潰し、血を啜った影響だろうか、怨念じみたオーラを漂よわせている。

 

「見た目は悪いけど強そうだし、とりあえず持っときなよ。悪夢の世界では武器や防具になるものが手に入ることけっこうあるから、そのうちもっとカッコいいの見つけよう」

 

「うん……」

 

 正義のヒーロー、という見た目ではないなどう考えても。別にそこにこだわることはないけれど。

 

「……あ?」

 

 唐突にくらりと意識が揺れる。周囲の景色もまた揺らいでいるように見えた。

 

「あぁ、そろそろ夜明けだね。ただ、悪夢はまだまだ終わらない。また会おう、コナタ」

 

 バイバイ、と手をふる少女の姿が段々と薄れていく。ぐるぐると世界が回るような酩酊感と浮遊感。ぷっつりと意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 気づけば部室の床にぶっ倒れていた。カーテンの隙間から朝日が差し込み、校庭からは朝練やってる運動部の生徒たちのざわめく声が聞こえてくる。まるで全てがただの“悪夢”だったかのようだ。

 

 身支度を整え部室を出る。その日一日、普段と同じように授業を受けた。普通すぎて逆に不安になる。しかし体をめぐる活力、血の力によるものであろうそれは、昨夜のことが確かにあったのだと伝えていた。悪夢の世界から目覚めるまえに持たされたバットも多分出そうと思えば出せるだろう。

 

「菜々さんに会わないと」

 

 昨夜のことを話さないと。それに、どうにもこの異常な事態についてなにか知っていたように思える。彼女もレオ曰くの正義の戦士なんだろうか。どちらかと言えば狂気のマッドサイエンティストな感じなのだが。部室にある得体のしれない何かの標本とか、ちょくちょくやっている一般的なものとはどう考えても違う実験とかも獣や、血の力に関わるものだったのかもしれない。

 

「というか、僕がおかしくなったのって絶対ナニカされたよな……」

 

 どうも記憶が曖昧なのだが、それしか考えられないというか。一体何が目的なんだろう。部室に行くと、いつものように花木菜々はそこにいた。

 

「やぁ、こなたくん。調子はどうだい」

 

 奥の机に座ってやはり怪しい何かをいじっていた彼女は、僕に気付くと軽い調子で片手を上げた。

 

「快調だよ、とても。言いたいことはたくさんあるけどね」

 

 謎の改造実験で超人に、どこぞのヒーローのような経歴になってしまった。無断でこんなことされたらそりゃあ普通は怒る。おまけに改造直後の前後不覚状態で戦地に放り込まれたわけだし。

 

「なぁに、君はさほど気にしていないだろう?」

 

 ニヤリと色素が薄い唇が歪む。

 

「まあ、うん」

 

 惰性で生きていた今までとは違う。夜が、獣との戦いが待ち遠しかった。

 

「結構。そうなるとは思っていたが、そうでなければ私か、君か、どちらかが死ぬことになると予想していた。杞憂でなによりだ」

 

 僕が死ねショ○カーする可能性があったということか。まあありそうな話だ。今の僕は別にそんなことをする気はないが。

 

「それでは調査の結果について報告してくれたまえ。その様子を見るに、有意義な夜だったのだろう?」

 

「……そうだね。それじゃあ始めから」

 

「おっと、まずはお茶を淹れようか」

 

「自分でやる」

 

「ふふっ、今度は何も入れないさ」

 

 二人分の飲み物が用意され、僕は夜にあった出来事を話し始める。菜々さんは実に楽しげにうんうんと頷いていた。そうして一通りのことを話し終える。

 

「やはり生の情報は違うね。実に興味深い」

 

「菜々さんはやっぱり関係者と言うか、そんななの?」

 

「血を入れてはいないがね、悪夢の研究者とでも言おうか」

 

「マッドなやつっすね……」

 

「ははは、全く正気でやっているよ。多少、好奇心が旺盛なくらいさ」

 

 薄っすらと笑う彼女は、たしかにどこかおかしくなっているようには見えない。まあその通りなんだろう。単なる好奇心でこんな怪しい事に首を突っ込むのはどうかと思うが。

 

「それでは引き続き調査を頼むよ。その少女騎士についてもう少し詳しく知りたいかな。あまり突っ込むと藪蛇になるかもしれないが」

 

「どういうこと?」

 

「君が半ば狂気に身を委ねようとしているように、血の誘惑は恐ろしいものらしい。普通の女の子が、そんなものに耐えるとしたら、それは真っ当な方法ではないんじゃないかね?」

 

 窓から差し込む夕日に照らされ、菜々さんの眼鏡がキラリと光る。思わず飲み込んだ唾の音が思いの外脳に響いた。

 

「ま、普通に君と違って心が強いだけかもしれない。成り行き任せで、とりあえず仲良くなっておけばいいだろう。あとは逃した大物の行方だね」

 

「……ひとまず、あのでかいのを追うことになると思うよ」

 

「ではその調子で頼むよ。ああ、そうだ。これをあげよう。たぶん獣を狩るための武器なのだろう。研究材料として手に入れて持て余していたんだ」

 

 そう言うと菜々さんは部室のスチール棚をゴソゴソと漁り、一抱えほどの箱を取り出した。箱を開けて出てきたのは、鋸、だろうか。通常のものより遥かに分厚い鉄の板のような刀身はゆるく湾曲し、刃の部分は凶悪な粗さで、およそ木材の加工には適さないとひと目で分かる。そして通常の鋸のような持ち手はなく、峰の後ろについている。素早く振り回し、それでも一振りごとに大きく傷つけ血を流させる、まさに獣を殺すための武器として作られたのだろう。

 

「かなり良さそうだね」

 

「あとこれもどうだ? ナックルダスター、のようなものなんだが」

 

 ような、というだけあり、鉄の塊を雑に拳に嵌められるようにしただけの代物であった。武器だと言われなければ気づかなさそうだ。だが、それがただの鉄の塊でないのは少し見れば分かる。鋸やバットと同じか、それ以上に獣の血を吸っている。かつて誰かがこれでぶん殴って獣を殺していたのだろう。

 

 レオのように左手で銃を持ったりする方が遠近に対応できるし、格好もつくかもしれないが、逆手で攻撃を防いだりぶん殴って怯ませる、という使い方ができるなら最初のスタイルに合っている。ありがたくもらっていくことにしよう。

 

「うんうん。気に入ったのなら何よりだ。また何か役に立ちそうなものがあれば見繕っておくよ」

 

「ありがとう、菜々さん」

 

「なぁに、君は望むまま獣を狩り、私はそれにより知見を得る。そしてその対価としてできるだけのことをしよう。悪い話ではあるまい?」

 

 確かにそうだ。話の内容に反して、二人だけの部室の空気は酷く和やかだった。

 

 

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