アウ!
ウォーターセブンの裏社会を取り纏める男、フランキー。
彼は現在、裏町の海岸にある本拠地、フランキーハウスで身を震わせていた。
「アウ!! 本当かお前らァ!? 本当に、あの蛇王海賊団が来てんのか!?」
「間違いないです、フランキーの兄貴!! ガレーラんところに行って、アイスバーグに“島サイズの船”を注文してました!」
「……がははははっ!! そいつぁすげぇ! やっぱりあの人はスケールが違ェなァ!」
彼がボスを務める解体屋兼賞金稼ぎ、“フランキー一家”の中でも、フランキーに次ぐ地位にある男、ザンバイからの報告を聞き、かの“蛇王海賊団”がこの島に来ていると知ったからだ。
しかし安心して欲しい。
さすがのフランキーも怪物軍団に挑むほどアホではない。
むしろ、フランキーやその手下たちにとって、蛇王海賊団……というか“蛇王龍”は憧れの人なのである。
それは何故か?
忘れている方も多いかもしれないが、蛇王龍ことマデュラは元々フランキー一家と同じ賞金稼ぎである。
しかも、世界最強の賞金稼ぎとまで謳われた、一種のカリスマ的存在なのだ。
同業という事でマデュラに興味を持ったフランキーたちは彼女の事を調べ、記事を集め、無数のグッズを作るぐらいには大ファンだったりするというわけだ。
しかし、そうなると……。
「よっしゃあ! お前ら、船の場所は!?」
「もちろん調べてあります!」
「上出来だァ! グッズ持って会いに行くぞォ!!」
「「おおう!!」」
「き、緊張するわいな」
「門前払いされたらどうするわいな?」
「……なんとかなるわいな!」
テンションが最高潮に達したフランキーたちは、リズムに乗って踊りながら、蛇王海賊団の艦隊が停泊しているという、街の真正面にある海岸へ向かって突き進んでいく。
どいつもこいつも変態チックな格好をしているので、はっきり言ってとても気持ち悪い。
当たり前だが、道中で街の人々にも普通に目撃されている。しかし、フランキー一家の奇行は割といつもの事なので誰もが見て見ぬふりである。
そして──。
蛇王海賊団本船にて……。
船長のマデュラを含む大半の船員が出払い、がらんとした空間が広がるガレオン船の甲板で、短めの赤黒い髪と、右目のあたりに走る傷が特徴的な巨漢がのんびりと昼寝していた。
彼の名はゾラ。
こう見えて蛇王海賊団の最高幹部“四龍王”の一人であり、いつも船の上で寝ている事から船番を任されている程の実力者である。
“熔山龍”ゾラ、懸賞金8億ベリー。
同じ“四龍王”の一人であるラヴィや副船長のフィロアと比べると懸賞金は低めだが、彼もまた規格外の巨体に変身できる能力者であり、最高幹部に相応しい圧倒的な戦闘力を誇る。
そんな彼が、ふと目覚めた。
「……んぁ? あー、よく寝た。船長たちはまだ帰ってきてねーのか。参ったな、やる事がねえ。暇だ」
起きたはいいが、船に残った者がほとんどいない事に気付き、ボリボリと頭をかくゾラ。
ラヴィを筆頭に、女性クルーがいたら喜んでセクハラをかますのだが。
尚、完全に思考がセクハラ親父のそれであるゾラとて、命は惜しいのでマデュラにだけは絶対にセクハラをしないと決めている。だって、した瞬間冗談抜きでお空の星にされてしまうもの。
あの美貌は素晴らしいのだが、いかんせん強さが浮世離れしすぎている。
彼女と初めて出会った時、“ゾラ・マグダラオス”に変身していたゾラは、巨大な蛇王龍に変身していたマデュラにいきなり何故かタックルされ、やたらと瞳がキラキラしている彼女に半殺しにされて捕獲された。
薄れ行く意識の中で見た満面の笑みがトラウマとなってゾラの記憶に深く刻まれており、マデュラに逆らってはいけない、と本能レベルで察したのである。
「うー、苦い思い出だ。ま、今は楽しいからいいが」
あまりに暇すぎてぽつりと独り言を漏らす。
当然、言葉を返してくれる者はいない。
いっそ街に繰り出したいところだが、船番を任されている以上はそうもいかない。
マデュラは話せば理解してくれるだろうが、他がダメだ。特に、モンスターズの問題児たちには絶対に却下される。
ゾラは、一応最高幹部なのにやたらと立場が弱い己の不運を嘆いた。
「──あんたらもそう思うだろ?」
「うぉっ!? き、気付いてたのか!」
声の主は、下半身が海水パンツ一丁、上半身がアロハシャツを羽織っただけ、というあまりにも変態的すぎてとても船長には見せられないド変態であった。
更にド変態の後ろにも奇妙な格好をした変態どもがゾロゾロとおり、ゾラは思わず眉を顰めた。
