地の底に星を求めて   作:ヴォイ

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6.秘密を隠す森を駆け

 かつてのようにのんびりと部室で雑談などしているとゆるゆると日が落ち、部室は夕日に赤く染められていく。学校に残る生徒たちのざわめきも少しずつ消え、それを見て菜々さんは広げていた器具の片付けなどをして荷物をまとめた。

 

「それじゃあ私は夜が来る前に退散するとしよう。ではな、こなたくん」

 

「うん、さよなら菜々さん」

 

「武運を祈っているよ」

 

 ビッと手をこちらにかざすと小さな背中は白衣を翻して部室を出ていった。空には断末魔のような最後の赤と、夜が染み出すような青が混じり合う。見計らったかのように足元が揺れる。悪夢の夜が、今日もまたやってくるのだ。

 

 

 

 

 

 

 気づけば再びあのバッティングセンターの中にいた。獣の血の匂いに満ちているが、生き物の気配はない。あの巨獣が逃げた方へ向かってみるべきだろうか。あるいはレオを探すべきか。

 

「……まあ、じっとしていても仕方ないか」

 

 “こう”なって、獣の血を浴びるほどに五感の鋭さは増しているが、嗅覚も同様で、特に血の香りには酷く敏感になっている。あの花の香りの混じった甘い血は遠くでもすぐに分かるだろう。先へ進むとしよう。

 

 建物を出て裏手に回る。穴から出てまっすぐに離れたとすれば、駅とは反対の住宅地の方だが……そちらに目を向ければ、家屋はなく、ただただ深い森が広がっていた。

 

 悪夢の世界というのは、つまりそういうことなのだろうか。現実と陸続きになっているものかと思っていたが、そういうわけでもないらしい。意味不明で脈絡がなく、人食いの獣ばかりが巣食っている。あの巨獣が悪夢の世界を作っているとレオは言っていたが、つまり獣になって見る夢はこのような悪夢ばかりなのだろうか。

 

「とにかく、行こう」

 

 そこかしこから聞こえる獣の息遣い。先を見通せぬこの暗い森のどこかに、悪夢の主は潜んでいるはず。アスファルトの地面から、腐った葉の積もる森の中へと踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 獣を殺す。鋸を振り回し、皮を削ぎ、肉を剥ぎ、血飛沫を撒き散らし、血を浴びる。人のような獣なのか、獣のような人なのか。混ざり合い、狂い、歪に融け合ったその姿からはもはや元々の姿など想像もできない。

 

 ただ、街に居た獣よりも森の獣たちはより獣らしいように思われる。人としての部分をさらに失い、ただただ本能を剥き出しにして襲いかかってくるのだ。力も、俊敏さもより人を離れている。だがそこかしこに泥沼や倒木があり、足元の悪い環境では、知恵をなくした彼らにその力を活かすことはできないようだった。適当に小石でも投げてやれば

 

 そして、そうした元人間たちを食ったのであろう、街にもいた犬や人間サイズにまで巨大化した悍ましい蛭のようなモノ、太りすぎて飛べなくなったのかガサゴソと這い回る子犬ほどの蠅など、気味の悪い怪物のオンパレード。

 

 だが、斬って、潰して、血を浴びればすぐに分かった。何ともしれぬ肉塊に変えてしまえばどれも同じだ。恐れる必要などどこにもなかった。

 

 どこまでも同じような景色が続く森を進む。獣の死体が来た道を飾る。そして行く道には巨獣の血の匂い。やはりこの森にいるようだ。段々と濃く香る。

 

 唐突に視界が開けた。泉のようだ。この汚いものだらけの悪夢の中にあって、なぜか恐ろしく澄みわたり、底まで見通せるほど。そして淡い光を放つ光球がいくつもいくつも、ふわりふわりと宙に浮かんでいる。

 

 蛍かと思い目を凝らしてみると、光を放っているのはクリオネのような軟体生物であることが分かった。体に発光機関を持っているというわけでもなく、全身からほのかに光を発しているようだった。理屈はわからないが、ともかく幻想的な光景だ。

 

 しばし泉のほとりでぼんやりと景色を眺めていると、来た方から軽い足音が聞こえてきた。そして花と血の香り。

 

「やぁ追いついた! こんばんわ、コナタ」

 

 血の匂いを辿ってきたのだろうか、こちらに気づいたレオが駆け寄ってくる。

 

「やあ、レオ。森は酷いところだったけど、こんな場所もあるんだね」

 

「ボクも初めて見るよ。悪夢の中では、ある種の神秘に見えることがあるって話だけど、こういうののことをいうのかな」

 

 レオもまた泉の姿に目を奪われているようだった。

 

「神秘? まあ、神秘的な光景ではあるけど」

 

「血のチカラとはまた別のチカラの源、らしいけど詳しくは知らない。あまり深入りするべきじゃないな」

 

「そうなんだ」

 

「神秘の探求者は皆おかしくなって死ぬと聞くよ。ま、この景色を楽しむくらいは構わないと思うけどね」

 

 神秘の探求、菜々さんがいかにも好きそうだ。この光る何かを捕まえて帰ったら喜ぶだろうか。しかし瓶なんか持っていない。あたりを見渡せば泉のほとりに乾いた死骸が落ちていたので拾ってポケットに仕舞っておいた。

