三人のシェアハウスが始まって、初めての朝。
一番最初に目を覚ましたのは、我らが主人公の苗木くんだった。まだ太陽もちゃんと昇っていない、午前五時のことだった。
苗木くんはほぼ毎朝、学園で朝日奈さん大神さんと一緒にランニングをしている。それに行くために起きたのだ。
今日からはこの家で寝泊まりをすることになっているから、起きる時間もいつもより少々早かった。
学園まで赴き、朝日奈さんたちに軽い挨拶を交わした後、一時間走る。
朝日奈さんたちとの朝の約束は以上だが、苗木くんにはもう一つ用事があった。いつもこのあとは、戦刃さんとの模擬戦を行う予定になっているのだ。
朝日奈さんとのランニングは、やろうと思えば誰でもできる。まあ、やり続ける根気や彼女の速さについていくのは別にして、必要なのはやる気である。
しかし戦刃さんとの模擬戦では話が違う。それには高度な技術が必要で、当初の苗木くんもただ立っていることしかできなかった。
戦刃さんとしても、一応人がいるのだから案山子よりは少しマシで、技術が無くてもどうでもよかった。ついでに言えば苗木くんでなくても誰でもよかった。
しかし日を重ねるにつれて、苗木くんの様子が変わってくる。苗木くんは戦刃さんの動きを観察し、持ち前の真面目さで帰ったあとも練習を重ね、ほんの少しではあるが戦刃さんの動きについていけるようになっていた。
せっかく模擬戦の相手なのに、ただ立っているだけなどは悪いからと、いろいろ頑張ったのであった。
ある日戦刃さんは苗木くんに問いかけた。どうしてそこまで苗木くんはするの? と。
ただのクラスメイトなのに、苗木くんの行動はあまりにお人好し過ぎて戦刃さんには不可解なことだった。
「それは……戦刃さんのことが守れるならそれに越したことは無いかなって」
「……守る? 苗木くんが、私を? 必要ないよ。だって私のほうが苗木くんより強いんだし」
「確かにボクは、戦刃さんを直接守ることはできないよ? でもさ、これから戦刃さんは、軍人らしくいろいろ危険な場所に身を置くんだよね。なら、いまボクとしているこの訓練が少しでも戦刃さんの上達に繋がれば、それは結果的に未来の戦刃さんを守れるんじゃないかなって思ってさ」
「……」
苗木くんの答えに、不覚にもキュンとしてしまった戦刃さん。妹以外の存在に、初めて興味を抱いた瞬間だった。
とまあこういうことなどもあったりして、苗木くんは戦刃さんとの模擬戦を続けていたのだった。
「はぁ……はぁ……お、お疲れ、戦刃さん」
「うん」
「じゃあまた後で教室で……」
「……? 待って、寄宿舎はそっちじゃないよ?」
「あ、うん。実は学園の近くに引っ越すことになってさ。ご飯も次からはそっちで食べるから、一度帰るつもりなんだ」
「そうなんだ」
模擬戦の後、苗木くんはシェアハウスに帰宅する。宿舎と比べると移動距離が増えているが、体力がついてきているため余裕だった。でも絶対面倒だと思う。
家に戻った苗木くんは、シャワーを浴びて汗を流す。
脱衣所から出ると、赤松さんが起きてきた。実に平均的な起床時間であった。
「おはよ~。苗木くん早いね、朝シャワー?」
「おはよう赤松さん。うん、汗かいちゃったからね」
シェアハウスしたばかりっぽいやり取りを赤松さんとして、苗木くんは朝食の準備のために台所へと向かう。
話し合いの結果、食事の担当は苗木くんに決まった。指に怪我のできない二人が料理を作らないのを考えれば当たり前だろう。
もっとも、希望ヶ峰学園には食堂もある。しかしこちらは学費や家賃とは違い有料なため、苗木くんは節約するべく自炊を選んだ。一般家庭育ちの苗木くんは倹約家なのであった。
「七海さん起きて! 朝ご飯だよ!」
「……朝? ねみー……」
「……こんな調子で、普段どうやって起きてたんだろ。目覚まし時計とか無いの?」
「……あれ、うるさいからいや。きっと悪魔の発明品だよ……わけわからん」
「目覚まし時計はそういうものだし、起こすためなんだから実に合理的な発明だよ」
