時は遡る。ペンドラゴンとは違う小さな宇宙船の中でザイトはレーダーをしきりに確認しながら操縦桿を握っていた。後ろの椅子に寝かせられている褐色の少女は、後にザイトがトルテと呼ぶようになる少女だった。ボロボロの毛布を上からかぶせられており、寝息を立てている。どうやら呼吸は安定しているようだ。
「………」
脅威が去ったことを確認したザイトは肩の力を抜く。一応目的は達したのだが、依頼主は生死不明になってしまった。死んでいる可能性が高い。依頼主に引き渡すことはできない。ゆえにこの少女の今後を考えなければならないのだ。
後ろの少女に視線を送る。こうなってくると事情に触れずに引き渡す、というのは難しい。しかしこの少女のことをザイトはあまりにも知らない。必要ないと思っていたからだ。
さて、これからどう身を振るべきか。奪われたこの少女を取り返すために奴らが動き出すのはほぼ間違いないだろう。この少女をどう扱うにしてもしばらく辺境で身を潜める必要がある。
「さて、」
ザイトの思考は堂々巡りを繰り返す。そもそもにおいては内側から自分を手引きした依頼主が少女と一緒に行方をくらます手伝いまでが依頼だったはずだ。しかし依頼主はすでにいない。依頼は達成できなかったといっていい。しかしこの少女を放置することもできない。ので、とりあえずは自分が依頼主の代わりに安全な引き取り手が見つかるまでは自分が面倒を見るしかないだろう。
ふと自身の懐にしまってあるオーブリングNEOへ意識を向ける。この少女と、この力と、あの研究所。いったいどんなつながりがあるのか見当もつかないが無関係と言ことはあり得ないだろう。
「ん……」
しばらくして件の少女が目を覚ます。状況を理解できていないのか、意識がまだはっきりしていないのかうつろな目で辺りを見渡す。
「目が覚めたか?」
ザイトの言葉に少女は前の席に座る彼の方へ視線を向ける。言葉というよりは単純に音に反応しただけの様だった。
「だれ…?」
絞り出すような声で呟かれたそれは、ザイトに向けられたものだ。
さて、どう説明したものかとザイトは悩み始める。ずっと意識がない状態で培養液のようなよく分からない液体で満たされている場所に閉じ込められていた彼女がどこまで状況を把握しているのか見当もつかない。
「オレはザイトだ。自分の名前は分かるか?」
なのでザイトは一番最初に名前から始めることにした。自分の名前を憶えているかどうかは大きい。
「なま……え?」
たどたどしく帰ってくる言葉にザイトは黙って答えを待つ。この少女にも時間が必要だ。
「わか、らない」
「そうか。何か覚えていることはあるか?」
「おぼえてること」
ザイトの言葉に少女は言葉を往復するように答える。
「…………」
先ほどよりも長い沈黙がこの場を流れる。
「トルテ」
「?」
少女の口からぽつりと発せられた単語にザイトは首をかしげる。唐突な言葉だったが、それはザイトにも聞き覚えがあった。トルテというのは依頼主から聞いていたこの少女の名前である。
「自分の名前は思い出したのか?」
「名前……」
どうやら無自覚だったらしい。だが何も思い出せないよりはずっといい。名前というのは大事なものだ。それだけで自身のアイデンティティ足りうる力を持っている。
「とりあえず今はゆっくり休め」
自分の状況を知る時間が必要だろう。そう思ったザイトはトルテに語り掛ける。正直何を言えば彼女が安心するのかなどわからない。なにせ記憶のない相手との会話などしたことがないのだ。しかもこうして最大限気を遣わなければならず、正解は存在しないといっていい。
それでもやらなければならず、それ以外の選択肢もない。
「わかり、ました……」
どうすればいいのかわからない。それはトルテとしても同じだろう。ここから放り出されてしまえば彼女は生きていくことはできない。少し間抜けな言い回しをするとまるで人見知り同士の探り合いの様だった。
再び少女が瞳を閉じたのを確認したザイトも緊張の糸が切れたのか疲れを自覚した瞬間一気に眠気が襲ってきた。
◆◆◆
一夜が過ぎた。今は宇宙を漂っているため昼夜の概念はないのだが、睡眠をとり、起きたという意味ではそう表現できるだろう。先に起きたのはザイトだ。トルテは起きる前と同じように眠っている。
