修羅次元入ったはいいけど、育てるの大変だこれ……。
世界最大の海賊船、スリラーバーク。
そこに空からダイナミック不法侵入を果たしたラヴィたち蛇王海賊団の先行偵察隊は、後々自分たちが乗ることになるだろうこの船を歩いて見て回っていた。
が。
「ガハハハ!! なんとも面妖な地であるな! そこかしこに、あやかしもかくやといわんばかりにおかしな生き物が彷徨いておるわ!」
「やかましい、ギャーギャー騒ぐな蟹野郎。そんな事より、この気色悪い船をどう過ごしやすく改造するか考えた方が遥かに有益だろう」
「そんな小難しい事は知らぬ! クックあたりがいかようにでもするだろう!」
「……これだから頭にカニ味噌が詰まった馬鹿は困る。破壊だけしか能がないのだからな」
「そう褒めてくれるな! 照れるであろう!」
「全く褒めてないぞ」
「おい、いいのか。放っておいても」
「言っても聞かないもの。まったく、あのジジィどもはホントいつまで経っても喧嘩してばかりで……」
「ジメジメとしたこの空気……しっとりとした土……ここは最高だ……」
「あいつもあいつで何か一人で盛り上がってるが」
「……放っておきなさい。ああ、ハザクの奴が立候補した時点で嫌な予感がしたのよねえ……。アタシ、こういうホラーな雰囲気って苦手なのよ……! ゾロ、絶対に離れないでね? 絶対よ?」
「分かったから手を離せ。腕を掴むな。歩きにくいだろうが」
「うー……マデュラが起きてから来ればよかったぁ……あの子がいたら何にも怖くないのに……」
「めそめそするなよ、みっともねェ。それでも10億超えの大海賊か」
「それとこれとは話が別なのっ!」
こんな感じで、非常にカオスな空間が生まれていた。
やたら上機嫌に歩くガオレンと、不機嫌になりながらも、彼に抜かれるのは癪だからと早歩きで張り合うシャンロン。
ボロボロの黒いフードを被っているので顔は見えないが、恍惚としているだろう事が声から容易に分かるハザク。
年頃の乙女らしく、とってもホラーなスリラーバークを恐れ、一緒に歩くゾロの腕を拘束しているラヴィ。
ここだけ見れば、世界的に有名な蛇王海賊団のクルーたちだとはとても思えない。
しかしまぁ、仕事はきちんとしないと怒られてしまうわけで。
特に、クック先生に叱られるのは嫌なのだ。
何せお説教が長い上に怖い。
「うー……モリアの奴、カゲカゲの能力を変な風に使うんじゃないわよぉ……! 何よあの奇妙な生き物たちは! ライオンとかなんか顎が完全に人間のそれだったし!」
「あん? アレはああいう生き物ってわけじゃねェのか」
「そんなわけないでしょ! たぶん、腐乱した死体を修復できるだけの腕を持った外科医が配下にいるのよ。奪った影を入れる“器”を作るためにね。ああ、自分で言ってて気持ち悪くなってきた……」
「へェ……よくそんな事わかるな、お前」
「まあ、世界最高峰の家庭教師から授業を受けていたからね。頭を使った仕事はアタシの得意分野……って、こらハザク! どこ行くのよ!?」
「墓場だ!! 墓場があった!! ラヴィ船長代理! 墓場はそのまま残しておいてくれ! おれの住処にする!」
「アンタのその趣味は本当に理解できないわ」
怖がりつつもゾロと会話をしていたラヴィだったが、ふと目を離した隙に、ハザクがふらふらとどこかへ歩いていっている事に気が付く。
どうやら、彼が大好きな墓場を発見したらしい。
余程気に入ったのか、住処にするとまで言い切った彼を、得体の知れないものを見る目になって呆れるラヴィ。ゾロも「なにいってんだこいつ」と言いたげな顔をしている。
墓場……と来れば、死体。
死体と来れば、ゾンビだ。
これまでに見た奇怪な動物たちと、カゲカゲの実の能力者であるモリアという存在がある事から、ラヴィの優れたおつむは未来予測に近い予想を弾き出した。
この先、ゾンビが出るぞ、と。
「……ガオレン、シャンロン!! ハザクと一緒に墓場の掃除をしてきなさい! 十中八九、敵が出るわ!」
「承知したのである!」
「ふむ、すぐに済ませてこよう」
「墓場……ふふふ、おれの墓場……」
気色悪いゾンビの相手は野郎どもの仕事なのである。
うら若き乙女であるラヴィは、さながら女王のごとく待つのみ。
お供は未だ貧弱な三刀流の剣士のみだが、いないよりはマシである。
ひとりぼっちでこんなところに置いていかれるとか冗談ではない。
「はあ……マデュラならゾンビが相手でも気に入りそうで怖いのよね……」
「いや、さすがにねェだろそりゃあ」
「いいや、あるわ。あの子の無敵メンタルを舐めちゃいけないわよ。なんならゾンビを食べようとするんじゃないかしら」
「えー……」
この船の気持ち悪さはひとまず置いておいて、この場にマデュラがいない事に感謝。
