提督になってまで   作:白紙白紙

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第八話 長門と川内

「提督ありがとうございました」

 

 神通さんがお辞儀をして感謝を述べています。

 

「那珂ちゃん。こんなに美味しい御飯を食べたのは初めてだよ!!」

 

「そうでしょ提督の料理は結構凄いんだから」

 

 陸奥さんの言うように提督の料理は大変美味しいです。

 

「それにしても結構増えたな。食堂も狭くなりそうだよ」

 

 少しずつではあるけれど、提督に従う艦娘も増えてきた。

 

「それじゃ各自解散。明日も定刻通りに此処へ集合」

 

 時刻は二〇〇〇。私は赤城さんと少しお話がありますので。

 

 

======

 

 工廠の裏手にある誰にも使われていない空き地。提督が此処へ来るように手紙に書いていた。人目は存在しない。

 

「来てくれたか長門」

 

「ああ」

 

「長門ならアレを見たら来てくれると思っていたよ」

 

「そこまで信用してくれてありがとう。ただ意図が見えない」

 

 提督に渡された封筒には何枚かの書類が入っていた。一つは前の提督の死ぬまでの情報だった。

 

「どうしてアレを提督が持っている?」

 

「それは簡単だよ。現場にいたんだよ」

 

 提督に渡された書類は前任の提督の尋問内容だった。

 

「軍法会議の前に、国家機密をどこまで蔑ろにしてきたか?此処まで鎮守府を滅茶苦茶にしてくれたんだ。尋問したって問題は無い。偉い人からの要望もあってね。メンツを気にしてる人からしたら、国の税金を使って虐待をしているなんてばれたくないんでしょ。早期発見。早期隠滅。得意分野だ。尋問と言っても非公式な死刑だ。一応自決扱いで二階級特進。これだけしたのに僕よりも階級が上だよ。嫌になっちゃうねよ」

 

「私が聞きたいのはそんなものではない!」

 

「じゃあなんだい?」

 

 提督は全てを知っている。それなのにまともに答えてくれない。私の体温が上がっていくのがわかる。

 

「お前のような男が提督になっている事が問題なんだ!!」

 

 問題は提督の来歴だ。こんな人間が艦隊を率いるなどあってはならない。

 

「僕はね、助けたいんだよ。自分自身を。エゴだけだ。誰かに救いの手を差し伸べて救いたい。いいと思うんだけど。駄目かな?」

 

「私が許さない」

 

 自分のエゴだけで提督の真似事をしているのか?私たちを救いたい?アレだけ人間を殺しておいてどの口が言っているんだ?

 

「僕がこの鎮守府に来た理由もわかるだろう。飼い殺しだよ。一応、軍の機密を扱っていたわけだしね。辞めたいですと言って、民間に移れるわけが無い。それに此処なら死んでも言いと思ったのは本当だ。けれど、赤城が撃たなかった時点で僕の運命は変わった。だったら誰かを救ってみようと思った。司令部が思い描いたシナリオになるのは癪に障ったけど仕方が無い」

 

「まるで私達艦娘を使って正義のヒーローになりたいみたいだな」

 

「正義のヒーローがこんな人間に務まるわけが無い。どう考えても殺しすぎた」

 

 提督と話すとイライラが止まらない。こんな矛盾した人間がいてたまるか。自制心が今にも途切れて体が動き出しそうだ。

 

「君達がされてきた事は全て前の提督から聞かせてもらった。辛い思いをさせてしまってすまない。これは本心だ。国の為に戦ってくれている君達に酷い仕打ちをしたのは謝っても意味が無い。けれど今の僕には謝る事しか出来ない」

 

「・・・・・・」

 

「それでも変えることが出来るのなら変えてみたい。違う世界を見せてやりたい」

 

「・・・・・・」

 

「可笑しい事を言っているのもわかる」

 

「・・・・・・」

 

「だけど君達の力になりたい」

 

 この狂った脳みそから発せられる声はどうにも私を感情的にさせる。

 

「許してもらおうとか思ってもいない」

 

「・・・・・・。なあ提督。正義とは何だ。意識がある状態で指を切り落とされる事か?」

 

「それは違う」

 

「自分の体がバラバラにされて適当に繋げられた事はあるか」

 

「金槌が骨を砕く音、鋸で骨を切断する音。手足が目の前のミキサーで肉塊になる。全部経験した事はあるか?」

 

「・・・・・・ない」

 

「射撃練習で蜂の巣にされた事も、焼き鏝をされた事も無いだろう?」

 

 今までされた事をつらつらと言ってしまう。これを口にするだけで体から気持ち悪さがこみ上げてくる。

 

「私は正義のために耐えてきた。私だけならいいんだ。駆逐艦や軽巡の子達。他の皆に被害が無ければな。だから耐えてきた。酷いだろう。バケツを使えば傷は治ると言うからな。艦娘なら傷は大丈夫だ。それでも心が磨耗していく。損耗していく」

 

「私が耐えればいいだけの話だ。そうすれば皆には被害は出ない。だがな、体がどんな状態になっても艦娘は修復できる事が出来る。でも心は壊れていく。次第に感情が濁っていったんだ。提督という職業が正義なのか?帝国の為に私の体は必要なのか?答えてくれ!」