船をただじーっと眺めていた事から、敵意は無いと判断し、放置しておいたが。
あまりにも暇なのでとりあえず話し掛けてみたわけなのだが、こんなものをマデュラの視界に入れるわけにはいかない。
マデュラから乙女的悲鳴と共に極大のブレスが放たれ、ウォーターセブンが塵と化す未来しか見えない。
「とりあえずあんた、下に何か穿けよ。そんな格好を船長に見られてみろ。ウォーターセブンと一緒に海の藻屑と化すぞ」
「い!? そ、それは困る! だがアロハと海水パンツは俺の魂! これを覆すわけには……!」
「いやマジで頼むわ。俺まで攻撃されたらどうしてくれんのよ」
「くっ……!! 男フランキー、選択の時……!」
「兄貴……!」
海岸で悩むド変態と、それを心配そうに見守る変態たち。
それらを船上から眺めながら、首を傾げるゾラ。
「そもそもお宅ら誰よ」
「アウ!! よくぞ聞いてくれた! 俺たちゃ泣く子も黙る解体屋、“フランキー一家”! そして何を隠そうこの俺様が! ウォーターセブンの裏の顔!! ンン……フランキィィー!!」
「へー、そう。裏社会のボスってところか。そんな奴がウチに何の用だい?」
「あ、反応薄い……」
奇妙なポーズをキメるド変態の自己紹介をさらっと聞き流し、マデュラが帰ってこないうちに用事を済ませて帰そうとするゾラ。
外面は非常にのんびりとしている彼だが、その実内心ではものすごく焦っていたりする。
万が一ここにマデュラが現れたら、冗談でもなんでもなく本当に大惨事になりかねないからだ。
恐らく二十歳前後と思われる彼女だが、孤島育ち故か変態への耐性が低く、セクハラされたり気持ち悪い格好の輩を見るのがマジのガチで大嫌いなのである。
極端な話、フランキーを見ただけで激怒しかねない。
そうなればこの程度の島など一瞬で消え去ってしまう。アイスバーグとの約束なんぞも空の彼方へ飛び去ってしまうので意味が無い。
「おれたちゃこう見えて副業として賞金稼ぎをやっててなァ。お宅の船長はかつて同業で、しかも世界的な有名人だっただろう? だから、まあ簡単に言うと憧れてんのよ。それでこうしてグッズを片手にサインでも、と思って来たんだが……」
「なるほどねえ。御生憎様、今船長はお友達兼仲間の、ウチの最高幹部の一人とデートでもしてんじゃねーかな。女の子同士でキャッキャウフフとよ。はー、おれも交ざりたいわ……」
「最高幹部……ああ、“大巌竜”か? たしか、元々はかなりの権力を持つお偉いさんだったらしいが」
「そうだよ。お宅、よく知ってんな」
「うはは! 言ったろ、ファンだってな!」
大切な船長を慕っていると言われれば、まあ悪い気はしない。話している限りではこのフランキーという男はなかなかウチのクルーと気が合いそうだ、と考えるゾラ。
しかし、やっぱり格好が大問題である。
ただでさえ、マデュラはつい昨日クックに一日中説教を食らったばかりであり、今朝ようやく解放され、再びラヴィと街へ遊びに出かけたのだ。
そんな時にこんな不快な格好の男を見れば、上々だった機嫌は急転直下。街もろとも島は消滅、一週間はものすごく機嫌が悪い船長に怯えるクルー……なんて事になりかねない。
更に言うなら十中八九ゾラも巻き添えを食らう。
そんなの断固ノーサンキューである。
「まあ、そういうわけでよ。ウチの船長、お宅みたいなド変態が大嫌いなのよ。死にたくなければ絶対に会わないようにするか、その格好をなんとかしな」
「うぐ……。結局そこに戻るのか……」
「そんなに悩む事かい」
「アウ! 悩む事だ!」
そんなやり取りを繰り返し、フランキーは手下たちを連れてうーうー唸りながら一旦帰っていった。
下に何か穿くか穿かないか、真剣に検討してみるとのことだ。
尚、笑顔を浮かべてゴキゲンなまま帰ってきたマデュラにフランキーの事を話してみると、変態は嫌いだけど話が通じる変態なら許容範囲だ、という意外な答えが返ってきた。
どうやら、マデュラが大嫌いなのは、こちらの言い分を無視してハァハァと息を荒らげながら近付いてくるタイプの変態らしい。
これには珍しくラヴィも同調し、曰く「天竜人を思い起こしてしまうから嫌なのではないか」との事。
なるほど、もっともだ。
と、妙に納得したゾラなのであった。
ちなみに。
後日改めてやってきたフランキーは、ものすごくそわそわしながらもズボンを穿いていた。
これには対面したマデュラもニッコリであり、快くサインと撮影に応じた。
モリアさんとこに行く前にウォーターセブンで遊び尽くす蛇王海賊団。
次回:「CP9です」