レインベースと首都アルバーナを結ぶ位置の上空。
そこに、蛇王海賊団のガレオン船がふわふわと浮いていた。
無論、「大きいタコ」こと“浮岳龍”ヤマツに掴まれて飛んでいるのである。
バロックワークスのアジトであるレインディナーズの地下で、クロコダイルから彼の目的を聞かされたマデュラは、この国に眠っているという“古代兵器”について考えていた。
「一発撃てば島一つ消し飛ぶ、か。そんなものが本当にあるなら、いくら私たちでもそう楽観視もしていられないかも」
「ご命令とあらば即座に国中を探して参りますが」
「んー。でもなー、ニコ・ロビンだっけ? あの人、素直にクロコダイルに情報を渡すような人間には見えなかったよ。彼女の目的を果たしたらケロッとした顔でそのままどっかに消えそう」
「ニコ・ロビンと言えば……オハラの悪魔。その生き残り、ですね。たしか、世界政府から二十年も逃げ続けているのだとか」
「オハラのあくま?」
「ええ」
聞きなれない言葉に首を傾げるマデュラ。
その愛らしさに思わずほっこりするガロアだが、即座に気を取り直し、「オハラの悪魔」について説明していく。
「遠い昔の事を記しているという“歴史の本文”。世界政府は古代兵器復活の可能性を理由にコレの探索、および解読を固く禁じていますが、今は亡きオハラの学者たちはこれを破り、歴史の本文を研究していたとか。そのため、バスターコールで全て焼き払われたのです。しかし、ただ一人生き残りがいた。それがニコ・ロビンというわけですね」
妙に詳しい様子のガロアに内心首を傾げつつ、真面目に話を聞くマデュラ。
自分から聞いておいてスルーするほど、マデュラは外道ではないのだ。
「ふーん。世界政府が考えそうな事だね。そういえば、レイリーがラフテルに行くには“ロードポーネグリフ”とやらが必要だって言ってたっけ」
「集めますか?」
「んー……どうしようかなあ。ラフテルがただの島なら、飛んで適当に探してるだけで見つかりそうだけどね。やっぱりただの島じゃあないのかな」
「それは、海賊王の元船員のみが知る事でしょうね。あるいは、五老星あたりも知っているかもしれませんが」
「ありそう。そっかー、もしかしたらラフテルに辿り着く事が世界政府への嫌がらせになるかもしれないね。面白そう。集めよっか」
「了解しました。すぐに各員へ伝えます」
五老星が聞けば「おいバカやめろ」と言いそうな事を軽いノリで決めてしまうマデュラ。
そして、この瞬間蛇王海賊団が本格的に四皇へ挑む事が確定した。
何故なら、マデュラが求める事にした“ロードポーネグリフ”は、一つが四皇のビッグ・マムが。もう一つは同じく四皇のカイドウが所有しているからである。
「ラフテルに辿り着くために必要って事は、四皇も欲しがってるのかな?」
「有り得ますね。赤髪ならば知っているのでは?」
「んーん。欲しがってそうって事が分かればいいや。ちょうどいいし、四皇に喧嘩売りに行こうかなあ」
「それならば、巨大な船が必要になります。いくら我々とて、海に落とされてしまえばそれで終わりですから」
「たしかに。候補は?」
「そうですね……ウォーターセブンに拠点を構える造船会社、ガレーラカンパニーのアイスバーグ社長に依頼するのが一番良いのではないでしょうか」
「ふむ。じゃあそこ行こう。どうせだから皆も集めようか。来れるかなぁ?」
「副船長たちがいれば海王類も手を出しては来ないかと」
「それもそうだね。じゃ、連絡よろしく」
「畏まりました。この国はどうします?」
「んー」
もしもこのやり取りをアイスバーグが聞けば、軽く絶望しそうである。
マデュラだけでも島消滅の危機だというのに、揃いも揃って化け物ばかりである蛇王海賊団の総員がウォーターセブンに集結する事となってしまったのだから。
それはさておき、現在いるアラバスタ王国の今後について話を戻すガロア。
地味に、この後マデュラが何を言うかでこの国の命運が決まる。
よっし、古代兵器って奴が面倒だし消しちゃおうか、とか言われたらアウトである。
「放っておいていいんじゃない? やっぱりニコ・ロビンがクロコダイルの言う事を最後まで聞き続けるとは思えないし。仮に国の乗っ取りが上手くいっても、絶対途中でどっか行くよ。そういう目をしてた」
「なるほど。では、火拳は?」
「今回はパスかな。弟くんとの心温まる団欒を邪魔しちゃ悪い」
「承知しました」
エース、セーフ。
いや、エース的にはルフィが既にボコボコにされてる時点でアウトなのかもしれないが……。
こうして、自由気ままに暴れ回った蛇王海賊団は、最後まで自分勝手なままアラバスタ王国を去っていった。
