三人が一つ屋根の下で暮らしていると言っても、なにもずっと三人でなにかしらおしゃべりをしているわけではない。当然ながら個人の時間というものも存在している。
七海さんは一人用のゲームを、赤松さんは防音の部屋でピアノを弾いていることが多い。
やることが決まっている二人に対し、苗木くんはいろいろだ。プログラミングの勉強をしたり、絵の練習をしたり、身体を鍛えたりと実に多趣味。もっとも、これらすべてはクラスメイトの影響であるのだが。
この日赤松さんは、ピアノのCDを居間で座って聴いていた。ピアノが置いてあるあの部屋にいろいろなクラシックの生演奏CDが置いてあるのを偶然見つけたのだった。まあ見渡せば普通に見つかるのだが、ピアノにばかり注目していたため気づかなかった。
「なに聴いてるの? 楓さん」
いつの間にか近くにいた苗木くんがそう訊ねてきたので、せっかくだからと一緒にクラシックを聴くことにした。
CDショップの試聴コーナーにいるごとく、二人でそれぞれヘッドホンを耳に当てて音楽を聴く。
腰を下ろしてリラックスした体勢になり、目を閉じれば世界は音楽だけになる。たまにはこういう時間の過ごし方も悪くない。そう考えて没頭しているときのことだ。
「……千秋ちゃん。そっちはボクの脚なんだけど……」
「知ってるよ?」
「えー……」
相変わらずゲームをしていた七海さんが、苗木くんの脚を枕代わりにして寝転んできた。
まるでそれが当たり前のように振舞う七海さんを見て、これには苗木くんも言葉に詰まる。
「とりあえず、スカートなんだから寝転んだら駄目だよ」
「んー、大丈夫。誠くんと楓さんしかないから」
「ボクがいる時点で大丈夫じゃないよ!?」
着ていたパーカーを布団代わりに七海さんにかける苗木くん。これには赤松さんもにっこりである。
「紳士だね」
「……気づいてるなら、楓さんもなんとかしてよ。千秋ちゃんほら、あっちのほうも空いてるよ」
「おお?」
七海さんをコロコロ横に転がして、赤松さんに渡す苗木くんだった。
それから数日後。
「ちょっ、千秋ちゃん、今ボク腐川さんの小説読んでるから……」
「うん。だから邪魔はしてないでしょ?」
苗木くんが居間で寝転がっていると、七海さんがまたくっついてきた。具体的には、背中を枕にして寝転んで来たり、そのまま背中にのしかかってきたりするのだ。
確かに邪魔ではないけれど、勝手に膝を使われるくらいならまだしも、のしかかってくるといろいろ柔らかくて困るのだった。先日赤松さんにハグされたときも似たようなことを思った。
その様子を微笑ましそうに見ている赤松さんが言ってくる。
「二人とも仲良しだねー」
「仲良いというか、一方的に使われているだけなんだけどな。千秋ちゃん、誰にでもこういうことしそうで心配だよ」
「またまたー、そんなことない……ん、あれ? でもそう言えば、私がテレビ見てた時もくっついてきたなあ」
ほらやっぱり、と苗木くん。しかしなぜだか赤松さんは譲らない。
「でも誠くんのほうが多いんだから、誠くんのほうが好かれてるんだよ」
「いやいや、居間にいる機会が多いだけだよ。楓さんはすぐにピアノルームに行っちゃうからさ」
そんなことを話したせいで、二人はとある実験をしてみることになった。
内容は、二人同時に居間にいると、はたして七海さんはどちらにくっついてくるか、である。動物の生態調査に似てなくもない。
後日、苗木くんと赤松さんは、居間で二人横に並んで寝たフリをしていた。近すぎると七海さんがくっついてきにくそうだし、なにより苗木くんが恥ずかしいので二人の距離はそこそこ離れている。
さて、七海さんが訪れる音が聞こえてきて、二人は寝たフリを継続する。
苗木くんはうつ伏せ、赤松さんは仰向けでそれぞれ横になっている。薄目でそれを見た苗木くんは勝ったと内心でほくそ笑んだ。
