とあるハンター
※
――GYEEEEEEAA!!
眼前で鳥竜が咆哮した。振り返り、震える鼓膜を抑えながら立ち上がってからもなお、しばらくその揺すぶるような余韻は続いていた。
小型のイーオスだった。しかし、その鮮やかな赤色を帯びた表皮と、振りかざす毒牙の凶悪さは、獲物にとって恐怖そのものだろう。それらが三体。猛烈な唸り声をあげて突っ込んでくる。鉱石を求めてピッケルを振るうのに夢中になっているすきに、先手を取られてしまった。慌てて握っていた道具を放り投げる。
しかし、相棒は違う。
ノミとハンマーを捨てて飛び起きた直後、かたわらを一つの影が鋭い風となって駆け抜けていった。間抜けな俺を叱咤するように、そいつが喉から雄たけびをあげて突っ込んでいく。
「ぉああおあああああ!!」
アステは指の先から骨の髄まで練り上げられた、この世でも最高峰のハンターだ。小柄な体躯からは想像もできないような膂力でもって、身の丈を軽々超える大剣を振りかざす。一切怯む事なく先頭のイーオスに切りつけ、そのまま力づくで吹き飛ばしてしまった。
アステと視線が合う。人の生み出したしたあらゆる芸術品も到底及びつかない容貌は、今は闘争の熱気によって獰猛な笑みを形作っていた。火山地帯の大気温に頬は赤く染まり、白い首には汗が一筋鎧の胸元へつたった。
周囲とはまるで対照的な海の色の瞳が、気遣うように揺れる。あるいは、いつまでへたりこんでいるのかと、俺を冷笑しているようだった。
大剣を脇へ振りぬいた瞬間の姿勢が崩れたところへ、二番手につけていたイーオスが憤怒の形相で割り込みをかけた。地を這うような挙動はアステの死角を巧妙につき、思わず武器を抜く事も忘れて警告を叫んだ。相棒の防具はしなやかだが耐久性の薄いレザー。殺意の滴る毒牙に一点を貫き通されてしまえば、華奢な分だけ全身へあっという間に毒が回るだろう。
警告を受けたアステの口が、さらに深く笑みを浮かべた。
大剣を振り下ろした反動に逆らわず、泳いだ重心を足運びだけで強烈な回転に変える。ぐるりと首を回し、二頭目を視認。一瞬前まで相棒の腕があった場所に噛みついたイーオスの頭部へ、カウンターで渾身の拳を振るった。手甲に仕込んだマカライト鋼の強度は、たかが裏拳をまるで砲弾のような一撃に変換したのだ。
結果、イーオスは強烈に頭部を揺らされたたらを踏んだ。そいつは最後、自分の首の上に大剣を振り上げる、悪魔のごとき笑みを浮かべたハンターを認識できたかも怪しかった。
ぶつりという音と、共に振り下ろされた刃がその首を切って落とした。
相棒は天性の狩人だ。十分な体勢から剣を繰りだせれば、小型モンスターの鱗など軽々切り裂いてしまう。
最上の名画さえ及ばない美貌が、鮮血によって生々しく飾られる。
もちろん、こちらもそのまま手をこまねいているわけにはいかない。
残る三頭目のイーオスへと腰から剣を抜刀しながら突進、盾を握った右腕を前面で構えながら距離を詰めた。片手剣、その中でも多数の鉱石を鍛え上げて作られたこの武器は、凍てつくような冷気を放っている。他の武器種ほどの重さはなく、ベースが大量の氷結晶でもあるため、飛びぬけた切れ味は持たないが、非常に信頼のおける性能と取り回しの良さが売りである。
飛び込んできたイーオスはそのまま右手へ遮二無二牙を立ててきた。傍から見れば、まるで盾の表に舌を這わせているように見えたかもしれない。下部を咥えこんで「がちがちがちがち……!」と恐ろしい勢いで打ちつけられる牙に、気を抜けば腕ごと持っていかれそうになった。
襲撃者を間近にしてその飢えと怒りは手に取るように伝わってきた。顎の下で幾度も爪が光り、俺の腹や膝に細かく血の線が引かれていく。
血走った目と目が合い、それで一秒。
剣を手の中で滑らせるように一回転、逆手に持ち直し、イーオスの首をへし折るために盾の向こうへ左腕を伸ばすのに、もう一秒。
それで時間切れになった。
次の瞬間、大上段から死刑執行台のような白刃が、鳥竜の長い首を寸分たがわず真っ二つに両断した。
ぐるりと弧を描いた大剣の軌跡の下から、「よっと」という軽い掛け声で肩に担ぎなおすアステと、その頬の赤く彩られた獰猛な血化粧が覗いた。
イーオスの頭が遠くにべしゃりと叩きつけられて、間抜けなアイルーが誤って水に落ちたような重くくぐもった音が響いた。
相棒は天性のハンターだ。それは間違いがない。
放っておけばそれこそ、世界中の竜を殺してまわるだろう。
俺をおいて瞬く間に鳥竜を二頭仕留めた事にいたく機嫌を良くして、やや低い位置にある頭をきょろきょろとふっていたそいつは、何かに気がついたように「……あっ!」と声を上げると、まるで叱られた子犬のように肩を落としてしょぼくれた。
「……もう一匹いたのに。……逃がしちゃった」
この言い草だ。黙っていればもう少し可愛げがあるだろうに、口を開けばこっちが上だの俺が下だのと、狩猟討伐数の競争だ。……もっとも、今のところは、競争にもならないぐらい、あらゆる場面で俺が大敗しているという記録だけが残っているようだが。
狩猟対象も、巨大で、なおかつ強敵であればあるだけ良いという、頭のネジがいくつか飛んでるとしか思えない基準があるらしい。強烈な毒、鋭い棘、邪悪な牙……素晴らしい。人食い、繁殖期、凶暴なつがい……ますます結構。高難易度、未知の強敵、同時、複数狩猟……なんて言葉にも目がない。それに加えて狩猟環境不安定などと聞けば、喜び勇んで飛びつくだろう。こいつはそういうやつだ。
俺は軽く肩をすくめて武器を納めた。
「ああ……最初にふっ飛ばした奴か」
「深手は与えられなかったから……走って逃げちゃったみたい」
「ああ、そうかい」
「てゆーか、ストラがもたもたしてるから、逃がしちゃったんじゃんー! 馬鹿あ!」
「俺だってすぐに倒せたからな。そこまで言うならお前がそっち見てればよかったんだ」
「うるさい! せっかく火山の狩りが認められたのに、いっっっつも石ころ弄ってばっかでさぁ! このインケン根暗ハンター!」
「あ? お守りの価値もわからないお子ちゃま脳筋単細胞アステに言われたくはねえよ、この猪突猛進ブルファンゴ族」
売り言葉に買い言葉。共通してあたる敵がいなければ、俺たちの間では大体いつもこんな調子だ。
ナメクジに人徳というものを求める行為に等しい程度のチームワークなのに、俺たちはどうしてコンビを組んでいるのだろうか? たぶん偶然だろう。互いに魔が差したとしか、言いようがない。
「ふんだ。こんなことわざがあるよ……つまり、『竜の牙は食えない』だろうね。もういい、今日のご飯の支度は一人でやってよね。ボク知らないから!」
「おう、勝手にしろ。せーせーする」
「……ほんとに知らないからね?」
「真のハンターはお守りの力で空腹をも乗り越えられるからな」
互いに一瞥もくれずに、解体用のナイフを手に取り、それぞれが後始末を始めた。
そんな馬鹿らしい会話が、そのまま戦闘終了の合図になった。