 

「キミ、ボクの話を聞いてたかい?」

 

「お土産にするんだ」

 

「猫かな?」

 

 レオは呆れたように笑った。

 

「まぁ、悪夢の中でボクらを咎める者などいない。ボクらを縛るのは美学だけだ。好きにするといいよ」

 

「正義の剣士は話がわかるね」

 

「友達がちょっと変なことしたくらいじゃなんとも思わないよ。深入りするようなら、止めるけどね」

 

 彼女は僕を友人と思っているのか。あって2日なのだが。まあ、異常な世界でまともな人間はそれだけ貴重ということだろうか。僕としても、悪夢の中で人間らしい振る舞いを忘れさせないでくれる存在は大切にするべき、とは思うのではにかむ彼女に同意するように笑みを作る。

 

「それじゃあそろそろ行こう。あまり道草食ってても仕方ないし」

 

「そうだね。ここまでに悪夢の主らしい魔獣の痕跡はたくさんあったし、きっともうすぐだよ。頑張ろう、コナタ」

 

 頷き、泉の縁を回り込み、森の奥へと踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 レオは強かった。まともに戦うところを見るのはこれが初めてだが、刀の斬撃は小型の獣であれば簡単に四肢を切り落とし、多量の出血を強いる。硬そうな甲殻を備えた虫や分厚い毛皮に覆われた大型の獣には、血の力、というより彼女の血そのものだろうか、それをまとわせた強力な居合斬りで両断する。

 

 木の上に張り付き、奇襲を狙う虫なんかもいち早く発見し銃撃。血の力を纏うリボルバーの弾丸それ自体にかなりの破壊力があるらしく、まともに当たれば頭が弾け飛ぶようなこともあった。倒せなかったとしても叩き落されて大きく怯むためその隙に鋸を走らせれば一撃だ。

 

 複数の獣に囲まれたとしても慌てることはなく、むしろ敵中に飛び込み駆け抜けていく。その道すがらに何度も切り裂き、四肢を飛ばし、獣の戦闘力を的確に下げていく。僕はそれに気を取られた獣の群れを端から削っていくだけでいい。同時に飛びかかられたりしても銃撃の援護により無傷で切り抜けることも何度か。

 

 とても楽だ。二人で盛大に血の匂いを振りまいている分余計に獣を引き寄せているきらいもあるが、それはそれでたくさん血を浴びることができるのだから、むしろ結構なことだ。狩りの最中に言葉をかわすことは少ないが、視線や動き出しで段々と相手の意図がつかめていく。僕の動きに彼女が合わせ、彼女の動きに僕が合わせる。一連の殺しの流れがまるでひとつの演舞であるかのよう。

 

 昨夜以上に僕が血と狩りを愉しむように、彼女もまたこの狩りに歓びを見出しているように見えたのは気のせいではないはずだ。返り血を浴びた白い肌は、その赤だけでなく昂りに上気し、間合いを詰める足取りは弾んでいる。

 

 悪夢の中にあってより悪夢的な光景ではあろうが、僕と彼女の狩りはまさしく友人同士の交歓であった。あるいは、それ以上のものを感じたのは血の猛りによる錯覚だろうか。そうして僕らは森を駆け抜けた。密に生えていた木々が疎らになり、やがて開けた空間に出る。

 

 それはどうやら公園のようだった。いくつかの遊具があり、低い生け垣に覆われている。近頃では危険だと撤去されているような回転遊具なんかもあるあたり、一昔前のちょっと大きめの公園といったところか。ブランコや鉄棒なども錆びて、朽ちかけている。棄てられた遊び場。

 

「……っ」

 

「レオ?」

 

 僕は何ともなく公園を眺めていたが、彼女にとっては別だったのだろうか。息を呑み、何かに耐えるように胸の前に当てた手を、ぎゅっと握りしめていた。

 

「どうかした? なんならちょうどよくベンチもあるし、少し休もう」

 

「いや、コナタ。ボクは大丈夫。それにのんびりしている場合じゃあないらしい」

 

 彼女の言葉に前方を注視すると、朽ちかけた街灯に照らされた頼りない明かりの先、揺蕩う闇に蠢く巨大な影。あの巨獣が、あらわれたらしい。腹部に開けた大穴は、一応塞がってはいるもののやはりダメージは大きかったようだ。傷跡は未だ血に濡れている。

 

「……やろう。あれを倒せば悪夢は終わる」

 

 何かを振り払うように抜刀し、彼女は叫んだ。

 

「ボクは正義の剣士として悪を倒す! 行くぞ、魔獣っ!」

 

 走り出す彼女に対し、獣は吠え、迎え撃つ。その咆哮は初めのものよりやや弱々しくも思えたが、戦意が衰えているようには見えなかった。目の前の人間を潰し、殺し、喰い殺すことだけを考えているのだろう。融けた瞳に理性は見えない。道具を無くし、身を低くするその姿は完全に獣だ。

 

 最初より弱っているなら、それこそ彼女一人でも問題ないだろうが、どうにもそう簡単にはいかなそうだ。それに黙ってみているわけにもいかない。左手の鉄塊を握り直し、右手の鋸を振り血を払う。そして僕も巨獣に向かって駆けた。さあ、一度は仕留めそこねた獲物だ。今度はきっと殺しつくそう。

 

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