 

「必要だ」

 

「どうして断言できる!私がいなければ陸奥が、赤城や加賀が。何でもいいんだろう。どんなに傷をつけても回復する、都合のいい体が必要なだけだ」

 

「お前もそうだ。私じゃない。便利な艦娘が必要なだけだ!」

 

「それは違う」

 

「なら提督はどうしたい?。私達を好き勝手に弄んだ!その責任をどう取る?お前が出来る事があるなら言ってみろ!!」

 

 なあ提督。私が無理な話をしているのを理解してくれ。私は誰も傷つけたくない。

 

「何だってする。今以上の生活を保障する。絶対に艦娘達に手を出す事もない。言葉では簡単に言えるけれど、君が望むなら何でも差し出すよ」

 

「なら私がここで腕を切り落として文句は無いんだな?」

 

「長門、君が本当にぞれを望むのならば・・・・・・」

 

 私は提督の言葉を聴いた瞬間に飛び出していた。提督の顔を力任せに殴りつける。受身も取らずに提督に馬乗りになりもう一撃を叩きつける。

 

「私は冷静でありたかった。それでも、お前がこんな人間だったとは思わなかった。書類に書いてあった人間よりも目の前にいる人間のほうがさらにたちの悪いクズだ。こんなのは私が許せない」

 

「どのように思ってくれても構わない。長門が僕を殴って心が晴れるなら存分に殴ってくれていい。どうせならここで今までの鬱憤を全て晴らしても構わない。いっそ殴り殺すか?」

 

「出来るのならば私は人を殴りたくない。心を乱すお前が嫌いだ。どうにかなってしまいそうだ」

 

「もう遅いよ。殴ってからじゃね」

 

「そんな軽口を叩けるのならもう一発くれてやろうか?」

 

「それでも構わない。僕を信じてくれるのなら」

 

 また殴る。提督の顔は鼻血で赤色に染まっている。

 

「僕はそこまで鍛えてないから馬乗りはやめて欲しい。ちょっとだけ重いんだ・・・・・・」

 

 まだ減らず口を叩けるのならば問題は無い。さらに右手を上げる。

 

「私はお前が嫌いだ。何も考えてない顔が嫌いだ。嘘っぽい口調が嫌いだ。何もかもが嫌いだ。私も無関係な人間を個人の感情でいためたつけたくは無い」

 

 こんな弱い人間を殴ったところでなんの武勲にもならない。弱いものを虐めているだけだ。

 

「私は自分が嫌いだ。こんなにも感情に左右される、欠陥しかない心が嫌いだ。心のどこかでお前を助けてやりたいと思っている、自分が嫌いだ。殺すに殺せない。情に左右される欠陥兵器である私は私が嫌いだ」

 

「長門のそんな人間ぽい振る舞いは結構好きだよ」

 

 また提督を殴りつける。五月蝿いんだ。

 

「だからその感情を恥じる事は無いんだ」

 

 鈍い音が聞こえる。

 

「だけど信じてくれ。君達を変えてみせる」

 

 もう一度拳を叩きつける。

 

「僕と一緒に歩いてくれないか?」

 

 何度殴りつけても彼は言葉を並べる。

 

「僕は口下手だからありふれた事しか言えないけれど、長門・・・・・・」

 

 いい加減に黙って欲しい。

 

「だから少しだけでいい。力を貸してくれ・・・・・・」

 

 私は・・・・・・。

 

「そこまで!!!」

 

「お前は!?」

 

「川内、参上!」

 

「川内!?」

 

「長門、そこまでだよ。その人。提督はもう気を失ってる。意味が無い」

 

「川内。どうしてここがわかった?どうして私の邪魔をする?」

 

「今日起きたときに神通や那珂から色々聞いたんだ。だからちょっと前から提督の後をつけてきた」

 

 なる程。最初から後を追ってきたのならここがわかるのも納得だ。

 

「長門、貴女がやっている事は前の提督がやっている事と同じだよ。どう考えてもまともじゃない。前の提督もまともじゃないけど、今の貴女はそれと同じ事をしている。まともじゃないよ」

 

「川内、余計な事を言うな!」

 

「それでも聞いて欲しい。自分のためだけにその腕を上げたのはあなたでしょ?誰かのための暴力じゃなくて、自分のための暴力。そんなのは正義じゃない。ましてや悪人じゃない人が使う暴力はもっと醜い。」

 

「じゃあ何なんだ!!」

 

「長門も気付いているんでしょ?提督は前の提督とは違うし、彼に感情をぶつけても意味が無い」

 

「それでも駄目なんだ。彼はいい人間ではない。恐らく今まであった中でもっとも人間から離れた何かだ!!」

 

「完璧な正義を持った人間なんてどこにもいないんだよ。貴女は完璧を求めすぎなんだと思う」

 

「じゃあなぜお前はこいつを信じる!?」

 

「私は夜戦しか能がない馬鹿だからね。難しい事は考えられない。妹達が提督の事を信じるって言うから、私も信じたんだよ。それ以上でも以下でもない。私個人の感情なら正直どっちでもいい。けれど、妹達の事は裏切りたくない」

