苗木くんと七海さんと赤松さんと   作:佐藤秋

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1 苗木くんと七海さんと赤松さん

 

 時は放課後。某県某所にある私立校、希望ヶ峰学園にて。

 

 彼、苗木誠は大声を発しながら廊下を走っていた。正確に言うならば、追いかけてくるクラスメイトから、自分の身を守るために逃げていた。

 追いかけてくるクラスメイトは、超高校級の占い師・葉隠康比呂だ。

 

「苗木っちぃいいい頼むってぇえええ! 一緒に内臓売ってくれるって約束したろ!?」

「し、してないよ! 相談に乗って、ボクにできることならするとは言ったけど、そんな約束はしてないって!」

 

 どうして葉隠は苗木くんを追いかけているのか。端的に説明することも可能であるが、たとえ一言でもこいつの現状に時間を使うのは勿体ないし、そもそも奴にはさほど興味を持てないので、理由はこの際どうでもいいとする。

 とりあえず、厄介なクラスメイトに追いかけられているとだけ認識してもらえばオーケーである。

 

「したかどうかは今さらどっちでもいいべ! 頼むから俺を助けてくれよぉお!」

「そうしたいのはやまやまだけど、今のキミに捕まったらそのまま内臓売られに連れて行かれそうで恐いんだけど!?」

 

 葉隠から逃げるように廊下を走る苗木くん。

 この場に超高校級の風紀委員・石丸清多夏がいなかったのは幸いだったと言えよう。彼なら問答無用で、廊下を走っている事実のみに着目し、苗木くんを引き止めていただろうから。

 例外を作らない彼の頑固さは彼の美点でもあるのだが、現在の苗木くんにとってはそれが致命傷になりえることだった。なにせ内臓を狙われている。

 

 苗木くんと葉隠では、運動能力では前者に()があった。というか葉隠は校内なのにサンダルなので、早く走れようはずもない。二人の距離は着実に離れていっている。

 

 このまま走れば逃げ切れる。そう苗木くんが油断したときだ。

 

「……」

「!?」

 

 目の前の曲がり角から、不意に超高校級のゲーマー・七海千秋が姿を現した。

 彼女は手にしている携帯ゲームに夢中になっており、苗木くんの存在に気がついていない。まあ、気づけば何とかなったというわけでもないけれど。

 

 このタイミングで回避なんてできるわけもなく、苗木くんは七海さんとぶつかってしまい、さらにはそのまま二人で倒れてしまった。

 幸いだったのは、大した衝撃にはならなかったことだろうか。足を止める直前まで勢いは殺せて、倒れたのはバランスを崩した結果である。

 七海さんの持つ大きい胸がクッションにもなったのか、お互いに怪我は全くなかった。

 

 この時点で苗木くんは、七海さんを押し倒してしまったうえに胸に手が触れてしまったかもしれないことに少し焦っていたのだが、彼女が気にした様子はなかった。七海さんは良くも悪くもおっとりとした性格なのである。

 

「……びっくりしたー」

 

 感情に乏しく、全く驚いた様子も見せずに七海さんは言う。

 

「……キミ、廊下を走ったら危ないよ?」

「ご、ごめんなさい」

 

 もっともな指摘であるが、歩きながらゲームをするのも危ないのでは? そんなことを考えつつも苗木くんは謝罪する。

 

 ちなみに七海さんが苗木くんをキミ呼ばわりするのは、お互いに名前を知らないからである。苗木くんが78期生、七海さんが77期生と学年からして違い、七海さんのほうが一つ年上だ。

 

 本当なら謝罪の他に、こういう事情があってと説明したい苗木くんであったが、そんなことをしていると葉隠に追いつかれてしまう。彼女から離れて早く逃げる準備をしなければ。そんなことを考えていると。

 

「……誰かから逃げてるの?」

「えっ」

「キミが、早く逃げなきゃって呟いてたから」

 

 どうやら考えていることが口に出ていたらしい。七海さんからそんなことを質問される苗木くん。

 七海さんは、おっとりしている割には頭の回転が速い。これもゲーマーに必要なスキルだからだろうか。

 

「……うーん。まあ、違ったら笑い話ってことで。こっち来て」

 

 そう言うと七海さんは、返事も聞かず苗木くんを端に追いやった。

 

 二人がぶつかったのは階段の近くで、廊下と階段をつなぐ場所は、単なる廊下よりもスペースが広く作られている。その広いスペースの端っこに追い込んだのだ。

 

「じっとしててね」

 

 苗木くんを端に追いやり座らせると、七海さんは彼を隠すようにその前に座ってゲームを始める。隠すようにと言うか、まさに隠すつもりでそうやったのだろう。

 

