まあすぐに無くなるんですけどね(鼻ホジ)
あと、注意。残酷な描写があります。
世界政府が誇る“司法の島”、エニエス・ロビー。
創設以来の800年間も不落……どころか、ただ一人の侵入者も許した事がないというここは、存在しないはずの諜報機関こと、CP9が拠点として使っており、その不落伝説も彼らあってこそのものである。
しかし、今日。
その伝説が、あっさりと破られた。
「おい長官っ!! 聞いたか!? 侵入者が──」
「あちぃッ!! 畜生、コーヒーこぼしたァ!! ああ? 侵入者ァ!? このエニエス・ロビーにか!?」
「知らねえのかよッ! 呑気にコーヒー飲んでる場合じゃねえぞ!」
「よーしわかった。ジャブラ、お前らで侵入者をぶっ殺してこい! どうせここに入った時点でソイツは犯罪者、死刑確定だ!」
エニエス・ロビーの中でも、CP9のテリトリーである“司法の塔”で優雅にコーヒーを飲んでいたCP9司令長官スパンダムは、自らの栄光を汚すまさかの知らせに驚き、飲んでいたコーヒーを盛大にこぼしつつ冷静に指令を下す。
新世界ならともかく、楽園とも呼ばれるこちらの海で、六式を体得した“超人”たるCP9(スパンダム自身は除く)に敵う者などいるはずもない。
単純にそう考えているからこその余裕なのだが、目の前にいる超人……CP9の主戦力の一人であるジャブラの様子がおかしい。
普段ならば、合法的に殺しができると聞いて喜び勇んで飛んでいくはずなのに、全く動かないのだ。
それを不思議に思ったスパンダムは、当然ジャブラを問いただす。
「おい、どうした? 指令だっつってんだろ!! まさかお前の知り合いだから殺せません、なんて言うんじゃねえだろうな?」
「……いや、そういうわけじゃねえんだけどよ……」
「だったらなんだってんだ!!」
やはり様子がおかしい。
CP9きっての武闘派オオカミたる彼らしくない。
なんだかイライラしてきたスパンダムだが、できる上司である彼は無闇矢鱈に怒鳴り散らしたりはしないのだ。
熱いコーヒーを飲み、気持ちを落ち着かせて再度聞く。
「……いいか? ゆっくりとで構わねえ。状況を簡潔に説明しろ。まず、侵入者ってーのは何者だ?」
「──海賊団」
「ああ? 海賊ゥ? ……で?」
「……だから!! 蛇王海賊団のメンバーが来てんだよォ!! あの“天彗龍”が!!」
「…………は??」
思わぬ凶報に、スパンダムは停止した。
いやだって世界最悪と名高い蛇王海賊団が来てるとか意味わかんないもん。
停止したスパンダムの手から、ごろんと落ちるコーヒーカップ。
こぼれるコーヒー。足が熱い。
そして、どうにか再起動を果たしたスパンダムは、ただ一言を絞り出す。
「なんでぇ??」
「おれが知るかよォ……不幸中の幸いというべきか、まだ天彗龍だけしか来てないみたいだけどな……」
「おまえ、勝てる?」
「…………」
「おい目をそらすな」
思わずジャブラに詰め寄るスパンダムだが、いくらなんでも相手が悪すぎる。
不幸中の幸いとは言うが、そもそも天彗龍の時点で4億5000万ベリーの賞金首である。
普通に現王下七武海より額が上だ。鷹の目は色々と例外なので除くとして。
そして、そんなこんなをしているうちに──。
「よっとォ!! 邪魔するぜ!」
「ひぃーッ!? 出たァー!! おいジャブラ、なんとかしろォ!!」
「……クソァ!! やってやるぜ畜生がッ!!」
空がキラリと光ったと思えば、次の瞬間には銀色の龍が司法の塔の壁を破壊しながら侵入してきた。
慌ててジャブラに迎撃するよう指令を下し、自身はそそくさと逃げようとするスパンダム。しかし、腰が抜けて立てない。
頼みの綱とも言えるペット兼武器である“象剣”ファンクフリードも、生物として格が桁違いすぎる天彗龍に恐れをなしているのか、震えっぱなしだ。
役立たずが!! と、思わず吐き捨てるスパンダム。
「おいおい、待てよ。おれァマデュラ様の命令で“コイツ”をお届けに上がっただけだぜ?」
「「は??」」
しかし、悪魔の実の能力でオオカミの人獣型に変身し、構えをとるジャブラを前にして、天彗龍は器用にも両翼を腕のように上げて首を振り、そんな事を宣った。
続いて“何か”がゴロリと転がる。
ジャブラとスパンダムが恐る恐る“それ”を確認すると──。
「ヒィィィッ!?」
「お、おい……嘘だろ……!」
果たして“それ”の正体は……。
「ルッチ……」
「あ、あわわわ……な、なんでだ……畜生……!! おれ様が何をしたってんだよぉ……!!」
ウォーターセブンにて潜入任務に当たっていた、CP9の頼れるエースであり、ジャブラのライバル。
──ルッチの、変わり果てた姿であった。
正確には、首だけとなった彼の死体である。
どこぞの道化じゃあるまいし、この状態で生きているはずがない。
