地の底に星を求めて   作:ヴォイ

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7.血戦

 華やかな、しかしなぜか陰惨な印象を受ける騎士姿の少女が刀を手に巨獣と対峙する。獣は僕と比べても倍近い背丈で、シルエットでみれば細身だが目の前に立つ少女と並べれば何もかもが巨大だ。長い腕の先に伸びる鋭い爪は武器によるリーチの差などものともしないだろう。一撃でもまともに受ければ全身を砕かれ、再起不能は間違いない。

 

 睨み合っていた時間はごく僅か。真正面から獣に向かい駆けた少女が、間合いを詰めながら細かく立ち位置を変える。そんな小細工など力ずくで踏み潰すと言わんばかりの短い吠え声。獣は目にも留まらぬ速さで飛び込みながら毛むくじゃらの豪腕で薙ぎ払う。禍々しいほどに凶悪な鉤爪が風を巻き起こし土埃が舞う。

 

 爪だろうが腕だろうが当たれば小さな体をめちゃくちゃに潰して余りある。しかし既に少女はそこにはいない。獣の飛び込みに合わせてステップを踏み、攻撃をかいくぐって前に出ている。臆して退けば死ぬだけ。僕が戦いの中で得た答えを彼女もまた理解しているのだ。

 

 腕を振り切って硬直した獣の背後から、レオはその刃を翻し切り刻む。だが、分厚い毛皮に阻まれてあまり有効な攻撃にはなっていないようだった。獣は怯む様子もみせずさらに吠え、振り返りざまに爪を立てようとする。それを初めから読んでいたのだろう、彼女は既に遠ざかり、息を整え刀を構え直していた。彼女一人でまともに戦えばそれなりの長期戦になりそうだ。

 

 振り回した爪が空を切った事に気づいた獣は小さな獲物を睨みつけ、さらに前へと進み追おうとする。もちろんその機を逃すほど僕もぼんやりとはしていない。2対1なのだからその利を存分に活かそう。こちらを気にせず無防備に向けた背に向かい駆け、大きく踏み込み渾身の一撃。

 

 鋸の乱杭歯が深くめり込み、毛皮を裂き、ドス黒い血液を撒き散らし、獣は甲高い悲鳴を上げた。武器の力は大きいようで最初の戦いよりも明らかに柔らかい。多くの血を浴びたことにより強くなっている気もする。この鋸で刻んで、刻んで、その血を絞り出してやればすぐに獣は力を失うだろう。

 

「がっ!?」

 

 さらに追撃しようとしたところで獣は素早く背後への薙ぎ払いを放つ。かなりの深手を与えたと思ったが体勢を崩すには至っていなかったらしい。深追いしすぎた僕はその攻撃に見事に引っかかってしまう。顔面を爪で引き裂かれ、灼熱感に襲われる。

 

「このっ! コナタから離れろ!」

 

 乾いた銃声が連続する。レオが気を引くために獣の背を撃っていた。しかしそれに何ら痛痒を覚えないかのように、獣は僕に向かい突き進んだ。手負いにした方から仕留めようという腹だろう。だが僕はもうこの程度の負傷で動揺するほど素面ではない。既に血に酔いしれて、いっそ狂っているのかもしれない。痛みなどほとんど感じないのだ。

 

「お返しだッ!」

 

 血を流しながら吹き飛ばされた僕にトドメを刺そうと、大口を開けて迫る獣。だがむしろこちらから突っ込んで横っ面に鋸を叩きつけてやる。僕とお揃いに顔から血を吹き出した獣は手で傷口を押さえ悶えた。まるっきり獣のようになっていようと未だ人間のつもりなのだろうか。酷く滑稽だ。鋸を手放し、右手を血の槍に変化させる。ガードが上がりがら空きになった腹の傷口、もう一度ぶち込んでかき回してやろう。

 

「ぐぁっ」

 

 そう思った瞬間、無闇矢鱈に暴れだした獣の爪に引っ掛けられ、吹き飛ばされた。地面を転がり全身が砂利で傷だらけになるが、そんなことより腹を引き裂かれたらしい。切腹でもしたかのような真一文字の傷が付き、今にも内臓が溢れそうになっている。内臓だけでなく、流れる血とともに急速に意識が失われていくのを感じる。

 

 死ぬのだろうか。こんな事故死みたいな。何匹もの獣を殺し、殺し、この敵も一度は倒しかけたからと舐めすぎていたのだろうか。油断は死を招く。よく聞くフレーズだが、まさか実際にそんな状況になるとは。

 

「輸血液を使えっ、コナタ!」

 

 死に体の僕を食い殺そうと獣が迫る。湯だった頭で僕はその声に従い、その間にレオは獣に向かい駆けていた。血の力をどれほど集中させたのだろうか、真紅に輝く刀身を頭上に掲げた彼女は驚くほど高く飛び上がる。僕の目の前、生臭い息がかかるほどの近くまで這い寄ってきていた獣の背に、真紅の刃が勢いよく突き立てられた。

 

『ガッァアアアアアアァッ!!!!』

 

 あっさりと貫通した刃が腹の方から見えている。そんな状態にも関わらず、周囲の砂利が浮くほどの凄まじい咆哮を上げ、獣は背に乗るレオを振り払う。渾身の一撃だったのだろう、隙だらけで体勢の整わない少女はボールを投げるようにポンと高く放り出されてしまう。

 

 冗談のような光景を眺めながらなんとか懐から注射器を取り出し、腕に突き刺す。自動でぐんぐんと中の液体が送り込まれ、それにつれて活力が湧き上がった。腹の傷もあっという間に塞がったようだ。刺さった刀身からポタポタと血を垂らしながら、僕にトドメを刺さんと獣は豪腕を振り上げる。傷が治ったとは言えどれほど動けるか分からない。迎え撃つと心に決めた。

