ウォーターセブン中心街の一角に、とある酒場がある。
ブルーノという店主が営むこの店は本日休業しており、誰もいない……はずなのだが──。
「……それで、長官はなんと?」
「“計画に変更はない”そうだ。まあたしかに、蛇王海賊団がこの件にしゃしゃり出てくる理由など無いからな」
「そうか。しかし、注文を受けたんだろう」
「ふん。船大工などいくらでもいる。なんならベガパンクにでも作らせればいい。それで奴らとコネができるのなら万々歳……とでも考えているんじゃないか、あの
「なるほどな。なんにせよ、我々は指令に従うだけだ。そうだろう?」
「……ああ。どの道、海軍がニコ・ロビンの居所を捉えた以上、敷かれたレールを走らざるを得ない」
「了解した。さて、“ドアドア”の能力で送るぞ」
「頼む」
存在しないはずの諜報機関、“CP9”。
彼らの正体こそがソレである。
世界政府の“闇”として、CP9は実在するのだ。
「──蛇王海賊団、か。どうも血が疼いて仕方ない」
「……妙な気を起こすなよ。おれたちはあの“世界最後の日”に立ち会ったわけじゃないが、それでも奴の……蛇王龍の強さは本物だ」
「分かっている。実際に会って感じたからな。だが、だからこそ試してみたくはないか?」
「まったく、戦闘狂が……」
CP9の最高傑作、ロブ・ルッチ。
彼はこれまでに幾度もの任務を成功させてきた。
それ故に、本当の恐怖というものを知らない。
悪い癖が出ている同僚に呆れつつ、CP9の大男……ブルーノは能力を発動。
空気にドアを作り、誰もいない場所へとルッチを送る。
あまりにも暗殺向きすぎるこの能力を持つが故に、ブルーノは世界政府にとって決して手放せない優秀な手駒として扱われている。
同僚を無事に送り、誰もいない一角で呟く。
「……さて、そろそろ奴らが着く頃か。さっさと仮装しなければな」
そして、翌日。
ウォーターセブンに、“麦わらの一味”が到着した。
この街で動く闇の存在を知らないニコ・ロビンを乗せて──。
水の都ウォーターセブンの、とある街角にて。
「うーん、すげェけど歩くと不便だなぁ。おれたちみたいな能力者には過ごしにくいかも。な、ロビン!」
「ふふ、そうかもしれないわね。あ、船医さん。あれ、書店ではないかしら。医学に関する本もあるんじゃない?」
「あ、ほんとだ!! ロビン! 寄っていいか!?」
「……もちろん」
麦わらの一味の船医、トニートニー・チョッパーと、同じく麦わらの一味の一員である美女、ニコ・ロビン。
外見ではとても海賊をやるようには見えない二人組が、ウォーターセブンを歩く。
そして書店を見つけたチョッパーは、一応聞いてはいるが入る気満々で素早く店の前に陣取る。
それを見たロビンは、呆れるやら微笑ましいやらで、なんとも言えない表情をしながらついて行く。
が。
「CP──」
「お、ニコ・ロビン。奇遇じゃの」
「……!?」
仮装したブルーノが声をかける前に、何ともごつくてデカい老人が先にロビンへと話しかけた。
その姿を確認し、思わず固まるロビン。
「蛇王……海賊団……!?」
「いかにも。お主のような優秀な考古学者に顔を覚えられておるとは光栄じゃな」
「……当たり前でしょう。あのクローバー博士から直々に教えを受けた、私の“兄弟子”だもの。それでなくとも、かの“峯山龍”の名を知らないわけないわ」
「ほほほ、懐かしい名じゃ。師は最期まで師のままじゃったか?」
「……ええ」
“峯山龍”ジエン、懸賞金5億8000万ベリー。
彼はかつて、能力者になる前にオハラに滞在し、そこで偉大な考古学者、クローバー博士に師事していた。
そして、オハラを出たジエンはシャンロンとガオレン、そしてクックという化け物たちと知り合い、自身が考古学者だという事を隠しつつ世界中を旅していたのである。
彼自身が能力者になってしまったのはその旅の途中だが、そのおかげで今はこうして蛇王龍という最強の守護神を得る事ができたので結果オーライだと思っているらしい。
まあ、それはさておき。
穏やかに話す二人に対し、地味に盗み聞きする事になってしまったブルーノの心中は全然まったく穏やかではない。
(冗談じゃないぞ……!! ニコ・ロビンと峯山龍にそんな繋がりが!? まさか、麦わらの一味ならともかく、あの蛇王龍まで古代兵器を復活させる鍵を握っているのか!?)