腐乱死体なんぞを食べたら、彼女の口臭がすごい事になりそうだし。
そうなったら、いくらラヴィとてちょっと距離をとる事を考えざるを得ない。
「蛇王龍に苦手なものとかはねェのかよ」
「無いんじゃない? あの子、基本的に食べるか友達になるかのどちらかしか考えてないし。育ちが育ちだからか、価値観がものすごく変わってるのよ」
「……なんというか、その、あれだな」
ラヴィを怒らせないよう、言葉を選んでいる様子のゾロ。
しかし、彼はそういう細かい事は苦手である。
結局、上手く言葉が出ずに沈黙してしまった。
それを見て苦笑いをこぼす。
「動物みたいだって?」
「う……まぁ、そんなところだ」
図星だったのだろう、ゾロは呻いた。
しかしまあ、特に怒るようなことでは無い。
少なからずマデュラと交流した者は、大体がそういう印象を受けるのだし。
「そこがあの子の可愛いところなの。良くも悪くも純粋というか。まあ、その分本気で怒ったら世界一怖いんだけどね……。怒れるマデュラの前に立てば、人間なら誰もが死を覚悟する。根本的に生物としての格が違うのよ、あの子は」
「……その割に結構怒りやすくねェか、あいつ」
「いつものはただ不機嫌になっているだけ。本気で怒っているわけじゃないわ」
「そういうもんか?」
「そういうものよ。あの子が本当に怒りっぽかったら、この世界なんてとうの昔に滅んでるわ」
「…………」
そうこうしているうちに、ガオレンたちが帰ってきた。
轟音が幾度か聞こえたので、やはり戦闘があったのだと思われる。
「うーむ、動く死体とはなんとも。しかし、強者が死した後もその肉体を利用できるというのはなかなか面白い能力であるな!」
「ラヴィ船長代理。墓場にはゾンビが埋められていて、彼らが侵入者を撃退する兵士となっているようだよ。所詮は雑兵だったが、奥に行けば精鋭も居るのではないかな」
「なかなか素晴らしい能力だ……。モリアとはうまい酒が飲めそうだな……」
「やっぱりね。となると、大昔の猛者とかが出てきても不思議ではないわ。たしか、世界各地の有名な英雄や悪党の遺体が盗まれた事件が何度もあったはずだし」
案の定である。
完全にラヴィの推理が当たっていると知ったゾロは、思わず目を見開いて彼女を見た。
この島というか、船に侵入し、歩き出してからまだそこまで時間は経っていない。
なんとなしに歩いていた自身と会話しながらも、冷静に敵の戦力を分析していたというのか、この女は。
なるほど、若くして“世界最悪の海賊団”の最高幹部を任されているだけの事はある。
「ゾンビというからには、日光……というか熱に弱かったりするのかしら? それに、真っ向から来るのではなく、奇襲してくるタイプと考えた方が自然よね……。となると、向こうが本格的に動くのは、夜?」
「出てきたゾンビどもはとりあえず埋め直しておいたが、まだ息があるようであったぞ。既に死んでいるのだから、おかしな表現になってしまうがな!」
「なるほどね。しぶとく食い下がって相手の体力を奪っていくタイプか。なら、あまり時間を与えるのは得策ではなさそう。よし、もっと奥に進みましょうか。ブルックも連れてくればよかったかしら」
「ふむ、マデュラ様がお休みになっていたのだから仕方がない。彼自身も来たがっていたようだがね」
「まあね。ゾロ、次はアンタが戦いなさい。どんな相手が来るのかは分からないけど。とりあえずあのこれ見よがしに存在感を放っている館に行ってみるわよ」
「ああ、わかった。歯応えのある奴が相手だと嬉しいんだがな」
そんな感じで、一行は進む。
それを隠れて見ていた“ゴースト”を通して、モリアの部下である少女、ペローナが侵入者の正体を知ってしまい、絶望的な展開を想像して青い顔になっていたりもしつつ……。
(おいおいあれ……蛇王海賊団じゃねェか……! ど、どうしよう!? モリア様はまだ寝てるし、仮に起きたとしても、そもそも私たちだけでどうにかできる相手じゃねェし! あ、でも蛇王龍って人型の時はすっげェ可愛いんだよなァ……あそこにいる大巌竜も可愛いし、ちょっと友達になりたい気も……いやいやいや、命あっての物種だって! 何考えてんだ私!! ああああ、本当にどうしよう!? と、とりあえずアブサロムとホグバックに相談しなきゃ!)
ゴーストプリンセス、ペローナ。
その特異な能力により、スリラーバークの近辺、及び内部の偵察、監視を担う優秀な人物である。
それ故に蛇王海賊団がやってきた事をいち早く知ってしまい、パニックに陥る羽目になったのだ。
ペローナってやっぱり能力の特性上武装色の覇気も効かないんですかね。
幽体はあくまで幽体であって、本体じゃないですもんね。
そう考えるとめっちゃ強いな、ホロホロの実。