七海さんがくっついてくるならより柔らかいほうだろう。ただでさえ性別の差で赤松さんのほうが柔らかいのに、お腹と背中では前者のほうが柔らかい。仰向けで無防備なお腹を上にしている赤松さんの敗北は濃厚だろうと苗木くんは考えた。
なお、この場合の勝ちの定義は、七海さんを押し付けることである。
そんな待っている苗木くんの身体に、のしかかられる感触が訪れる。ズン。
驚きながら苗木くんは、薄目を開けて結果を見てみた。
苗木くんの目に映ったのは。
「……引き分けだね」
「……うん」
「? 二人ともどうしたの?」
赤松さんを枕にして、苗木くんに足を乗せる七海さんだった。
なお、足を乗せるという行為は失礼な気もするが、リラックスするので結構やってしまう行動である。
苗木くんも妹によく足の上に足を乗せられていたし、自分が子どものころは両親の足の上に己の足を乗せていたこともあった。
「……ということがあってね」
「……で、俺が行ったらどうなるかって?」
「うん。日向クンなら大丈夫かなって」
「なんか七海の保護者みたいな立場になってるぞ苗木お前」
さらに後日、苗木くんと赤松さんは別の形で実験を行うことにした。
というかそもそも、七海さんが誰彼かまわずくっついたりしないかが心配だったので、どちらにくっついてくるとかはどうでもよかった。目的がズレていた二人である。
そこで白羽の矢が立ったのが日向くんだ。
彼を家に招いて七海さんと二人のところで放置したらどうなるかを観察してみることにした。
日向くんはシェアハウスのことを知っているし、男性だけど信頼できる人なのでちょうど良かった。
放課後になり、七海さんが帰宅してくる。
「ただいまー。……あれ、日向くん?」
「苗木に誘われてな。お邪魔してるぞ」
「ふーん……でも誠くんの靴無かったよ?」
「遅れるから先に待っててって鍵もらった。不用心だな」
「盗難があったら日向くんが犯人だね」
「とらねーよ。回復アイテムも無さそうだ」
ドラクエ脳の七海さんに、うまく話を合わせる日向クンだった。
一方、靴は隠して、こっそり観察している苗木くんと赤松さん。
二人が息を殺して見ていると、七海さんはいつも通りゲームをとりだしてやり始める。
このまま七海さんが日向くんにくっついてゲームを始めれば、今回の説は立証となる。
さて、結果は。
「ねえねえ日向くん、誠くんが来るまで対戦しよう?」
「ああ、いいぞ」
「それとも恋愛シュミレーションゲームする? 私最近分かってきたよ」
「苗木もすぐ来るだろうし時間がかからないゲームのほうがいいんじゃないか」
「なるほど……それもそうか。さすがだね」
くっつかなかった。そのまま頭を突き合わせて、二人は仲良くゲームを始めた。
「そうか、ボクたちは同居人だけど日向クンはお客さんなんだから対応は変わるんだ」
「普通に考えて、知ってるお客さんがいたら無視してゲームはしないよね。まあ、最近の千秋ちゃんの様子ならするかもしれないって思っちゃったけど」
「千秋ちゃんなりに、帰ってきたらリラックスしてたのかも。外にいるときに比べると、帰ってきたときのほうが素が出せるっていうか」
「この生活に慣れてきた……ってことかな? 私たちは、千秋ちゃんの生活の一部に組み込まれたみたいだね」
物陰で観察していた苗木くんたちは、ひとまずこんな風な結論に落ち着いた。
その後二人は姿を現して、七海さんと日向くんに交じって四人で遊んだ。
その間にも七海さんが誰かにくっついたりすることはなくて、他に誰かがいればそういうことはしないということが分かった。
さすがの七海さんでも、相手が誰かによって対応は変わるし、現在の状況によっても立ち振る舞いは変化する。いくらマイペースとはいえ、それにも限度があるのだった。