苗木くんと七海さんと赤松さんと   作:佐藤秋

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17 苗木くんたちと春川さん②

 

「あれ? 千秋ちゃんのことはもう誠くんから聞いてたんだね、春川さん」

「……まあ一応」 

 

 春川さんが七海さんのことを知っている素振りを見せたことを、赤松さんは好意的に解釈していた。

 実際は、保育士という肩書きに釣られて苗木くんがそれとなく相談しただけなのだが、ある意味で紹介してくれたのだと言えなくもない。

 それにわざわざ説明するのも面倒なので、春川さんはそれを流した。

 

「春川さんと千秋ちゃんって、実は相性がいいんじゃないかと思うんだよね。ほら、春川さんって超高校級の保育士でしょ? だったら千秋ちゃんのするゲームの話についていけるんじゃないかなって」

「そう言えばゲームの話をしてきたっけ……」

「……ふがっ。ゲーム?」

 

 ゲームという単語に反応して七海さんが目を覚ます。

 起きた七海さんがもう一度春川さんにゲームのことを訊ねるも、春川さんの育った孤児院はゲーム禁止だったからあまり詳しくないのだと返された。

 

「……そっか、春川さんはゲームが分からない人なんだね。残念……」

「……別に、やらないだけで少しは知ってる。最近のゲームって昔と比べるとずいぶん親切になってるらしいね。逐一説明が入ったり、簡単にできる仕組みにもできたりとか」

「!」

「……でもさ、それってほんとにいいことなの? まあ分かりやすい、やりやすいってことが悪いとは言わないけど、親切すぎるのは子どもの教育によくないと思うんだよね。考える力を養う邪魔になってるって言うか」

 

 それでゲームの話は終わりかと思いきや、意外にも春川さんは饒舌に語り始める。

 

「だいたい、保育園に通ってるくらいの子どもって、平仮名もまだまともに読めないんだよ? そんな子にでもできるように、音声つきで説明したり、めちゃくちゃ丁寧にやり方を解説したりするのは素直にすごいとは思う。でも子どもを育てるって観点からすると、それは単なる甘やかし。絶対よくない。私がずっとついてられるなら正しい楽しみ方を教えられるけど、一人にばっかりかかりきりになるわけにはいかないし」

 

 イジイジと髪を触りつつ、春川さんはなおも言葉を続ける。

 

「だから子どもが……まあ二桁になってる年齢くらいならいいけど、それ以下の子どもがゲームをするのはよくないと思う。あ、でも、娯楽的な面に関しては否定しないよ。もともと楽しむことが目的で作られたわけだし。その点からすると、誰でも分かりやすく遊べるっていうのはいいことだよ。でもやっぱり子どもにやらせるとなると……」

「そっか! やっぱりそうだよね! ゲームっていうのはもはや一つの文化なんだよ!」

 

 眠そうだった七海さんはいつの間にか、春川さんの持論を聞いてやけに興奮していた。己の持つゲーム論と同じ価値観が聞けて感動したのだろうか。

 七海さんの変わり身に、春川さんは少したじろいでいた。

 

「ねえねえ春川さん、私と一緒にゲームしよ。せっかくだから対戦ね。格闘ゲームで」

「え、いや、私は……」

「仲良くなるにはゲームが一番だと思うんだ。私春川さんと仲良くなりたい」

 

 強引に距離を詰めてくる七海さんを見て、赤松みたいなのがもう一人……と春川さんは考えていた。

 だが、きっかけを作ったのは春川さんだ。なまじ真剣にゲームに対する考えを述べたりするからこうなる。まあ、悪いことではないのだが。

 

 そんなわけで、初めて触る携帯ゲームを持たされて、春川さんは七海さんとゲームで対戦することになった。

 初めて触るゲーム機に、初めて見るゲーム画面。完璧に初心者な春川さんは、七海さんに手も足も出ないままに負けてしまう。

 七海さんは初心者相手でも手加減しない人だった。接待プレイ? 何それ美味しいの状態。子ども相手なら泣いている。

 

「……もっかい」

「いいよー、受けて立つ」

 

 春川さんは子どもではないので泣かなかった。それどころか諦めずにもう一度挑む姿まで見せている。単なる負けず嫌いとも言う。

 

「ねえ千秋ちゃん、見てたらボクもやりたくなっちゃった。ゴメン春川さん、一回変わってくれる? その間に赤松さんと代わりに対戦してて」

 

 十回ほど対戦をして、その全てに七海さんが圧勝していたので、思わず苗木くんが口を出した。

 どちらも傷つけない優しい言葉である。苗木くんの世界には今日も優しい力が満ちている。

 

「あー、負けちゃったよー」

「……勝った」

 

 赤松さんに見事勝利し、春川さんの溜飲が下がった。

 じゃあ次は僕としようよ、と苗木くん。七海さんとの勝負はとっくの昔に負けていた。

 

「……今ので操作方法は理解した。別に頼んだわけじゃないけど」

 

 苗木くんとはいい勝負をしてみせて、春川さんはそんなことを言った。

 持ち前の反射神経や、予備動作を見抜ける観察眼による善戦だ。今回は操作の慣れの差で苗木くんがなんとか勝利した。

 

「苗木には何回かやったら勝てそうなんだよね。何してるか理解できるから。でも七海のは、何が起きてるのか分からない」

「あ、そうか、強かったから忘れてたけど、春川さんは格闘ゲーム初めてなんだよね? このタイプのゲームの操作には仕様っていうのがあって……例えば、攻撃ボタンとジャンプボタンを同時に押したらどうなるかわかる?」

「……先に押した方が優先されて、片方の動作は起こらない」

「そうそう! そういうのが仕様なんだよ! で、そんなシステムの応用として、入力キャンセルとかフレーム入力っていう技があって……」

 

 説明力のある苗木くんの分かりやすい説明に、普通に聞きいってしまう春川さん。

 知らない分野というのは、興味が湧かないときにはとことん聞く気は起きないが、興味が湧けば意外と聞いてしまうものである。説明が上手ならばなおさらだ。

 

「……意外と奥が深いんだね、ゲームって。少しやっただけじゃ七海には勝てないみたい」

「ふふん。いつでも挑戦受け付けてるよ」

「でも苗木にはもう勝てそう」

「ええっ」

 

 なんだかんだ、気がついたら楽しんでしまっている春川さんなのだった。

 

「じゃあもう一回ボクと勝負する?」

「やろうか」

「ええっ! 千秋ちゃん強いから次は私とやろうよー春川さん」

「春川さん。同じゲームがテレビのほうでもできるんだけど、そっちでもやろう?」

 

 結局この日春川さんは、暗くなるまでこの家でたくさんゲームをした。

 赤松三兄弟にモテモテな春川さんであった。

 

「……赤松三兄弟って?」

「あんたたちのことだよ。全員赤松に似てるから」

 

 苗木くんたちに、変なあだ名がつけられた。

 

 


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