目の前に見えるのは小さな人工物だ。ここに向かうように設定していたので特に驚くようなことはなくザイトは小さく頷いた。
「さて……」
たどり着いたのは無人の小さな中継基地のような場所だった。彼の船以外に止まっている船はない。ここはもう使われていないようだ。
「なるほど、一時的な隠れ家にはもってこいというわけか」
そう。ここはもともと依頼主とともに訪れるはずだった場所だ。元々ここに身を隠すつもりで脱出艇の目標をこの場所に設定指定のだろう。
ライトを手に船から降りた彼は中の設備が生きていないか確認するために歩き出す。
通電していないドアに手をかけ、ゆっくりと開ける。明かりのない部屋は真っ暗であり頼りになるのは手に持っているライトだけだ。
どこかに動力源があるはずだ。そう考えた彼は部屋を見渡しながら先に進む。
「あったな」
放置された動力を発見する。幸い動力の中身もそのままのようだった。これなら壊れていなければ動くだろう。あまり見ないタイプだったが適当にスイッチをいじりながら動作を確認していく。と、そのうちの一つを触った瞬間、それが作動した。真っ暗だった施設内に明かりがともる。
「よし」
このターミナルは電源が動いていなくても人間が普通に活動できる作りになっていたのは幸いだった。気温は低いし酸素も薄いがこれなら真空で活動できない生物でも問題ない。
見通しが良くなった施設をザイトは確認して回る。先んじてある程度の物資が用意されていたのは不幸中の幸いだ。しかしここまで用意周到だとあの男は自身がここにたどり着けるとは思っていなかったように思える。
ある程度探索していくと、先ほど着陸した格納庫とは別の場所にさらに大きな格納庫があることに気づいた。
「これは……」
扉を開けた先に見えてきたのは一隻の宇宙船だった。武装されているが大きさからして貨物船だろうか。円盤型とは違う見慣れないフォルムと外観に興味を惹かれ外観を見渡しながら入り口を探す。
少し探せば入り口はすぐに見つかった。施設と同じでこの船もまだ生きているようだ。彼を認識した扉がひとりでに開く。そのまま中へと入ったコクピットや貨物室、いくつかの個室を確認した彼は生活に必要な設備が一通り揃っていることに気づく。
逃げるための準備は彼の思っていた以上にしっかりとされていた。本来は彼が使うものではないが持ち主はもういない。ならありがたく使わせてもらってもばちは当たらないだろう。
一通り船を確認したザイトは入ってきた扉から外に出る。と、そこで外に出てきていたらしいトルテが自分が出てくるのを待っていた。
「お前」
そもそも船で休んでいろと指示していたはずだが、確かに出るなとは言っていない。
「…………」
何とも不安そうな表情でこちらを見るトルテに彼はなんとなく事情を察する。要は見捨てられてしまうと思ったのだろう。彼女は今右も左もわからない状態だ。そんな状況で一人置き去りにされれば不安にあるもも無理はないだろう。
しかしザイトも彼女の不安を取り除くすべを持っているわけではない。そもそも無垢な少女の相手自体あまりしたことがないのだ。その上記憶喪失とくれば適切な対応などわかるはずがない。
「一緒に来るか?」
ザイトの短い言葉にトルテは黙ってうなづく。親鳥にくっつく雛鳥、とまでは言わないが現状彼女が頼れる唯一の人物が彼であることには違いない。
とりあえずどこかの星で身寄りのない子供を引き取る場所を探して、彼女がその場所を気に入ればそこに預ければいい。そんなことを考えながらザイトは探索を再開した。
大した会話もなく一通りの探索を終えた二人は少ない荷物を元乗っていた船から逃走用に用意していた船へと移し替える。出発する準備を終えたザイトはトルテに向き直り、ある言葉を告げた。
「しばらくはオレと一緒にいるしかないだろうが、お前の生末はお前が決めるべきだ。今のうちに考えておけ」
「……」
ザイトの言葉にトルテは黙ってうなづく。それを確認したザイトは操縦席へと向かい、離陸の準備に取り掛かった。
これが、2人の出会いであり、誰も予想していなかった冒険の始まりだった。
次はもっと早く投稿したい!!!!