それを確認したクロコダイルはさぞかしホッとした事だろう。
しかし結局、バロックワークスは麦わらの一味にまさかの敗北を喫し、クロコダイルの野望は潰えた。
仲間たちと合流するため、のんびりと海を船で進んでいた道中にニュース・クーでそれを知ったマデュラは、まさかの王下七武海陥落という結末に腹を抱えて笑ったという。
そして──。
プルルル、と電伝虫が鳴る。
「ガチャ」
「はい、マデュラだけど」
『おいマデュラ! お前たしか、アラバスタ王国に行くって言ってたよな!? 麦わら帽子を被ったルフィっていう海賊に会わなかったか?』
「会ったよ? ボコボコにしたけど。ガロアが」
『遅かったか……! 殺してないだろうな。あいつ、おれの友達なんだよ』
「言うのが遅いよ。まあ、懸賞金が1億に上がってるって事はクロコダイルに勝ったんでしょう? だったら生きてるよ」
『そうか……』
電話の主は、マデュラの数少ない友人である大海賊、赤髪のシャンクスであった。
どうやら、彼は麦わらのルフィとも友人であるらしく、歩く大災厄であるマデュラとばったり出会してやしないかと心配していたらしい。普通に手遅れである。
「随分麦わらに入れ込んでるんだね」
『馬鹿言え。いつくたばるかも分からない海賊って言っても、お前みたいな歩く理不尽と出会して冒険が終わる、なんてのは哀れすぎるだろう』
「その時はまあ運がなかったとしか」
『ノリが軽い!! まあ、無事ならいいや。ところでお前、今どこにいるんだ? 新世界に帰ってくるのか?』
「いや。四皇に喧嘩を売るための準備をしにウォーターセブンへ向かってる」
『おれも四皇なんですけど!?』
「あ。そういえば」
『忘れてたなお前!?』
気を取り直して世間話をするシャンクスだが、マデュラの口から平然と飛び出した死刑宣告に飛び上がる。
電伝虫が飛び上がったので間違いない。
まあ、どうあがいても世紀末な大戦争になる事が分かりきっている喧嘩を売られると知って、「面白い」と笑っていられるのは頭のネジが飛んだ大物か、マデュラの恐怖を知らない羨ましい奴ぐらいであろう。
「シャンクスは友達だから狙わないよ。ビッグ・マムとカイドウ、どっちが面白いと思う?」
『究極の二択すぎないかそれ。どっちでも世界が大混乱に陥る事間違いなしだぞ』
「そう?」
『そうだよ。というか何で急にそんな話になったんだ』
「ロードポーネグリフだっけ。アレを持ってそうなのって言えばやっぱり四皇かなって」
『そりゃたしかにあの二人は持ってるが……だからと言ってそんな気軽に喧嘩を売ろうとするのはお前ぐらいだよ。ただ、そうなるとしばらくウォーターセブンに滞在するのか?』
「そこは追い追いかな。でも、幹部も含めた全員でお邪魔する予定だから、しばらく新世界には帰らないかも」
『頼むから島を沈めたりはするなよ? ガレーラカンパニーほどの造船会社が無くなるとおれも困る』
「はーい。じゃあまたね」
『本当に分かってるんだろうな……? ああ、またな』
平和的に電伝虫を切った向こう側、シャンクスは頭を抱えた。
ビッグ・マムにしろカイドウにしろ、マデュラに対抗しうる数少ない存在であり、そんなのと蛇王海賊団が激突すれば、下手をすれば世界中を巻き込んだ大戦争に発展しかねない。
そうなれば悠々と世界中を航海している赤髪海賊団にも当然多大な影響が出る。
万が一白ひげまで参戦するような事態になれば、間違いなく海軍本部や世界政府も、海の平和を守るために動き出すだろう。
時代が大きく動く。
その事をヒシヒシと感じ、自分たちの今後について真面目に考えるシャンクス。
友人がそんな風に悩んでいる事など露知らず、大混乱を巻き起こす主犯となるだろうマデュラは、のんきに船の上でスヤスヤと昼寝を始めていた。
ガロアは既に新世界にいる蛇王海賊団の最高幹部たちと連絡を取った後であり、話を聞いた副船長のフィロアは蛇王海賊団の本船を含む全ての船を動かし、船長と合流するべく凪の帯に突入。
四皇には及ばないものの、かなりの規模を誇る蛇王海賊団の大艦隊が、偉大なる航路の前半に存在する“水の都”ウォーターセブンにやがて集結する──。
とんでもない混乱に陥る事が確定したウォーターセブンの人々には、強く生きて欲しい。
というわけで次は飛んでウォーターセブンです。
マデュラはウォーターセブンを含む様々な島の永久指針を所有している(当然のように略奪品)ので、副船長のフィロアたちは彼女のビブルカードに向かって進む事で結果的にウォーターセブンで合流する流れとなります。