CP9の長官、スパンダムが五老星に対し「古代兵器という強大な戦力は政府が切り札として握っておくべき」とプレゼンし、“古代兵器プルトンの設計図をアイスバーグから強奪する”という計画を難なく立てる事ができたのは、偏に蛇王海賊団というあまりにも大きい脅威が悠々と世界中を走り回っているからである。
しかし、その蛇王海賊団が古代兵器を復活させる事ができるかもしれない、となると話が変わってくる。
下手を打てば、アイスバーグが握っているだろうプルトンの設計図という、飛びっきりの爆弾の存在が蛇王龍に知られてしまう恐れがあるからだ。
そうなれば設計図は即刻燃やしてしまうべきだろう。
あの蛇王海賊団が本気になれば、奪えないものなどこの世に存在しない。
たとえ世界政府であろうと、強奪した設計図を守りきる事は不可能だろうから。
(ここは引いて指示を仰ぐべきか……? いや、あの長官に深く考えるだけの知能はない。ルッチに……いやダメだ。あの戦闘狂もこういう時には役に立たん!)
仮装したまま一人混乱するブルーノ。
大男が何やら呻く様は、傍から見るとはっきり言って気持ち悪い。
そして、残念ながら。
時間切れだ。
「やあ。そんなに焦ってどこへ行くんだい?」
「……!?」
慌てて飛び退くブルーノ。
ざわめく民衆。
ジエンと親しげに会話していたロビンも気付き、鋭い視線を送る。
騒ぎを聞きつけたチョッパーも、ようやく店から出てきた。
再度言うが、時間切れである。
「“大怪鳥”……!!」
「うんうん。君の心の中が手に取るようにわかるよ。大方、ここからどのように逃げるかの算段を立てているのだろう?」
「……」
「でも、無駄なんだ。君たちはね、行動するのが遅すぎたのさ」
「放っておいてもいいの?」
「ああ。クックならば心配はいらぬよ。CP9ごときに遅れをとるような軟弱者ではないわ」
「……! CP9!?」
「ん? 気付いとらんかったんか? この街、4人もCP9が潜り込んでおるぞ」
「!?」
蛇王海賊団がこの街に滞在して、もうそれなりの日数が経っている。
世界政府から敵視されている立場である彼らが、その間本当にただ遊んでいるだけだろうか?
マデュラが気に入ったアイスバーグという人物の事情を、何も調べずに放置しておく程のマヌケ集団に見えるだろうか?
答えは否である。
既に、CP9の計画は蛇王海賊団の知るところにある。
「ドアド……あ゙ッ!?」
「まあ待ちたまえ。我らが姫はね、君たち世界政府の人間が死ぬほど嫌いなんだ。逃がすわけがないだろう?」
そして、蛇王海賊団は“世界最悪の海賊団”だ。
「それにね──」
「あの子が気に入ったアイスバーグ氏を暗殺しようなんていう輩は、生かしておけないの。お分かりかしら」
「んー。まあ、そういうこったな。お宅ら、ちっとばかし身の程を知った方がいい」
「貴様らごとき、マデュラ様の手を煩わせるまでもない。思い上がるなよ、たかが諜報員風情が」
「覚えておけ。我らのマデュラが気に入った相手という事は、我らにとっても守るべき人間だという事をな」
「あれは……“四龍王”!?」
「そうじゃ。奴らは龍の逆鱗に触れた。我らが船長が薄汚い計画を知ってしまう前に片付けねばの。この島どころか一帯の海が消し飛んでしまうわい」
「な、なあ。ロビン。これっていったい……」
このままでは殺される!!
そう確信したブルーノは、ドアドアの能力を使って逃げようとしたが、基本的にいつも人獣型(獣といってもまんま二足歩行する鳥だが)でいるクックの翼を食らって昏倒し、そのまま足で体を押さえつけられた。
おまけに何故か街の人々までブルーノを親の仇のように睨みつけており、いつの間にか現れていたラヴィ、ゾラ、ガロア、フィロア……四龍王や、クックをまるで止めようとする素振りを見せない。
それもそのはず、“アイスバーグ暗殺”というCP9の薄汚い計画は、ナルガ率いる蛇王海賊団の諜報部隊によってとうに暴かれており、潜入しているCP9以外の、この街に住む全ての人間の知るところとなっているのだ。
「これ、は……!」
「始まる前から君たちの負けだ、CP9。ところで、ブルーノくん。君はぼくたちがどうして怒っているのかわかるかい?」
「……?」
CP9という、世界政府の諜報機関に属する自分たちが欺かれていた事に気付き、驚愕するブルーノ。
しかし、彼は投げかけられた質問に疑問符を浮かべた。
どうしても何も、蛇王龍が気に入ったというアイスバーグを始末しようとしているからではないのか、と。
「分からないか。ナズチくん」
「はーいなんだな。おまえの仲間が、ほざいていたのをボクが聞いていたんだなぁ」
「……!!」
ここで、ブルーノは全てを察した。
“だからこそ、試してみたくはないか?”