 

「私は・・・・・・」

 

「いいじゃないか長門。少しくらい信じてみようよ。彼のことがどうしても嫌いなら、赤城さんが持っている提督の銃をくすねてくるよ。それで撃ち抜けばいい。貴女が出来ないなら私がやってもいい」

 

 私の中で何かが折れる音がした。

 

「泣いてもいいよ。此処には私しかいない。提督は記憶があるわけない。提督が重そうだから早く退いてあげなよ」

 

 私は泣いた。前の提督になにをされても涙は流さなかった。歯を食いしばって我慢をした。それが決壊したのだ。止まるわけがない。

 

 この場所には川内しかいいない。彼女は余計な事を言う事はないだろう。此処で思う存分泣き喚いたところで誰にも気付かれない。

 

 堰が切れたように涙が溢れてくる。子供の様に声を上げて泣いた。誰にも気付かれない。私の泣き声しか存在しない。

 

 今この瞬間、私がどれだけ小さな存在なのか気付かされた気分だ。惨めだ。でもそれ以上に安心している。少しばかり付き合ってやろう。

 

「夜はいいよね、夜はさ」

 

 ありがとう提督。そして川内。

 

 

######

 

 

「私一人で提督を運べると思ってたけど結構重いな」

 

 長門が泣きじゃくって使い物にならないので、一人で提督を運ぶ事にした。それが間違いだった。提督と言っても男だ。そこそこ思い。

 

「筋肉馬鹿の長門にでも手伝ってもらいたいよ。提督をこんなにしたんだから責任とって運ぶくらいはして欲しかったね」

 

 独り言を言っても誰もいないので聞いている人間は誰もいない。

 

「夜はいいんだけど、こんなときはもう少し人手が欲しいよね」

 

 

=======

 

 

 提督を執務室まで運び終えると、日付が変わろうとしている時間だ。

 

「とりあえず手当てだよね」

 

 提督を執務室に敷かれた布団に寝かせる。適当にぬらしてきたタオルで顔を拭き、傷を洗う。

 

「結構酷いな。長門もやりすぎだと思うよ・・・・・・」

 

 筋肉馬鹿が力任せに殴ったのだ。顔は腫上がって私の知っている提督の顔ではなくなっている。

 

「・・・・・・。君が・・・・・・、川内かな?」

 

 提督が目覚めたみたいだ。

 

「そう、私が川内だよ。はじめましてだねっ。提督」

 

「そうか。色々ごめん。君が此処まで僕を運んできてくれたんでしょ?」

 

 傷に良くないからそんなに喋らないでほしいな。

 

「そうだよ。結構重くて疲れちゃったよ。一つ貸しだね」

 

「そうだね。一つ貸しだよ」

 

 提督が不細工な顔を歪ませて笑う。殴られてそんな顔をする人ははじめた見たよ。

 

「提督は無理しすぎなんだよ。艦娘、よりによって筋肉馬鹿の長門に殴られるなんて。骨くらい持っていかれてもしょうがないと思うんだけど・・・・・・」

 

「筋肉馬鹿って酷いな。彼女だって考えてるんだよ。自分なりにね」

 

「それなら提督は筋肉馬鹿よりもさらに馬鹿だよ。どう考えても大馬鹿者だよ」

 

「それは笑えてくるな」

 

「そうでしょ。凄い馬鹿だよ」

 

 提督は馬鹿で、何を考えているかわからなくて、それでも必死に自分なりに踠いている。真っ暗な道を月明りだけで頼りに必死に歩いているんだ。

 

「今夜は綺麗な月だ。鎮守府に来るまで夜空を見上げる事なんて殆どなかった」

 

「なにそれ?私に告白?」

 

 それはそれで面白い。傷ついた提督とそれを助ける私。吊橋効果なら十分だ。

 

「それは面白いな」

 

 提督はまた顔を歪ませる。

 

「そろそろ寝なよ、最低限の治療はやったから。明日皆に驚かれると思うよ。そんな顔」

 

「それもそうだ。体のほうも結構ガタがきている。正直限界だ」

 

「明日赤城さんや加賀さんに見てもらうといいよ」

 

 私よりもそれなりに治療してくれるだろう。

 

「治療は問題ない。こう見えても医療知識はある。だから今はこのままでいい」

 

「そう。それなら大丈夫なのかな?」

 

 そういえば軍医上がりだったと神通達から聞いた。元医療従事者の言う事ならば信じよう。

 

「川内、ありがとう。君も僕についてきてくれるのか」

 

「私はね、どっちでもいいんだ。妹達が決めた事に従うんだ。長門が筋肉馬鹿なら私は夜戦馬鹿。夜戦が出来れば何でもいい。だからこれからも夜戦をする。提督の事なんて正直どうでもいいんだよ」

 

 長門に言った事をそのまま言う。

 

「それでも夜戦をさせてくれる間なら、私は彼方に従います」

 

 それは本当だ。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

「今日は本当に月が綺麗だ」

 

「そうね。月は綺麗ね」

 

 提督は眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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