地の底に星を求めて   作:ヴォイ

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8.光輝の刃、赤石八代

 気づけば再び現実に戻ってきていた。なんてことのないいつもの部室だ。いや、どうも見た目が怪しいだけの物ではなく、超常の力を秘めていそうなヤバいものがそこら辺に放り出されていることが分かるようになったせいでやや危機感を覚えはする。普通の生徒がわざわざこんな所に来ることはないだろうから問題ないとは思うが、下手に触ったりしたらどうなるのだろうか。

 

「……」

 

 嫌な現実から目をそらし、窓の外へ目を向ける。カーテンの隙間から眩い朝日の光が差し込んでいた。特別なことはなにもない、ただそれだけのことだったが、死にかけたせいか酷く尊いもののように思えた。ただ、それでも僕はどうしてもこの明るい世界より血の芳香が染み付いた悪夢の世界に心惹かれてしまうのだが。

 

 丁度いい時間まで部室でぼんやりと過ごした後、教室に向かい、いつものように授業を受ける。特筆することはなにもないが、体育の授業で体の感覚が変わりすぎていて大変だった。別クラスとの合同体育で少しやらかしてしまった僕を見て、バスケ部でわりと目立つグループの、なんといったか。名前は……赤石君だったか。いかにも爽やかスポーツマンといったような彼に勧誘されたりしてしまった。もちろん、やんわりと断ったがあちらもまあ社交辞令だったのか、あっさりと引き下がった。

 

 別段気にするようなことではない。ただ、彼からは妙な香りがした。制汗剤なんかの匂いとは全く違う。しかしなぜか気になるような。なぜか騎士姿の少女の香りを思い出した。彼女が纏っていた、血の匂いをむしろ引き立たせるような花の香り。

 

 彼の香りは血の匂いを隠すようなものだったのだろうか。それでいて一皮剥けば染み付いたものが溢れ出すのではないか。一度気づいてしまえばそうとしか思えず、先程のことはこちらに軽く探りを入れていたということだったのかもしれない。

 

 身近に、それほど悪夢の関係者がいるものかと思うが、今まで気づかなかっただけで実はそこら中にいるんだろうか。彼もレオと同じように協力してくれるのか、あるいは……。

 

 

 

 

 

 

「ふむ、そりゃあ探せばいるだろうが。身近で関係者に出会うようなことはないな、私は」

 放課後、部室で菜々さんに聞いてみた所、そんな返答があった。

 

「そうなんだ。じゃあこの辺の怪しいアイテムとかはどうやって?」

 

 よくわからない生物の標本、骨や臓器、剥製、多国籍な民芸品の数々。オカルト研究会の名に恥じない雰囲気を作ってはいる。歴代の先輩達が集めたというものはほぼほぼただのインテリアだが、菜々さんがさらっと本物を混ぜているのだ。

 

「ネット通販」

 

 konozamaかな? 

 

「もちろん違う。まあそういう怪しげなコミュニティというのはどこにでもあるものだよ。偽物掴まされることも多いというか、9割以上偽物だが、集めていくうちに勘所が分かってくる」

 

「そういや、色々拾ってきたけど……」

 

 眼鏡を光らせながら怪しげに笑うこの小さい先輩に、とりあえず戦利品を渡しておくことにした。自分で持っていても仕方ないし。クリオネっぽいのや、道中で倒した獣の死骸やその一部である。

 

「おお、これは素晴らしい。パッと見て分かるほどにホンモノだし、なんというかなあ鮮度が違うね!」

 

 僕が渡したなんか虫みたいなのの死骸とかを嬉々として机に並べ、一つずつそっと手に取り、回しながら穴が開くほど見つめる菜々さん。爛々と輝く瞳は、もはや物理的な圧力すら伴っているようだ。

 

 しばらくは話しかけてもまともな対応されそうにないのでぼんやりしながら待つ。菜々さんは拾い物に夢中だが、僕はどうにも興味が持てなかった。血が抜けていると魅力を感じないんだよなあ。

 

「……ふぅ」

 

 それなりに時間が経った後、白衣の彼女は恍惚とした表情で顔をあげた。

 

「まあ、喜んでもらえたんならよかったよ」

 

「ああ、ありがとう。これで随分捗りそうだ」

 

 ずれた眼鏡の位置をそっと直し、ようやくこちらに向き直る。

 

「それじゃあ今回はこれを渡しておこう」

 

 そう言って手渡したのは例の注射器だった。中身の液体は、どうも少し色合いが血っぽくないようだが……。

 

「精製し、効能を高めてみた。たぶんよく効くと思うぞ」

 

「普通のやつでもかなり効いたというか、けっこう重傷でも一瞬で治るみたいな感じだったんだけど」

 

 菜々さんが粗悪品とか言ってたやつである。冷静に考えると相当アレな代物を体内にぶち込んでしまった気がする。特に後遺症とかはないようだが。

 

「それじゃあ腕の一本や二本くらい生えてくるかもしれないな」

 

 楽しそうに笑う彼女に、乾いた笑いしか返せない。治るどころで済まずに体のパーツが増えそうだ。流石に嫌なので使う機会がないことを祈りたい。

 

「ところで、君が持ってきてくれたこの、軟体生物なんだがな」

 

 クリオネみたいなのの死骸である。

 

「?」

 

「これは精霊とか、妖精とか、あるいは使者とか呼ばれるんだ」

 