朝食ができたので七海さんを起こす苗木くん。
今日のメニューは味噌汁と目玉焼きだ。ジャパニーズらしい朝食だった。
「日本の朝食って感じがするね! 朝にご飯を食べるの久しぶりかも」
赤松さんはピアニストという立場上、海外にいることがそれなりに多く、また朝はパン派なのだった。目玉焼きも
とにかく、そういう日常的な感覚が少し苗木くんたちとは異なっている赤松さんだった。人と気軽に接するそのフランクな性格も、海外にいたことが影響しているのかもしれない。
朝食を食べ終わり、三人は仲良く学園まで登校する。
七海さんが寝そうなので、赤松さんと苗木くんが二人で挟んで歩いた。苗木くんは車道側。こういう日常的な気遣いができるところはさすがであった。
また、そんな苗木くんは赤松さんのために、和食以外の朝ごはんも作れないかと考える。
ということで七海さんを通じて、彼女のクラスメイトである超高校級の料理人・花村輝々から料理を教えてもらうことにした。
学園長の目論見通り、他クラスの生徒同士の交流がさっそく行われるのであった。
豪華な料理などではなく、海外の家庭料理を花村くんから習う苗木くん。
練習して作った料理は、78期のクラスメイトに食べてもらった。霧切さんの他、ちゃっかり食べていた超高校級の御曹司・十神白夜にも好評だった。まあ十神くんなどは、素直に褒め言葉は口にしないのだが。
料理など、また新たなスキルを身に付けていく苗木くんだった。
そして数日後。苗木くんは、赤松さんにその料理を披露する。
「すごい! 苗木くんってこういうのも作れるんだね! すごいなあ、ピアノしかできない私と全然違うよ」
ご飯ではなくトースト、味噌汁ではなくスープ。目玉焼きは同じだが、他にカリカリに焼いたベーコンやサラダが同じお皿に盛られている。
いきなり急に雰囲気を変えた料理を作るのも変なので、まずは無難に洋食チックなものを出したのだが、これでもすでに赤松さんには大好評だった。
トーストをナイフとフォークで食べる赤松さんの姿が様になっている。
「あのね、苗木くんは楓さんのために、花村くんから料理を習ってたんだよ」
「え、そうなの千秋ちゃん!?」
別に口止めをしていたわけでもないので朝食後、普通に七海さんによって苗木くんの努力はバラされた。
シェアハウスから数日経ち、いつの間にか名前で呼び合っている女子二人である。
「ありがとう苗木くん! 私とっても嬉しい!」
「わぁっ!? 赤松さん!?」
赤松さんにハグされて、タジタジになる苗木くん。そりゃまあ、日本で急にそんなことされたら驚くだろう。赤松さんのワールドワイドな性格が出てしまった。
ちなみに百田くんとかも、海外暮らしが長かったのか、普通にハグとか誘ってくる。むしろ赤松さんは百田くんに影響されていたのかも知れない。
「っていうか、千秋ちゃんももう名前で呼んでるし、苗木くんもいつまでも苗字呼びだったら他人行儀だよね。一緒に住んでるんだし他人じゃないでしょ。誠くんって呼んでいい?」
「じゃあ私も呼んでいいかな? あ、もちろん、馴れ馴れしすぎて嫌だったら言ってね」
「そんなことないよ! むしろボクのほうこそ、先輩なのに二人には時々敬語忘れちゃうし……」
「いいんだよ! その代わり、私のほうも名前で呼んでほしいな」
「あ、私も私も」
ということで、苗木くんを含めて三人とも、名前で呼び合う仲になったのだった。
七海さんのクラスには超高校級の軽音楽部・澪田唯吹が、赤松さんのクラスには超高校級の美術部・夜長アンジーが、それぞれ名前で呼んでくる性分であったが、苗木くんのクラスメイトにそういう人はいないので、新鮮な気持ちになる苗木くんだった。
強いて言うなら、山田くんがフルネームで呼んでくる。
「じゃあ、楓さんと千秋ちゃんだね」
「うん! よろしくね誠くん」
「……あれ? 私のほうは『ちゃん』なんだ」
「……千秋ちゃんは、ほっとけない感じがするからつい……」
「あ、分かる!」
いよいよクラスメイト以上に仲が深まっていく三人だった。