突然の展開に怯えるスパンダムと、放心するジャブラ。
そんな二人を、天彗龍はまるでゴミでも眺めるかのような目で見下しながら淡々と告げる。
「そいつはよォ、マデュラ様の怒りを買ったのさ。あの方のお気に入りをぶっ殺そうとしやがった挙句、あの方を舐め腐った発言までしやがった。だからよォ、ウチの始末屋に食わせてやったのよ!! 始末屋の名前は“ジョー”っていうんだが……ああ、“恐暴竜”って言った方が分かりやすいか?」
「……てめェ、よくもルッチをォォ!!」
「ば、馬鹿野郎!! やめろジャブラッ!!」
喧嘩ばかりしている間柄とは言え、ルッチはジャブラにとって大切な仲間の一人である。
それを“食い殺されて”黙っていられるほど、ジャブラは薄情ではない。
「くらいやがれェ!! “鉄塊拳法”!!」
「あァ、うるせえな。こちとら勝手にお前らを殺すわけにはいかねえんだ。向かってくるんじゃねえ」
「ふざけんなァ!!」
まるで羽虫を追い払うかのような仕草を見せる天彗龍に対し、渾身の一撃をぶつける。
しかし、“龍”とは災害そのものであり、ちょっと常人を超えただけのジャブラが太刀打ちできるような存在ではない。
「かた──!?」
「……ああ、やっちまった。死んでねえだろうな? 頼むぞおい。勝手な事をしたらマデュラ様に何て言われるか……」
「あ、ああ……そんな、ジャブラが……!」
渾身の一撃は天彗龍の硬い甲殻を貫く事すらできず、逆に翼で払われて吹き飛び、ジャブラはそのまま動かなくなった。
あまりに絶望的な状況に、ガタガタと震える事しかできないスパンダム。
そんな彼に追い討ちをかけるように、司法の塔が……いや、エニエス・ロビーが、島ごと大きく揺れた。
「ひ、ヒィ!? 今度はなんだよ!?」
「お。アトラの姐さん、派手にやってんな。おいあんた、あそこ見てみろよ」
「え……? んな、なんじゃありゃぁ!?」
天彗龍が器用に翼で示す先を見ると、そこには“機械の龍”とでも表現するのが相応しい異様な物体があった。
口ぶりから察するに、蛇王海賊団の誰かではあるようだが……。
とにかく、デカい。
人など容易く踏み潰されてしまうだろう。
必死に頭を回すスパンダムは、すぐにその正体に気が付いた。
もしやあれが噂の──。
「か、“閣螳螂”かァ!?」
「おお、知ってんのか! その通りだ!」
蛇王海賊団船大工兼技術開発室長(四龍王候補)。
“閣螳螂”アトラ、懸賞金6億8000万ベリー。
変身さえしていなければ非常に妖艶な美女である。
「な、何してんだ……?」
「あー……マデュラ様が島サイズの船をアイスバーグに注文して以来、アトラの姐さんったら負けん気を発揮しちまってな。奴さんより先に巨大船を作るつもりらしい。んで、ああして色々ぶっ壊しまくって材料を集めてんのさ。放っておいたらこの島丸ごと持っていこうとするんじゃねえかな」
「……えぇー……」
ちょっとそれは困るんですけど、と内心でひたすら困惑するスパンダムだが、今はそれどころではない。
危うく自分が命の危機に陥っている事を忘れてしまいそうになった。
「……はあ、仕方ねえ。マデュラ様が来る前にこの島をぶっ壊されちゃ困るんだよ。とっととアトラの姐さんを連れて帰るかね……」
「い!? こ、ここに蛇王龍が来るのか!?」
「当たりめェだろ。マデュラ様曰く、“部下の失態は上司の責任だよね!”だそうだ。首洗って待っておきな」
「ひ、ヒィ……しょ、しょんなぁ……!!」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃに歪めるスパンダムだが、天彗龍はそんな事は知らんとばかりに飛び去り、閣螳螂が作ったという例の巨大な機械の龍のような何かの元へと、恐らくは向かっていった。
常人であるスパンダムの目では、遠すぎてよく見えないのである。
涙で視界が滲んでいるせいもあるが。
しばらく放心し、体育座りして空を眺めるスパンダム。
天彗龍が破壊していったせいで、司法の塔がものすごく見渡しが良くなった。
地味に、閣螳螂のアレが未だ鎮座しているところを見るに、まだ奴らは島に居るようだ。
「……バスターコール……コレでどうにかなるか? ……ハハッ、なるわけねえだろクソがァ!! もう知るか!! めちゃくちゃ押してやるぅぅぅ!!」
ニコ・ロビンの件を確実に終わらせるため、海軍大将青キジから借り受けたゴールデン電伝虫。
そのボタンを連打しようと決意する、スパンダムなのだった。
もちろん、肝心の蛇王龍が来る前に島が焼かれては元も子もないので、まだ押さないが。
ルッチ死す。
それと地味にアトラル・カ&アトラル・ネセト登場。
エニエス・ロビーの兵たちは、彼女にそれこそ虫のように蹴散らされています。