昨晩ルッチが口にした言葉だ。
あの戦闘狂めぇ!! と、内心で激しく憤るブルーノ。
意外なことに、破滅の引き金を引いたのはCP9の頼れるエース、ルッチであったのだ。
ぐえっ。
ここで、ブルーノを踏みつけて拘束しているクックの力がめっちゃ強くなった。潰れる。潰れちゃう。
「分かるかい? 分かったよな? いくらおまえたちがバカなサルでも、分かったよな!? おまえらみたいなザコが、“おれ”たちの船長を試す!? ……ふざけるなよ!! いいか、世界政府なんてのはいつでも潰せるんだ!! ただ、マデュラちゃんがその気になっていないから潰していないだけなんだぞ!!」
「ぐぇえぇ……!?」
「それをなんだ!? 試すだとォ!? 世界政府のクソ犬風情が調子に乗りやがって!!」
みるみるうちに口調が荒くなっていくと共に、人獣型から完全な獣型(やっぱり鳥だが)へと変化していくクック。
更に、武装色の覇気を使っているのか、全身が黒く染まっていく。
冷や汗を流しながら、峯山龍やチョッパーと共にそれを見ていたロビンは、その姿を見てある事に気付く。
尚、チョッパーはあまりにも恐ろしい光景に震えており、街の人々も全員気絶している。
「あれはまさか……!! 伝説の賞金首、“黒狼鳥”では!?」
「うん? ああ、今更気付いたのか? まあクックの奴は基本的に穏やかな上に、船長のお気に入りじゃから滅多に前線に出る事もないし、無理もないかのう」
“大怪鳥”クック改め、“黒狼鳥”ガルルガ。
本名、クック・ガルルガ。
──懸賞金、15億ベリー。
世界政府が双方を別人と認識しているため、二つの懸賞金がかかっているという稀有な存在こそが、先生と呼ばれる彼なのである。
「はー……はー……」
「先生、その辺に。それ以上はソイツが死んでしまいます」
「ちッ……これだからザコは嫌ェなんだよおれは!」
鋭いクチバシでブルーノの頭……のすぐ横を何度もつついた上、とうに気を失っているブルーノをゲシッと蹴り飛ばすクック・ガルルガ。
そしてブルーノの体はガロアがキャッチし、ズルズルと引き摺っていく。
「……聞くのが怖いのだけど、彼をどこへ?」
「宣戦布告じゃな。船長に気付かれぬうちに済ませておかねばならんからの」
「何故、蛇王龍には秘密なの?」
「わからんか? マデュラ船長はお気に入りに手を出されるのが大嫌いなんじゃ。その上、世界政府の事も死ぬほど嫌いじゃ。アイスバーグ暗殺計画、なんてものを知れば、彼女は激怒して暴れ回るじゃろう。そうなればもう誰にも止められん。たとえクックであろうとな」
「……なるほど」
峯山龍の言葉に納得し、思わずCP9の冥福を祈ってしまうロビン。
震えっぱなしのチョッパーも、なんだかわからないけどすごくヤバイ事が起きているという事だけは理解できた。
そして、ロビンとチョッパーはある事に気が付く。
あれ?
今、ルフィたちがガレーラの造船所に行っているよね? と。
“D”は必ず嵐を呼ぶ。
ウォーターセブンがどうなってしまうのか、それは誰にもわからない。
「……蛇王龍は、今どこに?」
「寝ているはずじゃが。それがどうかしたかの?」
「い、いえ。なんでもないの」
なんだか嫌な予感がする、ロビンなのだった。
そんなわけで、爆弾を点火してしまったのはルッチでした。
彼、確かエニエス・ロビーで麦わらの一味が乗り込んでくる時、獰猛に笑っていたと思うんですよ。
それを見て私は思ったのです。
こいつ、戦闘狂じゃね? と。