ウォーターセブンに潜入していたブルーノが、とんだとばっちりを受けてガレーラカンパニーの造船所に連行される、少し前。
実は、蛇王海賊団の本船でこんな事が起きていた。
──蛇の装飾が施された、無駄に煌びやかな一室。
ここはマデュラの寝室であり、無駄に頑丈なガレオン船の中でも群を抜いて頑丈に作られている。
何故ならば、そうでもしないと寝相の悪いマデュラによって船ごと床がぶち抜かれてしまい、そのまま海の藻屑となってしまうからである。
そんな空間に、プルルル、と電伝虫の呼出音が響く。
「ガチャ」
「……んぅ。マデュラだけどぉ……?」
『む、すまぬ。寝ておったか? わらわじゃ、ハンコックじゃ』
「ハンコックぅ……? おはよぉ……」
『うむ。おはよう』
王下七武海の一人、ボア・ハンコック。
彼女からの連絡である。
友人の声を聞いたマデュラは、あー、うー、と呻きながら起き上がり、しばらくの間ボーッとした。
ハンコックもまた、友人の機嫌を損ねないようにマデュラが落ち着くまでじっと黙る。
そして……。
「よし、起きた。どしたの?」
『うむ、すまんかった。早速なんじゃが、今そなたはどこにおる? やはり船の自室か?』
「ん。ウォーターセブンに停泊してるよ」
『おお、そうか! 実はの、わらわもウォーターセブンに来ておるのじゃ! ついさっき到着したばかりなんじゃがの』
「え、そうなの? 今どこ?」
『えーと、そうじゃな……。なんという名じゃ?』
『ガレーラカンパニーよ、姉様』
『おお、それじゃ。ガレーラカンパニーの造船所におる!』
「へー、そうなんだ。じゃあ私も行こっと」
『うむ!! 待っておるぞ!』
クックたちをも含めたウォーターセブン中の大誤算。
──蛇王龍マデュラ、造船所に行ってた。
そんなわけで現在──。
「あれ、皆どうしたの? その死にかけのデカい人は何者??」
((なんでここにいるんだーッ!?))
四龍王やクックたちがブルーノを引き摺って造船所に到着すると、そこには何故かハンコックと仲良く戯れるマデュラの姿が。
「…………ンマー。これ、まずいんじゃねェか?」
「!? あいつ……蛇王海賊団か!! おいおっさん! なんでここにあいつらがいるんだよ!」
「なんでってお前。普通に客だ。散々騒動を巻き起こしてくれているがな」
「客ぅ!?」
世界政府の諜報機関、CP9が潜入している事と、その正体を既に教えられているアイスバーグは、クックたちが危惧していた「CP9の正体を暴くこの場に、マデュラが居合わせる事」がバッチリ起きてしまい、そう呟く。
客としてやってきた海賊小僧、“麦わらのルフィ”が何やら騒いでいるが、とても相手をしている場合ではない。
なんとか上手く立ち回らないと、ウォーターセブンが島ごと消滅してしまうのだ。
とりあえず、目でクックに問いかける。
(おい、どうするんだこれ。島ごと消滅だけはゴメンだぞ)
(…………しかし、ここでCP9を取り逃がせば君の命が危ないよ、アイスバーグくん)
(ンマー……そうだろうな。言っとくが、俺が殺されるような事になれば船も作れなくなるぞ)
(それは困る!! ぼくたちがマデュラちゃんに殺されてしまうよ!!)
(いや、そんな事言われても)
ダメだ、この鳥役に立たねえ。
内心でケッ、と唾を吐きかけてやった。
そうこうしているうちに、時間切れとなってしまった。
「……ねえ、聞いてるんだけど。その死にかけの人は何者? 私に隠れて何をしてるのかな?」
「え、ええっと…………」
「ンマー。お前ら、今のうちに逃げる準備をしとけ」
「え!? し、しかしアイスバーグさん!! まだルッチたちが本当に暗殺者なのか──」
「ば、バカ! パウリー!!」
「……暗殺者?」
野生の勘だろうか。
知らないうちに何かが起こっている事を察知したマデュラがみるみる不機嫌になってしまい、それに怯えるかのように空が曇っていく。
ビビるクック。
打開策を考えるラヴィ。
なんだか眠たくなってきたゾラ。
身の危険を感じ、スススッと避難していくハンコックたち。
そして、ウォーターセブンが本当に消滅してしまう可能性が高くなってきた事を察し、部下たちを逃がそうとするアイスバーグに対し、ルッチたちがアイスバーグの暗殺を計画していると未だ信じ切っていないパウリーがそれに異論を唱え、口を滑らせてしまった。
慌てて口を塞ぐルルだが、時すでに遅し。
ゴロゴロゴロ!! と、雷が落ちた。
同時にマデュラが蛇の眼になり、状況を理解したのか殺気を纏っていく。
「──お前ら、全部吐け」
あ、はい。
その場にいた全員が頷いた。
そして──。
「…………へー、そう。アイスバーグさんを殺そうとしたんだ。私が船を発注した事を知っていながら。殺そうとしちゃったんだ?」