 苗木くんも彼女の意図が分かったのか、七海さんの背中に隠れたまま息を殺して待つことにした。

 会ったばかりの女の子との距離が近くてドキドキしていたのは内緒である。

 

「あれ、いねえ! 階段から降りたか! 逃がさねえぞ苗木っち!」

 

 遅れて葉隠が登場するも、七海さんに隠れた苗木くんには気づかず通り過ぎた。

 注意して見れば気づきそうなものだが、まあ葉隠なので仕方ない。

 超高校級の探偵・霧切響子だったら数瞬もしないでバレたことだろう。もっとも霧切さんは、苗木くんを追いかけたりはしなさそうだ。

 

 七海さんの後ろから様子をうかがっていた苗木くんは、危機は脱せたことに安堵し一息つく。ただし完全に逃げ切れたというわけでもなく、また校内で見つかってしまうかもしれないということに思い当たり、すぐに気を引き締めた。

 

「……あの人が、キミを追いかけてた人?」

「そうだよ。まあクラスメイトなんだけどね」

「学校で追跡者から隠れて逃げるって、なんかゲームみたいだね」

「?」

 

 よく分からない感想を漏らす七海さんに首を傾げつつ、苗木くんは少し遅れてありがとうと言った。葉隠が自分に気づかずに通り過ぎたのは、どう考えても彼女のおかげだったからだ。こうしてきちんとお礼を言えるところが苗木くんのいいところである。

 

「ねえ、この後どうするの?」

 

 七海さんにそう問われ、苗木くんは少し悩むそぶりを見せる。確かに、もう安心だから校舎を出よう、とはならないだろう。

 

「そうだね……もし葉隠クンが下駄箱付近で監視してたら、確実にボクは見つかっちゃうだろうし」

「出入り口を抑えるのは基本だね」

 

 それになんとかして学校から出られても、苗木くんはこの学園内にある寄宿舎暮らしである。そこに押しかけられるのはさすがに嫌だ。できることなら葉隠クンが落ち着くまで身を隠していたいと苗木くんは考える。

 下駄箱で張る発想が葉隠にあるか微妙なところだが、苗木くんの部屋に押しかけるのは十分あり得そうだ。

 

「だったらさ……いい場所があるんだ」

「いい場所?」

「うん、この校舎の中にね。そこで時間をつぶすついでに、私とゲームして遊ぼうよ」

 

 ゲ、ゲーム? と苗木くんの口から少々間抜けっぽい声が漏れた。

 

 目の前にいるのは、苗木くんにとっては今日はじめて話したばかりの女の子だ。

 そんな女の子に葉隠くんから逃げるのを助けてもらい、そして現在ゲームに誘われている。ゲームはついでみたいだが、ついでにしてもおかしいことで、苗木くんが驚くのも無理はないだろう。

 

 しかし、いい場所があると教えてもらえるならそれに越したことは無い。それに初めて会ったばかりの相手とのゲームなんて、気後れして嫌がる人もいるだろうが、コミュニケーション能力の高い苗木くんからすればさほど問題ではなかった。

 何と言っても苗木くんは、超高校級のクラスメイトに囲まれてなお、そのすべてと友達になれるほどのコミュ力お化けである。

 本人は、抽選で選ばれただけの超高校級の幸運だと自分のことを言うが、超高校級の対人能力と言っても誰も否定できないほどの性格をしていた。

 

 というわけで、苗木くんは言われるまま、七海さんについていくことにした。

 

 階段を下りず、廊下を歩く。連れて行かれた場所は、どこの学校にも必ずあるであろう教室、音楽室だった。

 

「授業で使わないから、実はけっこう穴場なんだ」

 

 彼女の説明に、なるほどと苗木くんは考える。この希望ヶ峰学園では特殊なカリキュラムのせいで音楽という授業が存在しないのだ。

 そのくせこうして音楽室は存在するから、知る人にとっては格好の空き教室となる。苗木くんもこのとき初めて、そう言えば音楽室ってあったなと思い至った。

 

 彼女に連れられ音楽室に入ると、苗木くんの耳にピアノを演奏する音が流れてくる。

 おかしいな、人がいないからと誘われたはずなのに。

 もしかして幽霊かな、なんて考える間もなく、中でピアノを弾いている女性の姿が苗木くんの目に入った。

 

 彼女は超高校級のピアニスト・赤松楓。七海さんよりさらに一つ上、苗木くんにとっては二つ上の先輩だ。こちらとも苗木くんは初邂逅なので知るよしもないが、年上だというのは赤松さんの雰囲気でなんとなく予想していた。