「妖精感はあったなかあ」

 

 たぶん一番近いのは蛍狩りだが。

 

「見た目は綺麗でもね、恐ろしい存在らしいのだよ」

 

「どういうこと?」

 

 レオもなんかそんなようなことを言っていたが。

 

「この世ならざる異界、悪夢の世界よりもさらに異質な……そんな場所からやってきているようなんだ。そしてその場所からもたらされたものこそが、悪夢を、この世の超常的な事物全てを作り出す根本。そう考えられている」

 

 なんだかすごそうだがさっぱりわからない。血の力の源とかということだろうか。

 

「それも含めてだね。そして私はそれにとても興味がある」

 

 眼鏡の奥の瞳が剣呑な光を宿す。以前はこうなった彼女を見てもなんかおかしなこと言ってるなあとしか思わなかったが、今は分かる。コイツ本気でやべーやつだ。

 

「この使者のようなものや、悪夢の世界の中でも特におかしなものを見つけたら持ち帰ってくれたまえ。……期待して待っているよ」

 

 そう言ってこちらに向けられた笑顔は、身震いするほどに艶やかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そうこうしているうちに、また今夜も悪夢の夜が始まるようだった。意識が切り替わり、悪夢の中で目覚める。あの公園だ。

 

 切れかけた電灯の明かりだけに照らされていた昨夜は、周囲の様子は見えなかったのだが、今は入口の反対側から道が伸びているのが分かる。なぜ気づかなかったのか不思議なくらいだが、桜並木の大通りだ。季節感無視の満開で、ひらひらと舞い落ちる花びらは血のような赤を反射して光っていた。空を見上げれば雲間から紅の巨大な月が覗いている。奥へ、奥へと誘うように、怪しい月明かりは世界を染め上げていた。

 

 この道の先に、この悪夢の中心があるのだろう。行こうと、と足を進めようとした直後、背後から砂利を踏みしめる音が響く。振り向くと昼間に見た爽やかフェイスがそこにいた。

 

「やあ、こんばんわ只野君」

 

 分厚く、しかし動きを阻害しないように工夫が凝らされているのだろう、素人目にも特殊な品と分かる革のコートを身に纏い、その長身を超え、2m近くあるのではないかと思われるほど長大な両手剣を背負っている。太さはさほどでもない、というか普通くらいなのだがやたらに長い。重量も見掛け倒しでなければとんでもないことになっているだろう。

 

「……こんばんわ、赤石君。こんな所で、奇遇だね」

 

「ははは、もちろん違うさ。俺は君を待っていたから」

 

「何の用で?」

 

 あの大剣をぶん回してくるとしたら並の獣よりよっぽど恐ろしい。敵でなければいいのだが。

 

「見定めるため……なんていうと大仰かな? まずは俺の立場を明かしておこう。光輝の刃の悪夢狩人だ。光輝の刃は悪夢の被害を減らすために古くからある組織で、俺はその一員というわけだ」

 

「やっぱりそういうのあるんだ。僕は一昨日くらいからここに出入りしてるけど」

 

「悪夢に迷い込んだり、攫われてきたりする人間は多いが、生き残れる人間はほぼ皆無だ。君は幸運だ」

 

 彼は軽く鼻を鳴らし、それだけではないだろうが、と笑った。確かに、運悪く迷い込み、運良く逃げ出しただけなら当然ここにはいないだろう。僕はもはや獣の血を浴びることなしにはいられないだろう。それを思えば彼と、その組織にはとても興味がある。悪夢を放置するわけにはいかないが獣を狩ることは続けたいという矛盾した望みが叶う、かもしれない。

 

「君が獣に堕ち、狂っているのだとしたら狩らねばならなかったが、そうではないようで嬉しいよ。そして獣を、悪夢を狩り、人々を守るという意志があるならば、共に行こうじゃないか」

 

 どうだい、と尋ねる彼の態度に裏はないように思える。今なら分かるが、彼の装備に染みついた血の臭いは濃い。それでいて日常生活を送れるほどに理性的であるならば、少なくともしばらく同道するくらいは問題ないだろう。ひとまず頷いておくことにした

 

「ありがたいね。訓練も実践もそれなりに積んでいるけど、獣との戦いは何が起こるかわからない。それにこの悪夢は少しおかしい」

 

「どういうこと?」

 

「いきなり規模が大きくなって、行方不明者の数もここ数週間で爆発的に増えている。普通ならもっとじわじわと被害が広がるものなんだ」

 

 それは、つまりどういうことだろうか。

 

「敵は獣だけではないかもしれないということさ。只野君は心当たりないかい?」

 

 マッドな笑みを浮かべる白衣の少女が脳裏に浮かぶが流石にそれはないと信じたい。

 

「まあ、巻き込まれただけなら仕方ないね。……ただ、君から、どうも別の狩人の血の匂いがするように思うんだけど」

 

 レオのことだろうか。たぶん、赤石君と似たような立場なのではないかと思っていたが。

 

「獣狩りを一緒にしてる子がいるよ。近くにはいないみたいだけど、そのうち合流できると思う」

 

「そうか……。味方ならば、心強いね」

 

 爽やかな笑顔とともにそれでは行こうと言う彼と公園を出て、桜並木の道を歩き出した。怪しく美しい光景とは裏腹に漂う獣臭、荒い息遣い。これまで以上に獣が潜んでいるようだった。

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