 

 膂力も速度も桁違いの獣に対してそれは全く間違った判断なのだろう。人の姿を留めている僕らと、バケモノそのもののこいつとでは基礎能力が大違いだ。だが、そんなことは知らない。生きる。狩る。この獣を殺して食らう。僕こそが獣を食らう獣だ。

 

「死ねええええええっ!!!」

 

『ゴガァアアアアアアアアアアッ!!!!!』

 

 咆哮とともに突き出された爪に対して左腕のストレート。鉄塊で、殴り抜ける。

 

『ギッ、ギィィィィィィ!!!』

 

 長く鋭い爪は砕け折れ、獣は苦痛の声を上げた。その代償として僕の左腕もぐちゃぐちゃになっている。だがそれでいい。満身創痍の彼女はそれでも獣の背後にどうにか歩み寄り、ぐるりと刀身を回して刃を獣の身から抜き去った。大量の血が吹き出し、さらなる悲鳴。そして間髪入れずに納刀された刃に赤光が集い、解き放たれる。

 

 レオの居合斬りはスラリとなんの抵抗もなく獣の足首をポンと刎ね飛ばした。酷く綺麗な断面から一瞬の間をおいて血液が溢れた。足を失ったことで当然に体勢を崩した獣は地に伏せる。良い格好だ。

 

「脳味噌ぶち撒けろォッ!!」

 

 右手の血の槍を顔面に突き刺し、脳髄をかき回すようにぐちゃぐちゃと抉り、勢いよく抜き放つ。驚くほどの血が噴出し、雨のように公園に降り注ぐ。僕らはふたりともボロボロだったが、顔を見合わせると、どちらともなく笑みを交わした。

 

 

 

 

 

 

 恍惚とともに遺志が、血に残された記憶が染み込んでくる。病室だろうか。白ばかりが目立つ部屋に、大きなベッド。その中心には小さな子どもらしき人影が座っている。輪郭がぼやけ、その人物は判然としない。獣になる前の人であった彼/僕は、その小さな影に何くれとなく話しかけるが、反応は芳しくない。僕はベッドの上の子供の手を握り、二人でそっと病室を離れた。

 

 桜並木を歩いていく。長い長い道をやや散りかけた桜が並ぶ。はらはらと落ちる薄桃色の花びらが視界いっぱいに舞う。緩やかな風が舞う中、暖かな手の平を握り、ずっとずっと歩いていく。その先にあるのはあの公園だ。悪夢の中での廃れた様子とは違い、どこも真新しい。握った手が離れ、小さな影が駆けていく。終わりの前の、僅かな幸福の記憶。

 

 僕が遺志に酔っていたのはどれほどか、急に地に足がついたような感覚に驚き、思わず倒れそうになる。目の前の公園は先程から変わらず古ぼけたものだった。そして目の前には巨大な血溜まりがあり、獣の死体は……ない。

 

 溶けて消えてしまいでもしたのだろうか。息を吹き返してまた逃げた、ということは流石にないと思いたいが、獣の死体は今まで基本的に残っていたように思うのだが。まあ、悪夢の中でのことだ。妙なことが起きてもそういうものかで済ませて問題ないようにも思える。僕よりも長くこの世界に関わっているだろう彼女はどう判断するか。

 

 レオの方に目を向ければ、彼女も遺志を得て、何かを視ているようだった。茫洋とした視線は不規則に揺れ、明らかに意識を保っていない。整った横顔を見つめていると、唐突に一筋、涙が流れた。そして瞳に光が戻る。目を覚ましたようだ。

 

「レオ、大丈夫か?」

 

「っ!? ……ぅ、ああ。何も問題はないよ。こんなもので惑わされるボクじゃないさ」

 

 涙に濡れる目元をごしごしと袖で強く拭い、彼女は強く言い切った。

 

 ……どうにも嫌な感じがするというか、救いようがない。僕は何も言えなかった。興味本位で深く踏み込むことも、無理矢理にでも寄り添うようなお節介も、彼女は求めていないように思えたから。ただそれは結局僕の薄情さの現れでしかないのかもしれない。

 

「本当ならすぐにでも悪夢の世界の崩壊が始まるはずなんけど……」

 

 目元を赤くした彼女がそれを誤魔化すように背を向け、周囲を見渡す。

 

「特に何事もないね」

 

「うん。ということは、あいつが悪夢の主ではなかったのかもしれない。それなら悪夢の核になっている魔獣が別にいるはず」

 

「もっと強いやつがいるのか……」

 

 今回でもかなりギリギリの戦いだった。二人がかりで満身創痍だったし。それ以上強い敵となると、勝てるのだろうか。理性はそれを恐れ、しかし血に酔った心はわくわくしてきたと言うように高揚し始めている。獣狩りの悦楽は既に僕の体に深く深く刻み込まれ、今夜の戦いでそれはより一層強くなっていた。

 

「まあ、今日はここまでみたいだけど」

 

 レオが言う。気づけば視界が揺れるような感覚。悪夢の夜の仮初の終わり、一時の目覚めが近いのだ。

 

「これで終わらなかったのは残念だけど、キミと長い付き合いになりそうなのは純粋に嬉しいな。また会おう、コナタ」

 

 少し影のある笑顔が薄らいでいく。悪夢の夜が終わった時、僕は、彼女は、一体どうなっているのだろうか。この狂った夜を過ごした時間はほんの僅かだが、二人共に真っ当なまま日の下に帰れるとは少しも思えなかった。

 

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