 

「え、あれ? 誰もいないんじゃなかったの?」

 

 苗木くんは小声で七海さんに問う。

 

「? そんなこと言ってないよ?」

「そうだったっけ……」

 

 確かに彼女は穴場と表現はしたが、誰もいないとは言っていない。人がいないと勝手に勘違いしたのは苗木くんのほうだ。といっても、この流れで人がいる場所に連れてこられるとはふつう思わないだろうが。

 

「お邪魔しまーす」

 

 音楽室特有の二重扉。その二つ目を開き中に入りつつ彼女は言う。

 中にいるピアノを弾いている女性に迷惑ではないかと苗木くんは考えたが、その女性はさして演奏を邪魔されたことに不機嫌になる様子もなく手を止めた。

 

「あれ、七海ちゃんいらっしゃい。またゲームしにきたの?」

「うん」

 

 それどころか、赤松さんはフレンドリーな様子で七海さんに話しかけていた。それもそのはず、二人は知り合いだったのだ。

 七海さんが音楽室を穴場だと知っている以上、同じく音楽室を利用している赤松さんと知り合いなのは必然だった。

 

「よし、じゃあさっそくゲームしよっか。赤松さんはさておいて」

「さておいていいの!?」

 

 七海さんのマイペースぶりに、思わず声を張ってしまう苗木くん。

 ちなみにこの時点で苗木くんは二人の名前を知ったので、無意識のうちに名前を心の中にメモしている。こういうことがさらりとできてしまうのが、コミュ力お化けと呼ばれる所以である。

 

 本当に赤松さんに構わず、ゲームを始める七海さん、と苗木くん。

 苗木くんは平凡な学生を自称するだけあって、ゲームも有名どころなら大体やっている。当然素人というわけではないのでそこそこの腕だ。

 

 それにこの希望ヶ峰学園に入学してから、個性的なクラスメイトと生活するうちに様々なスキルを苗木くんは身に着けていた。

 超高校級の同人作家・山田一二三の、同人誌制作を手伝ったことにより手に入れた手先の器用さ。また、霧切さんのおかげで観察眼も磨かれている。今回だとその二つがゲームのプレイングにも生かされていた。

 

 対戦ゲームや、協力プレイ。はたまた一人用のゲームを交互にやって、覗き込んでくる七海さんの距離の近さにドキドキしつつ過ごしていると、いつの間にか結構な時間が過ぎていた。

 

 随分とゲームに集中してしまっていたようだ。そして苗木くんと七海さんの他にも、ずっと集中していた人がもう一人。

 

「……って、ずっとピアノ弾いてたんですか!?」

「いやー、つい夢中になっちゃって。ピアノの魔力ってすごいよね!」

 

 すごいのはアナタのほうですよと苗木くんは考える。

 そしてよくよく思い返してみれば、自分たちがゲームをしている間、邪魔しないようなピアノの音がずっと自然に耳に入ってきていた。

 演奏なんていうのは、失敗したり途切れたりしたら嫌でも気になる。そうでなくても聴覚を刺激されているのだ、どんなにうまい演奏でも気になるときは気になるものだ。

 それが、今まで違和感を覚えないほど生活音と呼べるまでに溶け込んでいた。さらにこうして思い出してみれば、とてもきれいな演奏だった。

 

「あの、今さらですけどとても素敵な音色でした」

 

 思い出した瞬間、苗木くんはすぐさま赤松さんに感想を伝えた。

 感動したことをキチンと声に出して相手に伝える苗木くん。人当たりの良さがうかがえて、これは友達の多いことにも納得である。

 

「えへへー、ありがとっ。よかったらまた来てねー。もちろん七海ちゃんも!」

 

 そしてまた赤松さんも、明るく人当たりのいい性格をしている。さすが主人公と言ったところ。

 

「うん、また来るよ? キミもまた一緒にゲームしようね。……んー……ねみー」

 

 眠そうな目をこすりながら七海さんが言った。

 

 辺りはもうすっかり暗くなっていた。この時間になればさすがに葉隠クンも諦めただろうと苗木くんは考え、そのまま校舎を出て寄宿舎の自分の部屋に帰ることにした。

 

 その予想は当たっていて、この日苗木くんが葉隠に会うことはもうなかった。

 別の日に、落ち着いた葉隠が改めて苗木くんを頼り、まあなんやかんやあるのだが、興味もないのでそこらへんについては今後も語られることは無い。

 

 今後語られるのは、本日音楽室に集まった苗木くん七海さん赤松さん。この三人が、仲良くしていくだけのお話である。

 

 

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