(え、そっちなのか。おれの身を案じたりはしてくれないのか)
(シッ。アイスバーグくん、気持ちは分かるけど黙っていてくれ)
静かに怒るマデュラの、そのあまりの迫力に、ルッチたちCP9のメンバーやルフィたち麦わらの一味も含めた全員が正座し、全てを明かしたところ。
蛇王龍の殺気は、収まるどころかどんどん大きくなっている。
これは、マジでまずい。
蛇王海賊団の面々は汗がダラダラである。
「ッ!? て、“鉄か”──」
「「ルッチィィィ!?」」
マデュラが「目にも映らぬ動き」でルッチの目と鼻の先に移動し、デコピンで彼を吹き飛ばした。
もはや素性を隠すどころではなく、本気で“死”を覚悟したルッチは特異な体技“六式”の一つ、“鉄塊”でそれを防ごうとしたが……。
「ああッ!? 一番ドックがッ!!」
「ンマー……必要経費だ。後で請求する。おれたちがなんとか生きてたらな……」
当たり前のように防ぎきれず、光のごときスピードで吹き飛ばされたルッチは、ガレーラカンパニーの一番ドックが誇る巨大クレーンに激突し、積み木のように崩落した一番ドック(故)の下敷きとなった。
「あ、あいつ無茶苦茶するなァ……」
「お願いだから黙っててルフィ!! こっちに飛び火してきたらマジで殺されるわよ!?」
「……あれ、ウソップは?」
「え??」
麦わらの一味のクルー、ウソップが地味に消えていた事にようやく気付いたルフィとナミ。犯人は、ウソップが抱えていた2億ベリーを狙ったフランキー一家なのだが、とりあえずそれは置いておこう。
尚、ウソップを誘拐したフランキー一家はマデュラが到着してすぐに消えたため、この造船所が現在修羅場になっている事を知らない。
それが、後にまた事態をややこしくするのだ──。
「先生、証拠は」
「ぶっ飛ばした後で聞くの……? もちろんあるよ。ナズチくんが空島の“音貝”で会話を記録してる」
「CP9の拠点は」
「……エニエス・ロビーあたりじゃない? 近いし」
「わかった」
そんな会話をしながら、“彼”に近付いていくマデュラ。
彼女が歩く度に、まるで地面が悲鳴を上げているかのように大きく揺れ、雷鳴が轟く。
一応明言しておくが、まだ変身はしていない。
「……もう無理じゃ!! カリファ、逃げるぞ!!」
「る、ルッチは!?」
「放っておけぃ!! そもそもあのバカのせいなんじゃからな!!」
ガレーラカンパニーの職長にして、CP9の一人。
カク。
彼はマデュラが少しずつ自身に近付いてきている事に気付き、もはやどう足掻いても任務の続行は不可能だと判断。
同僚であるカリファと共に逃走を開始した。
しかし、また言うが、時すでに遅し。
「地の利はこちらにあ── え?」
「遅い」
「カクぅッ!! ……くそっ!!」
船大工として仕事をしている時のように絶壁を飛び降りようとしたカクだったが、いつの間にか先回りしていたマデュラに額を「トン」っと押され、ルッチのように吹き飛ばされた。
ご丁寧に飛んで行った先もルッチと全く同じ、崩落した一番ドック(故)である。
どうやらマデュラはCP9を一箇所にまとめておくつもりらしい。
それを察したラヴィは、放置されていたブルーノを担ぎ、ポイッとルッチとカクが倒れている場所へ放り投げた。
「ンマー、これで確定だな。あいつらが政府の人間……暗殺者じゃないってんなら、おれたちを放り捨てて逃げるわけがねえ」
「……くそっ!! なんでだよ、ルッチ! カク!! カリファ!!」
「あいつら……本当に、おれたちを騙してやがったのか……! 許せねえ!!」
「うおお!! アイスバーグさんを殺そうとしやがった奴らだ!! もう仲間でもなんでもねえッ!!」
遠くから見守っていたアイスバーグたちも、一連の流れによってルッチたちの正体が本当に暗殺者なのだと確信し、悲痛に顔を歪ませる。
彼らとて、蛇王海賊団の言う事を鵜呑みにしていたわけではなく、むしろルッチたちを信じていたのだ。
そして──。
「ばあ」
「ひ……っ!!」
最後まで逃げ惑っていたカリファも、あっという間にマデュラに捕まり、容赦なく気絶させられた上でポイッと“仲間たち”の元へと捨てられた。
これにて、ウォーターセブンに潜入していたCP9は壊滅したのである。
残るは、エニエス・ロビー。
「のう、ラヴィや」
「何かしら、ハンコック」
「……わらわ、もしかしてすっごくタイミング悪かったか?」
「……正直に言うと、そうね。でも、あの子が島を消し飛ばさなかったから良しとしましょう」
「そ、そうじゃな……」
尚、ルッチたちの生死はマデュラの気分次第である。
と言っても、現在の機嫌の悪さから既にお察しかもしれないが……。
マデュラちゃん、怒る。
さらばCP9!!